生まれ変わって愛を知る

朝顔

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⑤変わっていくもの

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 第一王子のランドールにようやく婚約者が出来たと発表されたのは、あの話を持ちかけられた日から三日後のことだった。

 異例の早さでの決定だったが、それはランドール側の者達が動いてくれたらしく迅速に進められた。

「という訳で、しばらくの間、ソフィアは俺の仮の婚約者になったからよろしく頼む」

 学校の王子専用特別室、入り口には警備の騎士が立っていて、中はフカフカの赤い絨毯が敷かれたまさに特別な部屋だ。ときにはこの部屋で個人レッスンを受けるこもあるらしく、部屋には大きな本棚があり、たくさんの本が並べられていた。

 そんなランドールの私室に呼び出されたソフィアは、ランドールの友人のカルロスと引き合わされた。

 カルロス・ゴルディックは、ゴルディック公爵の子息で、ランドールの幼い頃からの友人だそうだ。唯一信頼がおける人物であるので、なにかあれば相談するように言われた。

「仮って……、そんな……風避けみたいな役割だよ。ソフィア嬢はそれでいいの?」

 カルロスは気まずそうな顔をしてソフィアを見てきた。

「察していただけると助かります」

 ソフィアがそう言って微笑むと、脅したなと言ってカルロスはため息をついた。多少話が分かる人物らしい。

「まぁ上手くことが運べば、婚約破棄するわけだが、ちゃんとソフィアには家柄の良い相手を見つけてやるから安心しろ。なんならカルロスでもいいぞ、こいつの家柄も人柄も俺が保証する!」

「ちょ…、なんでそんな勝手なことを!」

「お前、今恋人はいないだろう。ならいいじゃないか」

「そういう、問題じゃ……」

 ランドールとカルロスが学生らしいノリで楽しそうにしている姿を見て、ソフィアは思わず懐かしくて微笑ましい気持ちになって二人を眺めていた。

「よろしいですか?そちらの方面についてはご心配いただかなくても結構です。自分でなんとかするつもりですから」

 ソフィアが、キッパリと言い切ると二人ともぽかんとした顔になった。

「しかし、ソフィア嬢。確かに君は可愛いけれど、婚約破棄された令嬢というのは、どこへ行っても……その……扱いがね…」

「私にも色々と考えがあるのです。まぁそれは置いておいて、この先どうすればいいのですか?立ち位置を決めておきたいのですけど」

 淡々と話を進めようとするソフィアに、ランドールとカルロスの方が引いているようだ。長々と本題に入らない学生ノリを今やっている場合ではないのだ。

 不思議な顔をしながらもランドールから、婚約者としてのスケジュールが伝えられた。

 まずは、学校への送り迎えは王家の馬車を使うこと。ランドールが一緒の場合もあるし、単独の場合もある。いずれも騎士団の警備がつくそうだ。

 次に公式行事の参加だが、王家のイベントには基本強制参加。週末が多いので必然的に週末は城に泊まりになる。
 パーティーの類いはランドールと参加すること。デビュー前であるが、単独でのパーティーへの参加は学校等のイベントを除いて禁止される。

