31 / 34
最終章
30、炎の剣
しおりを挟む
ミケーレに家族の話をされたリカルドは、油断をしてしまった。
振り向いたリカルドに向かって、ミケーレの卑劣な刃が迫ってきた。
終わりだ。
どうして信じたのか……
戦意を失ったと思い込んでしまった。
最後に残した温情が、命取りになった。
剣を抜いて受け止める時間はない。
終わったと思って下を向いた時、轟音を立てて、炎が地を這う雷のように足元を駆け抜けていった。
残った炎がバチバチと音を立てて、地面を焦がしているのが見えて、リカルドはハッとして顔を上げた。
「え……」
目の前に迫っていたミケーレは、信じられないという顔をして、小刻みに震えていた。
その手から剣がスルリと落ちて地面に突き刺さった。
「う…………ゔ…………ゔうっ……」
喉から搾り出すような呻き声。
口の横から血がこぼれて、線になって顎へ流れた。
ミケーレの胸には、背中から剣が突き刺さり、胸まで貫通していた。
その剣は真っ赤に燃え上がっていて、辺りに煙と焦げる臭いが立ち込めてきた。
瞳孔が開き、口から泡を吹いて、ミケーレは膝から崩れ落ちた。
ミケーレが目の前から消えて、その後ろに見えたのは、待ち焦がれていたセイブリアンの姿だった。
目は赤く光り、腕を前にした姿勢から、走ってきたセイブリアンが、ミケーレに向かって剣を投げたのだと分かった。
それはリカルドも初めて見た、セイブリアンの剣気を帯びた炎の剣だった。
セイブリアンの内部から精製されるもので、一度使うと消滅するが、通常の火よりも熱く、触れただけで激しい痛みを感じると言われている。
恐ろしい攻撃を目の当たりにして、リカルドは震えたが、それは恐怖ではなく、歓喜だった。
「リカルド……ハァハァ……まに……あった」
「せ……セイブリアンさま!!」
リカルドが走り出すと、セイブリアンも走り出した。
死を覚悟して、もう二度と会えないと思っていたくらいだ。
嬉しくて、嬉しくてたまらなかった。
セイブリアンの近くまで来ると、リカルドは地面を蹴って飛び上がり、セイブリアンはしっかりとリカルドを受け止めて、力強く抱きしめた。
「遅くなって悪かった。離れるべきではなかった。もう……もう二度と……離しはしない」
「私も、離れません……ずっと……お側にいます」
抱き合って再会を喜びあった二人は、確かめるようにお互いの顔を確認した。
セイブリアンは急いで駆けつけてくれたのか、心臓の音が速くて息が上がっていたが、傷は一つもなかった。
「よかった……お元気そうですね」
「よくない」
セイブリアンはリカルドを抱き上げたまま、ムッとした顔をしていた。
リカルドが目を瞬かせると、フゥと息を吐いた。
「ミケーレを追い詰めたのはよくやった、と言いたいところだが、ヤツの演技に騙されて背中を見せるなど、悪手もいいところだ」
「あの……それは……」
「分かっている。あいつは、お前の若さや純粋さを知っていて利用した。殺しても、殺しても足りないくらいだ」
地面に転がっているミケーレを見ると、炎の剣が体を燃やし尽くして、すでに変わり果てた姿になっていた。
リカルドが呆然と、その様子を見ていると、セイブリアンの手がわずかに震えていることに気づいた。
慌てて地面に降りたリカルドは、セイブリアンの手を取った。
「手が……震えて……どうされたのですか?」
「炎の剣は、一撃必殺の最終攻撃。確実に相手を仕留めるほどの強大な攻撃力ですが、その反動でセイブリアン様は、しばらく剣を握ることはできません」
「あっ、ルーセントさん!!」
いつの間にか隣にルーセントが来ていて、涼しい顔をして話しかけてきた。
皇宮騎士団長のラノックとの戦いはどうなったのか、辺りを探して見ていると、ルーセントはあっちだと言って指をさしてきた。
すると、すでに騎士達に取り囲まれて、ロープで体を巻かれているラノックの姿が見えた。
どうやら、ルーセントが倒して、生かしたまま取り押さえたようだった。
「リカルド! お前、心配させるなよ!!」
ルーセントの後ろからボロボロに泣いているアルジェンが出てきて、リカルドに抱きついてきた。
