魂盗り

冴條玲

文字の大きさ
上 下
1 / 32

序 ~魂盗り~

しおりを挟む
紫苑しおんさま、なぜここに……!」

 薄闇の中、戸口に立つのは、いるはずのない人だった。
 二度と会わないはずの人だった。
 彼は黙ってふすまを閉めると、彼女に近付いてきた。
 その腕を取り、引き寄せる。

「や……やめて! 何を……何をなさる気で……! 紫苑さま!?」
由良ゆら、愛している……」

 彼女の動揺など、まるで意に介さないようだった。
 彼は一度彼女を抱き締めると、強く抱き締めると、そのまま彼女を無理やり床に組み伏せた。

「や……いや! お願いです、やめて!! 今宵だけは、今宵だけはどうかお許し下さい! お願いです、やめて――! 紫苑さま!!」

 彼は構わず彼女の首筋に触れ、その素肌にそって手を動かし、衣を脱がせ始めた。

「お願い、紫苑さま! やめ……や、やめてぇっ!!」

 もはや、彼女の声はほとんど絶叫だった。必死の抵抗も、しかしあまりに非力だ。

「やめるわけにはゆかぬ、由良。そなたと過ごせるのも、今宵限り――いくら泣こうがわめこうが、そなたを離す気はない。今宵は気の済むまで――気の済むまで、そなたを抱かせてもらう。抵抗するだけ無駄だ、由良。そなたの力では、私に抗えぬ」
「そ……あっ……!」

 いっそ、何も感じなければ。
 泣きもせず、震えもせず、何も感じなければ。
 そうすれば、彼の気も冷めるだろうに――!
 けれど、彼女に触れる彼の手が、唇が、絶望的に熱い。
 それを無視するには、彼女はあまりに初々しかった。
 いいように嬲られ、熱を受け、彼女の体は主の意思などおかまいなしに反応した。喉が切なくあえぐ。
 だめ、だめ――!!
 ぼろぼろ涙がこぼれた。
 どうしてこんなことになったのか。
 どうして、こんな――!

「助けて! やめて! 紫苑さまっ。――いやっ……ああっ!」

 首筋に、露にされた胸に、彼の熱が移される。
 必死に抵抗し、逃げようとする体は、しかし完全に彼に捕まっていた。
 押さえつける手はびくともせず、逆に由良の体の方が、自由にならなくなってきた。
 唇を重ねられ、あげくに舌を差し込まれ、由良はただ悲鳴を上げた。
 やめさせなければ。やめさせなければ。
 大切な人を失ってしまう。
 生まれて初めて、ただ一人、この命にかえても生きてほしいと願った人を、心から愛した人を、失ってしまう。

「ああっ……助けてっ! 蒼月そうげつ――!!」



★☆ ご挨拶 ☆★

書籍化した作品ですが、完結まで全文公開してもいいと思っています。
(そもそも、書籍化する前に全文公開していましたし)
ただ、連載の順序については迷いがあるので、別作品を割り込みで連載するかもしれません。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

舞い降りた天使 ~たとえ、明日が見えなくても~

冴條玲
恋愛
この気持ちをなんて呼ぶのか、僕が知るのはずっと後。その呼び名は―― “ 悪役令嬢と十三霊の神々 ” シリーズの読み切り短編です。 ※ この作品だけでも独立した物語として読めるように書いています。 本編で救世主になる少年と、生贄として神様に白羽の矢を立てられた少女の、優しく切ない恋の始まりの物語。 【絵】カゴ様

アマチュアでもつけられるWeb小説の表紙と挿絵

冴條玲
エッセイ・ノンフィクション
アマチュアでもつけられるWeb小説の表紙と挿絵。 本文も挿絵も、商業作品に勝るとも劣らないクオリティだったりするアマチュア作品が、世の中には、人知れず、ごろごろしています。 個人でも無料からできる電子出版。 個人でもできるイラストの有償依頼や自費出版についてのノンフィクションです。 人気があった方がお金がかからないけど、 人気ゼロでも有償で依頼すれば、あなたのWeb小説に素敵な表紙と挿絵をつけることは難しくありません。 どこで、どうやって、誰に依頼すればいいの? どれくらいかかるの? 時間は? 費用は? 作業工程は? 実例を並べて解説していきます。

