賢者様の仲人事情

冴條玲

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第三章 永遠のまどろみ

3-4. お風呂でばったり

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「――で?」

 レオンのマントやら、剣やらを片付けさせられるのはいい。
 レオンを食堂や浴場まで送ったり、皇帝に小さい小さいと文句を言われながら食事を取るのも、まあいい。(カタリーナを抑えておくのが大変だったけど)

「何だ?」

 レオンが不思議そうにティリスを見る。マントを外した今は、黒地に金糸銀糸の刺繍が入った、ちょっとかっこいいかもしれない室内着だ。

「何で同室なんだよ! 別にするのが当たり前だろ!?」
「どうしてだ。そんな必要などない。一時的なことなんだし」
「だって、控えの間は……」
「僕の控えの間はロズが使っている。……おまえ、ロズと同室がいいのか」

 う゛。

「そ、それは……。うう、オレ、カタリーナと一緒がいい、頼むよ、なあ~!」
「だめだ」

 レオンは言下に却下した。

「お前は王子で、角女は一応女なんだから、同室は無理だ。それに、僕はあの女を近くに置きたくない」
「……」

 皇子と王子だから同室で良くて、王子と女性だから同室では駄目……?
 待ってくれよ。
 オレとレオン、肩書きが同性だからって同室でいいのか!?

「オレやだ」
「別に狭くないぞ」
「そりゃ、広いけどさあ! お前と二人きりなのがいやなんだってば!!」

 城自体も広すぎて、ティリスはかなり苦労していた。すぐ、迷ってしまうのだ。

「とにかく、風呂にでも入って着替えろ。今日はもう寝るぞ」
「風呂って……」

 そこを使っていいと、レオンがバスルームを指す。

「男湯には入れないだろう?」

 入れねーよ。
 いや、お気遣い有難いんだけど……。

「なあ~! た……」

 頼むから別室にと言いかけて、ティリスはふいにレオンの視線に不安を覚えた。
 あんまり、甘えた声出さない方がいい。まずい。
 レオンがじっと彼女の姿を追うので、ティリスは逃げるようにバスルームに行った。

「のぞくなよ!」
「? 面白いのか?」

 いや、レオンて変なんだけどさ~……。
 初日から挫けそうになりながら、それでもカギを見付けてほっとしながら、バスルームを振り向いた。そこに、ティリスは素晴らしいものを見た。
 広い。
 総大理石張りの、真っ白な浴槽。
 ライオンを象った飾りの口から、滝のようにお湯が出ている。
 観葉植物まで配備されていて、完璧な浴室だった。もちろんシャワーも完備だ。

「……」

 うわあ。
 贅沢。豪華。素敵。
 死霊術師だから真っ黒かと思っていたのに、真っ白で、最高に綺麗だった。
 レオンて、本気で大国の皇太子なんだなあと思った。
 ティリスだって姫君なのだが、シグルド王宮、ここを見てしまうとささやかだ。
 いや、いや。何の不自由もなかった。そんなこと、考えたらバチが当たる。
 こーゆーのは、たまに使えるからいいんだよな、うん。

 すごーい!

 ティリスは大喜びで、大感激で入浴にかかった。
 まず、泡が違うんだな、これが!
 何でこんなに泡が立つんだろう。すごい。
 カタリーナ、すっごく喜ぶのに。
 一人で入浴するのがもったいないくらいの、本当に贅沢な浴槽だった。
 つーか、何かあるぞ。船だ船。何だ? 何だ?
 ティリスはすっかり舞い上がり、見つけた置物らしい船を浴槽に浮かべてみたりした。
 浮いた。
 リモコンみたいなのがある。

 うおお、すげーっ! 動くじゃん、動く!

 嬉しくなって、歓声を上げたのがいけなかった。

「ティリス?」

 ふいにバスルームの扉が開き、ティリスは笑顔を引きつらせた。

「な、オレ、カギ閉め……!?」
「合カギくらい持ってるぞ」

 ――開けんな。

「ば、馬鹿野郎! 姫君の入浴中だ、入ってくんなよ!」
「僕の部屋だ」
「出てけ! 出てけったら!」

 水をかけて追い払おうとした手を、ギリギリの理性が止めた。危険だ。そんなことしたら、濡れたから入るとか言い出しかねない。そういうやつだ、こいつは。

「船が好きなのか?」
「す、好きじゃねーよ、こんなもん! たかがオモチャだ! それより出て――」
「何だ、ワイマール2700型があるのに」
「――えっ?」

 ワイマール2700型って?
 かっこいい船か!?
 ティリスがうずうずと、気になる様子でもごもご言うと、レオンはにやっと笑って奥へと引っ込んだ。
 その間にタオルを巻き直し、レオンが何を持ってくるかとティリスはわくわくしながら待った。
 ワイマール2700型は、とてもとてもかっこいい船だった。
 スラリとした流線型。ほれぼれするような曲線美。これがまた、速いの速くないのって!


