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本編

⑩孤独なライオンは運命を見つける

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 ドンドンと叩かれたドアに近づいた。
 普通ならこんな事態で近寄ることなどない。だが、こんな事が前にもあったと思ったら、淡い期待が一気に膨らんできて俺の背中を押した。

 ドアに近づくと、人の息遣いが聞こえた。
 興奮している変態、というより、やけに息絶え絶えで死にそうな人の本気の呼吸に聞こえた。

「…し……ゔ……て……く……れ…」

 声にならないうめき声のようなものが微かに聞こえて俺は驚いて一度ぱっとドアから離れた。
 しかしその声は、月日が経ったとしても、聞き間違える事なく俺の胸の中へスッと入ってきた。

「ぁ………よ…燿一郎?」

 そうだと言う合図のようにドアがカタンと鳴った。
 スコープから覗くと、見覚えのある横顔が見えた気がした。スッと消えてしまったのでよく分からない。

「うう…嘘!!!」

 俺が慌ててドアを開けると、何かにゴツンと当たって、ぐおっ! っという本当に死にそうな声が聞こえた。

「し…ゅ……ころす…気…かぁ……」

 目線を下に動かすと床に転がっていたのは、五年ぶりに目にする燿一郎だった。
 目元にあった幼さが消えていてますます精悍な顔つきで、高そうなスーツを着ている。
 が、スーツは着崩れて乱れているし、後ろに流していた形跡のある髪は流れ出た汗で顔に貼り付いていた。
 真っ赤な顔で肩で息をしながら、苦しそうに頭を押さえていた。

「えっ……ど…どうした!?」

「おま…あし…速すぎ……」

「もしかして…今のゴツンって……! ちょっ…とりあえず…中に……」

 マンションの廊下に転がっている燿一郎を起こして何とか自分の部屋に押し込んだ。
 玄関でコートと上着を脱がして、とりあえず落ち着くように水のペットボトルを渡すと、その頃には死にそうにゼーゼーと呼吸をしていた燿一郎は、やっとまともに声が出るようになった。

「早く会いたくて、オゾンに…柊に会いに行ったんだよ。そしたら、声かける前に、お前走り出して…しかも、めちゃくちゃ足が速くて…全然追いつけないし…持久力もありすぎ…。いつの間に陸上やってたんだよ! 聞いてないぞ!」

「ははっ…実は…趣味でマラソン大会とかよく参加していて」

「なんだよーサプライズどころか、ドアで頭殴られるし死にそうになった」

 燿一郎は頭を押さえながら痛そうな顔をした後、ケラケラと笑い出した。
 お互い外見には年月を感じるものはあるだろう。
 だが、こうやって話してみて、今まで会えなかったのが嘘みたいに、ずっと一緒に生きてきたような気持ちになった。

「……柊、ごめん。待たせた…、もっと早く帰ってくるつもりで頑張ったけど…遅くなった」

「ううん…。全然…全然…」

 大丈夫だったと、頑張ってきた燿一郎を安心させたくて、そう言おうと思ったけれど唇が震えてしまい、上手く言葉が出てこなかった。

「寂しかった」

 会えたら責めるような事は言いたくなかった。それなのに、燿一郎の顔を見たら、思いが溢れてきて口から出てしまった。
 唇を噛み締めて泣きそうな顔になった燿一郎は、飛び付いて強く抱きしめてきた。

