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第二章
(23)過去からの解放【アリサ】
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暗い…暗い
真っ暗な世界
鼻につくすえた臭いと、啜り泣く声に悲鳴。
こんな場所で生きていきたくなどなかった。
どうか、どうかここから誰か私を連れ出して。
毎日そう祈っていた。
そして……祈りは通じた。
「……どこへ行くの?」
「お前は、なかなか珍しい容姿だから、王の目に止まるかもしれない。お気に入りになれば腹いっぱい食える。しっかり働け」
私を連れ出してくれたのは、名前も知らない人買いの男。
いい貢ぎ物がないかと物色していて、私のことが目に止まったそうだ。
珍しい黒髪黒目だと言われて、相場の倍の値段で買われた。
城へ連れて行かれて、体を洗われて綺麗な服を着させられた。
男から紹介されて金を払った城の人間も、私を利用すれば王に取り入ることができると喜んでいたが、そんな事はどうでも良かった。
お腹が満たされて、温かい寝床で寝られるならどこでも良かった。
そう、最初は幼女を好む王への貢ぎ物として城に連れて来られたのだ。
最初に察知したのは、第一王子ラジルだった。
自分より幼い女の子が王の部屋に呼ばれていると聞いて、廊下を歩く私の前に立ち塞がった。
「おい、お前! 俺と遊べ、俺はこのガキと遊びたいんだ!」
王の命令に背くことになるので家臣達は大慌てだったが、ラジルは絶対遊ぶと譲らなかった。王子達に甘かった王は、仕方なく遊び相手として私を認めてくれた。
危うく王の玩具になるところだった私は、ラジルに助けられて下働きとして働きながら、王子達の遊び相手としても過ごすことになった。
第一王子は正義感がありユーモアのある明るい性格。第二第三王子は負けず嫌いで喧嘩っ早い。歳の近い第四王子は、大人しくて臆病な性格。
当たり前だが全員性格が違い、それでも何とか仲良くなろうと頑張って近づいた。
ここで生きていくためには必要だと思ったから。
奴隷になる前は、教師をしている両親の元で育った。家がそのまま小さな学校で、毎日沢山の子供達が訪れて学んでいた。沢山の子供や大人と触れ合ううちに、自然と人とうまくやる方法は身についていた。
初めは第一王子以外は除け者のような態度で冷たくされていたが、何度も顔を合わせて言葉を交わすうちに、徐々に仲間に入れてもらえるようになり、その内、仕事中でも遊ぼう遊ぼうと追いかけられるようになった。
王子達は競うように私に誰が好きか聞いてきた。私は決まってみんなと答えた。それなら、将来は自分と結婚してくれと言われて、断るのが怖くて全員にはいと言っていた。
後から考えれば曖昧な態度はこの時から、それでもやっと手に入れた生きていける場所をなくす事が一番怖かったのだ。
時は流れ年頃になると、王子達からの求婚は降り止まない雨のように続いた。
現実問題として、奴隷上がりの自分では相手として相応しくないし、誰も納得してくれないだろう。特に王は大反対だった。
しかし、王が倒れた事により事態は一変する。
あるパーティーで誰を一番愛しているか聞かれた私は、全員平等に愛していると答えた。
それは本心だった。初めは恐怖で一緒にいた関係だったが、時を経て全員の王子のことを愛するようになっていた。
しかし、私の曖昧な態度が悲劇を生んだ。
アイツの方が、あっちの方が、俺だけ、王子達は私の愛が平等でないと、量が違うと狂ったように訴えてきた。
そして一番仲が良く、いつもよく話していた第四王子が最初の犠牲となった。
毒に倒れた第四王子を見て、王子達は全員疑心暗鬼になり、お互いを殺すために刺客を送り合った。
