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第二章
2)君のために【ランスロット②】
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神殿への旅は順調とは言い難いものだった。
途中の森でベルトランという元帝国の宮廷魔導士と遭遇して、そいつがアリサの守護者として同行することになってしまった。
いい気分ではなかったが、ベルトランのおかげで、アリサがミルドレッド女王の力を受け継いでいる事が発覚し何とか対処できた。
しかし、問題は次々と出てきた。
隣国エルジョーカーの怪しい動きもあり、予定よりもどんどん到着は遅れることになった。
一番大きな問題である、アリサの魔力の暴走を食い止めるために、俺とエドワードも力を貸すことになった。
しばらくは大丈夫だろうとたかを括っていたが、思いがけず俺が一緒の時に、魔力の暴走寸前状態が来てしまった。
誰かと唇を合わせることなど初めてだった。
町で育った頃から周りとは上手くやれるようになった。仲間はたくさんできたし、幼い頃のような孤独を感じることも少なくなっていた。
もともと女が少ないのもあったが、あまり話す機会もなかった。それに近づいてくる女はどうも苦手だった。
今までゴミを見るような目で見てきたくせに、騎士団に入った途端群がるように集まってきて、正直なところ鬱陶しくてたまらなかった。
周りからは、女を紹介するとか、早く結婚しろなどとよく言われていたが、避けていたことは認める。
けれど任務であれば仕方がない。
アリサのことは今までの旅で、最初の印象とはずいぶん変わっていた。
というより、話していると楽しいし、見ていて飽きない。
基本的に物静かで俺達の話を聞いて嬉しそうに笑っているくらいだ。
警戒していた気持ちはいつしかなくなって、自然に接するようになっていたところだった。
面倒だとか、嫌々やるしかないという気持ちはなかった。むしろ魔力過多で苦しむアリサが可哀想で助けてあげたいという気持ちが出てきた。そして俺にしがみ付く震える手が、こんな時だったが可愛い思ってしまった。
一度唇を合わせたら、任務だから仕方がないなんて気持ちはぶっ飛んだ。
もっと欲しくて欲しくて欲しくてたまらなくなった。
ベルトランからは散らせばいいと言われていたし、やり方は全部分かっていた。
それなのに一滴でも逃したくはない。体に吸収される度に突き上げてくる快感に頭がおかしいくらい夢中になった。
熱を持って今にも弾けそうな下半身を悟られたくなくてやっと唇を離した。
だが、息が上がり頬が赤くなり、蕩けるように俺を見つめる黒い瞳を見たら、理性が弾け飛んだ。
今まで強い怒りを感じた時や、強者との戦いくらいでしか牙が出る事はなかった。
めきめきと口内に存在感が増していくのを感じて、あと少しで血を求めてアリサを襲いそうになるところだった。
ベルトランの登場はムカついたが、自分が制御できないくらい興奮したのは初めてだった。
誰かを守りたいとか、力がなりたいなんて、俺の中にそんな感情があったことが衝撃だった。
ぽっかりと空いていた穴に、何かがぽたぽたと入り込んできて、満たされていくような気がした。
「え…!? ランスロット…」
「なんだ?」
「ここ、いつの間に怪我したの? もしかして、さっきの魔犬に襲われた時に……」
エルジョーカーの偵察部隊に襲われていた村を制圧して、やっと落ち着いた俺達は、朝まで村長の家を借りて体を休ませることになった。
隊服を脱いでシャツを捲り、顔を洗っていたら、いつから近くに来たのかアリサが話しかけてきた。
全く気が付かなかったが、屋根の上を飛び回っていた時、どこかで手を引っ掛けたらしい。手の甲に一本の切り傷が付いていた。
「なんだ…こんなの擦り傷だ。舐めておけば治る」
「……ぷっ…っふっ…くくっっ…はははっ」
大したことではないと普通に返したつもりだったが、驚いたような顔をしたアリサは次の瞬間、吹き出して大口を開けて笑い出した。
「大笑いして……なにがおかしいんだ」
「ごめん、ごめん。男の子って、みんな同じようなことを言うのね。ランスロットが弟に見えちゃって……」
