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第二章 カムラ帝国の混沌
2-7. 僕に会えなくなって寂しくないのか
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その日から、ティリスはあからさまにレオンを避けるようになった。
それにしたって、ティリスだけなら避けきれなかったことだろう。(レオンはそのくらい、図々しくなおかつ無神経だった)
しかし、カタリーナの活躍で、レオンはただの一言もティリスと口をきけず、顔すら合わせられず、日が過ぎた。
「ティリス様は、貴方にお会いしたくありません。もう二度と会いません。帰りなさいな!」
その日も、廊下で通せんぼされ、レオンは憮然とした顔で文句を言った。
「どうして僕がおまえの指図を受けねばならないんだ。だいたい、本当なのか。そんなこと、僕はあいつに言われていない」
しかし、得意の死霊術もカタリーナには効かず、ロズすら味方になってくれず、レオンはいらいらと足を踏み鳴らした。
「嘘じゃない。……一度帰ってくれ。――オレ……」
それは4日ぶりに聞いたティリスの声だった。
何だ、いるじゃないかと思った。
「どういうつもりだ! ちゃんと会って話せ! 納得行かないぞ」
「そうしたら帰るかよ!」
その言葉が、どういうわけか、レオンの胸に深く突き刺さった。
痛い。
声も出なかった。
「……レオン?」
ロズが気遣わしげに声をかけるが、レオンは立ち尽くしたままだ。
ただ――
じっと見つめた右の手の平から、黒い霧が立ち込めつつあった。
「な、城内で何を――!」
カタリーナが警戒した声で言うのを聞いて、ティリスも警戒したようだ。場の空気に緊張が走る。
「……使える術が増えた。『死者の槍』か――」
絶句するカタリーナ。
「何で増えんだよ、それ……。怒ってるって言いたいのかよ!」
思わず顔を出してしまったティリスに、ロズが穏やかに言った。
「違うよ、姫。死霊術は怒りでは扱えないんだ。死霊術は――」
ロズの言葉半ばに、レオンがティリスをとらえた。
「や、はなせっ!」
「どうしてちゃんと僕を見ないんだ!」
ドキっとして、ティリスは息を呑んだ。
どうしてって――
「ティリス様を放しなさい!」
怒り狂うカタリーナを、ティリスはそれでも制した。
いい加減、逃げ回っていても仕方がない。
どうしてかなんて――
怖い。
レオンからも、怖いと認めることからも、逃げていた。今だって、気を抜くと体が震えてきそうだ。
「……帰ってくれ。オレ――」
パシン!
強く頬を叩かれて、ティリスは驚いてレオンを見た。
また、ドキっとした。
レオンがあまりに真っ直ぐ彼女を見ていたから。
それでもティリスがきちんとレオンに目を向けると、レオンはやっとティリスをはなした。
「おまえは、僕に国に帰って欲しいのか……?」
「……ああ」
言葉をなくしたような、沈黙。
「――僕に会えなくなって寂しくないのか」
ティリスはぷいと顔を背け、ぶっきらぼうに言った。
「寂しくなったら会いに行くよ」
「……」
変に静かなレオンが気になって、顔を向けてみようか、どうしようかとティリスが悩んだ時だ。
「――わかった。帰国する」
レオンが告げた。
――あれ?
何だろう、今、胸がちくって……。
ふいにレオンがティリスの手を取って、その手の平に何か、少し上から落とした。
「何?」
「やる。おまえ、誕生日だろう?」
「……」
昨日、カタリーナが「ティリス様は今日、明日のお誕生日の準備でお忙しいのよ、お帰り!」とか何とか、追い払っていたかもしれない。もちろん、真っ赤な嘘だ。
「……いや、オレ……誕生日先月なんだけど……」
「なに?」
レオンが寄越したのは金細工の、意外なくらい趣味のいいペンダントだった。フタがあって、開くようになっている。何気なく開けてみて、ティリスは息を呑んだ。
「なんっ……何でおまえがオレの母上の……!?」
「うん? 母親が見えるか?」
「見えるかって……!」
「ロズが魔法をかけたんだ、今、一番会いたい顔が見えるように。おまえ、母親に会いたいんだな」
言葉もなく、ティリスはレオンを見た。その隣から、カタリーナが怒りの声を上げた。
「お黙り、無礼者! 無神経な……!」
「? 何が無礼だ?」
ティリスが深く息をつき、参ったなという顔で、再びカタリーナを制した。
「いいんだ。レオンも、母親亡くしてんのは同じだし」
驚いた表情で、カタリーナがティリスを見る。
しかし。
「何を言い出すんだ。僕の母上は、死んでなどいないぞ。随分、タチの悪い冗談だな。いくらお前でも、次言ったら……」
レオンが心底気分を害した声で告げた言葉に、ティリスはあっけにとられて彼を見た。
「だっておまえ、こないだあいつに両親の無念思い知れって……! 親の仇じゃなかったのかよ!」
「仇だ。その仇を取ったからって、どうしておまえに避けられなきゃならないんだ」
「だから、つじつまが――」