 次に婚約期間については、学校との兼ね合いで未定とされているが、外国で条件の合う相手が見つかり次第終了という形をとるそうだ。

「分かりました。次は設定を確認させてください」

「は?設定?」

 ソフィアの質問にランドールはまたぽかん顔で頭が追い付いていないようだ。

「かりそめの婚約者なのでしょう。バレたら困るんですよね?対外的にはどのように振る舞えばよろしいのですか?」

「それは……、もちろん婚約者として俺に恥をかかせないように……」

「……なるほど。一歩引いたような慎ましい態度をご希望なのですね。他には?例えば、どちらが好意を持っていて、それが周囲から見て分かるのかとかですね」

 ソフィアの突っ込んだ質問に、ランドールはちょっと顔を赤くした後、しばらく考えるように目を伏せた。

「確かに学校にも王妃側の人間はいるし、よそよそしくしていたらバレる可能性はあるね。見合いでもなく、見初めての婚約ということになっているからね」

 カルロスもソフィアの意見に同調してくれた。多少の取り決めがあった方が、上手くいくだろうとソフィアは考えていた。

「あー……。好意については、それはもちろん!ソフィアが俺にベタ惚れだ!うざったいくらいベタベタしてくるのを、俺が窘める役だな」

 ちょっと赤い顔をしながら、ランドールは得意気にそう言い放った。

「……分かりました。ではその線で進めましょう」

 あまりにお子様のような態度が可愛らしくて、噴き出しそうになったが、ソフィアはなんとか堪えてランドールの顔を立ててあげた。

 昼休みの終りの鈴が鳴ったので、次は個人授業だというランドールを残して、ソフィアはカルロスと一緒に特別室を出た。

「教室に戻る前に、少しいいですか」

 先に歩いていたソフィアだったが、後ろから声をかけられて振り向くと、真剣な顔をしたカルロスがいた。
 軽く頷いて二人で廊下の端に向かった。


「はっきり言って、私はまだあなたのことを信用していません」

 カルロスは感情を消した顔でそうキッパリと言い放った。

「ランドールは非常に繊細な立場にいます。王も表向きはランドールを支持していますが、心の中は分かりません。王妃を支持する勢力も多いです。脅されたとはいえ、あなたが王妃の手先だという可能性もあります。なにか怪しい動きをすれば私は女性であってもあなたを容赦しません」

「それでいいわ。逆にカルロス様のような方がいると、私も身の潔白を証明できますから好都合です。どうか、正しい目で見て判断してください」

 カルロスのような目をした人をソフィアは知っていた。思い詰めるところがあるが、真面目で忠誠心が強く誠実なタイプだ。わざわざ、ソフィアに忠告する辺りもそれを物語っている。

「……ソフィア、君は…なんというか……」

「話しはそれだけですか?」

 ソフィアが切り上げようとすると、カルロスが何とも言えない言いにくそうな顔をした。

「あっ…、いや、実はランドールのことなんだが、昔から敵が多く警戒していたこともあって…、女性にはあまり慣れていない…。というか、ちゃんとした付き合いはないに等しい。君がリードされたいと願っても、その辺り期待しない方がいいと思う」

 小言でも言われるかと思っていたら、あまりに可愛らしい内容にソフィアの顔は思わず綻んだ。

「なぁんだ。そんなことですか。大丈夫ですよ。それは可愛いですね……」

 まだまだ青い果実を想像して、ソフィアがニヤニヤしていると、カルロスは予想と違う反応に戸惑っていた。

「君は……いったい……」

「ただの伯爵令嬢です。それではっ」

 爽やかに笑ってソフィアはカルロスに背を向けた。
 もたもたしている暇はない。仕事はやるからには全力で。
 面倒なことになったと思っていたが、案外楽しくなってきたかもしれない。奈々美の頃の面倒を頼まれると、結局誰よりハリきってしまう性格が顔を出してきてしまった。

 たかが18歳の子供との恋愛ごっこみたいなものだと、ソフィアはまだ甘く見ていた。
 やがて、それが足元から自分を侵食していくものだとは、まだこの時は考えも及ばなかった。


 □□


 教室での雰囲気が明らかに変わった。
 今までは、空気のような存在だった女が急に話題の人になってしまったのだから仕方ないだろう。

「ソフィア様!どうぞ、お席にお座りください」

 クラスメイト男子が恭しく椅子を引いて来たので、ソフィアはお礼を言ってありがたく座った。
 他数名が席の回りをうろちょろして、何か言われるのを待っている様子が見てとれる。

 ソフィアは心の中でため息をついた。どこの世界にも利権にしがみつこうとする輩はいる。これが婚約破棄をされたら蜘蛛の子を散らすように彼らは消えるだろう。
 年を重ねただけあってそういった経験は数多くしていた。

「ソフィア、大丈夫?困ったことになっていない?」

 フィオネだけが、ずっと変わらない態度で接してくれる。彼女にはあまり心配をかけたくないと思った。

「大丈夫、騒がしくてごめんなさいね。しばらくしたら収まると思うから」

 優しい笑顔を心がけて微笑むとフィオネは少し安心したような顔になったが、またすぐ曇ってしまった。

「私、ランドール様の婚約者候補に選ばれた子を知ってるのよ。彼女、パーティーの時に頭から葡萄酒をかけられて、ドレスを引き裂かれたって……。深く傷ついて今も家にこもっているわ……。もし、ソフィアがそんな目にあったら……」

「そうね。なにが待っているか分からないけど、辛くて苦しいことは色々経験しているから、多少のことは大丈夫よ」

 王妃からの嫌がらせが怖くないと言えば嘘になるが、期間限定でもあるし、少し我慢すれば大丈夫だろうとソフィアは考えていた。

 やがて、授業終了の終鈴が鳴った。今日は婚約発表がされて当日である。
 良くも悪くも周囲の注目を集めるのだ。とりあえずは、ランドールの要望通りに務めよう席から立ち上がった。

 そんなソフィアの姿をじっと見つめる視線があった。探るような色を見せたが、ソフィアが振り返った時には生徒の波に消えていた。

 小さな不安の種を残して、ソフィアは前を見て歩きだしたのだった。





 □□□
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