賢者様の仲人事情

冴條玲

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第六章 冥王招来

6-9a. 姫巫女様は、今、思いついた。

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 入った途端、真っ暗な部屋と錯覚するほどに、死と停滞に支配された空間。
 広い自室の片隅、壁にもたれかかり、レオンはじっとティリスを抱えて動かなかった。
 ロズが無言で傍らに立ち、レオンが冥門を開けないよう、見ていた。

「――レオン、気付いたのか!」

 戻り、真っ直ぐにそこへ駆けつけた皇帝の言葉にも、レオンは何の反応も示さなかった。
 レオンが動いたのは、ただ一度。
 気を失ったレオンの傍から、カタリーナがティリスを運び去ろうとした時だった。
 突然目を開けて、カタリーナの手からティリスを奪い取るなり、抱え込んだのだ。決して誰にも渡さない、と。
 それきり、レオンは動いていなかった。
 それは、ティリスが目覚めるのを待つようでも、冥門が開くのを待つようでもあり、ただ、先に内側から、死んでしまったようでもあった。
 その部屋に踏み込んで、変わり果てたティリスの姿に、アディスもただ息を呑み、言葉を失った。胸に、重く冷たいものが落ちる。

「アディス! どうしてくれるのよ! どうして――!! どうして、ティリス様がこんな……!!」

 真っ赤に泣きはらしたカタリーナがアディスをなじり、ダンダンと、その胸を叩いた。

「ティリス様、ティリス様――!!」

 アディスは何も言わず、ただ、泣くカタリーナを抱き締めた。
 何一つ、カタリーナと変わらない気持ちだったから。
 イシスが一人進み出て、ティリスを抱えたレオンの傍に屈み込んだ。

「……死んでしまったの……」

 つんつんと、冷えて硬くなったティリスの頬を、イシスがつついた。
 当然ながら、ティリスは目覚めなかった。

「……」

 レオンが真紅の瞳で、イシスを睨む。
 無言で「触るな」と威嚇していた。殺意すら、みなぎった。

「イシス」

 アディスが危険を察し、幼児モードに入ったイシスを回収しようとした時だ。

「皇子、冥門ヘル・ゲートを開きたいのね。冥門を開けるなら、冥王は招来、できないの?」

 イシスの言葉に、レオンがわずかに眉を動かした。
 瞳は真紅のままだ。自分を殺すか他人を殺すかわからない、一触即発の状態だった。

「私が、神を呼んであげるのよ。神に生命を戻してもらうから、皇子が冥王に、魂を戻してもらえばいいわ」
「……」

 レオンがさらに、小さなものながら、反応を返す。
 冥王を招来し、反魂を願う。それは死霊術の奥義。
 けれど、その結果目を覚ますのは、ロズと同じものなのだ。
 ロズは正規の手順を踏まず、普通にゾンビとして蘇らせたものが、なぜかこうなった。一方で、その両親はやはり、ゾンビにしかならなかった。

「魔女イシス、何を言うか! そなたは良かろう、神は生を司るのだから――! だが、冥王など招来すれば、命はないのだ! 死を与えるのが冥王なのだ、最悪、国ごと滅ぼされることすら、考え――ら、ぐぁっ!?」

 目をく皇帝を、カタリーナが背後から文字通り、一蹴した。

「本当ですか、イシス様!」

 イシスはふわりと柔らかく笑うと、頷いた。

「アディスが、悲しくなくなるから……」

 カタリーナは少し驚いて、イシスを見た。

「――王子が?」
「?」

 イシスは不思議そうに首を傾げるばかりだ。
 一方アディスも、狂喜するかと思いきや、穏やかに微笑むだけだった。

「……いつの間にか、両思いになっていましたの?」
「いや、たまにこういう日もあるんだ。今に始まったことじゃないよ」

 ふいに無防備に受け入れて、正気に返るなり、崖下まで突き落とすのがイシスだから。この状態になった後、反動のように炎羅フォトルナが出やすいことも、アディスは経験から知っている。
 何にせよ、今日はただの幼児モード――砂葺サフィだから。保護者として受け入れられているだけなのだと、わかっている。恋人として見られても、砂葺の方が困るだろう。
 それに、今はティリスだ。

「……ロズのようにするのか?」

 あまり、気乗りしない様子でレオンが言った。それでも、少し考えて、レオンはこくりと頷いた。
 ティリスを探しに行くのだ。
 彼らが何を言っているのか、わからない。けれど、冥門を開くでも、冥王を招来するでも構わなかった。邪魔をしないなら、ティリスを探しに行く。
 死霊術の発動を阻害するロズが、今だけは憎かったから。

「……皇子」

 ふいに、アディスがレオンの肩をつかんだ。

「お間違えのないよう。ティリスと逝くのではなく、必ず、連れ戻して下さい」
「……」

 レオンは答えなかった。

「き、貴様ら……! そろいもそろってレオンに命を賭けさせる気か! ならん! そのようなこと、あいならん! 許さんぞ、そのよ――う、ぐぉっ!?」

 カタリーナの情け容赦のない蹴りが、再び炸裂した。
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