ふいに、ロズがティリスを止めた。虚ろな瞳が、それ以上言うなと告げていた。
「レオン……?」
その瞳が頑なに、何かを拒んで虚空を見ている。
それにしたって、ティリスだけなら避けきれなかったことだろう。(レオンはそのくらい、図々しくなおかつ無神経だった)
しかし、カタリーナの活躍で、レオンはただの一言もティリスと口をきけず、顔すら合わせられず、日が過ぎた。
「ティリス様は、貴方にお会いしたくありません。もう二度と会いません。帰りなさいな!」
その日も、廊下で通せんぼされ、レオンは憮然とした顔で文句を言った。
「どうして僕がおまえの指図を受けねばならないんだ。だいたい、本当なのか。そんなこと、僕はあいつに言われていない」
しかし、得意の死霊術もカタリーナには効かず、ロズすら味方になってくれず、レオンはいらいらと足を踏み鳴らした。
「嘘じゃない。……一度帰ってくれ。――オレ……」
それは4日ぶりに聞いたティリスの声だった。
何だ、いるじゃないかと思った。
「どういうつもりだ! ちゃんと会って話せ! 納得行かないぞ」
「そうしたら帰るかよ!」
その言葉が、どういうわけか、レオンの胸に深く突き刺さった。
痛い。
声も出なかった。
「……レオン?」
ロズが気遣わしげに声をかけるが、レオンは立ち尽くしたままだ。
ただ――
じっと見つめた右の手の平から、黒い霧が立ち込めつつあった。
「な、城内で何を――!」
カタリーナが警戒した声で言うのを聞いて、ティリスも警戒したようだ。場の空気に緊張が走る。
「……使える術が増えた。『死者の槍』か――」
絶句するカタリーナ。
「何で増えんだよ、それ……。怒ってるって言いたいのかよ!」
思わず顔を出してしまったティリスに、ロズが穏やかに言った。
「違うよ、姫。死霊術は怒りでは扱えないんだ。死霊術は――」
ロズの言葉半ばに、レオンがティリスをとらえた。
「や、はなせっ!」
「どうしてちゃんと僕を見ないんだ!」
ドキっとして、ティリスは息を呑んだ。
どうしてって――
「ティリス様を放しなさい!」
怒り狂うカタリーナを、ティリスはそれでも制した。
いい加減、逃げ回っていても仕方がない。
どうしてかなんて――
怖い。
レオンからも、怖いと認めることからも、逃げていた。今だって、気を抜くと体が震えてきそうだ。
「……帰ってくれ。オレ――」
パシン!
強く頬を叩かれて、ティリスは驚いてレオンを見た。
また、ドキっとした。
レオンがあまりに真っ直ぐ彼女を見ていたから。
それでもティリスがきちんとレオンに目を向けると、レオンはやっとティリスをはなした。
「おまえは、僕に国に帰って欲しいのか……?」
「……ああ」
言葉をなくしたような、沈黙。
「――僕に会えなくなって寂しくないのか」
ティリスはぷいと顔を背け、ぶっきらぼうに言った。
「寂しくなったら会いに行くよ」
「……」
変に静かなレオンが気になって、顔を向けてみようか、どうしようかとティリスが悩んだ時だ。
「――わかった。帰国する」
レオンが告げた。
――あれ?
何だろう、今、胸がちくって……。
ふいにレオンがティリスの手を取って、その手の平に何か、少し上から落とした。
「何?」
「やる。おまえ、誕生日だろう?」
「……」
昨日、カタリーナが「ティリス様は今日、明日のお誕生日の準備でお忙しいのよ、お帰り!」とか何とか、追い払っていたかもしれない。もちろん、真っ赤な嘘だ。
「……いや、オレ……誕生日先月なんだけど……」
「なに?」
レオンが寄越したのは金細工の、意外なくらい趣味のいいペンダントだった。フタがあって、開くようになっている。何気なく開けてみて、ティリスは息を呑んだ。
「なんっ……何でおまえがオレの母上の……!?」
「うん? 母親が見えるか?」
「見えるかって……!」
「ロズが魔法をかけたんだ、今、一番会いたい顔が見えるように。おまえ、母親に会いたいんだな」
言葉もなく、ティリスはレオンを見た。その隣から、カタリーナが怒りの声を上げた。
「お黙り、無礼者! 無神経な……!」
「? 何が無礼だ?」
ティリスが深く息をつき、参ったなという顔で、再びカタリーナを制した。
「いいんだ。レオンも、母親亡くしてんのは同じだし」
驚いた表情で、カタリーナがティリスを見る。
しかし。
「何を言い出すんだ。僕の母上は、死んでなどいないぞ。随分、タチの悪い冗談だな。いくらお前でも、次言ったら……」
レオンが心底気分を害した声で告げた言葉に、ティリスはあっけにとられて彼を見た。
「だっておまえ、こないだあいつに両親の無念思い知れって……! 親の仇じゃなかったのかよ!」
「仇だ。その仇を取ったからって、どうしておまえに避けられなきゃならないんだ」
「だから、つじつまが――」
ふいに、ロズがティリスを止めた。虚ろな瞳が、それ以上言うなと告げていた。
「レオン……?」
その瞳が頑なに、何かを拒んで虚空を見ている。
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