涙を流して、心配してくれてたアルジェンに、リカルドはありがとうと言って抱きしめ返した。
「ユリウス様は馬車の中で手当てを受けています。怪我を負っていますが、命に別状はないと思われます。ベイリーの騎士はそれぞれ重傷でして、陛下の指示で、先に搬送しております」
「そうかみんな、よくやってくれた。第三皇子の宮はすでに取り囲んでいるが、まだ残党の襲撃があるかもしれない。急ぎ、陛下を皇宮までお連れする。よし、みんなもう一踏ん張りだ!」
ルーセントの報告を聞いて、セイブリアンはテキパキと指示を出した。
後から駆けつけてきてくれた仲間達によって、森に放たれた火は消火されていた。
バリケードになっていた木々はどかされ、次々と馬車が入ってきて、負傷している者はそれに乗せられて行った。
ラノックの移送を手配しているうちに、神殿に攻め込んできた貴族の反対派は制圧され、神殿内にいた賓客達は、誰一人として怪我もなく無事だと連絡が入った。
あっという間に事態が収束していくのを、リカルドは口を開けたまま眺めてしまった。
手伝いたいが、腕の怪我を心配されて、動くなと言われてしまった。
腕に布を巻いた状態で、傷口を押さえて立っていたリカルドの元に、セイブリアンが戻ってきたのは、ミケーレを倒してからそれほど時間が経っていない。
ベイリーの騎士達の連携がとれた動きに、見事としか言いようがなかった。
「皇宮までの道の安全が確認できた。リカルドは、俺と、ユリウスの乗る馬車に」
「はい!」
やっと自分が役に立てそうだと、リカルドは張り切って馬車に向かった。
しかし、セイブリアンを手伝おうとしたのに、お前を持ち上げる力くらいあると言われて、子供のように抱っこされて中に押し込まれてしまった。
「……ん、リカルド、怪我は……大丈夫か?」
「ユリウス様、気が付かれたのですね」
馬車の中で寝ていたユリウスは、人が乗り込んで来たので目覚めたようだ。
ぼんやりした目をしていたが、リカルドのことを見つけると、すまないと謝ってきた。
「こんなの、怪我のうちに入りません。陛下は、しっかり休んで、怪我を治してください」
「ああ、ありがとう。他の者はみんな、手当を受けたか?」
「大丈夫だ。重篤な者は先に運んでいる。俺達もそろそろ行こう」
準備ができたからか、セイブリアンが乗り込んできて、リカルドの隣に座った。
ユリウスは座席で横になっていたが、セイブリアンの姿を見て、起き上がろうとしていた。
「ユリ、無理はするな。聖水を飲んだからと言って、すぐに治るわけではない」
「寝ていたら話ができん。血は止まったし、だいぶ、楽になった。ああ、リカルド、ありがとう」
体を起こしたいと言うユリウスのために、リカルドが横から支えて、やっと背もたれに体を預けることができた。
「私が死んだら、第三皇子派とセイブリアン派で、そうとうな争いになっていたな。それを考えると、生きていてよかったと思う」
「当たり前だ。こんなに早く、死なれちゃ困る。リリーだって、悲しむだろう」
「ああ、そうだな……リリーに早く、会いたい」
ユリウスが穏やかな顔でリリーローズの名前を呼んだので、セイブリアンは何か気がついたようだった。
「その気持ち、ちゃんとリリーに伝えてやれよ。いつまでも子供のように見ていないで」
「ああ、分かっている。リカルドに教えられたからな」
「え……」
聞き役に徹していたら、話を向けられて、リカルドは驚いてしまった。
セイブリアンが何かあったのかという目で、見てきたので、リカルドはごまかすように、はははっと笑ってみせた。
「この忙しい時に悪いが、しばらく動けそうにない」
「分かっている、安静にしていろ。代行は任せてくれ。全快したら、帝国民の前での表明式が待っているからな」
「ああ、よろしく頼む」
帝国では即位式とは別に、国民の前で即位を報告する表明式というものが行われる。
こちらに関しては、期限は決められていないが、表明式を行った日が、祝日になると聞いていた。
「それと、とりあえず、皇宮騎士団が機能できるように、早急に人手が必要だ。代行者として、まともなやつを選んでみるが、しつこいくらい相談に行くから、覚悟しておいてくれ」
「ははは……、確かにそうだな。幼い頃から相談役になってくれた、ラノックを信用しすぎた私がバカだった。人望の厚いお前が羨ましい」
リカルドはユリウスを支えるために隣に残っていたが、クスッと笑ったユリウスは、リカルドの手を掴んできた。
「特にこのリカルドだ。良い拾い物をしたな。優しい目をしているが、うちに秘めた強さは、私達以上だ」
「そ、そんな……恐れ多いです」
「この髪も、目も、リリーと同じだ。そう考えると、二人は似ているように見える。特にこの可愛らしい鼻とか……」
ユリウスが顔を近づけてきたが、怪我人を押し返すことができなくて、リカルドが焦った時、二人の間にヌッと手が伸びてきた。
がっしりと腕を掴まれて、気がつくとセイブリアンの隣に戻っていた。
「これはこれは……、嫉妬するリアンを見られるなんて、生きていて良かった。二人が付き合っていることは聞いているから心配するな」
「なっ、いっ、いつの間に!?」
「森の入口までは同じ馬車に乗っていたんだ。リカルドは、なかなか有能だ。そばに置いておきたいくらいだ」
「それはダメだ。リカルドはベイリーの騎士で、俺の専属護衛騎士だ」
「そうか……ベイリーの騎士ね」
そう言ったユリウスは考えるように目線を上げた後、リカルドの方を見て、ニコッと笑った。
セイブリアンもじっと見てくるので、顔も体型もよく似た二人に見られてしまった。リカルドは、獅子に睨まれたネズミになったような思いになって、心臓がバクバクと跳ね上がってしまった。
「可愛いなぁ。リアンはこうやって、いつも遊んでいるのか?」
「バカなことを言っていないで、少し寝ていろ。着いたら起こしてやる」
ムッとしたセイブリアンを見て、ユリウスは笑いながらも、眠気がきたのか、今度は素直に横になった。
その後は、ユリウスを起こさないように、二人は目と口を閉じて、ただ馬車の音を聞いた。
セイブリアンとの出会いから、今までの思い出を瞼の裏に浮かべて、静かな時間は過ぎていった。
皇宮に到着すると、表玄関にはリリーローズの姿があった。
騎士や侍女に止められながら、必死に振り解こうとしている姿を見て、到着前に目が覚めていたユリウスは、早く止めろと指示を出した。
馬車が止まり、リカルドがドアを開けて降りると、次にセイブリアンが降りてきた。
二人で手を伸ばしてユリウスを支えると、ユリウスは、ふらつきながらも自分の足で馬車を降りた。
「ユリ!! ユリウス様!!」
リリーローズが叫びながら、護衛の手を振り払って走り出した。
ユリウスは歩くことなどできないはずだが、リリーと名前を呼んで、足を引き摺りながら歩き出した。
「り……リリー、リリー」
リカルドとセイブリアンは、途中まで支えていたが、ユリウスは大丈夫だと言って二人を下がらせた。
走ってきたリリーローズは、傷ついてボロボロのユリウスを見て、足を止めた後、口に手を当ててポロポロと涙を流した。
やっとリリーローズの側までたどり着いたユリウスは、会いたかったと言って、リリーローズを抱きしめた。
「すまない……悪かった……」
「ど……どうして、謝るのですか?」
「ずっと言えなくて、悪かった」
「え……」
「愛している、リリー。出会った時からずっと……君のことが好きだった」
リリーローズの喉元が上下して、息を呑む音が聞こえてきた。
涙で顔を濡らしていたリリーローズは、驚いたように目を開いて、ユリウスを見つめた。
「怖かったんだ……。私は自分に自信がなくて、いつもこっそり君を眺めていた幼い頃から変わらない。君がいつか、私の元を離れていってしまうんじゃないかと……」
「そんなっ、そんなこと……あるはずがありません! 私が愛しているのは、ユリ、あなたです」
「こんな時になって、やっと気づいたんだ。もうダメだと思った時、浮かんできたのはリリーの笑顔だった。君に会いたくて……愛を伝えたくて……その前に死ねないと。やっと……伝えられてよかった」
見つめ合った二人は、目を潤ませて、しっかりと抱き合った。