第二王子、第三王子はお互いを倒すために剣を持って斬り合い、双方力尽きて死んでしまった。
その現場を見て、第一王子も別人のように変わってしまった。明るかった性格は消え、傲慢で冷酷になり私の言葉は一切聞かず、独断で私を妃にしてしまった。
誰にも祝福されない血に塗られた結婚。
国民全員から、そう呼ばれた。
私は自分を責めた。
全ての原因は私だと。
そんな時、私は自分の暗殺計画を事前に知った。王子の耳に入らないようして、王子を地方の視察へ送った後、ひとり玉座の間で死神がやってくるのを待った。
本当はもっと前に自ら決着をつけるべきだった。それがこんな悲劇となってしまった。何一つ止めることができなかった。私は責任を取らなくてはいけない。
死神はやってきた。
丁寧に仲間を数名連れて私を取り囲んだ。
最後の時に目を閉じたが、終わりはこなかった。
地方に行ったとばかり思っていた第一王子がどこかに隠れていて、私の代わりに刃を受けたのだ。
そして、死神達を一人残らず消してしまった。
別人になってしまったと思っていた第一王子は、元の正義感のあふれる優しい王子に戻っていた。
私を見て微笑んでくれたが、それが最後だった。
最初に受けた傷が深く、私の手を握ったまま、第一王子は帰らぬ人となった。
躊躇いはなかった。
一人では逝かせない。
すぐに王子の短刀を引き抜いて喉を切った。
流れていく血を見ながら、これが本当の終わりなのだと思った。
思ったほどの痛みはない。穏やかな死を迎えた。
はずだった。
「……ゼキエル」
血に染まった床の上で、穏やかな顔で力を無くしてしまったゼキエルを抱きしめながら私は泣いた。
王子達の中で一番心優しかった人。
まさか、私のために自分の命を差し出してしまうなんて……。
自分の中に入った命、これがゼキエルのものだというのは温かさで分かる。
私は自ら死を選ぶことで、全ての責任から逃げようとしていた。
でももう…、それはできない。
愛する人の命を壊す事はできない。
ゼキエルの最後の言葉は聞き取ることができなかった。
全て無くした私だが、やるべきことは残っている。
彼らの愛したこの国を守ること。
私がやらなければいけない。
「これが…ミルドレッドの記憶……」
私は真っ暗な空間で、落ちてくるガラスの破片の中に映る、自分の前世の記憶を覗いていた。
所々、自分の夢に出てきたものが当てはまった。やはり、自分はミルドレッドの生まれ変わりなのだろうか。
ミルドレッドの感情や思いは、まるで映画を見ていたみたいに想像でしか感じる事はできない。
「アリサ」
名前を呼ばれて顔を上げると、自分と同じ容姿をした女性が立っていた。
記憶にある自分よりは少し大人に見えた。
「貴方が…ミルドレッド?」
「そうだ…、お前の中に私の一部が受け継がれている。私は異世界に渡った。こちらの世界の記憶はなく、身寄りのない女として保護してもらい、そこで出会った人と結ばれて一生を終えた。まさか、生まれ変わり、またこの世界に呼ばれるとは思わなかった」
「不思議…、生まれ変わりと言われても何の実感もないです」
「それはそうだ。私は私、アリサはアリサだ。他の者達は、同じ世界で生まれ変わったからか、前世に囚われているがお前は初めから切り離して考えることができる。誰が誰の記憶があるのかもう分かるだろう?」
「そう…ですね。ベルトランはちょっと特殊かな、容姿も変わらないし、ずっとベルトランとして待ち続けていたみたいだから。後は……ヨハネスですよね」
「そうだ。彼が誰の記憶を持っているか分かるか?」
「……第四王子、ゼキエル」
ミルドレッドは悲しげな目をしてそうだと頷いた。
「ヨハネスは自分の最後の言葉が、私を縛り辛い思いをさせたと信じている。そうではないのだ。私は、全て壊してしまったから、せめて王子達の国を守りたかった。自分の意思で立ち上がったのだ……。ヨハネスに伝えて欲しい。私はゼキエルに命を与えてもらい、国を守った。結果的に異世界に去ったが、幸せな人生だったと……。ゼキエルとして自分を責めないでくれと……」
「ミルドレッド……」
「アリサ、お前がここに残るのも帰るのも、イシスはどちらも受け入れてくれるだろう。好きな道を選ぶのだ。もう私ではない、アリサはアリサなのだからな」
ミルドレッドの体が光に包まれて、私に向けて手を伸ばしてきたのでその手に触れた。真っ暗な空間は真っ白になって、眩しさに声を漏らすと、ぐらぐらと揺さぶられるような感覚がした。
「……サ、……リ…、アリサ!!」
酔いそうなくらい頭が揺れていたが、ぼんやり開いた視界に必死の形相で私の名前を叫んでいるヨハネスの姿が見えた。
「んっ……な……なに?」
「アリサ! 戻ってきたんですね! あぁ…私は……頭に血が上って……ベルトランから、何があるか分からないから言うなと言われていたのに……」
取り乱しているヨハネスに驚いて、何が起こったのか混乱してしまったが、しばらく考えてやっと状況がやっと見えてきた。多分、ヨハネスに生まれ変わりのことを指摘されて、私はそのまま後ろに倒れて意識を失ったのだと思われた。
「私倒れたんですね。……言うなって…、生まれ変わりのことですか?」
「そうです。あぁ…よかった…。アリサ、途中で呼吸も止まっていたんですよ…私は…また置いていかれたかと……」
意識が戻ってからも、私を掴んで離さなかったが、安心したのかヨハネスは半身を起こした私の上にもたれ掛かるように落ちてきた。
突き放すように距離を取っていたのに、私にのし掛かってきたヨハネスの体は震えていた。
本当に心配してくれたのだと思うと甘い痛みに胸がきゅっと締め付けられた。
「ヨハネス様、それは……ゼキエルの記憶ですよね」
ヨハネスの体がビクリと揺れた。掠れた声でどうしてその名前をと、また傷ついたような目をしながら私を見つめてきた。
「意識を失っていた間、私の中に残っていたミルドレッドと話をして、かつて何が起きたのか、断片的にですが覗いてきました。ミルドレッドに自分の力と命を与えて、代わりに死んでいった王子、ゼキエルはヨハネス様の前世ですよね」
「……そうです。稀にとは言いますが、古い血にはよくいるのです。私の父もそうでした。そして、記憶持ちと呼ばれる者は、多くが前世の記憶に囚われて心を壊してしまう。今が幸せでも不幸せでも、自分はどちらであるかと考え出したら、おかしくなりますよね。……私もその一人に近いのかもしれません。自分が分からなくなるんです」
ヨハネスは力を無くしたように項垂れた。表向きは明るくて朗らかに振る舞っていたが、内面のヨハネスは、常に一人で自問自答しながら戦ってきたのかもしれない。
本当の自分とは何か、自分はどこにいるのかと…。
「ミルドレッドは言っていました。国を守るために立ち上がったのは自分の意思だと。ゼキエルに託されて無理矢理とか、力を受け継いだために仕方なくとか、そういう理由ではないから、ゼキエルのせいではないと……自分を責めないで欲しい、幸せだったと、それを伝えて欲しいと言われました」
ぽたりと雫が垂れて、私の胸を濡らした。
ヨハネスの目からこぼれ落ちたものだった。
「私、なんとなく分かりました。ミルドレッドは、今も私の中にわずかに息づいています。その上で私は私なのです。ヨハネス様も同じ、どちらであるとか無理矢理白黒決めたり、消し去ろうもなんてしないでいいんです。ゼキエルである部分があったとしても、それはもう、ヨハネス様の一部。全て含めてヨハネス様が存在する。それでいいじゃないですか」
「……アリサ」
「ちなみに心配しなくても、私、けっこう逞しいですよ。好きな人達を置いて一人で消えたりなんてしません。弟達の事は心配ですけど、今までたっぷり愛情注いだ分、強く生きてくれると信じています。だから、私、ここに残りたいと思ってます。一緒にいたいです。みんなのことが好きだから」
ヨハネスに向けて堂々と宣言した。
嘘偽りない自分の気持ちだ。何を言われても自分で選んだ道は後悔しないと答えを出した。
ヨハネスは目を大きく開いた後、今度は眩しそうに目を細めて、クスクスと笑い出した。
「そうか……そうですよね。アリサはもうアリサ。今ここにいる私が、ヨハネスなのですね。ゼキエルがやってしまった事を私が悩んでも仕方ないこと。ましてや、本人には自分の意思だったと言われて、悩む必要もなかった……。こんな簡単なことにずっと振り回されてきたなんて……。本当に……アリサのような女性は初めてです」
「私も……、ヨハネス様みたいな人は初めです。ひょうきんなお調子者だったり、厳しい顔をしたり、時々口が悪いし、聖務を放り出して隠れるし、意地悪だったり調子に乗るけど、とっても心配性で臆病で……、今口にしただけでも、なんて忙しい人なんですか?」
「うー…ん、今上げていただいた中に、褒めの言葉がひとつもなかったような気がするのですが」
「ふふっ、気のせいですよ。あっ、調子戻ってきましたね」
ヨハネスの顔には思い詰めたような暗い影がまとわりついていたが、それが薄くなって消えたように見える。
冷えて震えていた体にも力が戻り、暖かさが戻ってきた。
「……アリサにお聞きしたいことが……」
「ん? なんでしょう?」
「ゼキエルとしてミルドレッドを愛していた記憶とは違う。私は、アリサを大切にしたいと思っています。でも…怖かった。またミルドレッドを失った時みたいに、置いて行かれるのではないかと……。これ以上気持ちが膨らまないように遠ざけて、今ならば元の世界に帰してしまえば……苦しみが少なくて済むと……。でもダメですね……、アリサが消えてしまうところを想像したら、もう胸が張り裂けそうに痛いのです」
「ヨハネス……」
「私は……、みんなの中に含まれますか? 貴方を愛する資格のある人間の一人として認めていただけますか?」
先程までの儚く寂しげだったヨハネスではない。強い意志のある双眼で私を見つめてきた。
そう、その力強さこそ、私の心を捉えて離さない。
「……資格なんて、そんなのないですよ。ヨハネス様は私を吸血して助けてくれたじゃないですか。もう、その時から…、ヨハネス様は私の特別な人です。私の方こそ…、好きになってもいい…ですか?」
とっくに心の中では大きくなっていたが、改めて言うのはとても恥ずかしくて死にそうになる。
ヨハネスとの関係はやはり他のみんなとはどこか違うけれど、大切にしたい、一緒にいたいという気持ちは同じだった。
「ええ、許しましょう」
いたずらっ子のように、口の端を上げてヨハネスはニヤリと笑った。
それを見て噴き出した私を抱きしめて、ヨハネスは唇を合わせてきた。
久しぶりに触れるヨハネスの唇は、想像したよりも燃えるように熱かった。
「アリサ…私が生まれ変わったのは…、きっと貴方と出会い、恋をするため……今度は幸せな恋を……」
ヨハネスの熱を受けながら、頭の先から爪の先まで痺れてしまった。体も思考も全て熱で溶けていくを感じながら、夢中で唇を重ねた。
かつてミルドレッドが四人の王子を愛したように、私も四人の男を愛してしまった。
ミルドレッドが進んでしまった悲劇を繰り返してはいけない。
私は全員を集めて、自分の思いを伝えないといけないと考えていた。
たとえそれが受け入れられなくて、そんなのは嫌だと言われても、このままでは先に進むことはできない。
全てをなくすかもしれないという恐怖を飲み込んで、私は一歩踏み出す事にした。
□□□
真っ暗な世界
