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第一章

(2)聖女検査

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「亜梨沙も行くでしょう? 男の子けっこう集まるよ。大学生とかも来るって」

「あー…キャンプだっけ。泊まりは無理だな。夏休み中は上の二人が塾だからお弁当作らないといけないし、下の二人も学童のお迎えがあるからさ」

「もー! またオカーチャン! いつも思うけど亜梨沙っていつ恋愛するのよ。このままだと社会人になっても弟の面倒見続けるよ。それで弟達の結婚を見届けて、寂しく一人死ぬエンドまっしぐらだよ」




 あの時、友人に言われた言葉が頭に残っている。
 ないって、やめてよーなんて笑いながら返したと思うが、心のどこかでは本当に言われた通りになりそうだと胸が痛かった。

 私はいつだってオネーチャンでオカーチャン。
 弟達を愛していたし、愛されていた自信はあるけれど、それはあくまで家族愛。
 本物の恋愛はカラカラで干からびた砂漠のような状態。
 つまり、誰かを好きになる暇がなかったので、恋人はおろか恋のトキメキすら感じた事がなかった。

 前の世界で自分がやり残したこと。
 それは恋愛だ。
 自分のような初心者が異世界人と恋愛するなんてハードモードだと思うが、目指すは牛のようにのんびりと大らかな心を持った男性と恋に落ち、平凡で幸せな家庭を築くこと。
 なぜ牛かとかはよく分からないけれど、なんとなく平和そうなイメージからそこを目指すことにした。

 それを考えれば、ここにいる人間なんて、これからの私の人生には全く関係のない者達だ。だから、どんな存外な扱いを受けようとも、一切関わらないと思えば全くダメージを受けない……。
 まあ、無視され続ければ、全くというわけにもいかないが、ある程度は仕方ない我慢しようと思える。
 私は目の前で徹底的にいないものとして扱われるこの現状に、未来の牛のような恋人を思い浮かべながら耐えることにした。


 白魔力を測定する検査は、皇宮内にある聖堂内の一部屋で行われることになった。
 検査員の宮廷魔導士が二名。
 政府の関係者である大臣と教会の関係者数名が見届け人として参加することになっていた。
 検査に必要ということで、聖女が纏うと言われている白いローブ、フード付きの長い上着みたいなものを被せられた。
 顔はほとんど覆われて、限られた視界だったが、周りの状況はよく理解できた。

 まず私が聖堂に入ってきた段階で、誰一人こちらを見る者はいなかった。
 政府の関係者は、国の宰相や大臣など、各部署のトップの人間が来ていたが、彼らはセイラの周りを囲むように立って、和やかに談笑していた。
 一応、今日はよろしくお願いしますと一声かけたが、誰一人こちらを見ることがなかった。
 どうやらこの国は権力者とそうでないもので、分かりやすく区別されるらしい。


 セイラはもうすでに連日皇子とともに過ごしていて、お気に入りだということは周知の事実。おまけに本人の持つ美貌と魅力によって、人はどんどん惹きつけられてしまう。
 国の関係者は皇子の向いている方に顔を向けるのが当たり前だし、それが誰もが目を奪われる美しい女性なら、少しでも取り入りたいと思うのが普通だろう。

 宮廷魔導士と教会の人間は職務に徹しているのか無言を貫いているし、検査室の中には、セイラの周りだけ賑やかな空気に包まれていた。

「それでは検査を始めます。両候補者は指を出してください」

 魔導士の掛け声に、私とセイラは手を差し出した。指の先を軽くナイフを当てられて切られた。
 流れ出た血を魔力測定器と呼ばれる特別な液体が入った試験管のようなものに入れられた。
 測定液と呼ばれるものが入っていて、しばらくすると色が変わるそうだ。
 一体どうなるのか、試験管を見ていたが、セイラの血が入ったものだけが、白い色に変わった。
 おお! っという声が上がり、やはりこれはセイラ様だという声がチラホラ聞こえてきた。
 どうやらあれが白の魔力があるということを示すらしい。
 一方私の試験管の方が透明な液体のまま、色が変わることはなかった。
 ダミーじゃないのか、と誰かが言った声がボソリと聞こえた。


