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第四章 悪夢の夜

4-3b. 逃亡者【姉妹】

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「カレンお姉様!」

 翌日の午後、カレンの部屋に息せき切って駆け込んできたアデリシアと、カレンは久々の再会を喜びあった。それから、何があったのですかと、心配な様子で訊ねるアデリシアに、カレンは事情を話し始めた。

「アデリシア、ゼルダ様は本当に、とても危うい立場においでだわ。私、あなたとゼルダ様のために、皇妃様の身辺を探っていたの。皇妃様に知られたわ。皇妃様は、私が滞在していた館を炎に巻いたの、恐ろしい方よ。私のザルマーク皇子を暗殺したのも、あの方……!」

 カレンは婚約者を炎の中に見捨てて、逃げてきたのだ。
 屋敷のどこかから、私に構わず逃げろと怒鳴ってくれたのは彼だ。それでも――
 屋敷の周辺には刺客までが放たれていて、彼女を確実に殺す段取りだったようで、逃げ延びたのはほとんど奇跡だったし、婚約者の安否を確かめるために屋敷に近付くことも、もう、出来なかった。
 彼女一人だったら、逃げ切れなかったかもしれない。けれど、お腹の子のために、何を失っても、死ぬわけにいかなかった。ザルマークはもういない。この子が死んでしまったら、あの人の命の証は、もう何も、なくなってしまう。

「私はもう、どこへも逃げられない。私が頼れば、匿って下さる方まで、皇妃様に滅ぼされてしまうもの。でも、ゼルダ様を思い出したの」

 そうまでして守った小さな命のために、だからといって、繰り返し、彼女を匿ってくれる誰かを犠牲にしてはいられない。侯爵家に白い結婚を申し出たゼルダの気持ちが、今なら、よくわかった。
 どんなに苦しかっただろう。助けを求めることさえ罪悪のように感じられる、この苦悩。それでも、守らなければならないもののために、手を尽くさずにはいられない、この思い。
 もう皇帝も憎い。どうして、こんな酷いことを知っていながら、あの皇妃を放っておくのだ。どんな報復を心に定めているのか知らないけれど、どうして、罪のない人間が滅ぼされ、悲劇が生まれて消えるのを、黙認しているのだ。

「アデリシア、私はもう、ゼルダ様と一蓮托生よ。お腹の子も、ゼルダ様しか、生ませて下さる方はいないわ。だけどあなたは違う、ゼルダ様はあなたを大切に思うから、白い結婚なのよ。アデリシア、あなたがこのまま、ゼルダ様のご正妃になりたいなら、姉様は、ゼルダ様を取り上げたりしないわ。でも、アデリシアが苦しいなら、ゼルダ様のご正妃には私がなりたい。私はゼルダ様が好きよ。ザルマーク皇子の子を、ゼルダ様の子として生ませて下さると言うの」
「そんな、ご正妃の子息は家督を継ぐのよ!」
「そうね、ゼルダ様はご承知よ。だから私は、ゼルダ様のためになら、何でも出来ると思ったわ」
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