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第一章 街

十話

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 夕食の匂いに誘われて帰ってくる、などと思っていたわけではないが、あなたは夕食を終えた後も縁側に座ってポチを待っていた。
 めいも先程まであなたの隣に座っていたのだが、先程気付いたら寝てしまっていたので今は布団の上だ。
 ポチの事が心配で待っているというのもあるが、実際はもっと手前勝手な気持ちの方が大きかったりする。まるで子供のようだが、あなたはこのまま寝てしまうのが怖かったのだ。
 昼間騒がしかった縁側もすっかり静かになり、心地よい虫の音があなたの瞼を重くするにつれて、あなたの頭が上下に揺れ始める。微睡が徐々にあなたを蝕み、夢と現が曖昧になり始めた頃。何かの気配にあなたは頭を上げた。

「――」

 間近で見る影の顔に、本来存在するはずのパーツは一つしか存在せず、唯一存在していた口でにたりと笑みを浮かべた。ぞわり、とあなたの背中に寒気が走る。
 無いはずの目に見つめられているような気がして、目を逸らしたいのに逸らせない。影の手が両手を広げたのを見て、動けないあなたはギュッと両目を瞑って待ち構えた。

「……お前、なぜこんな所で寝ているのだ?」

 聞きなれた声にあなたはゆっくりと目を開く。先程まで影がいた空間には誰もおらず、そこからゆっくり視線を降ろしていくと、くるりと白い尻尾が揺れた。
 あれは夢、だったのだろうか。それとも今もまだ夢の中なのだろうか。
 そのどちらであろうと構わない、とあなたはポチの方へと手を伸ばし、不意を突いて抱きかかえた。もごもごと暴れるポチを、そのままぎゅっと抱きしめるあなた。
 動物特有の温もりがあなたの手から全身へと伝わり、それがそのまま安堵感へと変わっていくのが分かる。
 ポチには悪いが、背中に残る寒気が消えるまで、あなたはしばらくこのままでいさせてもらう事にした。

「さっさと離さんか、この阿呆め」

 どのぐらいそうしていただろうか、ポチがあなたの顔面に足蹴りを入れて庭の方へ飛んだ。
 あなたは肉球の痕が付いた顔を押さえながらそちらの方を見る。尻尾をくるりと巻いてぴょんと飛び上がると、ポチは再びあなたの隣に座った。

「……何か話したいことがあるのだろう? さっさとせんか」

 こちらを向いて、そう言い放つポチ。そうだ、わざわざこんな所にいた理由はそれだった、とあなたはポチの方を向き直ると、影の事について話を始めた。

「……」

 ポチはあなたが話しをしている間、ずっと黙って聞いていた。やがてあなたが話を終えると立ち上がり、ぐぐっと体を大きく伸ばしてから大欠伸をした。緊迫した様相のあなたとはまるで真逆な態度である。
 そんなポチにあなたが責めるような視線を送ると、ポチはそれを躱すかのようにひょいっと立ち上がり、

「全部夢での話であろう? 何をそこまで怖がる必要がある」

 と、実に明快で至極当然な事を言い放った。それを言われてしまっては、あなたも返す言葉は無い。じぃっとしばし見つめ合ったのに、ふぅと先に息を吐いたのはあなたの方だった。
 ポチが何かを知っていたとしても、話してくれる様子は無い。それならば無駄に影を怖がるよりも、夢の中での話なのだと気にしない方がマシだろう。
 ポチはそんなあなたを見て立ち上がったそのまま再びどこかへひょいっと行ってしまった。実はと言うと、まだ少し不安なあなたはポチを抱いてぬくぬくと床に就こうと思っていたのだが、今さらわざわざ呼び止めるのは何だか気恥ずかしい。
 とはいえ、めいを抱いてぬくぬくと……などと出来る筈も無く、あなたは一人寂しく床に就いたのだった。
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