二人の間にあった雪が溶けていくように見えた。
同じように心配していたのか、騎士や使用人達も温かい目で二人の様子を見つめていた。
「ユリ、怪我がひどいように見えるわ。体は大丈夫なの?」
「治療は必要だが、命に別状はない。神殿から治療用の聖水を取り寄せて飲ませたところだ。安静が必要だから、しっかり看護してやってくれ」
セイブリアンが、ユリウスの状態をリリーローズに伝えると、リリーローズはもちろんよと言って力強く頷いた。
そこに屈強な護衛騎士が走ってきて、ユリウスが歩かなくていいように両側から支えた。
事態の収束をセイブリアンに任せて、ユリウスは部屋に戻り、治療を受けることになった。
ユリウスは先に運ばれて行ったが、リリーローズは残ってセイブリアンの方に近づいてきた。
「リアン、ありがとう。ユリを守ってくれたのね」
「俺は遅れをとって役に立たなかった。礼はリカルドに言ってくれ。ユリを守って、襲撃してきた敵を倒したのはリカルドだ」
「まぁ、それじゃあ。リカルドは、皇帝を守ったのね」
「そ、そんなっ、他の騎士も戦っていますし、俺は、できることだけ必死に……」
ミケーレを倒したが、油断して殺されそうになった立場なので、とんでもないとリカルドが両手を振っていると、ツカツカと歩いてきたリリーローズは、リカルドの手を掴んだ。
そして、その手を自分の方に引き寄せた。
「ベイリーの騎士、リカルド。それだけではないわね。貴方は皇帝の命を守った、これは大きな功績よ」
「皇后陛下……」
「貴方は立派なアルカンテーゼ帝国の騎士よ」
私が認めると言って、リリーローズは、リカルドの手の甲に祝福のキスをした。
リカルドが顔を上げると、微笑んで頷いているセイブリアンと目が合った。
「ありがとう……ございます」
感動して唇が震えてしまったリカルドは、上手く話せなかったが、何とかお礼の言葉を伝えた。
神殿から、即位が完了したことを知らせる鐘が、改めて鳴らされた。
その音は風に乗って皇宮まで届き、リカルドの胸にも響いた。
振り向いたリカルドに向かって、ミケーレの卑劣な刃が迫ってきた。
終わりだ。
どうして信じたのか……
戦意を失ったと思い込んでしまった。
最後に残した温情が、命取りになった。
剣を抜いて受け止める時間はない。
終わったと思って下を向いた時、轟音を立てて、炎が地を這う雷のように足元を駆け抜けていった。
残った炎がバチバチと音を立てて、地面を焦がしているのが見えて、リカルドはハッとして顔を上げた。
「え……」
目の前に迫っていたミケーレは、信じられないという顔をして、小刻みに震えていた。
その手から剣がスルリと落ちて地面に突き刺さった。
「う…………ゔ…………ゔうっ……」
喉から搾り出すような呻き声。
口の横から血がこぼれて、線になって顎へ流れた。
ミケーレの胸には、背中から剣が突き刺さり、胸まで貫通していた。
その剣は真っ赤に燃え上がっていて、辺りに煙と焦げる臭いが立ち込めてきた。
瞳孔が開き、口から泡を吹いて、ミケーレは膝から崩れ落ちた。
ミケーレが目の前から消えて、その後ろに見えたのは、待ち焦がれていたセイブリアンの姿だった。
目は赤く光り、腕を前にした姿勢から、走ってきたセイブリアンが、ミケーレに向かって剣を投げたのだと分かった。
それはリカルドも初めて見た、セイブリアンの剣気を帯びた炎の剣だった。
セイブリアンの内部から精製されるもので、一度使うと消滅するが、通常の火よりも熱く、触れただけで激しい痛みを感じると言われている。
恐ろしい攻撃を目の当たりにして、リカルドは震えたが、それは恐怖ではなく、歓喜だった。
「リカルド……ハァハァ……まに……あった」
「せ……セイブリアンさま!!」
リカルドが走り出すと、セイブリアンも走り出した。
死を覚悟して、もう二度と会えないと思っていたくらいだ。
嬉しくて、嬉しくてたまらなかった。
セイブリアンの近くまで来ると、リカルドは地面を蹴って飛び上がり、セイブリアンはしっかりとリカルドを受け止めて、力強く抱きしめた。
「遅くなって悪かった。離れるべきではなかった。もう……もう二度と……離しはしない」