鼻につくすえた臭いと、啜り泣く声に悲鳴。
こんな場所で生きていきたくなどなかった。
どうか、どうかここから誰か私を連れ出して。
毎日そう祈っていた。
そして……祈りは通じた。
「……どこへ行くの?」
「お前は、なかなか珍しい容姿だから、王の目に止まるかもしれない。お気に入りになれば腹いっぱい食える。しっかり働け」
私を連れ出してくれたのは、名前も知らない人買いの男。
いい貢ぎ物がないかと物色していて、私のことが目に止まったそうだ。
珍しい黒髪黒目だと言われて、相場の倍の値段で買われた。
城へ連れて行かれて、体を洗われて綺麗な服を着させられた。
男から紹介されて金を払った城の人間も、私を利用すれば王に取り入ることができると喜んでいたが、そんな事はどうでも良かった。
お腹が満たされて、温かい寝床で寝られるならどこでも良かった。
そう、最初は幼女を好む王への貢ぎ物として城に連れて来られたのだ。
最初に察知したのは、第一王子ラジルだった。
自分より幼い女の子が王の部屋に呼ばれていると聞いて、廊下を歩く私の前に立ち塞がった。
「おい、お前! 俺と遊べ、俺はこのガキと遊びたいんだ!」
王の命令に背くことになるので家臣達は大慌てだったが、ラジルは絶対遊ぶと譲らなかった。王子達に甘かった王は、仕方なく遊び相手として私を認めてくれた。
危うく王の玩具になるところだった私は、ラジルに助けられて下働きとして働きながら、王子達の遊び相手としても過ごすことになった。
第一王子は正義感がありユーモアのある明るい性格。第二第三王子は負けず嫌いで喧嘩っ早い。歳の近い第四王子は、大人しくて臆病な性格。
当たり前だが全員性格が違い、それでも何とか仲良くなろうと頑張って近づいた。
ここで生きていくためには必要だと思ったから。
奴隷になる前は、教師をしている両親の元で育った。家がそのまま小さな学校で、毎日沢山の子供達が訪れて学んでいた。沢山の子供や大人と触れ合ううちに、自然と人とうまくやる方法は身についていた。
初めは第一王子以外は除け者のような態度で冷たくされていたが、何度も顔を合わせて言葉を交わすうちに、徐々に仲間に入れてもらえるようになり、その内、仕事中でも遊ぼう遊ぼうと追いかけられるようになった。
王子達は競うように私に誰が好きか聞いてきた。私は決まってみんなと答えた。それなら、将来は自分と結婚してくれと言われて、断るのが怖くて全員にはいと言っていた。
後から考えれば曖昧な態度はこの時から、それでもやっと手に入れた生きていける場所をなくす事が一番怖かったのだ。
時は流れ年頃になると、王子達からの求婚は降り止まない雨のように続いた。
現実問題として、奴隷上がりの自分では相手として相応しくないし、誰も納得してくれないだろう。特に王は大反対だった。
しかし、王が倒れた事により事態は一変する。
あるパーティーで誰を一番愛しているか聞かれた私は、全員平等に愛していると答えた。
それは本心だった。初めは恐怖で一緒にいた関係だったが、時を経て全員の王子のことを愛するようになっていた。
しかし、私の曖昧な態度が悲劇を生んだ。
アイツの方が、あっちの方が、俺だけ、王子達は私の愛が平等でないと、量が違うと狂ったように訴えてきた。
そして一番仲が良く、いつもよく話していた第四王子が最初の犠牲となった。
毒に倒れた第四王子を見て、王子達は全員疑心暗鬼になり、お互いを殺すために刺客を送り合った。
第二王子、第三王子はお互いを倒すために剣を持って斬り合い、双方力尽きて死んでしまった。
その現場を見て、第一王子も別人のように変わってしまった。明るかった性格は消え、傲慢で冷酷になり私の言葉は一切聞かず、独断で私を妃にしてしまった。
誰にも祝福されない血に塗られた結婚。
国民全員から、そう呼ばれた。
