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第6章 助けが欲しい

第1話 ブリーダー

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「ハルト!」
「店から入ってくんなって、何度も言ってるだろ!」

「はーい」

そんなの別にいいじゃんって思うけど、つい裏の玄関に回るのが面倒くさくて店のほうから入ってしまう。
僕ん家はもともと自宅の一部でペットショップをやっていて、そのあと更に改築してペットホテルも始めた。
それから事業拡張とか言ってお父さんが奥の部屋で小型犬のブリーダーも始めていた。

「ラブは元気?」

ラブはお父さんが繁殖用に飼っている犬で、背中にハートの形の模様があるからラブ。
別に本当の名前じゃない。
勝手にそう呼んでるだけ。

「お父さん、ラブ、散歩に連れてっていい?」

「そんなことしなくていいんだよ!」
「ケガでもしたら、仔犬、産めなくなるだろ!」

「ほーい」

多分、家のブリーダー用の親犬たちはあまりいい環境で飼育されてないと思う。
ケージは狭いし糞尿で汚いし、餌もあまり与えられてないみたいだし。
でも、それを僕やお姉ちゃんが言っても聞いてもらえないし、逆ギレされることもあった。
だからもう言わなくなった。

あれ?
1匹、2匹、3匹‥‥
また1匹減ってる‥‥

ケージの中にいた一番年老いて元気のなかった雌犬がいなくなっている。

またか‥‥

今に始まったことではない。
年を取ったり病気になったり体力が落ちたりして仔犬が産めなくなった雌犬はいつの間にかケージからいなくなる。
仔犬が生まれても極端に小さくて体力がなかったり先天性の病気もちだったりすると、やっぱりいつしかいなくなっていた。
僕もお姉ちゃんも気にはなるけど、もう何回もそんなことがあって、それを聞いたところでお父さんはまともに答えてくれないからもう聞かなくもなった。

僕は階段を上がってリビングに入った。
お姉ちゃんがいた。

「お姉ちゃん、犬、また減ってるよ、知ってる?」

「うん、知ってる」

「お父さん、また捨ててきちゃったのかな」

「たぶんね‥‥」

「おい、愛菜マナ、ちょっと店番、頼むわー」

階下からお父さんの声がした。
ペットホテルのお客さんが来たみたいでグッズ販売の店番を頼みたいそうだ。
お姉ちゃんは階下へ下りて行った。

「‥‥それで、幼馴染の男の子が言ってたんですけど、結構叶うみたいなんですよ、お願い事が」

「へー、そうなんですかぁ」

「どうしても叶えたければ、行ってみたらいかがですか?」
「ほら、よく神頼みとかって言うじゃないですか」

「そうですね」
「何か必要な時には‥‥」

ショップのカウンターの中で商品を袋に詰めながらお姉ちゃんがお客さんと何か会話してるのが聞こえた。
一体、何の話をしてるのかなぁ?
まぁ、いいけどね。

そんな訳でお父さんがブリーダーやってるから、僕はどうしたら仔犬が生まれてくるのか知っている。
親犬たちが交尾をしているとこを何回も見たことがあるから。
そしてそれは犬だけじゃなくて、動物全部が繁殖するためにする行為であることも知っている。
もちろん人間も含めて。

お父さんは家にいる犬たちと、ペットホテルに預けに来る犬種が一緒だと、勝手に交尾させている。
飼い主の了解も取ってないし病気なんか感染症の危険性もあるから、そんなことは絶対にやってはいけないことなのに。

でもある時、ペットホテルで預かっている犬がゆっくり過ごしてい居るはずのケージの中にはいなくて、探してみたら繁殖用に家で飼育している犬と一緒のケージに入れられていた。
ケージを覗き込んでみると、お客さんから預かった方の犬のチンチンが大きく膨らんで先端からは赤黒いものがにゅるっと出てて、なんか気持ち悪いくらいに形が変わっているのに気が付いた。
僕は何をしているのか分からなくてずっとその様子を見ていた。
チンチンの根元の部分がボール状に膨らんで、見るからに硬そうだった。
そのチンチンをブラブラさせながら、目はギラギラさせて、息をハアハアハアハア荒くしている。
僕はそのとき初めて犬のこんな姿を目撃した。
預かっている方はオス犬で家の繁殖用のメス犬の背中によじ登ると、お尻の穴のところに硬くなったチンチンを挿し込んで腰を何回も何回も激しく突き上げ始めた。
オス犬が両方の前足でメス犬の胴体をギュッと抱え込んでいるから、逃げられないでいるみたいだった。

最初はお尻に入れてると本当に思っていた。
でも、入れているのはお尻じゃない部分であることを後で知った。
学校でそのことを友達に話したらバカにされて、それは犬同士が交尾してるんだって自慢そうに教えてくれたから。

オス犬は勃起したペニスをメス犬の背後から膣に挿入して腰を振りながら交尾する。
オス犬は興奮が絶頂に達すると射精してメス犬の子宮内の卵子と受精し、やがて仔犬が生まれる。
そう言う話だった。
でもそれは人間も同じことだとも教えてくれた。
人間の場合は交尾とは言わず、セックスって言うことも教えてくれた。
その話を聞いたとき僕は、ちょっとショックだったのと、ちょっとイヤな気分になったのと、ちょっとだけドキドキもした。