「私も、離れません……ずっと……お側にいます」
抱き合って再会を喜びあった二人は、確かめるようにお互いの顔を確認した。
セイブリアンは急いで駆けつけてくれたのか、心臓の音が速くて息が上がっていたが、傷は一つもなかった。
「よかった……お元気そうですね」
「よくない」
セイブリアンはリカルドを抱き上げたまま、ムッとした顔をしていた。
リカルドが目を瞬かせると、フゥと息を吐いた。
「ミケーレを追い詰めたのはよくやった、と言いたいところだが、ヤツの演技に騙されて背中を見せるなど、悪手もいいところだ」
「あの……それは……」
「分かっている。あいつは、お前の若さや純粋さを知っていて利用した。殺しても、殺しても足りないくらいだ」
地面に転がっているミケーレを見ると、炎の剣が体を燃やし尽くして、すでに変わり果てた姿になっていた。
リカルドが呆然と、その様子を見ていると、セイブリアンの手がわずかに震えていることに気づいた。
慌てて地面に降りたリカルドは、セイブリアンの手を取った。
「手が……震えて……どうされたのですか?」
「炎の剣は、一撃必殺の最終攻撃。確実に相手を仕留めるほどの強大な攻撃力ですが、その反動でセイブリアン様は、しばらく剣を握ることはできません」
「あっ、ルーセントさん!!」
いつの間にか隣にルーセントが来ていて、涼しい顔をして話しかけてきた。
皇宮騎士団長のラノックとの戦いはどうなったのか、辺りを探して見ていると、ルーセントはあっちだと言って指をさしてきた。
すると、すでに騎士達に取り囲まれて、ロープで体を巻かれているラノックの姿が見えた。
どうやら、ルーセントが倒して、生かしたまま取り押さえたようだった。
「リカルド! お前、心配させるなよ!!」
ルーセントの後ろからボロボロに泣いているアルジェンが出てきて、リカルドに抱きついてきた。
涙を流して、心配してくれてたアルジェンに、リカルドはありがとうと言って抱きしめ返した。
「ユリウス様は馬車の中で手当てを受けています。怪我を負っていますが、命に別状はないと思われます。ベイリーの騎士はそれぞれ重傷でして、陛下の指示で、先に搬送しております」
「そうかみんな、よくやってくれた。第三皇子の宮はすでに取り囲んでいるが、まだ残党の襲撃があるかもしれない。急ぎ、陛下を皇宮までお連れする。よし、みんなもう一踏ん張りだ!」
ルーセントの報告を聞いて、セイブリアンはテキパキと指示を出した。
後から駆けつけてきてくれた仲間達によって、森に放たれた火は消火されていた。
バリケードになっていた木々はどかされ、次々と馬車が入ってきて、負傷している者はそれに乗せられて行った。
ラノックの移送を手配しているうちに、神殿に攻め込んできた貴族の反対派は制圧され、神殿内にいた賓客達は、誰一人として怪我もなく無事だと連絡が入った。
あっという間に事態が収束していくのを、リカルドは口を開けたまま眺めてしまった。
手伝いたいが、腕の怪我を心配されて、動くなと言われてしまった。
腕に布を巻いた状態で、傷口を押さえて立っていたリカルドの元に、セイブリアンが戻ってきたのは、ミケーレを倒してからそれほど時間が経っていない。
ベイリーの騎士達の連携がとれた動きに、見事としか言いようがなかった。
「皇宮までの道の安全が確認できた。リカルドは、俺と、ユリウスの乗る馬車に」
「はい!」
やっと自分が役に立てそうだと、リカルドは張り切って馬車に向かった。
しかし、セイブリアンを手伝おうとしたのに、お前を持ち上げる力くらいあると言われて、子供のように抱っこされて中に押し込まれてしまった。
「……ん、リカルド、怪我は……大丈夫か?」
「ユリウス様、気が付かれたのですね」
馬車の中で寝ていたユリウスは、人が乗り込んで来たので目覚めたようだ。
ぼんやりした目をしていたが、リカルドのことを見つけると、すまないと謝ってきた。
「こんなの、怪我のうちに入りません。陛下は、しっかり休んで、怪我を治してください」
「ああ、ありがとう。他の者はみんな、手当を受けたか?」
