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第二章
(1)誰のために【ランスロット①】
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「おい、聞いたぞ。お前、異動願い出したらしいな」
長く暮らしたはずが、あまりに少ない荷物をまとめていると、背中に声がかかった。
引き継ぎや報告に追われて、一番長い付き合いのやつに言い忘れていたと気が付いて頭をかいた。
「ああ、そうなんだ。隊のやつらにはもう話してある。悪いなトリスタン、後を頼む」
「……ったく、ランスロット。お前は……。いつも突然なんだからなぁ」
兵舎の木材を適当に打ち付けたような、無骨な部屋の入り口の壁にもたれながら、呆れた顔で俺を見ている男に笑いかけると、盛大なため息をつかれてしまった。
「……お前は確か、あの転移者の護衛に回っていたな。まさか、惚れたとか言うなよ。まぁ…お前にかぎってそんな……」
「そうだ」
茶化すように笑っていた男の顔が、衝撃で固まったように大口を開けたまま動かなくなった。
揶揄うつもりで言ったのに、即同意されたから信じられないのだろう。
俺だって信じられない。
自分が誰かのために、何かをしたいなんて思うなんて……。
「じゃあ元気で。まだこっちの仕事もあるから、たまに顔出すわ」
男との別れなんて長引かせるものじゃない。バシンと背中を叩いて、手を上げて先に部屋を出た。
トリスタンとは同じ時期に入隊した同期だ。どんどん剣の腕に目覚めた俺と違い、トリスタンは頭を使う方に目覚めて、今は帝国の白の騎士団で団長の補佐役まで上り詰めた。
俺はただしがみついて必死にやってきたが、いつの間にか自分の部下を持ち、腕を買われて次期団長などと言われるまでになったが、今はなんの未練はない。
強くなって上がっていく度に、国のためにと言い聞かせて生きてきた。
しかし、国はいつだって俺に背を向けて、何一つ返してくれたことはなかった。
それが騎士として生きる道だと思ってきたが、心にはいつも穴が空いていて虚しかった。なんのために剣を振るうのか、時々そんなことを考えては、トリスタンに愚痴って笑われるというのを繰り返していた。
古い血と呼ばれる由緒正しき家に生まれ、男だけの六人兄弟。
その一番下だった俺は、強靭な生命力を持った血統の中で、出来損ないだと罵られて生きてきた。
それは、幼い頃から病弱ですぐに倒れて寝込んでいたからだ。
そもそもオールドブラッドの特に男は、強い肉体と精神力を持っているとされている。
病気になることなどほとんどない。多少の怪我でも一般の人間と違って治癒能力もあり、すぐに回復してしまう。
それなのに俺は、走ると息が切れして、外の空気に当たれば熱を出し、一度体調が悪くなれば何日もベッドの中から出ることができなかった。
古い血の子供が病気になると国から白魔法を使える治癒師が派遣されるが、あまりに頻繁だからかいつしか見放されたように来なくなった。
両親にも弱い人間はうちの子供ではないと関心を持たれなくなり、俺はわずかな治癒能力に頼りに、いつ消えるか分からない命を孤独に繋いでいた。
後にこの病弱さは、強すぎる魔力を持って生まれたために、幼い体が耐えきれず起こっていたものだということが分かるが、その時はまだただの軟弱者だと思われていた。
結局俺を相応しくない厄介者だと判断した両親は、俺を首都から離れた町に送った。療養と称した厄介払い。
町の物置に使っていた家に放り込んで、いつ死んでも構わないと見放されたのだ。
しかし、町の空気が合ったのか、もともとの生命力が開花したのか、俺は見放されてからぐんぐんと体が強くなり、病気知らずの健康体になった。
町の子供達と仲良くなり、剣術の学校へ通い、たくさんの仲間ができて初めて人と触れ合い楽しいと思える時間を過ごした。
しかし、俺の根底にはいつも国からも両親からも見放されたという思いが染みついたように消えることはなかった。
成長して体はどんどん強くなり、地方の剣術大会で優勝するようになると、今まで無視を決め込んでいた両親が手のひらを返したようになった。
俺を首都に呼び戻し、騎士団への入団を進めてきた。
言われるままに試験を受けたら、拍子抜けするくらい簡単に合格した。
すでに黒の騎士団にいた兄達とは違う、白騎士団に希望を出して、無我夢中で鍛錬を重ね、日々の任務に取り組んできた。
