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第四章 王子と姫君
4-4a. アシュレイナ姫
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アシュレイナ姫は、本当に美しい姫だった。
華やかな音楽。華やかな装飾。食事もいちいち豪華で、シグルドでは追いつけないレベルの夜会。
多分、シグルドでこれに追いつけるのは、カタリーナとアディスだけだ。
姫とレオンが歓談するのを、ティリスはやきもきしながら見ていた。
思いもよらないことが、いくつもあった。
まず、ロズが出席していない。
皇帝が手を回したのだろうが、姫とは会わせない方針なのだ。レオンまでが、ロズを姫に紹介する必要はないと言った。
その両親のことも、話さないよう箝口令が敷かれていた。
狂気を隠したら、レオンは大国の皇太子で、容姿も悪くなく、むしろ、身にまとう不思議な風格など、畏敬の念すら抱かせるものだ。
自分自身がそれに呑まれるから、ティリスにはよく、わかっていた。
アシュレイナ姫も明らかに、レオンに好感を抱いたようだった。
知的で優しい口調の中に、レオンへの興味を上手に取り混ぜて、話している。
「……」
一方で、姫とレオンが何を話しているのか、具体的にはわからなかった。
ずっと政治向きの話をしていて、ティリスには、まるで理解できない単語がいくつも飛び交っていたから。
かろうじてわかるのは、レオンが姫を試しているような、そんな気配。
姫が、そうと知りながら、あえて応じている気配。
その様子を傍で見ているうちに、自分がいかにおよびでないか、思い知った。
後ろ盾と言えば、攻め落とす価値もないような、片田舎の小国。
皇妃にふさわしい、礼儀にかなった振舞いもできない。
まして、政治向きの話など、何一つわからない。
レオンが試そうともしなかったのが、彼女を選択肢にも入れなかったのが、どうしてなのか、思い知った。
彼女では本当に、カムラの皇太子妃にはなれないのだ。
――でも、だったらどうして同じ部屋に寝かせたりしたんだよ! どうして、あんな……!!――
泣きそうだった。どうしようと、こぶしを握り締めた時だ。
「姫には、アリューシオンを受ける覚悟はおありか?」
レオンが尋ねた。何か、決定的な事という気がした。
くそ、アリューシオンて何だよ。何かの試験かよ。
「……アリューシオンて何?」
そこいら辺を通りかかった人に聞いてみる。
「カムラ皇家との、ご婚礼の儀のことですよ」
「婚礼の……結婚式?」
まずい、涙、出そう。
「ええ。あるいは、死霊術。裏切りには死を与える術式で、カムラ皇室は、これを受け入れる者しか、伴侶として受け入れません。暗殺沙汰が、多いのでね」
ティリスは驚いて、目を見開いた。
「何、それ。正妃も信じられないってこと――!?」
「信じられる方を、ご正妃に迎えるためですよ」
ティリスはこくりと喉を鳴らして、姫を見た。
姫は真っ直ぐレオンを見ていて、微笑んでいた。
「――ありますわ」
姫の細い腕が、レオンの肩に回される。
え……?
拒むでもなく、レオンも姫を見た。
嘘――
ティリスの知らない、冷たい表情だった。それでも、その指で姫の波打つ薄茶の髪をかきあげて、身を乗り出した。
キス、しようとしてる――?
先に、心もち身を乗り出したアシュレイナ姫が、その後に、姫の横顔に手をかけたレオンが、目を伏せた。
やだっ!!
夢中で二人の間に割って入って突き離していた。
肘から入って、両腕を広げて突き離した。
止めてしまった。
言いわけしようのない、止め方をしてしまった。
「こ、こんなところで……そ……そういうこと、するなよ……」
震える声で、どうにかそれだけ言った。声だけでなく、全身が震えていて、両者にも、それはわかったに違いない。
それ以前に、涙さえ頬を伝っていた。
クス、と、姫が笑った。
「あなたが噂のレオン皇子のご寵童かしら? 可愛らしいのね。でもね、ティリス王子。あなたもレオン皇子も、そろそろ、本物の女性を知った方がいい年頃ですわ」
カっと頬を染めて、ティリスは姫を見た。
――知りたかねぇ、そんなもん!
「ティリス?」
寵童?