「大丈夫だ。重篤な者は先に運んでいる。俺達もそろそろ行こう」
準備ができたからか、セイブリアンが乗り込んできて、リカルドの隣に座った。
ユリウスは座席で横になっていたが、セイブリアンの姿を見て、起き上がろうとしていた。
「ユリ、無理はするな。聖水を飲んだからと言って、すぐに治るわけではない」
「寝ていたら話ができん。血は止まったし、だいぶ、楽になった。ああ、リカルド、ありがとう」
体を起こしたいと言うユリウスのために、リカルドが横から支えて、やっと背もたれに体を預けることができた。
「私が死んだら、第三皇子派とセイブリアン派で、そうとうな争いになっていたな。それを考えると、生きていてよかったと思う」
「当たり前だ。こんなに早く、死なれちゃ困る。リリーだって、悲しむだろう」
「ああ、そうだな……リリーに早く、会いたい」
ユリウスが穏やかな顔でリリーローズの名前を呼んだので、セイブリアンは何か気がついたようだった。
「その気持ち、ちゃんとリリーに伝えてやれよ。いつまでも子供のように見ていないで」
「ああ、分かっている。リカルドに教えられたからな」
「え……」
聞き役に徹していたら、話を向けられて、リカルドは驚いてしまった。
セイブリアンが何かあったのかという目で、見てきたので、リカルドはごまかすように、はははっと笑ってみせた。
「この忙しい時に悪いが、しばらく動けそうにない」
「分かっている、安静にしていろ。代行は任せてくれ。全快したら、帝国民の前での表明式が待っているからな」
「ああ、よろしく頼む」
帝国では即位式とは別に、国民の前で即位を報告する表明式というものが行われる。
こちらに関しては、期限は決められていないが、表明式を行った日が、祝日になると聞いていた。
「それと、とりあえず、皇宮騎士団が機能できるように、早急に人手が必要だ。代行者として、まともなやつを選んでみるが、しつこいくらい相談に行くから、覚悟しておいてくれ」
「ははは……、確かにそうだな。幼い頃から相談役になってくれた、ラノックを信用しすぎた私がバカだった。人望の厚いお前が羨ましい」
リカルドはユリウスを支えるために隣に残っていたが、クスッと笑ったユリウスは、リカルドの手を掴んできた。
「特にこのリカルドだ。良い拾い物をしたな。優しい目をしているが、うちに秘めた強さは、私達以上だ」
「そ、そんな……恐れ多いです」
「この髪も、目も、リリーと同じだ。そう考えると、二人は似ているように見える。特にこの可愛らしい鼻とか……」
ユリウスが顔を近づけてきたが、怪我人を押し返すことができなくて、リカルドが焦った時、二人の間にヌッと手が伸びてきた。
がっしりと腕を掴まれて、気がつくとセイブリアンの隣に戻っていた。
「これはこれは……、嫉妬するリアンを見られるなんて、生きていて良かった。二人が付き合っていることは聞いているから心配するな」
「なっ、いっ、いつの間に!?」
「森の入口までは同じ馬車に乗っていたんだ。リカルドは、なかなか有能だ。そばに置いておきたいくらいだ」
「それはダメだ。リカルドはベイリーの騎士で、俺の専属護衛騎士だ」
「そうか……ベイリーの騎士ね」
そう言ったユリウスは考えるように目線を上げた後、リカルドの方を見て、ニコッと笑った。
セイブリアンもじっと見てくるので、顔も体型もよく似た二人に見られてしまった。リカルドは、獅子に睨まれたネズミになったような思いになって、心臓がバクバクと跳ね上がってしまった。
「可愛いなぁ。リアンはこうやって、いつも遊んでいるのか?」
「バカなことを言っていないで、少し寝ていろ。着いたら起こしてやる」
ムッとしたセイブリアンを見て、ユリウスは笑いながらも、眠気がきたのか、今度は素直に横になった。
その後は、ユリウスを起こさないように、二人は目と口を閉じて、ただ馬車の音を聞いた。
セイブリアンとの出会いから、今までの思い出を瞼の裏に浮かべて、静かな時間は過ぎていった。
皇宮に到着すると、表玄関にはリリーローズの姿があった。