「ごめん」

「んんっ…来てくれたから…も…全部いい」

「待っていてくれて…ありがとう」

 もう、言葉はいらなかった。
 自然と視線が合えば、唇が重なった。
 長い時を越えて、元の形にもどるようにピタリと重なり合えば、後はぐずぐずと熱に溶けていくだけ。

 玄関口に座ったまま、そのまま長い時間抱き合って、お互いの存在を確かめるみたいにキスを続けた。

「んっ……ふ……」

 どれくらい経ったのか、唇を離した二人の間は、伸びた唾液が銀糸の糸のようになってまだ繋がっていた。
 いつか同じような事があったなと思い出した。

 俺を見つめる燿一郎の瞳の奥は、どんどん燃えるように熱くなっていき、視線だけで達してしまいそうだった。
 そして浮かんできた思いに胸がジリジリと焦がされていく。

「燿一郎、カッコよくなったな…。5年間…、誰ともこういうことしていない?」

「ああ」

「本当に? だって…絶対モテるよ。アルファの匂いだって…良すぎる。今、俺…匂いだけで飛びそうだ。こんなのくらったら、ベータだって落ちる」

 女々しい事が言いたいわけじゃないが、さっぱりとした連絡しか取り合っていなくて、燿一郎の生活が全然掴めなかった。海外だって、燿一郎の濃すぎるアルファの香りに誘われて嫌でもオメガが群がって来たはずだ。
 そんなことを想像し始めたら止まらなくて、嫉妬で胸が焼けてしまいそうだった。

「……まぁ、モテなかったワケじゃない」

 案の定、肯定されてしまい、胸が発火しそうになった。
 俺があまりにひどい顔をしていたからか、燿一郎はクスリと笑った。

「アルファのフェロモンはある程度コントロールできるようになったし、だいたい柊に会うまで誰ともシタ事がなかったから…五年くらい、どうって事ない」

「……へ? …燿一郎、俺が初めてだったの?」

「わ…悪いか! 俺の知識はアルファ向けの性教育講座が全てだ」

 初めてした時、手慣れた手つきで俺を巧みに快感に導いた男が童貞だったとは、アルファ向けの性教育講座がどんなものなのか気になってしまった。

「柊こそ! 大学時代の男に、カフェで声かけてくる男、たくさんいただろう!」

 燿一郎は驚くことに、大学時代の先輩や友人の名前、カフェに来るお客でやけにしつこかった連中の特徴まで言い始めた。
 海外にいた燿一郎が、なぜそんなことまで知っているのか、呆然として開いた口が塞がらなくなってしまった。

「え…? 何でそんなに詳しいんだ?」

「……信頼のおける男にガードマン兼報告係を頼んだ」

「はあ!?」

 大学とバイト先に精通する人物で思い当たる人は一人しかいない。

「もしかして……堤先輩」

「そうだ。堤義晴は俺の母方の従兄弟で、堂々としているからよくアルファに間違えられるがベータだ。歳は向こうが上だが、昔から俺の子分だと言ってよくくっ付いてきた。柊のことが心配だったから、頼んだら快く引き受けてくれたよ。お前に寄り付く悪い虫を排除していたはずだ」

 堤先輩とは仲が良かったが、とにかく謎な人だった。なんでも色々知っていたし、確かにしつこく絡んでくる男の相談をすれば翌日には解決していた。
 そういえば茜とは仲が良くて、よく二人で楽しそうに話をしたいた。まるで昔からよく知っている同士みたいだな、なんて思ったのは嘘じゃなかったようだ。

「お…俺には、全然連絡くれなかったくせに…! 不安だったんだからな!」

「そ…それは、柊に連絡すると、会いたくてたまらなくて…何も手につかなくなって……」

 眉を下げて情けない顔をしながら、燿一郎は頭をかいていた。
 懐かしかった。
 堂々とした精悍な男が見せる隙のあるこの仕草が、好きでたまらなかったのを思い出した。

「でもまぁ、それは俺も同じだ。会いたいって書くと心が止められないし、声を聞いたら飛び出していた。こうやって耐えたから…ちゃんと会えたし。でも、本家の方は大丈夫なのか?」

「大丈夫だ。親父に言われた課題は全部クリアした。それが出来たらもう文句は言わないから好きに生きろって言われていたから」

「課題?」

「株で儲けること。向こうで会社を起こして利益を出して、名前の知られた企業に成長させること」

 サラリと言われたが、学生をやりながら簡単にできることではない。そう考えれば、5年で戻って来てくれたのなんて奇跡のような話に思えた。

「来月から日本を拠点にしてもっと大きくする。俺のパートナーとして、柊もしっかり働いてくれよな」

「……ん?」

「当面は義晴に付いて、色々仕事を覚えてもらうけど、暫くしたら机も移して……」

「ちょっ…ちょっと待って」

 頭の中で色々な事が整理できなくて、パンク寸前の状態だ。堤の名前が出てきてなんとなく線が繋がったような気がした。

「堤先輩が紹介してくれたあの会社ってもしかして……」

「ああ、俺の会社だ。日本に進出するにあたって社名を変えている。義晴には先にこっちで動いてもらっていた。俺がこっちに戻ってくるのに合わせて大々的にスタートさせる予定だから」

