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第一章

(8)幼い魔導士

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 腹の底から響くような声は、警告の音に聞こえた。背中に痛いほどそれを感じて、ゾクゾクとした寒気が体を駆け上がってきた。

 このままずっと黙っておけるような雰囲気ではなかった。私のような素人でも感じるくらいの威圧感、これはきっと殺気のようなものかもしれない。
 今にも飛びかかってきそうな気配を感じて、仕方なく私は体を後ろに向けた。

 相手が強い者なら、こちらは明らかな弱者で敵意がないのだと見せれば、時間を稼げるかもしれない。

「あの…私は怪しい者ではなく、ただの旅人です。今は馬を休めながら同行者の帰りを待っているところです」

 おずおずと声を出しながら顔を上げた。フードから見えるわずかな視界が捉えたのは、なんとまだ少年と言えるくらいの男の子だった。
 全身黒い格好で、私と似たようフード付きの長い外套を羽織っているが、フードを被ってはいないので顔はよく見えた。

 真っ黒な髪に真っ赤な瞳が印象的で、歳はおそらく私の一番下の弟と同じくらいだろうと思われるが、佇まいや威圧感はとても子供とは思えなかった。

「……お前、女か?」

「へ? はい…そうですけど……」

 少年の周りを取り囲む空気が一気に変わった。ピリピリと肌を焼くような鋭い視線はまるで捉えた獲物を逃がさないとでもいうかのように私の体に巻き付いてきた。

「連れというのは、この辺りをうろついていた帝国の騎士か? 二人ともかなりの手練れで、においからして古い血のヤツらだ。女は個体の数が少なくて貴重だから、どこの村でも外へ出す事はないし、魔物の出る森に連れてくるはずなどない。という事はお前は、帝国の隊長クラスの騎士が関係する女というわけだ。何者だ?」

「え……あの……、ただの平民です」

 次々と言い当てられて、あなたこそ何者なのかと問いたかったが、自分はなんでもないと口にするだけで精一杯だった。
 とにかく説明できない圧力を感じて、ガタガタと震えていた。

「嘘を言うな! お前は魔女か!?」

 ここに来る前の説明で、魔女というのは魔物の一種で、女性の姿に変化して、幻覚を見せて人を惑わし森へ連れ込んで襲う魔物だと聞いていた。
 まさか騎士の二人を狙う魔女と間違えられているのかもしれない。

「ちっ…違います。誤解です、私は……うっうわぁぁぁ!! 熱っつ! ひっっぃぃなっ何を……!!」

 少年の全身が赤く光ってぶわぁっと炎が飛び出してきて、それが私目掛けて飛んできた。当然早すぎて避けれるわけもなく体に当たって、私が着ていた外套は焼けて落ちてしまった。
 どうやら命は助かったらしい。あまりに熱かったので火傷をしたのだと思って確認したが、体に傷はついていなかった。

「お……お前は……、ミルドレッド……」

 混乱する頭にいつかどこかで聞いた名前が飛び込んできた。顔を上げると、少年は赤い瞳を大きく見開いたまま、時間が止まったかのように動かなかった。

「アリサ!!」

 ようやく待ちわびた声が聞こえて、黒と白の二人の騎士が私と少年の間に飛び込んで来た。
 すぐに剣を抜いて構えた二人は、どこか長い時間走り回って来たように汗だくだった。

「さすが血族の帝国騎士、俺の幻影魔法から自力で脱してくるとはな」

「貴様、はぐれの魔導士か! アリサに何をした!? よくもあんなものを俺に見せてくれたな……!」

 ランスロットは頭に血が上ったように怒って、今にも斬りかかろうとしていたが、エドワードが腕を掴んで止めた。

「待て! ヤツはただのはぐれ者じゃない。黒髪に赤い目、少年の姿といえば、元帝国の暗殺部隊の魔導士、ベルトラン・クローバー……」

「血に飢えた悪魔か…、なぜこんなところに!!」

「それより、俺の質問に答えてもらおうか。このミルドレッドと同じ容姿の女……。いったい何者だ?魂の形まで似てやがる……」

 少年の目が赤く光って、強い風が吹いてきた。周囲の木々が倒れるほど強い風だったが、エドワードとランスロットの背に庇われながら、私も飛ばされそうになるのを必死で足を踏ん張って耐えた。

「分かった! 正直に言おう! ここで争いたくはない」

 エドワードがひとりで前に出た。どうやら相手はかなり強い人間らしい。話が通じるかは不明だが、戦って無傷で帰れる相手ではなさそうだ。
 少年の周りの殺伐とした空気が消えて、辺りは静かになった。