ああ、そうなんだ……。
オレ……、レオンの……。
開いていた手をぐっと握り締めると、ティリスはレオンを突き飛ばして、駆け去った。
「ティリス!」
華やかな音楽。華やかな装飾。食事もいちいち豪華で、シグルドでは追いつけないレベルの夜会。
多分、シグルドでこれに追いつけるのは、カタリーナとアディスだけだ。
姫とレオンが歓談するのを、ティリスはやきもきしながら見ていた。
思いもよらないことが、いくつもあった。
まず、ロズが出席していない。
皇帝が手を回したのだろうが、姫とは会わせない方針なのだ。レオンまでが、ロズを姫に紹介する必要はないと言った。
その両親のことも、話さないよう箝口令が敷かれていた。
狂気を隠したら、レオンは大国の皇太子で、容姿も悪くなく、むしろ、身にまとう不思議な風格など、畏敬の念すら抱かせるものだ。
自分自身がそれに呑まれるから、ティリスにはよく、わかっていた。
アシュレイナ姫も明らかに、レオンに好感を抱いたようだった。
知的で優しい口調の中に、レオンへの興味を上手に取り混ぜて、話している。
「……」
一方で、姫とレオンが何を話しているのか、具体的にはわからなかった。
ずっと政治向きの話をしていて、ティリスには、まるで理解できない単語がいくつも飛び交っていたから。
かろうじてわかるのは、レオンが姫を試しているような、そんな気配。
姫が、そうと知りながら、あえて応じている気配。
その様子を傍で見ているうちに、自分がいかにおよびでないか、思い知った。
後ろ盾と言えば、攻め落とす価値もないような、片田舎の小国。
皇妃にふさわしい、礼儀にかなった振舞いもできない。
まして、政治向きの話など、何一つわからない。
レオンが試そうともしなかったのが、彼女を選択肢にも入れなかったのが、どうしてなのか、思い知った。
彼女では本当に、カムラの皇太子妃にはなれないのだ。
――でも、だったらどうして同じ部屋に寝かせたりしたんだよ! どうして、あんな……!!――
泣きそうだった。どうしようと、こぶしを握り締めた時だ。
「姫には、アリューシオンを受ける覚悟はおありか?」
レオンが尋ねた。何か、決定的な事という気がした。
くそ、アリューシオンて何だよ。何かの試験かよ。
「……アリューシオンて何?」
そこいら辺を通りかかった人に聞いてみる。
「カムラ皇家との、ご婚礼の儀のことですよ」
「婚礼の……結婚式?」
まずい、涙、出そう。
「ええ。あるいは、死霊術。裏切りには死を与える術式で、カムラ皇室は、これを受け入れる者しか、伴侶として受け入れません。暗殺沙汰が、多いのでね」
ティリスは驚いて、目を見開いた。
「何、それ。正妃も信じられないってこと――!?」
「信じられる方を、ご正妃に迎えるためですよ」
ティリスはこくりと喉を鳴らして、姫を見た。
姫は真っ直ぐレオンを見ていて、微笑んでいた。
「――ありますわ」
姫の細い腕が、レオンの肩に回される。
え……?
拒むでもなく、レオンも姫を見た。
嘘――
ティリスの知らない、冷たい表情だった。それでも、その指で姫の波打つ薄茶の髪をかきあげて、身を乗り出した。
キス、しようとしてる――?
先に、心もち身を乗り出したアシュレイナ姫が、その後に、姫の横顔に手をかけたレオンが、目を伏せた。
やだっ!!
夢中で二人の間に割って入って突き離していた。
肘から入って、両腕を広げて突き離した。
止めてしまった。
言いわけしようのない、止め方をしてしまった。
「こ、こんなところで……そ……そういうこと、するなよ……」
震える声で、どうにかそれだけ言った。声だけでなく、全身が震えていて、両者にも、それはわかったに違いない。
それ以前に、涙さえ頬を伝っていた。
クス、と、姫が笑った。
「あなたが噂のレオン皇子のご寵童かしら? 可愛らしいのね。でもね、ティリス王子。あなたもレオン皇子も、そろそろ、本物の女性を知った方がいい年頃ですわ」
カっと頬を染めて、ティリスは姫を見た。
――知りたかねぇ、そんなもん!
「ティリス?」
寵童?
ああ、そうなんだ……。
オレ……、レオンの……。
開いていた手をぐっと握り締めると、ティリスはレオンを突き飛ばして、駆け去った。
「ティリス!」
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