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③紹介しよう! 異世界の推し
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泥だらけになった靴を持ち上げて、カガミはため息を吐いた。制服は異世界部の予算から出ているため、買い替えてばかりいられない。
「すぐに泥を落として干しておかないと、これも履けなくなるぞ」
「今日も今日とて、ですね。毎日、何かしら汚れている気がします。替えの服と靴を持って来ました」
井戸の横で靴を洗っていると、アズマが着替えを持って来てくれた。
「おぉ助かる。ありがとう」
「今日は物探しの依頼でしたよね? いったいどこを探したんですか?」
「町食堂の看板女将、リンさんから結婚指輪を探してほしいっていう依頼だ。これがまた、なくしたとされる公園にドブ池があって、そこに転がったって言うものだから……やっと見つけたが、ひどいことになった」
洗い終わった靴を絞っていたら、アズマがよく陽の当たる場所に干してくれたので、布で水気を拭ったカガミは新しい靴を履いた。お昼のこの時間、水場に人気はないので、裾が汚れたズボンも着替えることにする。
「リンさんはよく指輪を落とす人で、その度にうちへ駆け込んでくる。サイズは合っているらしいが、あらゆる場所に落とす」
異世界部が扱う依頼は多岐にわたる。魔法を使うまでもない雑用というやつは、毎日どこかしらで発生する。そのちょっとしたことを気軽に頼めるの異世界部というわけだ。
もちろん貴族向けと平民向けで価格が違うのと、貴族は元々使用人を雇っているので、あまり依頼が来ることはない。平民は良心的な価格で対応しているので依頼は次々くる。
あまりにちょっとしたことだと、お金をもらうのも悪い気持ちになるくらいだ。
「ああ、きっとそういう設定のモブキャラなんですよ」
アズマがあまりに自然に返してきたので、そうかと頷きそうになったが、カガミはズボンを履いていた手を止めた。
「ん? 設定? モブキャラ?」
「さっき、フジタさんと、カミムラさんにも話したんですけど、俺気づいちゃったんです。この世界って、『ラブ、ちゃんとフォーチュン』の世界だと思うんですよ。知りません? 一時期ゲーム動画見まくっていてその時に、レトロゲーの動画で見たのを思い出したんですよ」
「ゲーム? いや、俺はさっぱり……」
「主人公は運命の出会いを夢見る女の子です。貴族の父親に捨てられた不幸な境遇なんですけど、そんな彼女の前に次々とイケメンが現れるんです。お気に入りのイケメンを攻略する乙女ゲームってやつです。その、ゲームの舞台になる場所がなんと、ラブマジック王国なんですよ!」
拳を空に突き上げてたアズマは、興奮しながら大きく声を響かせた。しかめっ面で話を聞いていたカガミは、鼻から息を吐いた後、ズボンを穿いてずり落ちないように紐で腰の辺りを縛った。
「そうか」
「そうかって……ええ!? うわぁっ、フジタさんと同じ反応!!」
「そりゃそうだ。ここがそのゲームの世界だとして何になる? その時間軸はいつなんだ? とっくに終わっている話じゃないのか?」
「ええと……、確か攻略キャラの王子様が、トリスタンとかいう名前だったような」
「……今の第一王子がそんな名だったな」
ラブマジック王国には王子が二人いる。第一王子トリスタンは成人しているが婚約者がおり、第二王子はまだ幼いと聞いていた。もちろんカガミは直接会ったことなどなく、姿を遠目で見たことがあるくらいだ。
「今がちょうどそのゲームの舞台が行われる頃だとしても、こっちは魔力なしオッサンの集まりだぞ。お嬢様の恋愛ゲームと絡むことなどない」
