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第一章 賢者様とレオン
1-6. 姫君の挑戦
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夜会。
皇帝との見合いのために姿を消すアディ姫を、レオンも何とはなしに見送っていた。
あれが、絶世の美女と名高いシグルド王国の姫か。確かに稀な美貌だ。
「レオン?」
いずれにしても、大切なのはロズだけだから。皇帝の勝手にすれば良いことだ。
「何だ? ロズ」
そう、レオンは予告通りゾンビを夜会に連れ込んでいた。
おかげで半径約十メートル、遠巻きにされている。
「さっきから、あの子が呼んでいるよ」
「?」
振り返り、レオンは途端に表情を硬くした。ティリスだ。
先だってのことに納得行かないティリスが、「おい」とか「なあ」とか声をかけても、レオンは一向に振り向かなかった。
視線を追えば、アディ姫を見ている。
それが妙に面白くなくて、昼間のこともあり、ゾンビに言われてやっと振り向いたレオンに、ティリスはつんけんして言った。
「無視すんなよ。ったく、マジでゾンビなんか連れ込みやがって……! 食欲が減退すんだろ!」
途端、レオンに頭から水を引っかけられた。
「何しやがる!」
「口のきき方に気をつけろ」
むっかつく~~~!
次の瞬間だった。
今度はレオンが水を引っかけられた。
「!」
カタリーナだ。
「何をする」
レオンの抗議に、カタリーナが敵がい心に満ちた口調でやり返した。
「たかが皇帝の供の分際で、ティリス王子に対する無礼な振る舞い、許されるとでも思うのですか! 昼間も、随分と好き放題やって下さったようね……神が許しても、このカタリーナが許しませんわ、覚悟なさい!」
カタリーナの瞳の奥で、復讐の炎がメラメラと燃えていた。アディスを姫としたため、ティリスはとりあえず、王子という設定なのだ。
「カタリーナは手を出すな!」
ティリスがぴしゃりと言った。
「オレとこいつの問題なんだ、身分なんてどうでもいい! おい、あんた。昼間はよくも、恥をかかせてくれたな。あんたも男なら、剣の一つも使えるはずだ。表に出て勝負しろ!」
闘争心剥き出しのティリスの挑戦に、レオンは一転、冷たい憎悪をはらんだ瞳で応じた。
「死ぬ覚悟はあるのか? 相手を殺さないことが前提の、馴れ合いに付き合う気はない」
「な……」
ティリスは息を呑み、けれど、すぐに強い目をして言った。
「わかった、それでいい。ただし、オレはあんたを殺さない。勝負がついてからの反撃はするなよ」
「ティリス様!?」
カタリーナがティリスの正気を疑うような、悲鳴のような声を上げた。
「ティリス様、なりません! そのような……! ティリス様にもしものことがあったら、どうなさるのですか!」
「オレは負けない!」
「大会とは違います、手加減なしなのですよ!? だいたい、このような輩になぜそのような――」
言ってしまってから、カタリーナはハッと口元を押さえた。けれど、遅い。
ティリスは押し黙ってカタリーナを見た。
「――だから、だ」
「え……?」
ティリスの瞳には、レオンへの刹那的な怒りより、別のものへの潜在的な怒りの色が、より強くあらわれていた。
「こいつはオレに遠慮しないし、手加減もしない。だから闘りたいんだ。どいつもこいつも、オレをおん……いや、王子だと思って手加減しやがって! おまえもだぞ、カタリーナ」
あの時、大会の決勝戦も、手加減されたせいで、かえって納得行かない結果になってしまったのだ。ギリギリでの駆け引きが、狂った。
負けたことより、カタリーナが手加減し、そのせいで戦略が狂ったことに、ティリスは腹を立てていた。
手加減などされなくても勝つ自信はあったし、たとえ勝てないとしても、真剣に相手をしてほしかったのだ。
自信があるのに手加減されるより、それがティリスの驕りなら、砕いてくれれば良かった。レオンがそうしたように。
腹は立っても不思議にレオンを憎めなかったのは、そのせいなのだろう。
頭が冷えてみての感想として、改めて思い返してみれば、レオンはただのゾンビ馬鹿。いい奴だと思う。――いや、いい奴は言い過ぎだけど、まあ、悪い奴ではないだろう。たぶん。
「それに、オレは別にこいつが嫌いじゃないし、だから殺したいとも思わない。闘れればいいんだ」
「ティリス様!?」
なんですってぇと、先ほどとは別のもの――いわゆる嫉妬に青い瞳を燃え上がらせて、カタリーナがレオンを睨む。
さっきより危険かも。
しかし。
「……盛り上がっているところ水を差すが、僕は剣は使えないからな。当然、死霊術でやらせてもらう」
「な、なんだとおっ!?」
これにはティリスが悲鳴を上げた。
「てめえ、汚いぞっ!」
「……何で、僕がおまえの得意なもので、勝負を受けなきゃならないんだ。カムラでは、剣術、魔術、死霊術、方術のうち、いずれか一つを修めることになっている。僕はもちろん、偉大なる死霊術を取った」
何がもちろんだ?