 気を張っていたのに力が抜けてしまい、燿一郎の胸に倒れるように崩れた。

「だーもー! 俺だけ全然何もしらない!」

「悪かったな、ビックリさせたくて」

 ビックリさせるとか、そういうレベルの話ではないだろう。確かにオメガだと言うと嫌がられることが多いのに、やけにとんとん拍子で話が進んだわけだと思った。

「惚れ直した?」

「直さない」

「挽回させて」

「……何するんだよ」

 玄関口での攻防を終わりにするためか、燿一郎は俺を軽々と抱き上げて、部屋の中に入った。

「頭の先から爪先まで、余す所なく全部愛してやる」

「……言っておくけど、俺今、発情期入ったけど、いい薬を紹介してもらって、タイミング良く飲めば数時間は緩やかに抑制効果が持続されるやつ飲んでいるから」

「本当だ……、確かに甘いけど……なんか邪魔してくる匂いがする」

 ベッドに降ろされた俺の上に、燿一郎がのしかかってきた。

「その薬と俺のフェロモン、どっちが強いかやってやるよ」

「何で薬と戦う気満々なんだ」

「いいか、俺の愛は、どんな障害にも負けない。それを証明してやる」

 確かに複雑な家と親達の呪縛を、自分の力で完全に断ち切ってしまった男だ。
 抑制効果など、吹き飛ばしてしまうかもしれない。

 そして宣言通り、燿一郎は原始的なアルファの本気のフェロモンを出してきて、それに当てられた俺は、すっかり発情状態に入ってしまった。
 おかげでそこから一週間、貪るようにセックスに溺れることになった。
 しかし、5年間離れ離れだった俺達を、もう邪魔する者はいなかった。
 思う存分、お互いの熱を求め合って止まない快感の渦に溶けていった。









「っっ…くっ……あっ……!!」

「柊…声抑えて」

 抑えろと言いながら、ガンガン腰をぶつけてきて、いいところ目掛けて擦ってくる男をキッと睨んだ。

 どうやら俺のそういう顔が好きらしく、ぶるりと震えたと思ったら、口元に笑みを浮かべたまま、もっと激しく打ちつけてきた。

「あぁ……だ……だめ……そん……ぁ…ぁ」

 ガン突きされながら、両乳首をギュッとつねられたらもうたまらなかった。
 俺のは触られてもいないのに、ビクビクと揺れて達してしまった。
 周りに飛ばないようにゴムを付けているが、先端がぷくりと膨らんで揺れていた。
 こんな場所でなんて光景なんだと顔が熱くなった。

「やらしいな…、柊。俺のデスクの上で乱れてイクなんて……」

 俺だって仕事中に、上司の机に背中を預けて、足を広げているなんて恥ずかしすぎる格好をしたくはない。
 こんなところ誰かに見られたら、もう顔も上げられない。

「ばっ……いきなり…お前が…盛ってきたクセに…」

 そう言うと、今世間で注目の会社の若き経営者と呼ばれるこの男、九鬼燿一郎はニヤリと悪戯を指摘された子供のように笑った。

 その顔を見ると、またゾクゾクと熱が湧き上がってきてしまう。
 もう十分に知っている。
 俺の恋人は、セックスの時、最高に興奮していると笑うのだ。それもニヤニヤと悪い顔をして。

「俺のせい? 入ってきていきなりフェロモン放ってきた柊が悪い。出張で一週間ぶりに会うのに、煽られるに決まっているだろう」

「んっああっ…!!」

 繋がったままぐるりと体位を変えられた。俺はデスクにうつ伏せにされて、今度は後ろから深く突き入れられた。
 向き合って受け入れるよりも深く繋がる体位は好きだけど、こんなところで声を抑えられる自信がない。
 構わず奥を突いてくる燿一郎を睨む余裕もないので、自分のシャツを口に突っ込んて声を抑えた。


