19 / 21
⑲
しおりを挟む
「あなたは……侯爵様!?」
最初は拳を止められたことで不服そうな顔をしていたヴィントだったが、その相手の顔を見るや否や素早く手を引っ込めた。
「私の専属技師に、何か用かな?」
あくまでも口調は穏やかだが、そのその雰囲気にいつもの柔らかさは一切なく。
怒りがこちらまで伝わってくる。
(私のために、怒ってくれている……)
「えと、その……そいつは私の元婚約者で」
「ああ、知っている。それがどうかしたのか?」
「それは……」
さっきまで家柄や魔力のことをやたら言っていたヴィントだからこそ、そのどちらでも圧倒的なジン様を前にして気おされているらしく。
最初の勢いはすっかりなくなってしまっている。
「もしよろしければ、こちらから代わりの技師を手配させていただきますので、その……」
「ステラ以上に優れた技師は数えるほどしかいない。そのレベルの技師とキミが知り合いだとは思えないが」
ステラ、とジン様が呼んだ。
単に会話の流れの中で名前が出ただけだというのに、それだけで心がこんなにも揺り動かされる。
「では……」
「ヴィントくん、といったかな」
「は、はいっ」
「キミには一応、感謝している。ステラと出会うきっかけを作ってくれたのはキミだからな」
そう告げながらゆっくりと伸ばされた右手が、がっしりとヴィントの頭を掴んだ。
「だから今、キミの頭を握りつぶさないでいられる。恩人でなければこんなに優しくなどしてあげられないからな」
義手全体がぼうっと光り、力が込められていることが私にも伝わってきて。
それに合わせてヴィントの顔も、すっと青ざめていく。
「もう二度と、ステラに近づかないでもらえるだろうか。次は無事に帰してあげる自信がないんだ」
「ひ、ひいっ……!」
一瞬の隙を突いて、ヴィントが拘束を解いて一目散に逃げだした。
隙を突いたというよりは突かせてあげた、が正しいか。
「……少し大人げなかっただろうか」
ジン様が少し固い顔をしたまま、こちらへ振り向く。
顔は怖いままだったが、その雰囲気はいつものように穏やかなものになっている。
「いえ、あのくらいやらないと帰ってくれなかったと思うので……」
言いながら私はジン様の傍へ歩み寄ると、抱き着くように体を預けた。
「……私は大馬鹿者だ。あんな事があた後でまたキミを一人にしてしまうなんて」
「そんなこと……ジン様は何も悪くないですよ」
「……いや、私は大悪党だよ。本当の事をキミに知られるのが怖くて、隠していたのだから」
ジン様の瞳が揺れている。
本当に知られたくないことだったのだろう、こんな表情を見るのは初めてだ。
最初は拳を止められたことで不服そうな顔をしていたヴィントだったが、その相手の顔を見るや否や素早く手を引っ込めた。
「私の専属技師に、何か用かな?」
あくまでも口調は穏やかだが、そのその雰囲気にいつもの柔らかさは一切なく。
怒りがこちらまで伝わってくる。
(私のために、怒ってくれている……)
「えと、その……そいつは私の元婚約者で」
「ああ、知っている。それがどうかしたのか?」
「それは……」
さっきまで家柄や魔力のことをやたら言っていたヴィントだからこそ、そのどちらでも圧倒的なジン様を前にして気おされているらしく。
最初の勢いはすっかりなくなってしまっている。
「もしよろしければ、こちらから代わりの技師を手配させていただきますので、その……」
「ステラ以上に優れた技師は数えるほどしかいない。そのレベルの技師とキミが知り合いだとは思えないが」
ステラ、とジン様が呼んだ。
単に会話の流れの中で名前が出ただけだというのに、それだけで心がこんなにも揺り動かされる。
「では……」
「ヴィントくん、といったかな」
「は、はいっ」
「キミには一応、感謝している。ステラと出会うきっかけを作ってくれたのはキミだからな」
そう告げながらゆっくりと伸ばされた右手が、がっしりとヴィントの頭を掴んだ。
「だから今、キミの頭を握りつぶさないでいられる。恩人でなければこんなに優しくなどしてあげられないからな」
義手全体がぼうっと光り、力が込められていることが私にも伝わってきて。
それに合わせてヴィントの顔も、すっと青ざめていく。
「もう二度と、ステラに近づかないでもらえるだろうか。次は無事に帰してあげる自信がないんだ」
「ひ、ひいっ……!」
一瞬の隙を突いて、ヴィントが拘束を解いて一目散に逃げだした。
隙を突いたというよりは突かせてあげた、が正しいか。
「……少し大人げなかっただろうか」
ジン様が少し固い顔をしたまま、こちらへ振り向く。
顔は怖いままだったが、その雰囲気はいつものように穏やかなものになっている。
「いえ、あのくらいやらないと帰ってくれなかったと思うので……」
言いながら私はジン様の傍へ歩み寄ると、抱き着くように体を預けた。
「……私は大馬鹿者だ。あんな事があた後でまたキミを一人にしてしまうなんて」
「そんなこと……ジン様は何も悪くないですよ」
「……いや、私は大悪党だよ。本当の事をキミに知られるのが怖くて、隠していたのだから」
ジン様の瞳が揺れている。
本当に知られたくないことだったのだろう、こんな表情を見るのは初めてだ。
0
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!
【完結】「財産目当てに子爵令嬢と白い結婚をした侯爵、散々虐めていた相手が子爵令嬢に化けた魔女だと分かり破滅する〜」
まほりろ
恋愛
【完結済み】
若き侯爵ビリーは子爵家の財産に目をつけた。侯爵は子爵家に圧力をかけ、子爵令嬢のエミリーを強引に娶(めと)った。
侯爵家に嫁いだエミリーは、侯爵家の使用人から冷たい目で見られ、酷い仕打ちを受ける。
侯爵家には居候の少女ローザがいて、当主のビリーと居候のローザは愛し合っていた。
使用人達にお金の力で二人の愛を引き裂いた悪女だと思われたエミリーは、使用人から酷い虐めを受ける。
侯爵も侯爵の母親も居候のローザも、エミリーに嫌がれせをして楽しんでいた。
侯爵家の人間は知らなかった、腐ったスープを食べさせ、バケツの水をかけ、ドレスを切り裂き、散々嫌がらせをした少女がエミリーに化けて侯爵家に嫁いできた世界最強の魔女だと言うことを……。
魔女が正体を明かすとき侯爵家は地獄と化す。
全26話、約25,000文字、完結済み。
「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」
他サイトにもアップしてます。
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
第15回恋愛小説大賞にエントリーしてます。よろしくお願いします。
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
根暗令嬢の華麗なる転身
しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」
ミューズは茶会が嫌いだった。
茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。
公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。
何不自由なく、暮らしていた。
家族からも愛されて育った。
それを壊したのは悪意ある言葉。
「あんな不細工な令嬢見たことない」
それなのに今回の茶会だけは断れなかった。
父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。
婚約者選びのものとして。
国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず…
応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*)
ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。
同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。
立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。
一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。
描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。
ゆるりとお楽しみください。
こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
【完結】地味と連呼された侯爵令嬢は、華麗に王太子をざまぁする。
佐倉穂波
恋愛
夜会の最中、フレアは婚約者の王太子ダニエルに婚約破棄を言い渡された。さらに「地味」と連呼された上に、殺人未遂を犯したと断罪されてしまう。
しかし彼女は動じない。
何故なら彼女は──
*どうしようもない愚かな男を書きたい欲求に駆られて書いたお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる