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第三章 闇を彷徨う心を癒したい
第61話 公子様は悪役令嬢をどうしても守りたい
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先月までかかりきりだった、アスタール領の人々を破滅させない試みは、すごく緊張感があって大変だったけど、終わってみれば――
あの頃の僕達の毎日は充実していて、輝くようだったから、もう、懐かしかった。
破滅するはずだった人達がみんな助かって、僕たちに感謝してくれるのは、すごく嬉しくて、心地好かったんだ。
だからこそ、『光の聖女様のための物語』の意味が、今の僕には三年前よりわかってしまうけど、それでも、『破滅する人達を救うシナリオのために破滅が用意される』のって。
まるで、強奪したものを返してあげることを、人助けだって言うみたいだ。
何かとても、理不尽なゆがみを感じるんだ。
デゼルが十歳になって、アスタール伯爵を破滅させる大惨事が過ぎた、その次は。
いよいよ、僕達の公国が滅亡して、最後の闇の使徒であるデゼルが破滅する番だった。
今度、失敗した時に破滅するのは僕達自身。
その恐怖と危機感は、これまでとは段違いだった。
アスタール伯爵を助けることが、クライス様を助けることとは比較にならないくらい大変だったことも、気がかりで。
同じ闇の使徒でも、破滅させない難度はまるで違うみたいなんだ。
デゼルの話では、闇の使徒はそもそも救われない運命だから、救えることの方がおかしいらしいんだけど。
この三年間、鍛錬を重ねて、装備を整えて、助けられる人達はみんな助けた。
公国の滅亡に関わる人達も、可能な限り、僕達の陣営に引き込んだ。
これで駄目なら、もう、本当に仕方ないから、悔いはないけど。
恐怖は別で。
僕とガゼル様が視た邪神のことを、デゼルは知らなかった。
万が一、公国だけ、デゼルだけ、破滅を免れないようなことがあったら――
僕もデゼルも何も言わなかったけど、アスタール伯爵を破滅から救えた日を境に、僕は少し怖くて、デゼルをぎゅっと抱き締めて眠るようになってた。
楽しくて幸せな時間は、今日で最後なのかもしれない。
その恐怖は、僕の胸の奥にも、デゼルの胸の奥にも、闇色のとぐろを巻いて、わだかまっていたと思う。
だけど、僕は闇主。
闇を統べる者。
闇を恐れたりしないって、心に誓った。
僕が恐怖にのまれれば、デゼルがパニックになるから。
一番、怖いのはデゼルなんだ。
僕が必ず傍にいて、いつでも、笑いかけてあげなくちゃ。
それが、僕にしかできない、僕だけにできること。
学校をやめても、勉強は遅れないように午前中はデゼルの部屋で自習することが多かったけど、二人で遊びに出かける日も増やした。
公邸の近隣には景色のいい場所がたくさんあるから、ピクニックに行ったり、ティニーの遊び相手をしに行ったり。
それでも、デゼルと出会えてからは、ずっと、幸せすぎたからなのかな。
終わりの予感への恐怖は、僕の中で日ごとに増していた。
僕達が中学校を中退したのも、張り詰めていた糸が切れるように。
僕もデゼルも、もう、ふつうにしているのがつらかったんだ。
ふとした拍子に、たまらなく怖くなる。
そんな時に、お互いに何も言わずに微笑みあって、手をつないで、つなぎ返してもらえること。
それで恐怖を鎮めて、やっと、残された幸せな時を大切に、穏やかに過ごせていたんだ。
「ねぇ、デゼルってそれ、いつも、何してるの? 僕が見てもいい?」
「えっと……」
その日の午前中も、いつものようにデゼルの部屋で自習していた僕は、ふと、デゼルがしていることが気になった。
中学校で先生に注意されてしまった水晶占い。
予知したことを綴っているらしいノートをパラパラとめくってみて、僕は軽く目を見張った。
「闇の神の予知って、すごいんだね。ティニーがいつどうして亡くなるかまで、あらかじめ、わかってたんだ。予定日を過ぎてるから、ティニーはもう、助かったんだよね?」
「うん」
デゼルが笑ってくれて、とっても可愛らしかった。
よかった、ティニーが助かったことも、デゼルがまだ、嬉しそうに笑ってくれることも。
ユリシーズの火傷には予定日がなくて、その代わり、ネプチューン皇子が皇帝に即位する際には、『隻眼の魔女』として副官に任命されることになってた。
デゼルはだから、ネプチューン皇子が皇帝に即位するまで、ユリシーズを癒さないんだ。いたずらに運命に逆らわず、なるべく余計なことはしないで、みんなを助けてあげたいんだね。
真っ青な顔をしたガゼル様が訪ねてきたのは、そんな、平和な時間のことだった。
「デゼル、少し、つきあってもらいたいんだけど」
「ガゼル様? サイファも一緒に――」
「いや、今日はデゼルひとりで」
デゼルがどうしようって僕を振り向いた。
ガゼル様が僕とデゼルを引き離すのは、これが初めて。
ただならない様子だし、ついに、帝国に動きがあったのかもしれない。
その対応に絡んで、大公陛下に謁見するなら、僕は確かに、居心地が悪いんだ。
大公陛下は、ガゼル様がデゼルの闇主になることを望まれて、婚約させていたんだから。
僕がデゼルにうなずくと、寂しそうにしたデゼルが、ガゼル様に答えた。
「わかりました。どちらへ?」
「公邸に跳べる?」
はいとガゼル様にうなずいた後、デゼルが儚く微笑んで僕を見た。
「サイファ様、行ってくるね」
