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第三章 死霊術師
3-3c. 闇色の獣【救う手立て?】
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いずれにせよ、アルディナン皇太子のやりように比べて、ゼルダのそれはあまりにつたない。一生懸命、若いなりに知恵を絞って立ち回っているのはわかるけれど、そもそも、それと悟られているようでは駄目なのだ。
「兄上の糾弾はそういうレベルだった。おまえとはまるきり違うんだ」
兄皇太子に証言を頼まれた時、ヴァン・ガーディナは肩の荷が下りた気持ちになった。その命運を兄皇太子が預かってくれることに、安堵さえした。
けれど、同じことをゼルダに頼まれて覚えるのは、言い知れない恐怖と戦慄だ。真っ向から皇妃を敵に回すことの恐ろしさが、この弟皇子にはわかっていない。
「そうだな、兄上に倣って、おまえも父上とテッサリア様の承認くらいは取り付けなさい。それが出来たら、話くらいは聞いてやろう?」
「え、待っ…て……? 兄上、では父上は、ゼルシア様が母上を手にかけたこと、ご存知なのですか!?」
ヴァン・ガーディナは束の間、あれと瞬きした後、にっこり笑った。
「ああ、もちろん、ご存知じゃないな、ご存知なはずがないよ、そんなこと。おまえ、本当に可愛いね、ゼルダ?」
何その、あからさまで馬鹿にしまくった言い様は!
「父上はご存知なんだ、何で、そうやって私ばかり……! それで、私がどんな思いをするか、どんな目に遭うか、あなたも父上も考えても下さらない!!」
くすっと、ヴァン・ガーディナが嫣然と笑んだ。
ゼルダは何を為しても、つらい思いに耐え続けても、自分ばかり誰にも愛されないのが、悔しくて、悲しくて、泣き出しそうだった。
「おまえが、おまえのことしか考えられないからだよ」
「考えています! 私が、妃や子を守るためにどんなに手を尽くしているか、兄上が何をご存知なんですか!!」
「ほら、おまえのことじゃないか? おまえの妃や子のことだろう? おまえ、私や父上のことはいつ考えるんだ。アーシャ様が誰より可愛がっていた、私の母上のことは?」
絶句したゼルダに対し、ヴァン・ガーディナは揺るぎのない笑顔で。
その麗しい美声が、冷酷に畳み掛ける。
「アルディナン兄様は考えて下さっていたな。ゼルダ、私だけじゃない、アルディナン兄様は母上さえ、助命するつもりでいらした。おまえは、どうなんだ? 本当に、考えているのか。おまえ、父上も母上も失う私を救ってくれるのか。私など、道具のように利用して使い捨てか?」
違う、そんなとかぶりを振っても、確かにゼルダは、兄皇子にとってはゼルダの味方をするのは不利益だという程度にしか、考えていなかった。
ゼルダを助けることで、兄皇子が深刻な苦境に追い込まれること、踏み込んで考えたことは一度もなかった。
兄皇子を救う手立て? そんなもの、ない。
アーシャ皇妃と二人の皇太子を暗殺した黒幕としてゼルシア皇妃が失脚すれば、ヴァン・ガーディナもまた、深刻な責めを受ける身の上になるのは間違いない。
ヴァン・ガーディナに極刑を求刑する者だって、後を絶たないだろう。
父皇帝が庇おうにも、きっと、兄皇子はその救いを信じて待てない。
アーシャ皇妃やアルディナン皇太子を殺したのはあなただと責め立てられたら、それだけで、微笑みながら、自ら命を絶ってしまいそうな兄皇子だ。
「――ゼルダ、わかっているから、しょげるな。おまえは上位者が下位者を守るのは当然だと思っていただけだろうな。おまえは妃や子に、おまえのつらさをわかって欲しいなんて思わない。だが、妃が子のつらさをわかろうとしなかったら、腹が立つだろう? おまえが、ただ私を上位者と捉えて、頼っていたこと、わかっているんだ。虐めたかっただけだよ」
ゼルダがきゅっとヴァン・ガーディナのケープを握ると、兄皇子の腕が優しく抱き締めてくれた。
この様で、ヴァン・ガーディナと対等になろうとしていたなんて片腹痛い。冥魔の瞳で兄皇子に仕掛けられなかったのも、道理だった。
最初から、ゼルダの方が、ヴァン・ガーディナを上位者と捉えて、下位者の立場で甘えていたのだ。それは、確かだけれど。
「兄上、私は、兄上や父上のことだって考えて、思っています。ただ、兄上や父上のお考えは、よくわからなくて、その、もっと今みたいに、教えて下さいね……? 私だって、兄上を失いたくないです。守りたい、から」
ぷっと吹いたヴァン・ガーディナが、くすくす笑った。
「な、何で笑うんですか!」
「いや、何だろう? おまえが可愛いから?」
ゼルダがこれまでに見た、どんな笑顔より綺麗に笑って、ヴァン・ガーディナがゼルダを離した。
なんだか、澄んだ祈りを捧げるように、十六夜の月を見上げる兄皇子にならい、ゼルダもちょこんと座って月を見上げた。
「兄上の糾弾はそういうレベルだった。おまえとはまるきり違うんだ」
兄皇太子に証言を頼まれた時、ヴァン・ガーディナは肩の荷が下りた気持ちになった。その命運を兄皇太子が預かってくれることに、安堵さえした。
けれど、同じことをゼルダに頼まれて覚えるのは、言い知れない恐怖と戦慄だ。真っ向から皇妃を敵に回すことの恐ろしさが、この弟皇子にはわかっていない。
「そうだな、兄上に倣って、おまえも父上とテッサリア様の承認くらいは取り付けなさい。それが出来たら、話くらいは聞いてやろう?」
「え、待っ…て……? 兄上、では父上は、ゼルシア様が母上を手にかけたこと、ご存知なのですか!?」
ヴァン・ガーディナは束の間、あれと瞬きした後、にっこり笑った。
「ああ、もちろん、ご存知じゃないな、ご存知なはずがないよ、そんなこと。おまえ、本当に可愛いね、ゼルダ?」
何その、あからさまで馬鹿にしまくった言い様は!