偉大なる死霊術ってあんた、それ、めちゃくちゃ悪役のセリフだってば。
ここで死霊術を選択するのは、あんまり『もちろん』ではない。
一般的にわざわざ死霊術なんて使いにくく、暗澹として、気が滅入るような道を選ぶ者はほとんどいない。
他の道で落ちこぼれた者が仕方なく逃げてきたり、不良になって逃げてきたり。それが俗に言う『おいでませ、死霊術の世界へ★栄えある人生転落コース』なのだ。
レオンに限っては、最初から死霊術を取ったのかもしれないが……。
ちなみに、死霊術師が少ない理由の一つに、方術師の存在がある。
死霊術が『冥界の力を借りる術』ならば、方術は『天界の力を借りる術』だ。効果は似ていながら、その性質は正反対。方術の方がずっとカッコ良くて清浄、さわやか、後始末も楽と、いいことづくめなのだから、これで死霊術を取るのは馬鹿だ。
死霊術も奥義の『冥王招来』くらい使えればかっこいいかもしれないが、初歩のゾンビやスケルトンなど、作れて嬉しいものでもないし。
それならば、伝説の『神霊降臨』を奥義に、初歩でもフェアリーやら精霊やら、美しく愛らしいものを召喚できる方術の方が、はるかにいいだろう。
結論を言うと、取り立てて死霊術が強いということはなく、レオンの『おまえが剣を使うなら、僕は死霊術を使う』という主張はもっともだった。特にカムラでは。
ただし、男子の全てが剣術を修めるシグルドでは、やや事情が異なってくる。まして、今のティリスはレオンの術に支配されてしまうので、抗議の一つや二つもしたくなるのだった。
「決闘は、それぞれの持てる力で闘うものだ。相手に合わせるものじゃない。――どうした?」
怖気づいたのだろうと、レオンが少し意地の悪いことを言い、ティリスに何気なく手を伸ばしてきた。
「――っ!」
ティリスは思わず小さな悲鳴を上げて、数歩退いてしまった。こわかったのだ。殺されると思った、最前の恐怖が蘇る。
「ふん、臆病者」
レオンの嘲笑に、ティリスは真っ赤になった。
「オレは、オレは臆病者なんかじゃない!」
何で震えが止まらないんだと、ティリスはかんしゃくを起こして、そばの柱にこぶしを打ちつけた。痛い。感情が昂ぶり、泣きたいのを必死にこらえてレオンを睨む。
「じゃあ、どうする。やるのか」
レオンの挑発に、やると言えなくて。
必死になっても、レオンを本気にさえ、させられないのだ。
レオンは冷酷にティリスを見下し、無慈悲に追い詰めるだけだった。
「や……」
臆病者なんかじゃ、ない。
負けない。
唇を噛んでレオンを睨んでいたティリスが、やる、と言おうとした時だった。
ロズがすっと手を上げた。
「やめなさい、レオン。年長の者が、年少の者をなぶるものではないよ」
レオンの表情が強張る。
「……だがロズ! こいつは、おまえをまた邪険にしたんだ!」
あ、必死じゃん。
何か違う。
「レオン……」
その時、ティリスは確かにゾンビが笑ったように思った。
「レオン、私には、あなたに遊んでほしいとねだる、姫君の可愛い声が聞こえたよ。私のことばかり見ていないで、少しは姫君を見ておあげなさい」
――何だって!?