「………弟」
「やっぱり男の子だし、よく喧嘩して傷を作ってきて、どうしたのって聞いても教えてくれないし、手当てするって言っても、舐めておけば治る! って言うの。ふふふっ…懐かしいな」
どう考えても年下のアリサの弟と重ねられたことは正直複雑だが、嬉しそうに笑うアリサの顔を見たら、心臓がどくどくと音を立ててうるさく動き出した。
「お…俺はアリサの弟とは違う。古い血だからこんな傷くらいなんでもない」
ちょっと冷たかったかと思うくらい、ぶっきらぼうに返事をすると、今まで笑っていたアリサは急に真剣な顔になった。
「そんな…、古い血だって、傷ができれば痛いでしょう。なんでもないことはないよ」
「…………」
今自分は何をされているのだろうと、頭が追いつかなくなってしまった。
アリサはもしかして、俺のことを心配してくれているのだろうか。
こんな小さな傷ひとつで…。
高熱で死にそうなくらい苦しんでいても、誰一人心配してくれなかった俺のことを……。
「……心配してくれるのか? 俺のこと……」
「何言ってるの! 当たり前でしょう。ほら、傷口見せて。村長さんにもらった塗り薬、塗ってあげるから」
自分も膝を擦りむいたから薬をもらったのだと言って、アリサは小さな容器に入った塗り薬を俺の手に丁寧に塗った。
「つっ…」
薬草の成分なのか、わずかに傷口が沁みた。アリサの前だからか、いつもは平気なのに気が抜けて声が漏れてしまった。
「よく頑張ったね。えらいえらい」
アリサは俺の頭をぽんぽんと撫でて、ふわりと笑った。
ポカンとその笑顔に見入ってしまったが、何をされたのか分かったら、火がついてしまうくらい熱くなって思わず顔を横にそらした、
「あ……ごめん、つい弟達にするみたいに……」
お子様扱いしてしまったことに慌てたのか、アリサは急いで手を離した。
アリサの手が離れていくのが無性に寂しく感じて、俺は離れていく手を素早くバッと掴んだ。
「い……いい」
「え?」
「い…から。今の…もう少しだけ……してくれよ」
自分でもなんてことを言うのか、頭がおかしかなったとしか思えなかった。
けれど、アリサの手が離れていくのが耐えられなかった。
もっと触れて、もっと心配して、もっと俺のことを考えて、もっと…もっと……。
アリサは困ったように眉尻を下げて笑った後、また俺の頭をぽんぽんと撫でてくれた。
今はいい。
あんなに濃厚なキスをしても、アリサの中で俺はまだ弟止まり。
悔しくて、胸がズキズキするくらいだ。
絶対に…絶対変えてやる。
いつか、その手も、優しさも、弟に向ける愛情も、全部自分のものにしたい。
俺の中でアリサが特別になった瞬間だった。
「お前、本当に行くのか?隊持ちの次期団長候補が、ホワイトバードなんて降格もいいところだぞ」
厩舎で荷物を馬に乗せて出発する準備をしていたら、さっき別れの挨拶が終わったと思っていたトリスタンが近づいてきた。
どうやらまだ言いたいことがあるらしい。
男同士で湿っぽい別れは嫌いなのだが、仕方なく手を止めた。
「ホワイトバードには前から興味があった。神殿警備以外にも国境の見回りがある重要な仕事を受け持っているからな。まぁ、ここには長くいたから寂しくはあるが、別に出世を望んでいたわけじゃない」
神殿所属の騎士団、ホワイトバードは、国家にとって重要な任務を担っているが、皇宮騎士団の方が格が上とされて、どうも下に見られることも多い。
両親には報告すらしていない。顔を歪ませるのが分かっているから。
それでも、ここにいては大事な人を守ることができない。
神殿所属になることで、アリサの専属騎士になれるなら今の地位など惜しくはない。
「はぁ……。お前が愛に生きる男だとはなぁ……。世の中分からないもんだ」
説得することを諦めたのか、近寄ってきたトリスタンは俺の背中をバンと音を立てながら強く叩いてきた。
「俺が常々言っていただろう。好きな女ができたら、全力で行けって! フラれて泣いて帰ってきても慰めないからな!」
「おう! 任しておけ! 俺にメロメロにさせてやるよ!」
目標ができたら、デカいこと言うのは俺達の挨拶みたいなものだった。