「いやー、まーそーですけどぉ。新鮮な驚きとかありません?」
「ない」
「うへー! かがみさーん!」
アズマが気の抜けた声を上げた時、垣根の向こう側が騒がしくなり、野太い掛け声が聞こえてきた。その声を聞いたカガミの耳はピクリと動く。ズレていた眼鏡を戻した後、垣根に向かって歩き出した。
「やけにうるさいですね。この向こうに何があるんですか?」
「騎士団の演習場だ」
「騎士団! さっすが、ファンタジーですね。あれっ、ということは……、カガミさんの推しが……」
カガミが躊躇なく垣根に顔を突っ込むと、アズマもすぐ隣に来て、ゴソゴソと音を立てて顔を覗かせる。
「うわっ、ここから見えるんですね! すごっ、めっちゃカッコいいじゃないですか!」
男ならこの光景を見て痺れない者はいないだろう。二人がいる水場は小高い位置にあり、すぐ下にある騎士団演習場全体が見渡せた。身の丈に近い大剣を持った男達が、至る所で試合を繰り広げており、体をぶつけ合って戦う姿は迫力満点だ。
男達の真剣な戦いを見ると、戦えないカガミも熱い気持ちになる。その中、カガミはある一人を探す。すると、ものの数秒で彼を視界に捉えて、心が一気に沸き立った。
「ええと……カガミさんの推しは……?」
「あそこだ。あの一番人が集まっているところ。中心にいる銀髪の……」
二人して垣根に顔を突っ込んだ状態だが、カガミの視線を辿ったアズマは、やっとその相手が分かったようだ。
「えっ……うわぁ、すごい! めちゃくちゃイメケン! わわわっ、今一振りで三人倒しましたよ。つよ……ヤバいですね」
興奮した様子で声を上げるアズマを見て、カガミはうんうんと頷く。彼の良さが一人でも多くの人に伝わってくれたらファン冥利に尽きる。
「カガミさんの異世界の推しが、この国の騎士だっていうのは聞きましたけど、どんな方なんですか?」
アズマの問いに、彼と出会った時の記憶が浮かんくる。カガミは長くなるぞと言ってから、口を開いた。
ラブマジック王国、第一騎士団小隊長、アレクサンドル•ロナパルム。
彼と出会ったのは、カガミがこの世界に来てから日の浅かった頃だ。
自分の置かれた状況を理解しつつあったが、まだ前の世界のことで頭がいっぱいだった。外へ出かけたカガミは、通行禁止の看板を見落とし、注意しろと言われていた場所に入ってしまった。
王国首都の町は、巨大な魔法防壁に囲まれている。これは、国民から少しずつ集めた魔力によって作られるもので、これにより防壁内の安全が保たれている。
つまり、防壁の外については、いつどこで魔物が出るか分からないという危険地帯になるのだ。
魔物、というのは、この世界において悪い魔力に侵された動物の成れの果てで、他の生き物を襲い食べることで、力をより強大なものにしている。
防壁外の通行を助けるため、定期的に騎士団が掃討作戦を展開し、駆除にあたっているが、その数は減ることがないそうだ。
簡単に説明は受けていたが、安全なところにいたため、全く実感が湧かなかった。
薬草摘みの仕事を任されたので、より多く生えている場所を探して、気づいたら保護区域を出ていた。
魔物との遭遇は今思い出しても足が震えるくらいだ。ぼんやり草を摘んでいたカガミの前に、暗がりから飛び出してきたのは、大きな牛のような大きな魔物だった。もしかしたら、牛だったのかもしれないが、完全に異形となっていた。ばっくりと空いた口には、尖った歯が生えており、真っ黒な目は邪気に満ちていた。
恐怖で悲鳴を上げることもできず、カガミは腰を抜かして動けなくなった。涎を垂らした魔物は、容赦なくカガミに襲いかかってきた。
もうダメだと考えたその時、彼は空から飛んできたかのように、華麗に目の前に降り立った。身の丈ほどある剣を軽々と振り払い、襲いかかってきた魔物をあっという間に倒してしまった。