私は自分を責めた。
全ての原因は私だと。
そんな時、私は自分の暗殺計画を事前に知った。王子の耳に入らないようして、王子を地方の視察へ送った後、ひとり玉座の間で死神がやってくるのを待った。
本当はもっと前に自ら決着をつけるべきだった。それがこんな悲劇となってしまった。何一つ止めることができなかった。私は責任を取らなくてはいけない。
死神はやってきた。
丁寧に仲間を数名連れて私を取り囲んだ。
最後の時に目を閉じたが、終わりはこなかった。
地方に行ったとばかり思っていた第一王子がどこかに隠れていて、私の代わりに刃を受けたのだ。
そして、死神達を一人残らず消してしまった。
別人になってしまったと思っていた第一王子は、元の正義感のあふれる優しい王子に戻っていた。
私を見て微笑んでくれたが、それが最後だった。
最初に受けた傷が深く、私の手を握ったまま、第一王子は帰らぬ人となった。
躊躇いはなかった。
一人では逝かせない。
すぐに王子の短刀を引き抜いて喉を切った。
流れていく血を見ながら、これが本当の終わりなのだと思った。
思ったほどの痛みはない。穏やかな死を迎えた。
はずだった。
「……ゼキエル」
血に染まった床の上で、穏やかな顔で力を無くしてしまったゼキエルを抱きしめながら私は泣いた。
王子達の中で一番心優しかった人。
まさか、私のために自分の命を差し出してしまうなんて……。
自分の中に入った命、これがゼキエルのものだというのは温かさで分かる。
私は自ら死を選ぶことで、全ての責任から逃げようとしていた。
でももう…、それはできない。
愛する人の命を壊す事はできない。
ゼキエルの最後の言葉は聞き取ることができなかった。
全て無くした私だが、やるべきことは残っている。
彼らの愛したこの国を守ること。
私がやらなければいけない。
「これが…ミルドレッドの記憶……」
私は真っ暗な空間で、落ちてくるガラスの破片の中に映る、自分の前世の記憶を覗いていた。
所々、自分の夢に出てきたものが当てはまった。やはり、自分はミルドレッドの生まれ変わりなのだろうか。
ミルドレッドの感情や思いは、まるで映画を見ていたみたいに想像でしか感じる事はできない。
「アリサ」
名前を呼ばれて顔を上げると、自分と同じ容姿をした女性が立っていた。
記憶にある自分よりは少し大人に見えた。
「貴方が…ミルドレッド?」
「そうだ…、お前の中に私の一部が受け継がれている。私は異世界に渡った。こちらの世界の記憶はなく、身寄りのない女として保護してもらい、そこで出会った人と結ばれて一生を終えた。まさか、生まれ変わり、またこの世界に呼ばれるとは思わなかった」
「不思議…、生まれ変わりと言われても何の実感もないです」
「それはそうだ。私は私、アリサはアリサだ。他の者達は、同じ世界で生まれ変わったからか、前世に囚われているがお前は初めから切り離して考えることができる。誰が誰の記憶があるのかもう分かるだろう?」
「そう…ですね。ベルトランはちょっと特殊かな、容姿も変わらないし、ずっとベルトランとして待ち続けていたみたいだから。後は……ヨハネスですよね」
「そうだ。彼が誰の記憶を持っているか分かるか?」
「……第四王子、ゼキエル」
ミルドレッドは悲しげな目をしてそうだと頷いた。
「ヨハネスは自分の最後の言葉が、私を縛り辛い思いをさせたと信じている。そうではないのだ。私は、全て壊してしまったから、せめて王子達の国を守りたかった。自分の意思で立ち上がったのだ……。ヨハネスに伝えて欲しい。私はゼキエルに命を与えてもらい、国を守った。結果的に異世界に去ったが、幸せな人生だったと……。ゼキエルとして自分を責めないでくれと……」
「ミルドレッド……」
