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第一章 もう一度、君と。

第6話 君が行ってしまう前に

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 我慢、してきたのに。
 私にだって心があって、傷つかないわけじゃないのに。
 父上に頬を打たれた私は、自制心のタガが外れたように、グレイスに縛られた十年分の鬱憤をぶちまけていた。

「今、不満がなければ、婚約するべきなのですか! グレイスの時だって、一方的に気に入られて、婚約を強いられて、十年も制約を受けたあげく――! つまらない人間だと、切って捨てられて。おかげで、私はグレイスとエトランジュの他には異性を知らない!」

 私の気持ちなど、私の痛みなど、父上は考えもしないと思っていたんだ。
 ――けれど。

「なら、どうして手を出したんだ。エトランジュだっておまえの他の異性は知らない。おまえはいったい、知る必要がどこにあると思っている」

 考えてもみなかった指摘を受けて、私には、絶句するほかなかった。

「エトランジュよりおまえの気に入る令嬢がいたら、乗り換えるつもりだとでも言うのか! ――グレイス様がなさったように」

“ 私を、伯爵と争って下さる? ”

 グレイスの艶やかな声が耳の奥にこだました。
 吐き気がする――

 私は、グレイスと同類だった――?

 エトランジュに不満?
 そんなもの、ない。
 初めて見た時、こんなに綺麗で可愛らしい少女がこの世に存在するんだと、胸が高鳴って――
 それは、容姿のことだけじゃなくて。
 小鳥を巣に帰せたと喜んで、はしゃいで、私に向けてくれた笑顔。
 渓流に感動して楽しそうに遊んでいた笑い声。
 大人びたグレイスとは真逆の、幼い子供みたいな無邪気さに惹かれた。

 私は――
 
 こんなに魅力的で可愛らしい少女がいるんだと知った時に、他にはどんな子がいるのか、私の選択肢と可能性を知りたい、試したいと思ったんだ。
 それらを知らないまま、試せなくなることがいやだった。

 だけど、父上が仰った通りだ。
 それなら、エトランジュにキスするべきじゃなかった。
 グレイスが私に婚約を強いたことと何が違うんだ。
 他に、もっと気に入る子がいなければ手に入れたいと思ってキープしたも同然で、指摘されてみれば、私の方がずっと、タチが悪かった。
 四歳のグレイスがしたのと同じことを、十七歳にもなってしたんだ。

 本当に――
 もっといい子がいたら、乗り換えるつもりで?

 今さら、エトランジュの涙に胸を締めつけられたけど。
 合わせる顔もなくて、どうするべきなのかもわからないまま、私はその日のスケジュールに追われてしまった。

 父上からの叱責を受けてすぐ、すべてのスケジュールをキャンセルしてエトランジュを引き留めに行っていれば。
 まだ、間に合ったのに。
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