  **――*――**


「あー、いい湯だった」

 ワイマール2700型と、パラドンナ6000系のおかげですっかり機嫌を良くしたティリスは、のぞかれた怒りもつい忘れていた。
 むしろ、レオン、純粋に構いに来ていたし。変なことをするわけでもなく、変な目で見るわけでもなく、ただ、遊んでくれた。
 何だかいいやつだ。

「ふかふかだな、このベット! おまえ、いつもこんなので寝てるのか?」

 天蓋てんがいがあると大喜びで転がるティリスを、ふいにレオンが捕らえた。

「ひゃっ」

 そのまま抱き寄せられて、上機嫌だったティリスもさすがにあわてた。

「ま、待て! ちょっと待て! あのさあ、オレは王子なんだよ! カムラにいる間は、シグルドの王子!」
「――で?」

 で、じゃねえ。

「おまえ、隣国の王子に抱きつきたいって思うかよっ」
「隣国の王女にだって、別に抱きつきたくなんてないぞ」

 ……。
 絶句するティリスの様子に構うでもなく、レオンは一度、いいようにティリスを抱きすくめ、それから、彼女をはなして明かりを落としに立った。

「と、とにかくオレは椅子で……」

 天蓋付きふかふかベットがどんなに魅力的でも、さすがに、レオンと一緒というのは頂けない。
 逃げるように寝台を下りたティリスを、レオンが断りもせずに捕らえて引き戻した。

「……やっ……何す………」

 薄い夜着を通してレオンの腕が回るのを感じ、ティリスは真っ赤になってうろたえた。

「ちょっと待て! こんなこと主君と従者でやんない! やんないったら! やったら、やったら変態なんだ! つーかオレ、お嫁にいけなくなるじゃんかーっ!!」

 無我夢中で、ティリスには、自分が何を言っているかもわからなかった。

「? 行きたいのか」
「い、いきたかねーけど! いや、つーか、ま……」

 レオンの右腕が胸から肩に、左腕が腹部から脇に、それぞれ回されて、ティリスを完全に抱き込んだ。逃げられないティリスの首筋に、顔を埋めてくる。
 ちょ、ちょっとっ!
 これ、叫んでオレが女だってバレたら、国やばいのか!?
 だけど、このままじゃオレがやばいって――!!

「……んうぅっ……」

 ティリスが半狂乱になっているのに、レオンときたらクスクスと笑った。

「な、何笑ってんだ!」

 少し腕を緩めてティリスを寝台に引き倒し、レオンはいいようにティリスを抱え直した。

「気持ちいい」
「きっ――きっ、気持ちいいっておまえ! オレの意志はどうなるんだよっ」

 まずい。
 どうしよう。どうしよう。どうしよう。

「おまえの? どうして僕がおまえの意志なんて考えなくちゃならないんだ」
「か……考えろっ! 人間としてっ!」

 どうしよう!
 レオンはむ~と唸って、難しい顔でティリスを見た。
 だいたい、そんなの当たり前なのだ。どうしてかなんて――
 ティリスは必死に言葉を探した。
 どんなに考えても見つからない答えを、むしろ頭より心が、知っていたのかもしれない。意識しない言葉が、口をついて出ていた。

「オレが――、オレが傷ついても、おまえ、平気なのか……!? 平気なのかよっ」
「……?」

 いやだ……。
 どうしよう、止まらない。こんなことで泣きたくないのに、涙、出てきて……。
 薄闇の中、レオンがじっとティリスを見ている気配があった。

「いや……。どうしてそんなことを思うんだ? だったら、庇わない」
「……え……」

 レオンは当たり前のようにティリスを抱き寄せ、抱え込むと、目を閉じた。

「……ここに居ればいい」

 あれ――?
 心地良さげに『僕は寝る』モードに入ったレオンが、笑う。

「逃げられないし、取られないな。ずっと、ここに居ればいい。国になんて……帰らなくていい……」

 良くねえ。
 けれど、レオンはそのまま寝入ってしまった。
 何をするつもりも、なかったのか。

 ――な、なんだよーっ! オレが一人で騒いでただけか!? オレ、馬鹿みたいじゃんか~っ!

 抱き枕か、オレは。
 それでも、レオンが完全に寝入ってしまうと、ティリスも幾分安心し、多少、素直な気持ちになった。
 彼が眠っているのをいいことに、その腕の中、具合のいい位置を探して、その胸に頭を預ける。
 レオンが離さないから仕方なくこうしているのであって、好きでこうしているんじゃないぞと、少し自分自身に言い訳した。

「――おやすみ」

 ……。
 本当は、温かくて気持ちよかった。

 ――こいつの気が狂ってるなんて、嘘なんじゃん? かっこいいしさー。胸広いしさー。……オレ、こいつ嫌いじゃない……。

 ティリスもすぐに、すうっと眠りに落ちた。
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