「アリサ、お前がここに残るのも帰るのも、イシスはどちらも受け入れてくれるだろう。好きな道を選ぶのだ。もう私ではない、アリサはアリサなのだからな」
ミルドレッドの体が光に包まれて、私に向けて手を伸ばしてきたのでその手に触れた。真っ暗な空間は真っ白になって、眩しさに声を漏らすと、ぐらぐらと揺さぶられるような感覚がした。
「……サ、……リ…、アリサ!!」
酔いそうなくらい頭が揺れていたが、ぼんやり開いた視界に必死の形相で私の名前を叫んでいるヨハネスの姿が見えた。
「んっ……な……なに?」
「アリサ! 戻ってきたんですね! あぁ…私は……頭に血が上って……ベルトランから、何があるか分からないから言うなと言われていたのに……」
取り乱しているヨハネスに驚いて、何が起こったのか混乱してしまったが、しばらく考えてやっと状況がやっと見えてきた。多分、ヨハネスに生まれ変わりのことを指摘されて、私はそのまま後ろに倒れて意識を失ったのだと思われた。
「私倒れたんですね。……言うなって…、生まれ変わりのことですか?」
「そうです。あぁ…よかった…。アリサ、途中で呼吸も止まっていたんですよ…私は…また置いていかれたかと……」
意識が戻ってからも、私を掴んで離さなかったが、安心したのかヨハネスは半身を起こした私の上にもたれ掛かるように落ちてきた。
突き放すように距離を取っていたのに、私にのし掛かってきたヨハネスの体は震えていた。
本当に心配してくれたのだと思うと甘い痛みに胸がきゅっと締め付けられた。
「ヨハネス様、それは……ゼキエルの記憶ですよね」
ヨハネスの体がビクリと揺れた。掠れた声でどうしてその名前をと、また傷ついたような目をしながら私を見つめてきた。
「意識を失っていた間、私の中に残っていたミルドレッドと話をして、かつて何が起きたのか、断片的にですが覗いてきました。ミルドレッドに自分の力と命を与えて、代わりに死んでいった王子、ゼキエルはヨハネス様の前世ですよね」
「……そうです。稀にとは言いますが、古い血にはよくいるのです。私の父もそうでした。そして、記憶持ちと呼ばれる者は、多くが前世の記憶に囚われて心を壊してしまう。今が幸せでも不幸せでも、自分はどちらであるかと考え出したら、おかしくなりますよね。……私もその一人に近いのかもしれません。自分が分からなくなるんです」
ヨハネスは力を無くしたように項垂れた。表向きは明るくて朗らかに振る舞っていたが、内面のヨハネスは、常に一人で自問自答しながら戦ってきたのかもしれない。
本当の自分とは何か、自分はどこにいるのかと…。
「ミルドレッドは言っていました。国を守るために立ち上がったのは自分の意思だと。ゼキエルに託されて無理矢理とか、力を受け継いだために仕方なくとか、そういう理由ではないから、ゼキエルのせいではないと……自分を責めないで欲しい、幸せだったと、それを伝えて欲しいと言われました」
ぽたりと雫が垂れて、私の胸を濡らした。
ヨハネスの目からこぼれ落ちたものだった。
「私、なんとなく分かりました。ミルドレッドは、今も私の中にわずかに息づいています。その上で私は私なのです。ヨハネス様も同じ、どちらであるとか無理矢理白黒決めたり、消し去ろうもなんてしないでいいんです。ゼキエルである部分があったとしても、それはもう、ヨハネス様の一部。全て含めてヨハネス様が存在する。それでいいじゃないですか」
「……アリサ」
「ちなみに心配しなくても、私、けっこう逞しいですよ。好きな人達を置いて一人で消えたりなんてしません。弟達の事は心配ですけど、今までたっぷり愛情注いだ分、強く生きてくれると信じています。だから、私、ここに残りたいと思ってます。一緒にいたいです。みんなのことが好きだから」
ヨハネスに向けて堂々と宣言した。
嘘偽りない自分の気持ちだ。何を言われても自分で選んだ道は後悔しないと答えを出した。
