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第三章 人

二十三話

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 あなたを降ろしたポチは、心底疲れたといった様子で大きく伸びをすると、ふぅと大きく息を吐いてからその場でごろんと横になった。
 直後、あの時広場で受けたような突風がぶわりと巻き起こり、あなたは堪らず目を瞑る。
 突風が治まったのを確認してからあなたがゆっくりと目を開けると、そこに巨大な白狼の姿は無くなっており、大の字になって横たわっているのはいつもの白犬だった。

「……ワシは疲れた、おぶれ小僧」

 バンバンと地面を叩きながら、上目であなたを見てポチが言う。その声にあなたへの感情はこれといって込められておらず、平素通りのポチの声だ。
 それなのにあなたは変に委縮してしまい、体を動かせずにいた。
 そんなあなたに痺れを切らしたのか、ポチはけだるそうに立ち上がると、そのままの勢いでぴょんと飛び上がりあなたの背中に乗った。
 これだけ元気ならば、そのまま歩いて帰ることも出来るのではないか、とあなたは言いかけた言葉をぐっと飲み込む。
 真意は定かでないにせよ、あなたが命を救われた事実に変わりは無いわけで、それならばこれぐらいの恩返しはしてあげないとバチが当たるというものだ。
 両手を後ろに回し、ポチの後ろ両足を支える様にしておんぶすると、あなたは朝にも歩いた道を今度は逆向きに歩き出した。
 あれだけ気配が無いと寂しいと思っていた街並みなのに、今は小さな視線やヒソヒソ声が全て自分への敵意のように感じて、自然と早足になってしまう。
 もちろんあなたが思っているようなことはあるわけもなく、何事も無く家へ戻ってきたあなたは、再び疲労を思い出して止まろうとする足を何とか奮い立たせると戸を開けた。
 店の中へと一歩足を踏み入れた所で、あなたの胸に何かがどしんとぶつかってきた。
 いつもならなんてことはないような衝撃だったのだが、何分へろへろな状態になっているあなたの足は踏ん張るという行動そのものを忘れてしまったように、勢いに押されるままあっけなく倒れ込んでしまう。
 受け身も取れずに倒れ込んだあなただったが、何か柔らかい物がクッションのようになってくれたおかげで石造りの床への直撃だけは避けることが出来た。
 大体予想は出来ていたが、あなたにぶつかってきたのは見つめると吸い込まれてしまいそうなほどに漆黒の髪を持つ少女。
 めいはあなたの胸に顔を埋めたまま、小さく「よかった、よかった」と言いながらあなたの胸を濡らしている。
 正体は看破していたものの、大泣きされることまでは予測していなかったあなたは、ここまで心配させてしまったことへの申し訳なさと、そこまで心配してくれていた事への安心感などが入り混じった複雑な感情を隠すように、めいの頭へぽんと手を乗せた。
 見た目通りサラサラと流れる髪を上から下、下から上と撫で続けているうちに、めいの嗚咽はだんだんと小さくなりやがて止まった。
 めいが泣き止んだ後もあなたはしばらくめいの頭に手を乗せていたが、落ち着いためいが顔を上げようとしたので慌てて手を離す。
 あなたを上目で見つめるめいの顔は涙でくしゃくしゃで、普段感じる日本人形のような印象はどこにもなかった。

「黙って行ってしまわれるなんて酷いです、後継人様……」

 必死に言葉を紡ぐめいの目尻に、再び水滴がつうっと伝う。そんなめいの泣き顔に、あなたはめいと初めて出会った時の事を思い起こさせられた。
 そういえば、とあなたも祖母と別れるときと祖母の葬式で大泣きしてしまったことを思い出す。
 何がどうせ心配させるなら、だ。こうなることは少し考えれば分かったはずであろうに。いや、分かっていて本当は試したかったのだろうか。
 そんなくだらない事ばかり考えてしまう頭に、一発握り拳をごつんと当てると、握っていないもう片方の手をめいの背中へ回し、ぎゅっと抱きしめた。
 着物越しに感じるめいの体温は、いつものひんやりした感触とあなたの体温とか半々に交じりあったなんとも言えない温度で。
 そんなめいの背中に握り拳を解いたもう片方の手も回し、先程よりも力を込めて抱きしめた。
 めいは少し痛かったのか小さく吐息を漏らしたが、拒絶することは無く。そのままゆっくりと時間が流れていった。
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