その後ろ姿のカッコ良さ、九死に一生を得た安堵感。カガミは泣きそうになったが、情けなくて必死に堪えた。
カガミを助けてくれた男はその格好から、王国の騎士に間違いないと思った。男は散らばった薬草を拾い籠に入れてカガミに手渡した。その後、この辺りは危険だと言って保護区域まで戻るように誘導してくれた。
やっと我に返ったカガミは、お礼を言おうと顔を上げたが、その時にはもう颯爽と消えてしまった。
あまりの強烈過ぎる体験に、心が震えたカガミは、助けてくれた男のことを探す。ようやく彼が、第一騎士団にいるアレクサンドルという名の騎士だと知り、これはもう運命の出会いだと思った。
カガミは子供の頃から大人しく消極的、常に物事を悲観し、目立たないように生きてきた。そんなカガミにとって、推しとの出会いは、いつも人生が変わるくらい大きなものだった。
推しがいることで、人生は明るくなり、推しが輝くことが、自分にとっても幸せ。
異世界に来て推しがいないことで、喪失感と孤独に打ちのめされそうになっていたが、アレクサンドルの登場で、メキメキと生きる力が湧いてきた。
彼こそがこの世界の推し、全力で応援しようと心に決めた瞬間だった。
「銀髪に赤い目って、ダークヒーローみたいでカッコいいっスね」
「だっ……」
アズマの口から出てきた感想に、カガミは思わず言葉を詰まらせる。確かに、この世界のイケメン枠は、王家の人間の特徴に多い、金髪に青い目というのがもてはやされているようだ。
その点からいくと、アレクサンドルは正統派ではないと言える。ただ、見た目のカッコ良さだけではなく、さりげない優しさや、去り際のサッパリとした漢ぶりにカガミは心臓を掴まれたのだ。
町の人は偏見なく接してくれるが、貴族や国の仕事に携わっている連中からは、異世界人への風当たりは強い。
勝手に来たくせに目立った貢献もせず、魔力を持たずに恩恵だけ受けているという考えで見られている。
こちらとしても、来たくてきたわけじゃないと言いたいのだが、現状保護されている立場なので何も言い返せない。文句があるなら出ていけと言われたら困ったことになるからだ。
異世界部は制服を支給されており、それを着ていたので、パッと見て異世界人だというのは、すぐに分かったはずだ。
フラフラ外に出たバカな異世界人など、見捨てたとして誰も何も言わない。それなのに、彼は文句も見返りもなく助けてくれた。
異世界に来て環境に打ちのめされていたカガミにとって、初めて触れた温かさだった。
「助けてもらってから彼のことを調べた。彼はロナパルム伯爵家の三男で風の魔力使い、他の人とは桁違いの魔力持ちだ。あの戦いぶりから分かるように、騎士団でも屈指の魔法剣の使い手だ。魔獣討伐では、毎回一人で山を作るほどの大活躍らしい」
「へぇー凄いですね。おっ、今もまた三人倒しましたよ。もう戦う相手がいないですね。みんな遠巻きに見て恐れているみたいです」
「そうなんだよ! 俺は疑問に思っているんだ。今吹き飛ばされたのは、上隊長だ。あんなに強いのに、ただの小隊長止まりでもう何年も変わらないらしい。おかしいだろう! あんなに強いんだぞ!!」
「うーん、この世界の出世システムがよく……」
「そこで俺は考えた。どの業界でも、出世に必要なのは周りから支持されることだ。だから俺は、彼の評判を上げるために、町で布教活動に勤しんでいる。SNSで引用して上げまくるようなものだ」
「おぉ……カガミさんお得意の推し活ですね」
「俺は彼を……騎士の最高職、国王近衛騎士団団長にまで押し上げようと考えている」
眼鏡をキラリと光らせて、カガミが高らかに宣言すると、アズマはまた、おぉっと言って今度はパチパチと手を叩いた。いつもは一人で宣言しているので、観客がいると気持ちも違うなとカガミは嬉しくなる。