ヨハネスは目を大きく開いた後、今度は眩しそうに目を細めて、クスクスと笑い出した。
「そうか……そうですよね。アリサはもうアリサ。今ここにいる私が、ヨハネスなのですね。ゼキエルがやってしまった事を私が悩んでも仕方ないこと。ましてや、本人には自分の意思だったと言われて、悩む必要もなかった……。こんな簡単なことにずっと振り回されてきたなんて……。本当に……アリサのような女性は初めてです」
「私も……、ヨハネス様みたいな人は初めです。ひょうきんなお調子者だったり、厳しい顔をしたり、時々口が悪いし、聖務を放り出して隠れるし、意地悪だったり調子に乗るけど、とっても心配性で臆病で……、今口にしただけでも、なんて忙しい人なんですか?」
「うー…ん、今上げていただいた中に、褒めの言葉がひとつもなかったような気がするのですが」
「ふふっ、気のせいですよ。あっ、調子戻ってきましたね」
ヨハネスの顔には思い詰めたような暗い影がまとわりついていたが、それが薄くなって消えたように見える。
冷えて震えていた体にも力が戻り、暖かさが戻ってきた。
「……アリサにお聞きしたいことが……」
「ん? なんでしょう?」
「ゼキエルとしてミルドレッドを愛していた記憶とは違う。私は、アリサを大切にしたいと思っています。でも…怖かった。またミルドレッドを失った時みたいに、置いて行かれるのではないかと……。これ以上気持ちが膨らまないように遠ざけて、今ならば元の世界に帰してしまえば……苦しみが少なくて済むと……。でもダメですね……、アリサが消えてしまうところを想像したら、もう胸が張り裂けそうに痛いのです」
「ヨハネス……」
「私は……、みんなの中に含まれますか? 貴方を愛する資格のある人間の一人として認めていただけますか?」
先程までの儚く寂しげだったヨハネスではない。強い意志のある双眼で私を見つめてきた。
そう、その力強さこそ、私の心を捉えて離さない。
「……資格なんて、そんなのないですよ。ヨハネス様は私を吸血して助けてくれたじゃないですか。もう、その時から…、ヨハネス様は私の特別な人です。私の方こそ…、好きになってもいい…ですか?」
とっくに心の中では大きくなっていたが、改めて言うのはとても恥ずかしくて死にそうになる。
ヨハネスとの関係はやはり他のみんなとはどこか違うけれど、大切にしたい、一緒にいたいという気持ちは同じだった。
「ええ、許しましょう」
いたずらっ子のように、口の端を上げてヨハネスはニヤリと笑った。
それを見て噴き出した私を抱きしめて、ヨハネスは唇を合わせてきた。
久しぶりに触れるヨハネスの唇は、想像したよりも燃えるように熱かった。
「アリサ…私が生まれ変わったのは…、きっと貴方と出会い、恋をするため……今度は幸せな恋を……」
ヨハネスの熱を受けながら、頭の先から爪の先まで痺れてしまった。体も思考も全て熱で溶けていくを感じながら、夢中で唇を重ねた。
かつてミルドレッドが四人の王子を愛したように、私も四人の男を愛してしまった。
ミルドレッドが進んでしまった悲劇を繰り返してはいけない。
私は全員を集めて、自分の思いを伝えないといけないと考えていた。
たとえそれが受け入れられなくて、そんなのは嫌だと言われても、このままでは先に進むことはできない。
全てをなくすかもしれないという恐怖を飲み込んで、私は一歩踏み出す事にした。
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そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
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