いつの間にか兄達を抜かして、自分の隊を持つまでになって、俺に文句を言うようなやつは誰もいなくなった。
しかし、ここまで来たというのに、満たされることのない虚しい日々に俺は思い悩んでいた。
「護衛任務ですか…。転移者って…あの、異世界から来た女ですよね。聖女になれなかったっていう方の……」
俺が明らかに嫌そうな顔をしたからか、白の騎士団長のガヴェインは、俺をギロッと睨んだ後、筋肉のかたまりみたいな体を縮こませて椅子にどかっと座った。可哀想に華奢な椅子はぎしぎしと壊れそうな悲鳴を上げていた。
「そうだ! これは皇帝命令だから、拒否は許されない! 大人しく神殿までお送りしろ」
団長の前で、ついいつもの舌打ちが出そうになって、ぐっと飲み込んだ。
ガヴェイン団長はいつもこうと決めたら絶対に曲げない人で陰では石頭と呼ばれている。
皇帝命令なら仕方がないのだが、もうちょっと言い方があるだろうと、石頭をボカっと叩くところを想像しながら、頭を下げて部屋を出た。
団長は混乱期に腕一本で国を支えたと称される歴戦の猛者だ。悪い人ではないのだが、どうも無愛想で言葉が足りないので衝突することが多い。
ため息をつきながら俺は命令通り護衛任務に就くことになった。
聖女はこの国にとっての宝であり生命線だ。
異世界から来た女神イシスの化身、美と祝福、平和と安定をもたらす存在だとして、信仰の対象にもなっている。
だが、周りがもてはやすほど、俺は聖女に関心がなかった。
オールドブラッドなので、抑制具が必要ないということもあるかもしれない。
それよりも、異世界から来た、どこの誰だか分からない人間をみんながチヤホヤして、様様に扱うのがどうも気に入らなかった。
聖女なんて立派なもンに選ばれる人間だ。俺のように見放されて、地べたを這いつくばってきた人間とは違う。とことん恵まれた環境で生きてきたように思えて、できれば関わりたくなどなかった。
しかも、今回護衛するのは転移者様だ。
同じ異世界から来た人間だが、こちらは聖女になれずに追い出される方だ。
お情けで同情でもしてやって、話を聞いてやれなんて言われたら、吐きそうなくらい面倒だった。
聖女誕生記念パレードの準備が進む中、俺は隊の部下達に不在時の指示を出して、皇宮内の出口に向かった。
そこで転移者様がお待ちになっていると聞いたからだ。
黒い方からも一人付くからと聞かされてまた力が抜けた。
黒の騎士団は所謂血統の良いエリート集団だ。幼い頃から才覚が認められるか、親の爵位が高い家の子息がこっそり入団している。
気位が高い連中が多く、俺の兄達も忘れたが何人か入っていた。
出口に向かう途中、見知った背中を見つけて嫌な予感がした。
嫌味なくらいサラサラした金髪にすらりと細い後ろ姿。筋肉の少ない体はここでは弱い者に見えるが、ヤツは高い魔力がそれをカバーしても余るくらいの魔法剣士だ。俺も何度か試合で手合わせしているがほぼ互角で勝敗がつかない。
じろじろと見ていたら、振り返ってきた男はむこうもまた嫌そうな顔をした。
黒い騎士団所属のエドワード。向こうからも一人付くという言葉が頭に回ってきた。周りを見渡しても他に騎士の姿が見えないことからも、もう決定的なように思えて、やっぱり帰りたくなった。
最悪の気分のまま旅は始まった。
転移者は細身の体つきだと言うくらいしか特徴が分からなかった。長いコートとフードを深々と被っているので、口元がわずかにしか見えない状態だった。
高飛車な女が来るかと思っていたが、どうも気弱で大人しそうな女だった。
途中本物の聖女様が乱入してきたりして、バタついたが、やっと神殿に向かって動き出す事ができた。
とにかくやっかいな事はさっさと終わらすこと。それが大事だ。幸い大人しそうだし、静かにしていてくれれば何も問題はなかった。
……はずなのに。
白目になって涎を垂らしながら、ふらふらと歩き出した男達を見ながら、握った剣に力を込めた。
体の変化が始まる明らかな暴走初期状態、このまま放置すれば魔物に変わってしまう。剣に魔力を注いで振りかざした。
時間がないので一瞬で終わらせないといけない。
街の人間達は、悲鳴を上げて逃げていった。
動きやすくなってちょうどいいと俺は走り出した。
暴走初期状態の一般人三名、呼吸をするくらい簡単に気絶させた。
初期状態にショックを与えれば完全暴走には入らない。地面に倒れた三人は体から煙を上げながらも、元の人間の姿に戻っていた。
