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第4章 優勝が欲しい

第2話 わんぱく相撲(後編)

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それから数日して、シンジは無事に退院してきた。
稽古場にも戻ってきて、みんなから「金太郎、金太郎」と言われて、ヤンヤヤンヤの大騒ぎだった。
乱暴者であってもガキ大将気質だから、それなりに慕う子達も結構いた。

「もう、大丈夫なのか」

「オッケー」

とりあえず、よかった。
わんぱく相撲の全国大会がもう目前だから、入院して休んでいた分、稽古して微調整しておかないといけなかった。

「親方先生、オレ、ゼッテー勝つから」
「今年、6年生で最後の年だし」
「決勝はアイツも勝ち上がって来るに決まってる」
「毎年ずっとそうだったから」
「オレさ、作戦立てたんだよ」
「アイツ、立ち合いのタイミングとるの下手クソだから、立ち上がったあと体勢を低くして一気に前を取れば深く入り込める」
「そうすりゃ、こっちのもん」
「オレ、稽古スゲーやってたし、あとは神さまに祈るだけ」

気合いは充分なのに、結局最後は神頼みなのか‥‥

「でないとオレさ、中学の推薦取れねーから」

シンジは相撲部があることでも有名な大学の付属中学に入学希望していた。
学力的には推薦枠に必要な最低限ギリギリか、ちょっと足りない感じだった。
だからわんぱく相撲で優勝して、少しでも下駄を高くしておきたかったのだ。

「親方先生、神さまがお願いを聞いてくれるところがあるって話、聞いたことある?」
「ツグが何か言ってた」

「ツグ?」

「入院してた時に隣のベッドにいたヤツ」

あぁそう言えば、付き添いに来ていたあの年配の男性もそんなことを言っていたな。

「やってみるか?」
「その神頼みってやつ」

そうしてシンジは、その願いを叶えてくれるという神さまにすがることにしたのだった。

数日後、その日はやって来た。

「かーちゃん、廻しどこ?」
「えー、洗っちゃったのー」
「まーじー」
「オレ言ったじゃん、今日、相撲教室で特別稽古やるって、泊まりで」

普通、廻しは洗わないものなのだが、思春期の男児が身に着ける廻しの臭いがどうしても我慢できなくて、洗ってしまったらしい。
残念ながら洗濯したばかりの廻しは、まだ全然乾いていない。

しかし廻しを相撲教室の特別稽古で使うと言うのは、もちろん嘘。
神さまにお願いを聞いてもらうためには褌を身に付けなければならないのだが、そんなもの持っていなかったので廻しで代用しようという魂胆だった。

「かーちゃん、じゃあもういいよ」
「親方先生のところで体験入学用の予備、借りっからさぁ」

そう言ってシンジが出かけようと間際に、部屋の片隅に転がっていたドンキの袋が目に留まった。
中には仮装大会で使った金太郎の前掛けが入っている。

「これでいっか」
「なんも無いよりはましだよな」

シンジは袋を鷲掴みにしてリュックに突っ込んだ。

その場所へは車で向かった。
あの年配の男性の話しとシンジがツグから聞いた話を総合して、おおよその場所は特定できていたが、確かにちょっとわかりづらい場所にあった。
何せ普通に何の変哲もない住宅街の、ちょっと奥まったところにあるからだった。

部屋の中に入ると室内は薄暗く、お香のやわらかな香りが空間を満たしていた。
中央には座卓のような寝台が置いてある。
隅のほうに木枠と障子でできた衝立ついたてがあった。
その裏に蝋燭らしき明かりが揺らめいている。

「いいか、まずは最初に褌を締める」
「それが、お願いごとを聞いてもらうための約束らしいからな」

シンジは曖昧にうなづいた。

「そしたら香炉の煙を嗅ぐんだぞ」
「いいな、くれぐれも神さまに失礼のないようにな」
「じゃあ、先生はここで帰るから」
「明日の朝、またここに迎えに来るから」

そうしてひとりきりになったシンジは、衣類を全部脱いで素っ裸になった。
廻しを付けていれば力士とわかるが、全裸になってしまうと単なるぽっちゃり君でしかなかった。
体の大きさに比べてやっぱり性器は小さいような感じだが、それなりに発育もしており少しだけ性毛が生えていた。

本当はここで褌姿になるらしいけど、そんなもん用意して来なかった。
というより、はなっから廻し姿でお願いするつもりだったんだよな。

「褌」と「廻し」は全く違うものなのだが、シンジはあまり深く考えていなかった。
それどころか、その廻しすら持って来ていない。
だから金太郎の前掛けを持って来たのだった。

「神さま、オレ、褌持って来なかったんだよなー」
「そん代わり金太郎持ってきたんで、これでいいっすよね」
「それとも要りませんか?金太郎も」

金太郎の前掛けは首から下げると、下の角の部分でようやく股間を隠せるくらいの長さだった。
紐を後ろで結んで出来上がり。
ただそれだけだった。
いつもの廻しならともかく、前掛けだけでは腰回りがスースーして心細いし、いざ付けてみると意外に恥ずかしかった。
それはまるで裸エプロンの金太郎バージョンのようにも見えた。

「神さま、どうか、どーかお願いします」
「オレの願い、叶えてください」
「わんぱく相撲の全国大会、優勝できますよーに‥‥」

シンジは派手に柏手を二回、打った。

翌朝、目が覚めた。

「あー、よく寝た」

寝台の上で大きなあくびをしながら伸びをした。
チンコがビーンと立派に朝勃ちしている。
包皮が剥け上がり、亀頭はカリの部分まで完全に露出している。
根元には微妙な量の陰毛が生えてきているが、生えること自体に生物として何かしらの意味があるとして、シンジの陰毛はまだ全然、何かの役に立つほどの量も長さもない。

金太郎の前掛けが捲れ上がってヘソまで見えているが、果たして昨夜、シンジの体に何かあったのだろうか? 
それとも単に寝相が悪かっただけなのか?

シンジは金太郎の前掛けを脱ぐと、全裸のまま寝台の上で仰向けになり、朝勃ちついでに自分を慰めた。

栗の花が咲くまでに時間はかからなかった。
いつも大抵そうだった。
思春期の蕾は、一旦膨らみだすとすぐに開花寸前の状態になる。
栗の花が咲きそこから滲み出た蜜は、まだ薄くて量も少ない。
そしてそのまま真っ白な陰茎を伝って流れ落ち、僅かな陰毛を濡らした。
シンジはそれを金太郎の端でちょっと拭い、そのままドンキの袋に突っ込んでリュックに入れた。

それから数日後、いよいよわんぱく相撲の全国大会が始まった。
前の晩から泊まり込んでいる宿舎に、アイツの姿もあった。
大会出場の準備をしながら、食事や宿泊をここで共にする。
入浴は学年ごとに低学年から入り、6年生は最後だった。

今年ここに泊まる6年生は、オレとアイツの2人しかいなかった。
だからオレはアイツが入ってくるのを待っていた。

「神さまはホントにオレの願い、ちゃんと叶えてくれんのかな?」
「いっちょ、自力でダメ押ししとくか」

オレは、浴室の入り口の床にボディーソープをたっぷりと垂らした。
間もなくそして脱衣場と浴室を仕切る引き戸が開き、アイツが入ってきた。
アイツは浴室に一歩踏み出すなり見事にボディーソープに足を取られ、大きな体が宙を舞った。
こんなにも気持ちのいい足払いが出来たらいいのに、と思うほどそれは見事だった。

ゴツン。

鈍い音がして、アイツが浴室の床に叩きつけられた。
巨漢だからダイナミックで、まるでゴジラが倒れたときのようだった。
手で受け身を取ろうとしたから前を隠していたタオルが外され、アイツのチンコが丸見えになった。
オレよりもデカくて毛もボーボーに生えていた。
思わず、大人じゃん、って思ったくらいだった。

「ハハハハハハ‥‥」
「悪ィ、あいさつ代わりだよ」
「明日、ガンバローな」

アイツは転んだ拍子にぶつけた尻と頭をさすりながら起き上がると、オレの後頭部をパコンとひとつ平手で引っぱたいて、何も言わず端っこの洗い場に腰かけた。

それが大会前日の、ちょっとした出来事。

大会当日、予想通りオレもアイツも順調に勝ち進み、当たり前の感じの組み合わせで優勝争いが行われた。
行司の呼び出しに従って、東と西、それぞれ土俵に上がった。
立ち合い前、お互いに睨み合う。
アイツのボーボーに生えたチン毛を思い出した。

クソッ、負けるもんか!

「はっけよーい‥‥」

行事の掛け声が場内に響いた。

「‥‥のーこったぁ」

スタートダッシュ。
やった、左前褌を取った。
作戦通りだ。
体勢を低くとった。
お互いの顔がお互いの肩に乗っている。
耳元で荒い息遣いが聞こえる。
組み合ったまま、動きが停滞した。

「のーこったぁ、のーこったぁ」

行司が動きの鈍い取り組みを促す。

オレもアイツに左を取られている。
アイツが体勢をちょっと崩した瞬間に、オレはアイツの右も取った。
一気に土俵際まで押す。

やった、もう少しだ。

そう思った瞬間、くるりを身を翻された。

マズイ。
油断した。

もう一度、体勢を立て直す。
再び土俵際まで押し戻す。
その時だった。
アイツの力がふっと抜けて、膝が砕けた。
オレはアイツの左前褌を起点に右へ回すようにして、一気に寄り切った。
アイツは土俵の下へ転げ落ちた。

やった!
とうとう勝った!
念願のわんぱく相撲、6年生最後の年に勝った。
夢の中学入学だ。

‥‥そう思った時に物言いがついた。

オレがアイツを押し出す前に、寄り切った勢いで先にオレの右足が土俵の外に出ていた。
土俵下に転げ落ちたアイツは気を失ってしまったみたいで、そのまま担架に乗せられ救護室へ運ばれて行った。

マジか。
オレ、負けたのか‥‥
神さまなんて‥‥、クソヤローだ!

こうして、オレの最後のわんぱく相撲は終わった。
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