だが、今回は本気でそうするつもりで、鞍に手を掛けて馬に飛び乗った。
もう振り返ることはなく、前を向いて走り出した。
□□□
途中の森でベルトランという元帝国の宮廷魔導士と遭遇して、そいつがアリサの守護者として同行することになってしまった。
いい気分ではなかったが、ベルトランのおかげで、アリサがミルドレッド女王の力を受け継いでいる事が発覚し何とか対処できた。
しかし、問題は次々と出てきた。
隣国エルジョーカーの怪しい動きもあり、予定よりもどんどん到着は遅れることになった。
一番大きな問題である、アリサの魔力の暴走を食い止めるために、俺とエドワードも力を貸すことになった。
しばらくは大丈夫だろうとたかを括っていたが、思いがけず俺が一緒の時に、魔力の暴走寸前状態が来てしまった。
誰かと唇を合わせることなど初めてだった。
町で育った頃から周りとは上手くやれるようになった。仲間はたくさんできたし、幼い頃のような孤独を感じることも少なくなっていた。
もともと女が少ないのもあったが、あまり話す機会もなかった。それに近づいてくる女はどうも苦手だった。
今までゴミを見るような目で見てきたくせに、騎士団に入った途端群がるように集まってきて、正直なところ鬱陶しくてたまらなかった。
周りからは、女を紹介するとか、早く結婚しろなどとよく言われていたが、避けていたことは認める。
けれど任務であれば仕方がない。
アリサのことは今までの旅で、最初の印象とはずいぶん変わっていた。
というより、話していると楽しいし、見ていて飽きない。
基本的に物静かで俺達の話を聞いて嬉しそうに笑っているくらいだ。
警戒していた気持ちはいつしかなくなって、自然に接するようになっていたところだった。
面倒だとか、嫌々やるしかないという気持ちはなかった。むしろ魔力過多で苦しむアリサが可哀想で助けてあげたいという気持ちが出てきた。そして俺にしがみ付く震える手が、こんな時だったが可愛い思ってしまった。
一度唇を合わせたら、任務だから仕方がないなんて気持ちはぶっ飛んだ。
もっと欲しくて欲しくて欲しくてたまらなくなった。
ベルトランからは散らせばいいと言われていたし、やり方は全部分かっていた。
それなのに一滴でも逃したくはない。体に吸収される度に突き上げてくる快感に頭がおかしいくらい夢中になった。
熱を持って今にも弾けそうな下半身を悟られたくなくてやっと唇を離した。
だが、息が上がり頬が赤くなり、蕩けるように俺を見つめる黒い瞳を見たら、理性が弾け飛んだ。
今まで強い怒りを感じた時や、強者との戦いくらいでしか牙が出る事はなかった。
めきめきと口内に存在感が増していくのを感じて、あと少しで血を求めてアリサを襲いそうになるところだった。
ベルトランの登場はムカついたが、自分が制御できないくらい興奮したのは初めてだった。
誰かを守りたいとか、力がなりたいなんて、俺の中にそんな感情があったことが衝撃だった。
ぽっかりと空いていた穴に、何かがぽたぽたと入り込んできて、満たされていくような気がした。
「え…!? ランスロット…」
「なんだ?」
「ここ、いつの間に怪我したの? もしかして、さっきの魔犬に襲われた時に……」
エルジョーカーの偵察部隊に襲われていた村を制圧して、やっと落ち着いた俺達は、朝まで村長の家を借りて体を休ませることになった。
隊服を脱いでシャツを捲り、顔を洗っていたら、いつから近くに来たのかアリサが話しかけてきた。
全く気が付かなかったが、屋根の上を飛び回っていた時、どこかで手を引っ掛けたらしい。手の甲に一本の切り傷が付いていた。
「なんだ…こんなの擦り傷だ。舐めておけば治る」
「……ぷっ…っふっ…くくっっ…はははっ」
大したことではないと普通に返したつもりだったが、驚いたような顔をしたアリサは次の瞬間、吹き出して大口を開けて笑い出した。
「大笑いして……なにがおかしいんだ」
「ごめん、ごめん。男の子って、みんな同じようなことを言うのね。ランスロットが弟に見えちゃって……」
「………弟」
「やっぱり男の子だし、よく喧嘩して傷を作ってきて、どうしたのって聞いても教えてくれないし、手当てするって言っても、舐めておけば治る! って言うの。ふふふっ…懐かしいな」
どう考えても年下のアリサの弟と重ねられたことは正直複雑だが、嬉しそうに笑うアリサの顔を見たら、心臓がどくどくと音を立ててうるさく動き出した。
「お…俺はアリサの弟とは違う。古い血だからこんな傷くらいなんでもない」
ちょっと冷たかったかと思うくらい、ぶっきらぼうに返事をすると、今まで笑っていたアリサは急に真剣な顔になった。
「そんな…、古い血だって、傷ができれば痛いでしょう。なんでもないことはないよ」
「…………」
今自分は何をされているのだろうと、頭が追いつかなくなってしまった。
アリサはもしかして、俺のことを心配してくれているのだろうか。
こんな小さな傷ひとつで…。
高熱で死にそうなくらい苦しんでいても、誰一人心配してくれなかった俺のことを……。
「……心配してくれるのか? 俺のこと……」
「何言ってるの! 当たり前でしょう。ほら、傷口見せて。村長さんにもらった塗り薬、塗ってあげるから」
自分も膝を擦りむいたから薬をもらったのだと言って、アリサは小さな容器に入った塗り薬を俺の手に丁寧に塗った。
「つっ…」
薬草の成分なのか、わずかに傷口が沁みた。アリサの前だからか、いつもは平気なのに気が抜けて声が漏れてしまった。
「よく頑張ったね。えらいえらい」
アリサは俺の頭をぽんぽんと撫でて、ふわりと笑った。
ポカンとその笑顔に見入ってしまったが、何をされたのか分かったら、火がついてしまうくらい熱くなって思わず顔を横にそらした、
「あ……ごめん、つい弟達にするみたいに……」
お子様扱いしてしまったことに慌てたのか、アリサは急いで手を離した。
アリサの手が離れていくのが無性に寂しく感じて、俺は離れていく手を素早くバッと掴んだ。
「い……いい」
「え?」
「い…から。今の…もう少しだけ……してくれよ」
自分でもなんてことを言うのか、頭がおかしかなったとしか思えなかった。
けれど、アリサの手が離れていくのが耐えられなかった。
もっと触れて、もっと心配して、もっと俺のことを考えて、もっと…もっと……。
アリサは困ったように眉尻を下げて笑った後、また俺の頭をぽんぽんと撫でてくれた。
今はいい。
あんなに濃厚なキスをしても、アリサの中で俺はまだ弟止まり。
悔しくて、胸がズキズキするくらいだ。
絶対に…絶対変えてやる。
いつか、その手も、優しさも、弟に向ける愛情も、全部自分のものにしたい。
俺の中でアリサが特別になった瞬間だった。
「お前、本当に行くのか?隊持ちの次期団長候補が、ホワイトバードなんて降格もいいところだぞ」
厩舎で荷物を馬に乗せて出発する準備をしていたら、さっき別れの挨拶が終わったと思っていたトリスタンが近づいてきた。
どうやらまだ言いたいことがあるらしい。
男同士で湿っぽい別れは嫌いなのだが、仕方なく手を止めた。
「ホワイトバードには前から興味があった。神殿警備以外にも国境の見回りがある重要な仕事を受け持っているからな。まぁ、ここには長くいたから寂しくはあるが、別に出世を望んでいたわけじゃない」
神殿所属の騎士団、ホワイトバードは、国家にとって重要な任務を担っているが、皇宮騎士団の方が格が上とされて、どうも下に見られることも多い。
両親には報告すらしていない。顔を歪ませるのが分かっているから。
それでも、ここにいては大事な人を守ることができない。
神殿所属になることで、アリサの専属騎士になれるなら今の地位など惜しくはない。
「はぁ……。お前が愛に生きる男だとはなぁ……。世の中分からないもんだ」
説得することを諦めたのか、近寄ってきたトリスタンは俺の背中をバンと音を立てながら強く叩いてきた。
「俺が常々言っていただろう。好きな女ができたら、全力で行けって! フラれて泣いて帰ってきても慰めないからな!」
「おう! 任しておけ! 俺にメロメロにさせてやるよ!」
目標ができたら、デカいこと言うのは俺達の挨拶みたいなものだった。
だが、今回は本気でそうするつもりで、鞍に手を掛けて馬に飛び乗った。
もう振り返ることはなく、前を向いて走り出した。
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