剣を鞘に収めながら、俺はため息をついた。
困ったことになった。
とんだお荷物を押し付けられた。
その時はそう思った。
□□□
長く暮らしたはずが、あまりに少ない荷物をまとめていると、背中に声がかかった。
引き継ぎや報告に追われて、一番長い付き合いのやつに言い忘れていたと気が付いて頭をかいた。
「ああ、そうなんだ。隊のやつらにはもう話してある。悪いなトリスタン、後を頼む」
「……ったく、ランスロット。お前は……。いつも突然なんだからなぁ」
兵舎の木材を適当に打ち付けたような、無骨な部屋の入り口の壁にもたれながら、呆れた顔で俺を見ている男に笑いかけると、盛大なため息をつかれてしまった。
「……お前は確か、あの転移者の護衛に回っていたな。まさか、惚れたとか言うなよ。まぁ…お前にかぎってそんな……」
「そうだ」
茶化すように笑っていた男の顔が、衝撃で固まったように大口を開けたまま動かなくなった。
揶揄うつもりで言ったのに、即同意されたから信じられないのだろう。
俺だって信じられない。
自分が誰かのために、何かをしたいなんて思うなんて……。
「じゃあ元気で。まだこっちの仕事もあるから、たまに顔出すわ」
男との別れなんて長引かせるものじゃない。バシンと背中を叩いて、手を上げて先に部屋を出た。
トリスタンとは同じ時期に入隊した同期だ。どんどん剣の腕に目覚めた俺と違い、トリスタンは頭を使う方に目覚めて、今は帝国の白の騎士団で団長の補佐役まで上り詰めた。
俺はただしがみついて必死にやってきたが、いつの間にか自分の部下を持ち、腕を買われて次期団長などと言われるまでになったが、今はなんの未練はない。
強くなって上がっていく度に、国のためにと言い聞かせて生きてきた。
しかし、国はいつだって俺に背を向けて、何一つ返してくれたことはなかった。
それが騎士として生きる道だと思ってきたが、心にはいつも穴が空いていて虚しかった。なんのために剣を振るうのか、時々そんなことを考えては、トリスタンに愚痴って笑われるというのを繰り返していた。
古い血と呼ばれる由緒正しき家に生まれ、男だけの六人兄弟。
その一番下だった俺は、強靭な生命力を持った血統の中で、出来損ないだと罵られて生きてきた。
それは、幼い頃から病弱ですぐに倒れて寝込んでいたからだ。
そもそもオールドブラッドの特に男は、強い肉体と精神力を持っているとされている。
病気になることなどほとんどない。多少の怪我でも一般の人間と違って治癒能力もあり、すぐに回復してしまう。
それなのに俺は、走ると息が切れして、外の空気に当たれば熱を出し、一度体調が悪くなれば何日もベッドの中から出ることができなかった。
古い血の子供が病気になると国から白魔法を使える治癒師が派遣されるが、あまりに頻繁だからかいつしか見放されたように来なくなった。
両親にも弱い人間はうちの子供ではないと関心を持たれなくなり、俺はわずかな治癒能力に頼りに、いつ消えるか分からない命を孤独に繋いでいた。
後にこの病弱さは、強すぎる魔力を持って生まれたために、幼い体が耐えきれず起こっていたものだということが分かるが、その時はまだただの軟弱者だと思われていた。
結局俺を相応しくない厄介者だと判断した両親は、俺を首都から離れた町に送った。療養と称した厄介払い。
町の物置に使っていた家に放り込んで、いつ死んでも構わないと見放されたのだ。
しかし、町の空気が合ったのか、もともとの生命力が開花したのか、俺は見放されてからぐんぐんと体が強くなり、病気知らずの健康体になった。
町の子供達と仲良くなり、剣術の学校へ通い、たくさんの仲間ができて初めて人と触れ合い楽しいと思える時間を過ごした。
しかし、俺の根底にはいつも国からも両親からも見放されたという思いが染みついたように消えることはなかった。
成長して体はどんどん強くなり、地方の剣術大会で優勝するようになると、今まで無視を決め込んでいた両親が手のひらを返したようになった。
俺を首都に呼び戻し、騎士団への入団を進めてきた。
言われるままに試験を受けたら、拍子抜けするくらい簡単に合格した。
すでに黒の騎士団にいた兄達とは違う、白騎士団に希望を出して、無我夢中で鍛錬を重ね、日々の任務に取り組んできた。
いつの間にか兄達を抜かして、自分の隊を持つまでになって、俺に文句を言うようなやつは誰もいなくなった。
しかし、ここまで来たというのに、満たされることのない虚しい日々に俺は思い悩んでいた。