騎士や侍女に止められながら、必死に振り解こうとしている姿を見て、到着前に目が覚めていたユリウスは、早く止めろと指示を出した。
馬車が止まり、リカルドがドアを開けて降りると、次にセイブリアンが降りてきた。
二人で手を伸ばしてユリウスを支えると、ユリウスは、ふらつきながらも自分の足で馬車を降りた。
「ユリ!! ユリウス様!!」
リリーローズが叫びながら、護衛の手を振り払って走り出した。
ユリウスは歩くことなどできないはずだが、リリーと名前を呼んで、足を引き摺りながら歩き出した。
「り……リリー、リリー」
リカルドとセイブリアンは、途中まで支えていたが、ユリウスは大丈夫だと言って二人を下がらせた。
走ってきたリリーローズは、傷ついてボロボロのユリウスを見て、足を止めた後、口に手を当ててポロポロと涙を流した。
やっとリリーローズの側までたどり着いたユリウスは、会いたかったと言って、リリーローズを抱きしめた。
「すまない……悪かった……」
「ど……どうして、謝るのですか?」
「ずっと言えなくて、悪かった」
「え……」
「愛している、リリー。出会った時からずっと……君のことが好きだった」
リリーローズの喉元が上下して、息を呑む音が聞こえてきた。
涙で顔を濡らしていたリリーローズは、驚いたように目を開いて、ユリウスを見つめた。
「怖かったんだ……。私は自分に自信がなくて、いつもこっそり君を眺めていた幼い頃から変わらない。君がいつか、私の元を離れていってしまうんじゃないかと……」
「そんなっ、そんなこと……あるはずがありません! 私が愛しているのは、ユリ、あなたです」
「こんな時になって、やっと気づいたんだ。もうダメだと思った時、浮かんできたのはリリーの笑顔だった。君に会いたくて……愛を伝えたくて……その前に死ねないと。やっと……伝えられてよかった」
見つめ合った二人は、目を潤ませて、しっかりと抱き合った。
二人の間にあった雪が溶けていくように見えた。
同じように心配していたのか、騎士や使用人達も温かい目で二人の様子を見つめていた。
「ユリ、怪我がひどいように見えるわ。体は大丈夫なの?」
「治療は必要だが、命に別状はない。神殿から治療用の聖水を取り寄せて飲ませたところだ。安静が必要だから、しっかり看護してやってくれ」
セイブリアンが、ユリウスの状態をリリーローズに伝えると、リリーローズはもちろんよと言って力強く頷いた。
そこに屈強な護衛騎士が走ってきて、ユリウスが歩かなくていいように両側から支えた。
事態の収束をセイブリアンに任せて、ユリウスは部屋に戻り、治療を受けることになった。
ユリウスは先に運ばれて行ったが、リリーローズは残ってセイブリアンの方に近づいてきた。
「リアン、ありがとう。ユリを守ってくれたのね」
「俺は遅れをとって役に立たなかった。礼はリカルドに言ってくれ。ユリを守って、襲撃してきた敵を倒したのはリカルドだ」
「まぁ、それじゃあ。リカルドは、皇帝を守ったのね」
「そ、そんなっ、他の騎士も戦っていますし、俺は、できることだけ必死に……」
ミケーレを倒したが、油断して殺されそうになった立場なので、とんでもないとリカルドが両手を振っていると、ツカツカと歩いてきたリリーローズは、リカルドの手を掴んだ。
そして、その手を自分の方に引き寄せた。
「ベイリーの騎士、リカルド。それだけではないわね。貴方は皇帝の命を守った、これは大きな功績よ」
「皇后陛下……」
「貴方は立派なアルカンテーゼ帝国の騎士よ」
私が認めると言って、リリーローズは、リカルドの手の甲に祝福のキスをした。
リカルドが顔を上げると、微笑んで頷いているセイブリアンと目が合った。
「ありがとう……ございます」
感動して唇が震えてしまったリカルドは、上手く話せなかったが、何とかお礼の言葉を伝えた。
神殿から、即位が完了したことを知らせる鐘が、改めて鳴らされた。
その音は風に乗って皇宮まで届き、リカルドの胸にも響いた。
1,681
お気に入りに追加
2,521
あなたにおすすめの小説
悪役のはずだった二人の十年間
海野璃音
BL