動物には通常、発情期があって、その時期にならないと交尾はしない。
ペットホテルに預けられに来る犬たちだって、いつも発情期であるとはとは限らない。
だけど、仔犬を増やしたいお父さんはこのチャンスを逃すわけにはいかない。
無理やりにオス犬を発情させるのだった。
僕はあるとき、その光景を目撃した。

お父さんがペットホテルで預かっていたオス犬のチンチンの根元に注射を打っていた。
すると、見る見るうちにオス犬のチンチンは勃起した。
鼻先をメス犬のお尻に擦りつけ欲情を促した。
家で飼っているメス犬は何回も繁殖を繰り返しているから、もうあまり体力がなくて拒む元気すらないみたいだった。
そしてそのまま、オス犬はメス犬と無理やり交尾を始めた。
その疲れ切っているメス犬がラブだった。

「お姉ちゃん、ラブも仔犬が産めなくなると、お父さんそのうち、どっかに連れて行っちゃうのかなぁ」

「んー、わかんない‥‥」

多分、お姉ちゃんもそう思ってるから、わかんないって言ったんだと思った。

「ねぇ、お姉ちゃん、犬たち、助けてあげることできないかな……」

「そうねぇ‥‥」

お姉ちゃんは少し考えて言った。

「ハルトさ、フク君、知ってるでしょ?」
「小さい時に一緒にお風呂に入ったこともある」

「僕が何歳のとき?」

「2歳くらい?」

「そんなの、覚えてないよー」

「そっか、憶えてないか」
「そのフク君がね、教えてくれたの」
「お願い事を叶えてくれる場所があるって教えてくれたの」
「フク君、受験の前にそこに行って、合格できますようにってお願いをしたんだって」
「ねえ、ハルト、お願いしてみようよ」

「何を?」

「ラブがいなくならなくなりますようにって」
「ずっと家にいますようにって」

「うん、そうだね、お姉ちゃん」
「お願いしようよ!」

「それでね、そのお願いって、ハルトじゃなきゃだめみたいなの」

「何で?」

「それってね、小学生くらいの男の子が、夜、泊りに行ってお願いするみたいなの」

「泊まるのか‥‥」
「うん、いいよ」
「僕、やるよ」
「犬たちが助かるんなら」
「ラブが助かるんなら」

僕は自分を奮い立たせるように、そう言った。

それからしばらくして、僕はお姉ちゃんと一緒にその場所へ行った。
辺りはもうすっかり陽も落ちて暗くなってたけど、お姉ちゃんがフク君から場所を教えてもらっていた。

建物の中に入ると薄暗い部屋の真ん中に丸い寝台が置いてあった。
隅のほうには木枠と障子でできた衝立ついたてが置いてあって、その裏には蝋燭と香炉があった。
全てフク君が教えてくれた通りだって、お姉ちゃんが言った。

「ハルト、準備するよ」

お姉ちゃんが言った。

「準備って、なに」

「言ってなかったけ?」
「褌、着けるのよ」

「フンドシ!?」
「聞いてないよ」

フク君の説明だと、僕は褌を付けなきゃならないみたいだった。

「いいから、早く服、全部脱いで」

「全部、脱ぐの?」

「あたりまえじゃない」
「褌なんだから」

僕は仕方なく服を脱ぐことにした。
シャツとズボンを脱いで、パンツも一気に脱いだ。
その方が恥ずかしくない気がしたからだった。
僕は11歳でお姉ちゃんとは5歳違いなんだけど、いざ裸になってみるとそんなに恥ずかしくもなかった。
お姉ちゃんも照れる様子も全然なかった。

「小さい頃はよく一緒にお風呂に入ったよねー」
「全然変わんないねー」

お姉ちゃんは明らかに僕の股間を見てそう言った。

「お姉ちゃん、ちゃんと褌の締め方、覚えてきたから」

慣れない褌は紐がお尻に食い込むし腰の辺りがスースーするし落ち着かなかった。

「我が弟ながら、なかなか凛々しい」

お姉ちゃんはそう言ったけど、実は褌の中でちんちんの収まりが悪くて脇から手を入れてこっそり直した。

「えっとそれから‥‥」
「あの衝立ついたての後ろにお香が焚いてあるから、その香りを嗅いで」

僕は言われた通りお香の煙を嗅いだ。
すると全身の力がスすーっと抜けて、そのまま体が引っ張られるように円形の寝台に横になった。

お姉ちゃんの声が遠く木霊のように頭の中で共鳴した。

「神さま、聞こえますか?」
「私の家には、かわいそうな犬たちがたくさんいます」
「どうか、その犬たちを助けてあげて下さい」

「お礼として、弟を連れてきました」
「小学5年生です」
「名前は暖大ハルトです」
「褌の締め方、難しかったけど覚えました」
「もし、間違ってたらゴメンナサイ」

僕は既に意識が朦朧としていた。

「ハルト、じゃあ、お姉ちゃん、行くね」

「神さま、どうか、お願いします」
「私たちの願い、叶えてください」
「かわいそうな犬たちを助けてあげて下さい‥‥」

お姉ちゃんはそう言って、もう一度僕の方を見て部屋を出ていった。
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