「護衛任務ですか…。転移者って…あの、異世界から来た女ですよね。聖女になれなかったっていう方の……」
俺が明らかに嫌そうな顔をしたからか、白の騎士団長のガヴェインは、俺をギロッと睨んだ後、筋肉のかたまりみたいな体を縮こませて椅子にどかっと座った。可哀想に華奢な椅子はぎしぎしと壊れそうな悲鳴を上げていた。
「そうだ! これは皇帝命令だから、拒否は許されない! 大人しく神殿までお送りしろ」
団長の前で、ついいつもの舌打ちが出そうになって、ぐっと飲み込んだ。
ガヴェイン団長はいつもこうと決めたら絶対に曲げない人で陰では石頭と呼ばれている。
皇帝命令なら仕方がないのだが、もうちょっと言い方があるだろうと、石頭をボカっと叩くところを想像しながら、頭を下げて部屋を出た。
団長は混乱期に腕一本で国を支えたと称される歴戦の猛者だ。悪い人ではないのだが、どうも無愛想で言葉が足りないので衝突することが多い。
ため息をつきながら俺は命令通り護衛任務に就くことになった。
聖女はこの国にとっての宝であり生命線だ。
異世界から来た女神イシスの化身、美と祝福、平和と安定をもたらす存在だとして、信仰の対象にもなっている。
だが、周りがもてはやすほど、俺は聖女に関心がなかった。
オールドブラッドなので、抑制具が必要ないということもあるかもしれない。
それよりも、異世界から来た、どこの誰だか分からない人間をみんながチヤホヤして、様様に扱うのがどうも気に入らなかった。
聖女なんて立派なもンに選ばれる人間だ。俺のように見放されて、地べたを這いつくばってきた人間とは違う。とことん恵まれた環境で生きてきたように思えて、できれば関わりたくなどなかった。
しかも、今回護衛するのは転移者様だ。
同じ異世界から来た人間だが、こちらは聖女になれずに追い出される方だ。
お情けで同情でもしてやって、話を聞いてやれなんて言われたら、吐きそうなくらい面倒だった。
聖女誕生記念パレードの準備が進む中、俺は隊の部下達に不在時の指示を出して、皇宮内の出口に向かった。
そこで転移者様がお待ちになっていると聞いたからだ。
黒い方からも一人付くからと聞かされてまた力が抜けた。
黒の騎士団は所謂血統の良いエリート集団だ。幼い頃から才覚が認められるか、親の爵位が高い家の子息がこっそり入団している。
気位が高い連中が多く、俺の兄達も忘れたが何人か入っていた。
出口に向かう途中、見知った背中を見つけて嫌な予感がした。
嫌味なくらいサラサラした金髪にすらりと細い後ろ姿。筋肉の少ない体はここでは弱い者に見えるが、ヤツは高い魔力がそれをカバーしても余るくらいの魔法剣士だ。俺も何度か試合で手合わせしているがほぼ互角で勝敗がつかない。
じろじろと見ていたら、振り返ってきた男はむこうもまた嫌そうな顔をした。
黒い騎士団所属のエドワード。向こうからも一人付くという言葉が頭に回ってきた。周りを見渡しても他に騎士の姿が見えないことからも、もう決定的なように思えて、やっぱり帰りたくなった。
最悪の気分のまま旅は始まった。
転移者は細身の体つきだと言うくらいしか特徴が分からなかった。長いコートとフードを深々と被っているので、口元がわずかにしか見えない状態だった。
高飛車な女が来るかと思っていたが、どうも気弱で大人しそうな女だった。
途中本物の聖女様が乱入してきたりして、バタついたが、やっと神殿に向かって動き出す事ができた。
とにかくやっかいな事はさっさと終わらすこと。それが大事だ。幸い大人しそうだし、静かにしていてくれれば何も問題はなかった。
……はずなのに。
白目になって涎を垂らしながら、ふらふらと歩き出した男達を見ながら、握った剣に力を込めた。
体の変化が始まる明らかな暴走初期状態、このまま放置すれば魔物に変わってしまう。剣に魔力を注いで振りかざした。
時間がないので一瞬で終わらせないといけない。
街の人間達は、悲鳴を上げて逃げていった。
動きやすくなってちょうどいいと俺は走り出した。
暴走初期状態の一般人三名、呼吸をするくらい簡単に気絶させた。
初期状態にショックを与えれば完全暴走には入らない。地面に倒れた三人は体から煙を上げながらも、元の人間の姿に戻っていた。
剣を鞘に収めながら、俺はため息をついた。
困ったことになった。
とんだお荷物を押し付けられた。
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