「彼女はアリサ、聖女召喚で別の世界からこの世界に召喚された。召喚の儀では二人の女性が来てしまった。一人は聖女として帝国に残っている。アリサは白魔法が確認されなかったから、これから住まいを神殿に移すところだ。伝説のミルドレッド女王に容姿はにているが、聞いたところ彼女の世界では一般的な姿らしい。だから、偶然というやつで……」

「はっ…くっ…はははっっははは」

 エドワードの声が静かな森に響いていたが、話の途中で少年がわずかに肩を震わせたと思ったら、次の瞬間皮肉るように目を細めて笑い出した。

「それが帝国の見解か?くつくくっ、相変わらず能無しが揃っているな」

「なっ……!」

「召喚はイシスの選択によるものだ。魔力のないゴミをわざわざ連れてくるはずがない。あの容姿はどう見てもミルドレッドの血脈だ。ミルドレッドは自らの王国を築いた後、忽然と姿を消した。おそらく異世界に行き子を残した。この女がその末裔だと考えれば説明がつく」

「…そんなバカな、アリサは何の力もないらしいぜ」

「白魔力は…だろう。黒魔力はちゃんと調べたのか?」

 少年の台詞に、バカにしたように笑っていたランスロットの動きが止まった。
 確かに白魔力については、厳しく検査をしてきたが、てっきり同じ検査で黒魔力も判定されるのだろうと思っていた。だが言葉を無くした二人の騎士を見て、それは思い違いだったことに気がついた。
 黒魔力については、多くは男子のみに発動される。稀に女子でも黒魔力を持つ者が出るとされるが、ほとんどいないので、その可能性について誰も考えていなかったようだ。

「帝国の魔導士は皇帝に飼い慣らされて牙を無くした犬だ。見抜く力をとっくに失っている。俺から見れば、その女、黒魔力が溢れて暴走寸前だぞ。あまりに垂れ流しているから、上級の魔物かと見間違えたくらいだ」

「なっ…なんだって!?」

 エドワードとランスロットの声が揃って、二人同時にバッと振り返ってきた。
 状況が許されるなら、仲良いねなんて冷やかしたくなるくらいのタイミングだ。

「へ?わ…私?……なんかマズいの?」

 少年魔導士の対応でこちらをほとんど確認していなかったのか、今まで幻影か何かで見えなかったのか、二人は私の姿を見て今頃になって驚いて目を開いた。

「外套が燃えて…魔導士! アリサに何をした!?」

「秘密を燃やす魔法をかけたが、ただ上の服が燃えただけだ。体を傷つける魔法ではない」

 それにしては熱かったけどと、抗議したい気持ちだったが、焦った顔をしたエドワードががっと私の腕を掴んできた。

「アリサ! 二日前に見た時より髪が伸びている! いつから急激に伸び出した?」

「え…!? 確か…皇宮を出てから、なんか急に伸びた気が……。こっちの世界ではそういうものかと……」

「そんなわけあるか! 髪は魔力に直結するんだ! 魔力使っていないから溢れているんだ! 魔力が溜まりすぎると危険なんだ!このままだと暴走する!」

 反対側の腕をランスロットが掴んできて、すごく怖い顔をしてくるので、ますます不安になってきた。

「えええっ…暴走って! いったいどうなるの?」

「魔力の暴走は捕食欲の暴走と違って、自らの体と周囲を巻き込んで爆発する。木っ端微塵に跡形も残らずに……」

「いっ…いやーーー! そんな最期絶対ヤダーー! 異世界に連れて来られてそんなのひどすぎる!!」

 手足を動かしてジタバタして暴れたが、体格のいい男二人相手に押さえられたら、ほとんど動くこともできなかった。

「アリサ、興奮すると魔力が高まってしまう。クソ! 神殿まで行けばなんとかなるのに……今の状態じゃ強制発動できる人間が……」

「俺がいるじゃないか」

 爆弾を抱えて慌てる三人組にスッと近づいて来たのは通りすがりの魔導士。
 しかも悪魔と呼ばれる札付きのワル。
 子供の姿だが、全く子供には見えない言動と態度が恐ろしい。

「心配するな、最年少で帝国の宮廷魔導士の頂点に登り詰めて、暗殺部隊を率いて何ヶ国か滅ぼしたぐらいの腕は持っている。見た目以上に歳は取っているから、その辺に気を使う必要はない」

「は…? その辺って…どの辺?」

 エドワードとランスロットは苦悶の声を出して頭を下に向けた。
 何が起こるのか、嫌な予感しかしない。

「来い、女」

 まるで悪行三昧の不良の先輩に屋上へ呼び出されるような気分だ。とても楽しいものとは思えないお誘いに頭が真っ白になった。

 悪魔の誘いが爆死か。
 私に残された選択肢は少なすぎた。





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