「父上はご存知なんだ、何で、そうやって私ばかり……! それで、私がどんな思いをするか、どんな目に遭うか、あなたも父上も考えても下さらない!!」
くすっと、ヴァン・ガーディナが嫣然と笑んだ。
ゼルダは何を為しても、つらい思いに耐え続けても、自分ばかり誰にも愛されないのが、悔しくて、悲しくて、泣き出しそうだった。
「おまえが、おまえのことしか考えられないからだよ」
「考えています! 私が、妃や子を守るためにどんなに手を尽くしているか、兄上が何をご存知なんですか!!」
「ほら、おまえのことじゃないか? おまえの妃や子のことだろう? おまえ、私や父上のことはいつ考えるんだ。アーシャ様が誰より可愛がっていた、私の母上のことは?」
絶句したゼルダに対し、ヴァン・ガーディナは揺るぎのない笑顔で。
その麗しい美声が、冷酷に畳み掛ける。
「アルディナン兄様は考えて下さっていたな。ゼルダ、私だけじゃない、アルディナン兄様は母上さえ、助命するつもりでいらした。おまえは、どうなんだ? 本当に、考えているのか。おまえ、父上も母上も失う私を救ってくれるのか。私など、道具のように利用して使い捨てか?」
違う、そんなとかぶりを振っても、確かにゼルダは、兄皇子にとってはゼルダの味方をするのは不利益だという程度にしか、考えていなかった。
ゼルダを助けることで、兄皇子が深刻な苦境に追い込まれること、踏み込んで考えたことは一度もなかった。
兄皇子を救う手立て? そんなもの、ない。
アーシャ皇妃と二人の皇太子を暗殺した黒幕としてゼルシア皇妃が失脚すれば、ヴァン・ガーディナもまた、深刻な責めを受ける身の上になるのは間違いない。
ヴァン・ガーディナに極刑を求刑する者だって、後を絶たないだろう。
父皇帝が庇おうにも、きっと、兄皇子はその救いを信じて待てない。
アーシャ皇妃やアルディナン皇太子を殺したのはあなただと責め立てられたら、それだけで、微笑みながら、自ら命を絶ってしまいそうな兄皇子だ。
「――ゼルダ、わかっているから、しょげるな。おまえは上位者が下位者を守るのは当然だと思っていただけだろうな。おまえは妃や子に、おまえのつらさをわかって欲しいなんて思わない。だが、妃が子のつらさをわかろうとしなかったら、腹が立つだろう? おまえが、ただ私を上位者と捉えて、頼っていたこと、わかっているんだ。虐めたかっただけだよ」
ゼルダがきゅっとヴァン・ガーディナのケープを握ると、兄皇子の腕が優しく抱き締めてくれた。
この様で、ヴァン・ガーディナと対等になろうとしていたなんて片腹痛い。冥魔の瞳で兄皇子に仕掛けられなかったのも、道理だった。
最初から、ゼルダの方が、ヴァン・ガーディナを上位者と捉えて、下位者の立場で甘えていたのだ。それは、確かだけれど。
「兄上、私は、兄上や父上のことだって考えて、思っています。ただ、兄上や父上のお考えは、よくわからなくて、その、もっと今みたいに、教えて下さいね……? 私だって、兄上を失いたくないです。守りたい、から」
ぷっと吹いたヴァン・ガーディナが、くすくす笑った。
「な、何で笑うんですか!」
「いや、何だろう? おまえが可愛いから?」
ゼルダがこれまでに見た、どんな笑顔より綺麗に笑って、ヴァン・ガーディナがゼルダを離した。
なんだか、澄んだ祈りを捧げるように、十六夜の月を見上げる兄皇子にならい、ゼルダもちょこんと座って月を見上げた。
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