猫仙郷

冴條玲
エッセイ・ノンフィクション
「お金さえあれば(他力で)なんでもできる」  こう考える人は、人がたくさんいる都会に向かい、帝王(タワマンの最上階)を目指します。 「お金さえなければ(自力で)なんでもできる」  こう考える人は、人里離れた山奥に向かい、仙人(深山の高嶺)を目指します。  お金とは、他人に何かをしてもらうためにあるもの。  他人に何かをしてもらわなくても、なんでもできれば、お金がいらなくなる。  だから、古今東西、仙人や賢者は人里離れた山奥に隠棲している――  だとしても、「お金さえなければなんでもできる」って、どゆこと?  なんでもできればお金はいらない、と主張しようとして、なんか間違った?  いいえ、お金さえなければなんでもできるんですよ?  ヒント【無敵の人】

サイファ ~少年と舞い降りた天使~

冴條玲
ファンタジー
今、勇者でも転生者でもない町人Sが邪神と相対する――!  **――*――** みんなは、イセカイテンセイって知ってる? 僕が住むこの世界は、二柱の神様のゲームの舞台だったんだって。 世界の命運を懸けて、光と闇のテンセイシャが試練を与えられて、僕はそのど真ん中で巻き込まれていたらしいんだけど。 僕がそれを知ることは、死ぬまで、なかったんだ。 知らないうちに、僕が二つの世界を救ってたなんてことも。 だけど、僕にとって大切なことは、僕のただ一人の女の子が、死が二人をわかつまで、ずっと、幸せそうな笑顔で僕の傍にいてくれたということ。 愛しい人達を、僕もまた助けてもらいながら、きちんと守れたということ。 僕は、みんな、大好きだったから。 たとえ、僕が町人Sっていう、モブキャラにすぎなかったとしても。 僕はこの世界に生まれて、みんなに出会えて、幸せだったし、楽しかったよ。 もしかしたら、あなたも、知らないうちに神様のゲームに巻き込まれて、知らないうちに世界を救っているかもしれないね。

メゾンドにゃんこ

冴條玲
エッセイ・ノンフィクション
賃貸と持ち家はどちらがいいのか――? そんなことを考えている猶予は、もはやない。 このエッセイは、破壊神と化した子猫たちがアパートを破壊する前にと、お金もないのにマイホーム購入に踏み切ったままんの、にゃこ色のリフォーム奮闘記です。 ※ 新築の庭付き一戸建てを買うお金などないので、タダ同然の古家を買って、経験ゼロのド素人がDIYでフルリフォームという暴挙に出た、その結末は――!?

にゃこがやってきた

冴條玲
エッセイ・ノンフィクション
こたつ布団をめくって欲しいにゃこ、「ナァ」と鳴きながら肩ぽん。 次には鳴くのが面倒になって肩ぽん。だけ。 次には肩まで手をあげるのが面倒になって腕ぽん。 次には―― これは、ぶち雪姫様の怠惰な日々の記録である。

悪役令嬢と十三霊の神々

冴條玲
恋愛
★ 悲劇の悪役令嬢に転生してしまった少女はうっかり、町人Sに恋をした。 お人好しな性格ゆえに、足を引っ張られて雲上から真っ逆さまに転落、ひきこもりライフを自由気ままに過ごしていた雪乃。 ある日、友人の京奈と行った怪しい神社の古井戸にのみ込まれ、そこで出会った神様との交渉の後、京奈のための乙女ゲーの世界に転送されてしまう。 悪役令嬢デゼルとして転生した雪乃は、闇の聖女の力を解放するための洗礼を受けた七歳の日に、前世(死んでない)の記憶を思い出し、七歳では理解できなかった、ゲーム的には無名の町人サイファの立ち居振る舞いに惚れ込むが、このままでは悪役令嬢の故郷は三年後には滅ぼされてしまう。 悪役令嬢は主役じゃないから、悲劇を回避できるような年齢設定になっていないのだ。 いくらゲームのシナリオを知っていたって、十歳になる前にこの流れを止めるなんてことができるのか――!? 何を隠そう、こんな展開、神様だって想定外。 悪役令嬢がよもや十歳で戦争の阻止に動くなんて思いもよらなかった神様の本命は、実は、京奈ではなく雪乃。 二万年前に主神と魔神、二柱の神が始めた賭けの決着をつけるべく、雪乃に白羽の矢が立てられたのだ。 だがしかし、お人好しな雪乃は故国の人々も敵国の人々も守ろうと、ナイトメアモードに突入してしまう。 神様は、一人の少女を徹底的に破壊し尽くす残酷物語になんてしたくないのに―― 【表紙】なかいのぶ様

処理中です...