「うん、気をつけて」
デゼルの緩く流れる銀の髪の波間から、僕が贈ったイヤリングがキラキラ、きらめきを零しながら揺れていた。
「時空【Lv2】――目標、公邸」
あの頃の僕達の毎日は充実していて、輝くようだったから、もう、懐かしかった。
破滅するはずだった人達がみんな助かって、僕たちに感謝してくれるのは、すごく嬉しくて、心地好かったんだ。
だからこそ、『光の聖女様のための物語』の意味が、今の僕には三年前よりわかってしまうけど、それでも、『破滅する人達を救うシナリオのために破滅が用意される』のって。
まるで、強奪したものを返してあげることを、人助けだって言うみたいだ。
何かとても、理不尽なゆがみを感じるんだ。
デゼルが十歳になって、アスタール伯爵を破滅させる大惨事が過ぎた、その次は。
いよいよ、僕達の公国が滅亡して、最後の闇の使徒であるデゼルが破滅する番だった。
今度、失敗した時に破滅するのは僕達自身。
その恐怖と危機感は、これまでとは段違いだった。
アスタール伯爵を助けることが、クライス様を助けることとは比較にならないくらい大変だったことも、気がかりで。
同じ闇の使徒でも、破滅させない難度はまるで違うみたいなんだ。
デゼルの話では、闇の使徒はそもそも救われない運命だから、救えることの方がおかしいらしいんだけど。
この三年間、鍛錬を重ねて、装備を整えて、助けられる人達はみんな助けた。
公国の滅亡に関わる人達も、可能な限り、僕達の陣営に引き込んだ。
これで駄目なら、もう、本当に仕方ないから、悔いはないけど。
恐怖は別で。
僕とガゼル様が視た邪神のことを、デゼルは知らなかった。
万が一、公国だけ、デゼルだけ、破滅を免れないようなことがあったら――
僕もデゼルも何も言わなかったけど、アスタール伯爵を破滅から救えた日を境に、僕は少し怖くて、デゼルをぎゅっと抱き締めて眠るようになってた。
楽しくて幸せな時間は、今日で最後なのかもしれない。
その恐怖は、僕の胸の奥にも、デゼルの胸の奥にも、闇色のとぐろを巻いて、わだかまっていたと思う。
だけど、僕は闇主。
闇を統べる者。
闇を恐れたりしないって、心に誓った。
僕が恐怖にのまれれば、デゼルがパニックになるから。
一番、怖いのはデゼルなんだ。
僕が必ず傍にいて、いつでも、笑いかけてあげなくちゃ。
それが、僕にしかできない、僕だけにできること。
学校をやめても、勉強は遅れないように午前中はデゼルの部屋で自習することが多かったけど、二人で遊びに出かける日も増やした。
公邸の近隣には景色のいい場所がたくさんあるから、ピクニックに行ったり、ティニーの遊び相手をしに行ったり。
それでも、デゼルと出会えてからは、ずっと、幸せすぎたからなのかな。
終わりの予感への恐怖は、僕の中で日ごとに増していた。
僕達が中学校を中退したのも、張り詰めていた糸が切れるように。
僕もデゼルも、もう、ふつうにしているのがつらかったんだ。
ふとした拍子に、たまらなく怖くなる。
そんな時に、お互いに何も言わずに微笑みあって、手をつないで、つなぎ返してもらえること。
それで恐怖を鎮めて、やっと、残された幸せな時を大切に、穏やかに過ごせていたんだ。
「ねぇ、デゼルってそれ、いつも、何してるの? 僕が見てもいい?」
「えっと……」
その日の午前中も、いつものようにデゼルの部屋で自習していた僕は、ふと、デゼルがしていることが気になった。
中学校で先生に注意されてしまった水晶占い。
予知したことを綴っているらしいノートをパラパラとめくってみて、僕は軽く目を見張った。
「闇の神の予知って、すごいんだね。ティニーがいつどうして亡くなるかまで、あらかじめ、わかってたんだ。予定日を過ぎてるから、ティニーはもう、助かったんだよね?」
「うん」
デゼルが笑ってくれて、とっても可愛らしかった。
よかった、ティニーが助かったことも、デゼルがまだ、嬉しそうに笑ってくれることも。
ユリシーズの火傷には予定日がなくて、その代わり、ネプチューン皇子が皇帝に即位する際には、『隻眼の魔女』として副官に任命されることになってた。
デゼルはだから、ネプチューン皇子が皇帝に即位するまで、ユリシーズを癒さないんだ。いたずらに運命に逆らわず、なるべく余計なことはしないで、みんなを助けてあげたいんだね。
真っ青な顔をしたガゼル様が訪ねてきたのは、そんな、平和な時間のことだった。
「デゼル、少し、つきあってもらいたいんだけど」
「ガゼル様? サイファも一緒に――」
「いや、今日はデゼルひとりで」
デゼルがどうしようって僕を振り向いた。
ガゼル様が僕とデゼルを引き離すのは、これが初めて。
ただならない様子だし、ついに、帝国に動きがあったのかもしれない。
その対応に絡んで、大公陛下に謁見するなら、僕は確かに、居心地が悪いんだ。
大公陛下は、ガゼル様がデゼルの闇主になることを望まれて、婚約させていたんだから。
僕がデゼルにうなずくと、寂しそうにしたデゼルが、ガゼル様に答えた。
「わかりました。どちらへ?」
「公邸に跳べる?」
はいとガゼル様にうなずいた後、デゼルが儚く微笑んで僕を見た。
「サイファ様、行ってくるね」
「うん、気をつけて」
デゼルの緩く流れる銀の髪の波間から、僕が贈ったイヤリングがキラキラ、きらめきを零しながら揺れていた。
「時空【Lv2】――目標、公邸」
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