「それにしても意外ですね。カガミさんって、守備範囲広いですね」
「ん? 何の話だ?」
「だって、推しがモモナちゃんと、アレクさんですよ。男も女もイケるってことは、バイですか?」
「ぬほぉぉっっ!!」
垣根に頭を突っ込んでいたが、衝撃で後ろに飛ばされたカガミは、尻餅をついて地面に転がった。
「き、き、き、君はっ、わ、私が推しに、そんな邪な気持ちを抱いていると思っていたのかーー!!」
「えっ、ファンの最終願望ってそこじゃないんですか? ガチ恋して、結婚したいとか」
「そういうやつもいるが、私は違う! 純粋な気持ちで、ただ応援したいだけなんだ」
「へぇ、じゃあ、恋愛対象ってわけじゃないんだ。あ、ちなみに俺はそっちは無理だったから、女の子専門だけど、偏見はないです」
アズマのどストレートな質問に、面食らったカガミは、放心状態になる。彼が高校生だったことを思い出して、ありえないと首を振った。
「おまっ……俺にとっての異世界人か……」
「そんな大袈裟なぁ。さすがに経験人数百人はいかないですから」
またもや衝撃を受けて、カガミは腹を手で押さえた。これはカガミにとって、かなり鋭い一撃だ。
「け……経験人数って、恋愛のことじゃ……ないよな?」
素朴な問いから沈黙が流れて、ハッとしたカガミは口を手で押さえた。これはマズいことを言ってしまったと思ったら、大きく開かれたアズマの目がパッと輝いたのが分かった。
「えっ……もしかして、カガミさんて、どう……」
「うっ、くっわっ、うるさーい!! 仕事は終わりだ! 帰るぞ!」
アズマの言葉を遮って立ち上がったカガミは、頭に葉を乗せたままスタスタと歩き出す。
今すぐこの場を離れなければ、恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
「あー、カガミさーん! 待ってくださいー」
荷物を抱えたアズマが、慌てて追いかけてくるが、カガミは歩みを止めることなく足を進めた。
「すぐに泥を落として干しておかないと、これも履けなくなるぞ」
「今日も今日とて、ですね。毎日、何かしら汚れている気がします。替えの服と靴を持って来ました」
井戸の横で靴を洗っていると、アズマが着替えを持って来てくれた。
「おぉ助かる。ありがとう」
「今日は物探しの依頼でしたよね? いったいどこを探したんですか?」
「町食堂の看板女将、リンさんから結婚指輪を探してほしいっていう依頼だ。これがまた、なくしたとされる公園にドブ池があって、そこに転がったって言うものだから……やっと見つけたが、ひどいことになった」
洗い終わった靴を絞っていたら、アズマがよく陽の当たる場所に干してくれたので、布で水気を拭ったカガミは新しい靴を履いた。お昼のこの時間、水場に人気はないので、裾が汚れたズボンも着替えることにする。
「リンさんはよく指輪を落とす人で、その度にうちへ駆け込んでくる。サイズは合っているらしいが、あらゆる場所に落とす」
異世界部が扱う依頼は多岐にわたる。魔法を使うまでもない雑用というやつは、毎日どこかしらで発生する。そのちょっとしたことを気軽に頼めるの異世界部というわけだ。
もちろん貴族向けと平民向けで価格が違うのと、貴族は元々使用人を雇っているので、あまり依頼が来ることはない。平民は良心的な価格で対応しているので依頼は次々くる。
あまりにちょっとしたことだと、お金をもらうのも悪い気持ちになるくらいだ。
「ああ、きっとそういう設定のモブキャラなんですよ」
アズマがあまりに自然に返してきたので、そうかと頷きそうになったが、カガミはズボンを履いていた手を止めた。
「ん? 設定? モブキャラ?」