「ちがう!」
今度は、ティリスが夢中で抗議した。
「何でオレがこんなやつに、遊んでほしがらないといけないんだよ! それに、オレは姫じゃなくて王子なの!」
「おや?」
ロズが不思議そうにティリスを見てから、多分、にこりと微笑んだ。
……腐っているので、あくまで『多分』だけれど。
見たままに言うなら、腐った顔をいびつに歪めた、というところ。
「これは失礼を。王子なんだね。それでは、ティリス王子。レオンはあまり、人と付き合うことが得意ではなくてね。構って欲しい時には、そうと言ってやって欲しい。それと察するのは、今のレオンには少しばかり荷が重い」
ロズの言葉に、レオンが不思議そうな顔で言う。
「違うんじゃないか? 本人も、違うと言っているし」
「そ、そうだ。違うんだ。オレはそんな、遊んでほしいとかそんな……」
リンリンと、着席の合図の鈴が鳴らされたのはその時だった。
「会食のようだね」
皇帝との見合いのために姿を消すアディ姫を、レオンも何とはなしに見送っていた。
あれが、絶世の美女と名高いシグルド王国の姫か。確かに稀な美貌だ。
「レオン?」
いずれにしても、大切なのはロズだけだから。皇帝の勝手にすれば良いことだ。
「何だ? ロズ」
そう、レオンは予告通りゾンビを夜会に連れ込んでいた。
おかげで半径約十メートル、遠巻きにされている。
「さっきから、あの子が呼んでいるよ」
「?」
振り返り、レオンは途端に表情を硬くした。ティリスだ。
先だってのことに納得行かないティリスが、「おい」とか「なあ」とか声をかけても、レオンは一向に振り向かなかった。
視線を追えば、アディ姫を見ている。
それが妙に面白くなくて、昼間のこともあり、ゾンビに言われてやっと振り向いたレオンに、ティリスはつんけんして言った。
「無視すんなよ。ったく、マジでゾンビなんか連れ込みやがって……! 食欲が減退すんだろ!」
途端、レオンに頭から水を引っかけられた。
「何しやがる!」
「口のきき方に気をつけろ」
むっかつく~~~!
次の瞬間だった。
今度はレオンが水を引っかけられた。
「!」
カタリーナだ。
「何をする」
レオンの抗議に、カタリーナが敵がい心に満ちた口調でやり返した。
「たかが皇帝の供の分際で、ティリス王子に対する無礼な振る舞い、許されるとでも思うのですか! 昼間も、随分と好き放題やって下さったようね……神が許しても、このカタリーナが許しませんわ、覚悟なさい!」
カタリーナの瞳の奥で、復讐の炎がメラメラと燃えていた。アディスを姫としたため、ティリスはとりあえず、王子という設定なのだ。
「カタリーナは手を出すな!」
ティリスがぴしゃりと言った。
「オレとこいつの問題なんだ、身分なんてどうでもいい! おい、あんた。昼間はよくも、恥をかかせてくれたな。あんたも男なら、剣の一つも使えるはずだ。表に出て勝負しろ!」
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「死ぬ覚悟はあるのか? 相手を殺さないことが前提の、馴れ合いに付き合う気はない」
「な……」
ティリスは息を呑み、けれど、すぐに強い目をして言った。
「わかった、それでいい。ただし、オレはあんたを殺さない。勝負がついてからの反撃はするなよ」
「ティリス様!?」
カタリーナがティリスの正気を疑うような、悲鳴のような声を上げた。
「ティリス様、なりません! そのような……! ティリス様にもしものことがあったら、どうなさるのですか!」
「オレは負けない!」
「大会とは違います、手加減なしなのですよ!? だいたい、このような輩になぜそのような――」
言ってしまってから、カタリーナはハッと口元を押さえた。けれど、遅い。
ティリスは押し黙ってカタリーナを見た。
「――だから、だ」
「え……?」
ティリスの瞳には、レオンへの刹那的な怒りより、別のものへの潜在的な怒りの色が、より強くあらわれていた。
「こいつはオレに遠慮しないし、手加減もしない。だから闘りたいんだ。どいつもこいつも、オレをおん……いや、王子だと思って手加減しやがって! おまえもだぞ、カタリーナ」
あの時、大会の決勝戦も、手加減されたせいで、かえって納得行かない結果になってしまったのだ。ギリギリでの駆け引きが、狂った。
負けたことより、カタリーナが手加減し、そのせいで戦略が狂ったことに、ティリスは腹を立てていた。
手加減などされなくても勝つ自信はあったし、たとえ勝てないとしても、真剣に相手をしてほしかったのだ。
自信があるのに手加減されるより、それがティリスの驕りなら、砕いてくれれば良かった。レオンがそうしたように。
腹は立っても不思議にレオンを憎めなかったのは、そのせいなのだろう。
頭が冷えてみての感想として、改めて思い返してみれば、レオンはただのゾンビ馬鹿。いい奴だと思う。――いや、いい奴は言い過ぎだけど、まあ、悪い奴ではないだろう。たぶん。
「それに、オレは別にこいつが嫌いじゃないし、だから殺したいとも思わない。闘れればいいんだ」
「ティリス様!?」
なんですってぇと、先ほどとは別のもの――いわゆる嫉妬に青い瞳を燃え上がらせて、カタリーナがレオンを睨む。
さっきより危険かも。
しかし。
「……盛り上がっているところ水を差すが、僕は剣は使えないからな。当然、死霊術でやらせてもらう」
「な、なんだとおっ!?」
これにはティリスが悲鳴を上げた。
「てめえ、汚いぞっ!」
「……何で、僕がおまえの得意なもので、勝負を受けなきゃならないんだ。カムラでは、剣術、魔術、死霊術、方術のうち、いずれか一つを修めることになっている。僕はもちろん、偉大なる死霊術を取った」
何がもちろんだ?
偉大なる死霊術ってあんた、それ、めちゃくちゃ悪役のセリフだってば。
ここで死霊術を選択するのは、あんまり『もちろん』ではない。
一般的にわざわざ死霊術なんて使いにくく、暗澹として、気が滅入るような道を選ぶ者はほとんどいない。
他の道で落ちこぼれた者が仕方なく逃げてきたり、不良になって逃げてきたり。それが俗に言う『おいでませ、死霊術の世界へ★栄えある人生転落コース』なのだ。
レオンに限っては、最初から死霊術を取ったのかもしれないが……。
ちなみに、死霊術師が少ない理由の一つに、方術師の存在がある。
死霊術が『冥界の力を借りる術』ならば、方術は『天界の力を借りる術』だ。効果は似ていながら、その性質は正反対。方術の方がずっとカッコ良くて清浄、さわやか、後始末も楽と、いいことづくめなのだから、これで死霊術を取るのは馬鹿だ。
死霊術も奥義の『冥王招来』くらい使えればかっこいいかもしれないが、初歩のゾンビやスケルトンなど、作れて嬉しいものでもないし。
それならば、伝説の『神霊降臨』を奥義に、初歩でもフェアリーやら精霊やら、美しく愛らしいものを召喚できる方術の方が、はるかにいいだろう。
結論を言うと、取り立てて死霊術が強いということはなく、レオンの『おまえが剣を使うなら、僕は死霊術を使う』という主張はもっともだった。特にカムラでは。
ただし、男子の全てが剣術を修めるシグルドでは、やや事情が異なってくる。まして、今のティリスはレオンの術に支配されてしまうので、抗議の一つや二つもしたくなるのだった。
「決闘は、それぞれの持てる力で闘うものだ。相手に合わせるものじゃない。――どうした?」
怖気づいたのだろうと、レオンが少し意地の悪いことを言い、ティリスに何気なく手を伸ばしてきた。
「――っ!」
ティリスは思わず小さな悲鳴を上げて、数歩退いてしまった。こわかったのだ。殺されると思った、最前の恐怖が蘇る。
「ふん、臆病者」
レオンの嘲笑に、ティリスは真っ赤になった。
「オレは、オレは臆病者なんかじゃない!」
何で震えが止まらないんだと、ティリスはかんしゃくを起こして、そばの柱にこぶしを打ちつけた。痛い。感情が昂ぶり、泣きたいのを必死にこらえてレオンを睨む。
「じゃあ、どうする。やるのか」
レオンの挑発に、やると言えなくて。
必死になっても、レオンを本気にさえ、させられないのだ。
レオンは冷酷にティリスを見下し、無慈悲に追い詰めるだけだった。
「や……」
臆病者なんかじゃ、ない。
負けない。
唇を噛んでレオンを睨んでいたティリスが、やる、と言おうとした時だった。
ロズがすっと手を上げた。
「やめなさい、レオン。年長の者が、年少の者をなぶるものではないよ」
レオンの表情が強張る。
「……だがロズ! こいつは、おまえをまた邪険にしたんだ!」
あ、必死じゃん。
何か違う。
「レオン……」
その時、ティリスは確かにゾンビが笑ったように思った。
「レオン、私には、あなたに遊んでほしいとねだる、姫君の可愛い声が聞こえたよ。私のことばかり見ていないで、少しは姫君を見ておあげなさい」
――何だって!?
「ちがう!」
今度は、ティリスが夢中で抗議した。
「何でオレがこんなやつに、遊んでほしがらないといけないんだよ! それに、オレは姫じゃなくて王子なの!」
「おや?」
ロズが不思議そうにティリスを見てから、多分、にこりと微笑んだ。
……腐っているので、あくまで『多分』だけれど。
見たままに言うなら、腐った顔をいびつに歪めた、というところ。
「これは失礼を。王子なんだね。それでは、ティリス王子。レオンはあまり、人と付き合うことが得意ではなくてね。構って欲しい時には、そうと言ってやって欲しい。それと察するのは、今のレオンには少しばかり荷が重い」
ロズの言葉に、レオンが不思議そうな顔で言う。
「違うんじゃないか? 本人も、違うと言っているし」
「そ、そうだ。違うんだ。オレはそんな、遊んでほしいとかそんな……」
リンリンと、着席の合図の鈴が鳴らされたのはその時だった。
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