 大学を卒業して、燿一郎が作った会社で働き始めた。
 名前はそこそこ売れているが、まだ日本では小さく従業員も少ない会社なので、社長の燿一郎は日本と海外と忙しく飛び回っている。俺は副社長になった堤の下で仕事を学び出してやっと慣れたところだった。

 一緒に住んでいるが、二人でゆっくりできるのは週末のわずかな時間。
 海外出張から帰国してそのまま出社してきた燿一郎の顔を見に来たら、部屋に入った途端、貪るようにキスをされて、そのままこういうことになってしまった。

 まぁ確かに、久々に会えたと思ったら嬉しくて、フェロモンを大量に放ってしまった自覚はある……。
 だからって、こんなところで……しかもまだガッツリ勤務時間だというのに、誰か入って来たらと緊張で震えてきた。

「……んっ……っっ……ふ……は……」

「柊…柊……」

 燿一郎が甘えたような声で俺の名前を呼び始めたら、あの合図だ。
 はだけたシャツを引っ張られて、首元をさらされて、うなじに燿一郎の息がかかった。

「い…よ…、燿一郎…きて……ああっ!!」

 うなじに歯が立てられて、ズブリと肌の中に入ってきた。

「はぁ…よ…よう……ぁぁ…あああっ」

 燿一郎は行為の中で、俺のうなじを噛むようになった。正確にはうなじに限らず肩口にかけてガブガブと噛み付いてくる。
 どんなに興奮していても一応許可を取ってから、というのが燿一郎らしい。
 それがアルファの本能だと分かっているので、戸惑いながらも強烈に求められているようで、痛みはあるが心が満たされる。

 うなじを噛むのは番になるという行為だが、完全に番になるためには発情期でないといけないらしい。
 5年ぶりに再会して、その時は発情期と上手く重なったが、ちゃんと決めてからにしたいと機会を逃してしまった。

 その後、二人で九鬼家に挨拶に行って、燿一郎は正式に跡取りから外れて、好きに生きるようにと認めてもらった。
 その代わり、九鬼家と関わりも持たず援助も一切しないと言われたが、燿一郎は鼻で笑って、その言葉そのまま返すからと言って二人で走ってその場から飛び出した。

 うちの両親はもう関係してこないし、伯父も燿一郎の事は歓迎している。
 俺達二人を阻む大きなものはなくなった。

 番うのは次の機会にと思っているが、我慢ができないらしく、燿一郎は愛を交わす度にガシガシと噛んでくる。

「柊…も……イキそ……」

「あぁ…俺も…また……はっ…んんっっ!!」

 ぐっと奥を突かれて、俺はのけ反って後ろを締めつけながら達した。
 燿一郎もまた、俺の腰を強く掴みながら奥で達した。ぶるりと震えながらの長い射精が続き、俺はシャツを噛み締めながら、甘い快感の余韻を思う存分に享受した。





「おめでとうー!」

 シャンパングラスが至るところで重なり合って、硬質な高い音が響いた。

 今日は燿一郎の姉である茜の店、カフェオゾンで燿一郎の帰国と日本支社設立の記念パーティーが開かれていた。

 乾杯の前の挨拶で燿一郎は俺を、番で人生のパートナーだと宣言して、みんなに紹介してくれた。
 会社の人達の間ではすでに知れ渡っていたので今さらという感じだが、ちゃんとみんなの前で言ってくれたのは嬉しかった。

「あぁ…俺の柊が…奪われてしまう。ずっと面倒見てきたのはこの俺なのに……」

 大袈裟に泣き顔を作りながら、ガバっと肩を組んできたのは堤だった。
 飲んでる? と聞いて新しいグラスを渡すのも抜かりない。とにかくどんな時でも面倒見のいい人だ。

「いつ、柊がお前のになったんだ。柊はもともと俺のものだ」

 バシッと堤の腕を叩き落として燿一郎が俺を引き寄せた。
 この二人の関係性がいまいち分からない。燿一郎は信頼のおける男と呼んでいたが、お互い悪態をつきながら、いつの間にかゲラゲラと笑っている長年の関係はちょっと嫉妬してしまう。