第三王子の誕生会に呼ばれた主人公。そこで自分が悪役モブであることに気づく。そして、目の前に居る第三王子がラスボス系な悪役である事も。
破滅はいやだと謙虚に生きる主人公とそんな主人公に執着する第三王子の十年間。
※ムーンライトノベルズにも投稿しています。
【完結】婚約破棄したのに幼馴染の執着がちょっと尋常じゃなかった。
天城
BL
子供の頃、天使のように可愛かった第三王子のハロルド。しかし今は令嬢達に熱い視線を向けられる美青年に成長していた。
成績優秀、眉目秀麗、騎士団の演習では負けなしの完璧な王子の姿が今のハロルドの現実だった。
まだ少女のように可愛かったころに求婚され、婚約した幼馴染のギルバートに申し訳なくなったハロルドは、婚約破棄を決意する。
黒髪黒目の無口な幼馴染(攻め)×金髪青瞳美形第三王子(受け)。前後編の2話完結。番外編を不定期更新中。
転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話
鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。
この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。
俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。
我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。
そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。
【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?
MEIKO
BL
【完結】そのうち番外編更新予定。伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷うだけだ┉。僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げた。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなの何で!?
※R対象話には『*』マーク付けますが、後半付近まで出て来ない予定です。
僕はただの平民なのに、やたら敵視されています
カシナシ
BL
僕はド田舎出身の定食屋の息子。貴族の学園に特待生枠で通っている。ちょっと光属性の魔法が使えるだけの平凡で善良な平民だ。
平民の肩身は狭いけれど、だんだん周りにも馴染んできた所。
真面目に勉強をしているだけなのに、何故か公爵令嬢に目をつけられてしまったようでーー?
王命で第二王子と婚姻だそうです(王子目線追加)
かのこkanoko
BL
第二王子と婚姻せよ。
はい?
自分、末端貴族の冴えない魔法使いですが?
しかも、男なんですが?
BL初挑戦!
ヌルイです。
王子目線追加しました。
沢山の方に読んでいただき、感謝します!!
6月3日、BL部門日間1位になりました。
ありがとうございます!!!
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
嫌われ変異番の俺が幸せになるまで
深凪雪花
BL
候爵令息フィルリート・ザエノスは、王太子から婚約破棄されたことをきっかけに前世(お花屋で働いていた椿山香介)としての記憶を思い出す。そしてそれが原因なのか、義兄ユージスの『運命の番』に変異してしまった。
即結婚することになるが、記憶を取り戻す前のフィルリートはユージスのことを散々見下していたため、ユージスからの好感度はマイナススタート。冷たくされるが、子どもが欲しいだけのフィルリートは気にせず自由気ままに過ごす。
しかし人格の代わったフィルリートをユージスは次第に溺愛するようになり……?
※★は性描写ありです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる