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弐 一つ目の夜
第21話 言い訳
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翌日。
行き会った紫苑は、やはり由良を無視して行き過ぎようとした。
一昨夜のことがあったので、少しは期待した由良ながら、もう、立っていられないほど取り乱したりはしなかった。慣れてしまったのだ。無視されるのも、冷たくされるのも。
――裏切られるのも。
しかし、由良はあっと思って紫苑を引き止めた。
「紫苑様」
紫苑が目だけで由良を見る。
「あの、世話して下さる方を……迦陵様を、か、替えて下さい……」
これには紫苑も意表を突かれたようで、由良を不思議そうに見た。
「……どうした? 何かあったのか」
由良は困って、口ごもった。
彼女の胸のサイズがどうあれ、御影が変であれ、とにかく男の子に世話されるのはいやなのだ。当たり前だ。
しかし、迦陵を女性と思っている相手に、どう説明したら……。
「ゆ、由良が一生懸命やっていますのに……迦陵様、由良をグズだのろまだ臆病だと、いたわりも思いやりもなくけなされます……」
由良が答えに窮し、思わず言い訳とも本音ともつかない言葉をこぼすと、紫苑が失笑、という感じでおかしそうに笑った。
「し、紫苑様! どうして笑われるのですか!」
「あ? ああ……いや……」
紫苑はふいに由良に手を伸ばしてくると、くしゃっとその前髪をかき上げた。
由良がどきりとして、そこに固まっているのに気付いているのかいないのか。
「迦陵はそなたを心配しているだけだ。本心から見下しているわけではないよ。迦陵にしたところで、馬になど乗れないのだし」
乗れるんです……。
そう言いたいのを、御影怖さに黙る。
「――それでも、替えてほしいか?」
由良は遠慮がちに頷いた。
紫苑の指が由良の横顔を、そっとなぞる。
あ、と、吐息のような声を漏らした由良の唇に、紫苑の案外固い親指がわずかに触れた。
「ん……」
どうしよう、どきどきする。このまま、触れられていたいなんて……。
最後に軽く由良の額に口付けて、紫苑は由良から離れた。
「わかった。では、替えておく」
短く言い残し、紫苑は行ってしまった。
**――*――**
それからの十数日、由良はもう、御影はもちろん紫苑とも、会話をしなかった。
明確な意思を持ってそうしたわけではなく、機会がなかっただけだ。
同じ館内に住んでいるのだから、行き会うことは多々ある。
けれど、紫苑はやはり由良を無視して過ぎたし、御影に行き会うと、こちらは由良の方が顔を背けた。
御影もあえて声をかけることはせず、何事もなかった様子で行き過ぎてしまうだけだった。
由良は毎日毎日、新しい世話係と指南役に助けられながら、ひたすら馬に乗ろうと苦闘した。
絶対に、乗れるようにならなければいけない。だから。
それなのに……。
最善を尽くしているはずなのに、由良にはなぜか、自分が貴重な時間をひどく、無駄にしている気がして仕方なかった。
行き会った紫苑は、やはり由良を無視して行き過ぎようとした。
一昨夜のことがあったので、少しは期待した由良ながら、もう、立っていられないほど取り乱したりはしなかった。慣れてしまったのだ。無視されるのも、冷たくされるのも。
――裏切られるのも。
しかし、由良はあっと思って紫苑を引き止めた。
「紫苑様」
紫苑が目だけで由良を見る。
「あの、世話して下さる方を……迦陵様を、か、替えて下さい……」
これには紫苑も意表を突かれたようで、由良を不思議そうに見た。
「……どうした? 何かあったのか」
由良は困って、口ごもった。
彼女の胸のサイズがどうあれ、御影が変であれ、とにかく男の子に世話されるのはいやなのだ。当たり前だ。
しかし、迦陵を女性と思っている相手に、どう説明したら……。
「ゆ、由良が一生懸命やっていますのに……迦陵様、由良をグズだのろまだ臆病だと、いたわりも思いやりもなくけなされます……」
由良が答えに窮し、思わず言い訳とも本音ともつかない言葉をこぼすと、紫苑が失笑、という感じでおかしそうに笑った。
「し、紫苑様! どうして笑われるのですか!」
「あ? ああ……いや……」
紫苑はふいに由良に手を伸ばしてくると、くしゃっとその前髪をかき上げた。
由良がどきりとして、そこに固まっているのに気付いているのかいないのか。
「迦陵はそなたを心配しているだけだ。本心から見下しているわけではないよ。迦陵にしたところで、馬になど乗れないのだし」
乗れるんです……。
そう言いたいのを、御影怖さに黙る。
「――それでも、替えてほしいか?」
由良は遠慮がちに頷いた。
紫苑の指が由良の横顔を、そっとなぞる。
あ、と、吐息のような声を漏らした由良の唇に、紫苑の案外固い親指がわずかに触れた。
「ん……」
どうしよう、どきどきする。このまま、触れられていたいなんて……。
最後に軽く由良の額に口付けて、紫苑は由良から離れた。
「わかった。では、替えておく」
短く言い残し、紫苑は行ってしまった。
**――*――**
それからの十数日、由良はもう、御影はもちろん紫苑とも、会話をしなかった。
明確な意思を持ってそうしたわけではなく、機会がなかっただけだ。
同じ館内に住んでいるのだから、行き会うことは多々ある。
けれど、紫苑はやはり由良を無視して過ぎたし、御影に行き会うと、こちらは由良の方が顔を背けた。
御影もあえて声をかけることはせず、何事もなかった様子で行き過ぎてしまうだけだった。
由良は毎日毎日、新しい世話係と指南役に助けられながら、ひたすら馬に乗ろうと苦闘した。
絶対に、乗れるようにならなければいけない。だから。
それなのに……。
最善を尽くしているはずなのに、由良にはなぜか、自分が貴重な時間をひどく、無駄にしている気がして仕方なかった。
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