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「あなたは……侯爵様!?」

 最初は拳を止められたことで不服そうな顔をしていたヴィントだったが、その相手の顔を見るや否や素早く手を引っ込めた。

「私の専属技師に、何か用かな?」

 あくまでも口調は穏やかだが、そのその雰囲気にいつもの柔らかさは一切なく。
 怒りがこちらまで伝わってくる。

(私のために、怒ってくれている……)

「えと、その……そいつは私の元婚約者で」

「ああ、知っている。それがどうかしたのか?」

「それは……」

 さっきまで家柄や魔力のことをやたら言っていたヴィントだからこそ、そのどちらでも圧倒的なジン様を前にして気おされているらしく。
 最初の勢いはすっかりなくなってしまっている。

「もしよろしければ、こちらから代わりの技師を手配させていただきますので、その……」

「ステラ以上に優れた技師は数えるほどしかいない。そのレベルの技師とキミが知り合いだとは思えないが」
 
 ステラ、とジン様が呼んだ。
 単に会話の流れの中で名前が出ただけだというのに、それだけで心がこんなにも揺り動かされる。

「では……」

「ヴィントくん、といったかな」

「は、はいっ」

「キミには一応、感謝している。ステラと出会うきっかけを作ってくれたのはキミだからな」

 そう告げながらゆっくりと伸ばされた右手が、がっしりとヴィントの頭を掴んだ。

「だから今、キミの頭を握りつぶさないでいられる。恩人でなければこんなに優しくなどしてあげられないからな」

 義手全体がぼうっと光り、力が込められていることが私にも伝わってきて。
 それに合わせてヴィントの顔も、すっと青ざめていく。

「もう二度と、ステラに近づかないでもらえるだろうか。次は無事に帰してあげる自信がないんだ」

「ひ、ひいっ……!」

 一瞬の隙を突いて、ヴィントが拘束を解いて一目散に逃げだした。
 隙を突いたというよりは突かせてあげた、が正しいか。

「……少し大人げなかっただろうか」

 ジン様が少し固い顔をしたまま、こちらへ振り向く。
 顔は怖いままだったが、その雰囲気はいつものように穏やかなものになっている。

「いえ、あのくらいやらないと帰ってくれなかったと思うので……」

 言いながら私はジン様の傍へ歩み寄ると、抱き着くように体を預けた。

「……私は大馬鹿者だ。あんな事があた後でまたキミを一人にしてしまうなんて」

「そんなこと……ジン様は何も悪くないですよ」

「……いや、私は大悪党だよ。本当の事をキミに知られるのが怖くて、隠していたのだから」

 ジン様の瞳が揺れている。
 本当に知られたくないことだったのだろう、こんな表情を見るのは初めてだ。
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