「ちょっとちょっとー、あまりイチャイチャしないでよ。まだパーティーは始まったばかりなんだから」

 料理を持った茜が俺と燿一郎の間にヌッと入ってきて、俺の口にクラッカーを放り込んだ。

「こんなに噛んでるくせに、まだ番ってないなんて、早くしないと奪われちゃうわよ。言っておくけど、柊くんモテるんだからぁ。私が言って何人お帰りいただいたか」

「そんなのは把握している。タイミングの問題だからすぐにでもそうなる」

 恋人の噛み痕を発見した姉に、ツンツンと腕を突かれて、燿一郎は気まずそうなムッとした顔をしていた。
 この姉と弟も、言い合いながらとても仲が良い。海外にいた時もよく連絡を取り合っていたそうだ。

「ちょっと困りますよね、茜さんからも言ってくださいよ。うちの会社、柊が社長室に入ると絶対入室禁止、要件はメールのみって規則があるんですから」

 さりげなく堤が茜に告げ口するように言った言葉にギョッとしてしまった。

「ええ!? そっ…そんな規則あるんですか!?」

「そっ、みんな知ってる。裏規則」

 あまりの恥ずかしさに真っ赤になった俺は、クラリと気が遠くなって足がもつれてしまった。
 そんな俺の体を当然のように受け止めて、燿一郎はまたムッとしながら堤を睨んだ。

「柊を混乱させるな! そんな裏規則なんてない! それは、社内の常識だ!」

「ひぃぃぃ…もっとやだ……」

 動揺しすぎたのか、本当に頭が熱くなってきて、全身から汗まで出てきてしまった。

「んっ……、柊、もしかして、あれか?」

 クンクンと鼻をつけてきた燿一郎が目を輝かせた。前兆で流れ出てきた微かなものに、最初に気がつくのはやはり燿一郎だった。

「えっ…でも、まだ三ヶ月経って……」

「いや、来たな! これは来た! よし、緊急事態だ。俺達はこれで失礼する」

 主役の突然の退場、しかも俺を横抱きにして去っていくので、集まった人々はみんなポカンとした顔でとりあえず手を振ってくれた。




「それで…みんなに見送られてどこへ行くんだよ。天国にでも連れて行ってくれるのか?」

 社内で顔を上げて歩けなくなったことが確定した俺は、力なく燿一郎に抱かれながら、一応行き先を確認することにした。

「夜景の見えるスイートをすでに手配済みだ。もちろん天国に連れて行ってやるけど、その前に俺達の運命をここに刻まないと」

 指でうなじを擦られて、心臓がトクトクと揺れ出した。

「運命か……」

 そういえば俺は燿一郎のことを、運命の相手だと思ってきたが、燿一郎から直接その言葉を聞いたことがなかった。

「柊、俺はさ…母や姉もいてまともに暮らしていたけど、どうしようもなくいつも不安でイラついていていた。喧嘩ばっかりして強くなったけど、心はずっと苦しいまま。ぽっかり空いた隙間に吹き抜ける冷たい風に怯えていた」

 大人の俺を運びながら汗一つかかずに涼しい顔で、燿一郎は珍しく胸の内を話してくれた。
 いつも言葉が少なくて、ふざけてばかりの男が真剣に前を見つめる姿に、心はすっかり掴まれてしまった。

「俺を変えてくれたのは柊だ。柊出会ってから、不安でイライラして息苦しかった日々は嘘みたいに消えた。柊と抱き合ったら冷たい風なんて感じない。自分から温かい感情が溢れてきた。その時分かったんだ、俺は強がっていたけど孤独だった。俺は運命の人を見つけたんだって……」

「お…俺だって…とっくに……そう思って……」

「誰がなんと言おうと、俺達は運命の番だ。お互いそう思ったんだからな」

 燿一郎が俺のおでこに自分のおでこをゴツンと合わせてきた。
 おでこに広がった幸せな痛みが嬉しくて、俺はにっこりと笑った。


 好きで好きで大好きで
 誰にも渡したくない
 俺の運命の人

 やっと俺の手に帰ってきた


「あぁ…もう俺のものだ」

 込み上げてきた思いが溢れてきて、そう言って燿一郎の首に手を回してぎゅっと抱きついた。
 二度と離れてなるものかとしがみついた俺を、燿一郎はそうだなと言って優しく抱き返してくれた。









 □完□
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