賢者様の仲人事情

第四章 王子と姫君

4-6b. 何が気に入らないんだ

　彼女が震えていたからなのか、引き渡されると、何か察したレオンが抱き締めてくれた。

「大丈夫だ」
「……ん……うん……」

　その腕の中にいると、ずっと落ち着いてくる。それでも、恐怖が薄れると、違うものが湧き上がってきた。この同じ腕で、レオンは別の姫も、抱けるから。
　もう、やはり以前のようには、頼れなかった。

「……血、止まったか……？」

　軽く押し返しながら尋ねると、レオンが明らかに、頼られないのは不満だぞという顔をした。
　こういうとこ、かわいいよな、こいつ。

「ああ」

　部屋を移るので、遅い時間ながら、荷物を取りにレオンの部屋へと向かった。
　いつもなら、抱き締めたりして邪魔をするレオンが、おとなしい。
　正確には、レオンはそうする隙を見出せないでいたのだ。ティリスの背中が硬い。

「……ティリス、僕に抱かれるのがいやなのか」

　ティリスはしばらく作業を続け、それから、答えた。

「――ああ」

　レオンが幾分――、否、はっきりと、表情に痛みを宿す。

「僕の傍にいるのがいやなのか……？」
「――今は……」

　ティリスも静かにふり向いて、レオンを見た。
　痛みと切なさが、見える表情だった。

「それじゃ――」

　また明日と、ティリスが行こうとした時だった。

「――くな」

　レオンが低くささやいた。

「え……？」

　何を言ったのかとふり向いて、ティリスは鮮烈に、赤い光を見た。

「なっ」

　死霊術――!!

　レオンの左目が、鮮やかな真紅の輝きを放っていた。

　――させない。
　させるもんか……！
　いつまでも、自由にさせないっ！

　それは、ティリスが初めてその意思で、レオンの支配を打ち破った瞬間。

「――あっ！」

　けれど、抗う間に間合いを詰めたレオンが、壁際にティリスを追い詰め、強引に口付けるのには、逆らえなかった。いったん懐に入られてしまうと、押し返せない。
　抗うティリスを力ずくで押さえつけ、次には首筋へと、レオンが口付けを落とす。
　無理にでも抱く気だと、犯そうとしていると、わかった。

「た、助けは呼ばない！　やめろ！　それ以上やったら、窓から飛び降りて死ぬから！」

　ロズが助けてくれるのは、知っている。
　けれど、カタリーナに頼って、ロズに頼って、何になるのだ。
　レオンにわからせたい思いは、自分自身の中にしか、存在しない。
　わからせたい痛みは、この胸の奥にしか、存在しない。

「本気だ！　オレ、本気で――本当に、飛び降りて死ぬから!!」

　レオンが怒りに満ちた目で、ティリスを見る。
　痛みをすりかえた、怒りだった。

「……何が気に入らないんだ！」

　今度はレオンが怒鳴った。
　両手でティリスの両腕をつかみ、その肩に、苦しげに額をもたせた。
　――何って……。
　ずっと、傍にいたかった。
　この腕に抱き締められて、あるいは抱き締めて、いつでも、笑って傍にいたかった。

「オレは……」