「さっき、フジタさんと、カミムラさんにも話したんですけど、俺気づいちゃったんです。この世界って、『ラブ、ちゃんとフォーチュン』の世界だと思うんですよ。知りません? 一時期ゲーム動画見まくっていてその時に、レトロゲーの動画で見たのを思い出したんですよ」
「ゲーム? いや、俺はさっぱり……」
「主人公は運命の出会いを夢見る女の子です。貴族の父親に捨てられた不幸な境遇なんですけど、そんな彼女の前に次々とイケメンが現れるんです。お気に入りのイケメンを攻略する乙女ゲームってやつです。その、ゲームの舞台になる場所がなんと、ラブマジック王国なんですよ!」
拳を空に突き上げてたアズマは、興奮しながら大きく声を響かせた。しかめっ面で話を聞いていたカガミは、鼻から息を吐いた後、ズボンを穿いてずり落ちないように紐で腰の辺りを縛った。
「そうか」
「そうかって……ええ!? うわぁっ、フジタさんと同じ反応!!」
「そりゃそうだ。ここがそのゲームの世界だとして何になる? その時間軸はいつなんだ? とっくに終わっている話じゃないのか?」
「ええと……、確か攻略キャラの王子様が、トリスタンとかいう名前だったような」
「……今の第一王子がそんな名だったな」
ラブマジック王国には王子が二人いる。第一王子トリスタンは成人しているが婚約者がおり、第二王子はまだ幼いと聞いていた。もちろんカガミは直接会ったことなどなく、姿を遠目で見たことがあるくらいだ。
「今がちょうどそのゲームの舞台が行われる頃だとしても、こっちは魔力なしオッサンの集まりだぞ。お嬢様の恋愛ゲームと絡むことなどない」
「いやー、まーそーですけどぉ。新鮮な驚きとかありません?」
「ない」
「うへー! かがみさーん!」
アズマが気の抜けた声を上げた時、垣根の向こう側が騒がしくなり、野太い掛け声が聞こえてきた。その声を聞いたカガミの耳はピクリと動く。ズレていた眼鏡を戻した後、垣根に向かって歩き出した。
「やけにうるさいですね。この向こうに何があるんですか?」
「騎士団の演習場だ」
「騎士団! さっすが、ファンタジーですね。あれっ、ということは……、カガミさんの推しが……」
カガミが躊躇なく垣根に顔を突っ込むと、アズマもすぐ隣に来て、ゴソゴソと音を立てて顔を覗かせる。
「うわっ、ここから見えるんですね! すごっ、めっちゃカッコいいじゃないですか!」
男ならこの光景を見て痺れない者はいないだろう。二人がいる水場は小高い位置にあり、すぐ下にある騎士団演習場全体が見渡せた。身の丈に近い大剣を持った男達が、至る所で試合を繰り広げており、体をぶつけ合って戦う姿は迫力満点だ。
男達の真剣な戦いを見ると、戦えないカガミも熱い気持ちになる。その中、カガミはある一人を探す。すると、ものの数秒で彼を視界に捉えて、心が一気に沸き立った。
「ええと……カガミさんの推しは……?」
「あそこだ。あの一番人が集まっているところ。中心にいる銀髪の……」
二人して垣根に顔を突っ込んだ状態だが、カガミの視線を辿ったアズマは、やっとその相手が分かったようだ。
「えっ……うわぁ、すごい! めちゃくちゃイメケン! わわわっ、今一振りで三人倒しましたよ。つよ……ヤバいですね」
興奮した様子で声を上げるアズマを見て、カガミはうんうんと頷く。彼の良さが一人でも多くの人に伝わってくれたらファン冥利に尽きる。
「カガミさんの異世界の推しが、この国の騎士だっていうのは聞きましたけど、どんな方なんですか?」
アズマの問いに、彼と出会った時の記憶が浮かんくる。カガミは長くなるぞと言ってから、口を開いた。
ラブマジック王国、第一騎士団小隊長、アレクサンドル•ロナパルム。
彼と出会ったのは、カガミがこの世界に来てから日の浅かった頃だ。
自分の置かれた状況を理解しつつあったが、まだ前の世界のことで頭がいっぱいだった。外へ出かけたカガミは、通行禁止の看板を見落とし、注意しろと言われていた場所に入ってしまった。
王国首都の町は、巨大な魔法防壁に囲まれている。これは、国民から少しずつ集めた魔力によって作られるもので、これにより防壁内の安全が保たれている。
つまり、防壁の外については、いつどこで魔物が出るか分からないという危険地帯になるのだ。
魔物、というのは、この世界において悪い魔力に侵された動物の成れの果てで、他の生き物を襲い食べることで、力をより強大なものにしている。
防壁外の通行を助けるため、定期的に騎士団が掃討作戦を展開し、駆除にあたっているが、その数は減ることがないそうだ。
簡単に説明は受けていたが、安全なところにいたため、全く実感が湧かなかった。
薬草摘みの仕事を任されたので、より多く生えている場所を探して、気づいたら保護区域を出ていた。
魔物との遭遇は今思い出しても足が震えるくらいだ。ぼんやり草を摘んでいたカガミの前に、暗がりから飛び出してきたのは、大きな牛のような大きな魔物だった。もしかしたら、牛だったのかもしれないが、完全に異形となっていた。ばっくりと空いた口には、尖った歯が生えており、真っ黒な目は邪気に満ちていた。
恐怖で悲鳴を上げることもできず、カガミは腰を抜かして動けなくなった。涎を垂らした魔物は、容赦なくカガミに襲いかかってきた。
もうダメだと考えたその時、彼は空から飛んできたかのように、華麗に目の前に降り立った。身の丈ほどある剣を軽々と振り払い、襲いかかってきた魔物をあっという間に倒してしまった。
その後ろ姿のカッコ良さ、九死に一生を得た安堵感。カガミは泣きそうになったが、情けなくて必死に堪えた。
カガミを助けてくれた男はその格好から、王国の騎士に間違いないと思った。男は散らばった薬草を拾い籠に入れてカガミに手渡した。その後、この辺りは危険だと言って保護区域まで戻るように誘導してくれた。
やっと我に返ったカガミは、お礼を言おうと顔を上げたが、その時にはもう颯爽と消えてしまった。
あまりの強烈過ぎる体験に、心が震えたカガミは、助けてくれた男のことを探す。ようやく彼が、第一騎士団にいるアレクサンドルという名の騎士だと知り、これはもう運命の出会いだと思った。
カガミは子供の頃から大人しく消極的、常に物事を悲観し、目立たないように生きてきた。そんなカガミにとって、推しとの出会いは、いつも人生が変わるくらい大きなものだった。
推しがいることで、人生は明るくなり、推しが輝くことが、自分にとっても幸せ。
異世界に来て推しがいないことで、喪失感と孤独に打ちのめされそうになっていたが、アレクサンドルの登場で、メキメキと生きる力が湧いてきた。
彼こそがこの世界の推し、全力で応援しようと心に決めた瞬間だった。
「銀髪に赤い目って、ダークヒーローみたいでカッコいいっスね」
「だっ……」
アズマの口から出てきた感想に、カガミは思わず言葉を詰まらせる。確かに、この世界のイケメン枠は、王家の人間の特徴に多い、金髪に青い目というのがもてはやされているようだ。
その点からいくと、アレクサンドルは正統派ではないと言える。ただ、見た目のカッコ良さだけではなく、さりげない優しさや、去り際のサッパリとした漢ぶりにカガミは心臓を掴まれたのだ。
町の人は偏見なく接してくれるが、貴族や国の仕事に携わっている連中からは、異世界人への風当たりは強い。
勝手に来たくせに目立った貢献もせず、魔力を持たずに恩恵だけ受けているという考えで見られている。
こちらとしても、来たくてきたわけじゃないと言いたいのだが、現状保護されている立場なので何も言い返せない。文句があるなら出ていけと言われたら困ったことになるからだ。
異世界部は制服を支給されており、それを着ていたので、パッと見て異世界人だというのは、すぐに分かったはずだ。
フラフラ外に出たバカな異世界人など、見捨てたとして誰も何も言わない。それなのに、彼は文句も見返りもなく助けてくれた。
異世界に来て環境に打ちのめされていたカガミにとって、初めて触れた温かさだった。
「助けてもらってから彼のことを調べた。彼はロナパルム伯爵家の三男で風の魔力使い、他の人とは桁違いの魔力持ちだ。あの戦いぶりから分かるように、騎士団でも屈指の魔法剣の使い手だ。魔獣討伐では、毎回一人で山を作るほどの大活躍らしい」
「へぇー凄いですね。おっ、今もまた三人倒しましたよ。もう戦う相手がいないですね。みんな遠巻きに見て恐れているみたいです」
「そうなんだよ! 俺は疑問に思っているんだ。今吹き飛ばされたのは、上隊長だ。あんなに強いのに、ただの小隊長止まりでもう何年も変わらないらしい。おかしいだろう! あんなに強いんだぞ!!」
「うーん、この世界の出世システムがよく……」
「そこで俺は考えた。どの業界でも、出世に必要なのは周りから支持されることだ。だから俺は、彼の評判を上げるために、町で布教活動に勤しんでいる。SNSで引用して上げまくるようなものだ」
「おぉ……カガミさんお得意の推し活ですね」
「俺は彼を……騎士の最高職、国王近衛騎士団団長にまで押し上げようと考えている」
眼鏡をキラリと光らせて、カガミが高らかに宣言すると、アズマはまた、おぉっと言って今度はパチパチと手を叩いた。いつもは一人で宣言しているので、観客がいると気持ちも違うなとカガミは嬉しくなる。
「それにしても意外ですね。カガミさんって、守備範囲広いですね」
「ん? 何の話だ?」
「だって、推しがモモナちゃんと、アレクさんですよ。男も女もイケるってことは、バイですか?」
「ぬほぉぉっっ!!」
垣根に頭を突っ込んでいたが、衝撃で後ろに飛ばされたカガミは、尻餅をついて地面に転がった。
「き、き、き、君はっ、わ、私が推しに、そんな邪な気持ちを抱いていると思っていたのかーー!!」
「えっ、ファンの最終願望ってそこじゃないんですか? ガチ恋して、結婚したいとか」
「そういうやつもいるが、私は違う! 純粋な気持ちで、ただ応援したいだけなんだ」
「へぇ、じゃあ、恋愛対象ってわけじゃないんだ。あ、ちなみに俺はそっちは無理だったから、女の子専門だけど、偏見はないです」
アズマのどストレートな質問に、面食らったカガミは、放心状態になる。彼が高校生だったことを思い出して、ありえないと首を振った。
「おまっ……俺にとっての異世界人か……」
「そんな大袈裟なぁ。さすがに経験人数百人はいかないですから」
またもや衝撃を受けて、カガミは腹を手で押さえた。これはカガミにとって、かなり鋭い一撃だ。
「け……経験人数って、恋愛のことじゃ……ないよな?」
素朴な問いから沈黙が流れて、ハッとしたカガミは口を手で押さえた。これはマズいことを言ってしまったと思ったら、大きく開かれたアズマの目がパッと輝いたのが分かった。
「えっ……もしかして、カガミさんて、どう……」
「うっ、くっわっ、うるさーい!! 仕事は終わりだ! 帰るぞ!」
アズマの言葉を遮って立ち上がったカガミは、頭に葉を乗せたままスタスタと歩き出す。
今すぐこの場を離れなければ、恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
「あー、カガミさーん! 待ってくださいー」
荷物を抱えたアズマが、慌てて追いかけてくるが、カガミは歩みを止めることなく足を進めた。
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