 この世界では、魔力というのは攻撃系の黒魔法と、回復系の白魔法に分かれている。
 黒魔法を使える者はほとんどが男で、魔力があることが判明すると魔塔に連れて行かれ将来的に魔導士となる。

 一方白魔法は女性だけが使えるもので、ほとんどの女性に備わっている。
 ここでまず前提として、この世界の女性は男性よりも圧倒的に数が少ない。
 それだけでも貴重であるのに、病や怪我を治す事ができる白魔法を使えるので、女性は大変貴重な存在とされてきた。
 そしてその象徴的な存在が聖女様だ。常人よりも多くの白魔力を持っていて、疫病の蔓延を防ぎ、国を救うことができるとされている。
 ただ女性の中でも、全く魔力を持つことなく生まれてきた者もいる。
 女性の数が少ないので、身体的にひどい扱いこそ受けないが、ダミー(半端者)と呼ばれて、その体質は子にも受け継がれるとされ、何かと差別される対象になるそうだ。

 そう、私の液体は結局透明で変わる事がなかった。
 目が合ったセイラが私を見てクスリと笑っていた。
 検査は他の方法でも行われるので、まだ判断できないと言われたが、私はこの時点でもう諦めていた。


 そのまま、五日間検査を続けた。変な液体を飲まされたり、髪の毛を抜かれたりして色々と調べられたが、そのどれもの結果でセイラのみ白魔力の反応があった。
 そして六日目の検査で決定的な事が起きた。

 この日は足に傷を負った者が連れてこられた。剣の試合で傷をつけられたという事で、さほど深いものではなかったのだが、最初はこのくらいがちょうどいいと考えられたのだろう。
 そう、この治癒検査でセイラは発動したのだ。
 発動というのは、体内にある魔力が実際に外へ放出される、つまり使えるようになるという事だ。
 まずは私が傷の患部に手をかざしたが特に何も変化はなく、次にセイラが手をかざすと、セイラの体が発光し光に包まれた。その光が手から放出され傷口に当たると、みるみる間に傷が治ったのだ。

 見届けていた政府の関係者達は拍手喝采で大盛り上がりだった。

「確かに魔力の発動ですね。最初にしては強いとは思いますが、この程度はまだ一般人レベルで…この後の増幅具合などをもう少し詳しく調べてみないと結論は出せないのですが……」

 魔導士はまだ調査を続ける必要があると言いたかったのだろう。それを聞いてセイラは顔に張り付いていた微笑みを崩して、ギロリと鋭い視線で魔導師を睨みつけた。
 不穏な空気が漂う中、特にセイラが懇意にしている若手の大臣が前に出てきた。

「何を迷うことがあるのだ! 民衆は聖女の誕生を待っている。だいたい、あの女は今まで魔力のカケラも出ないではないか! ダミーに違いない! いつまで陛下をお待たせするのだ! これ以上長引かさるなら反逆罪だぞ!」

 そこまで言われたら検査官の魔導士は引き下がるしかなかった。
 測定の結果は、セイラが聖女の可能性大で、私は測定不能により候補を外れるとされた。




「アリサ様、お忘れ物はありませんか?」

 窓から外を眺めていたら後ろから声をかけられた。何度もここに立っていて、こんな風に呼びかけられたが、それももうおしまいだ。
 私は感謝の意味も込めて、笑顔で振り返った。

「ええ。リル、お世話になりました」

 丁寧にお辞儀をすると、やめてくださいと言ってリルは顔を赤くして慌てた。なんとも可愛らしい反応が嬉しかった。
 もう少し時間を一緒に過ごせたら仲の良い友人になれたかもしれない。
 短い期間だったが、リルからはこの世界のことをたくさん教えてもらえた。
 もしまた会えたなら今度はもっと別の話をして笑い合えたらいいなと思いながら、リルにお別れの挨拶をした。

 魔力測定が終わり、帝国はセイラ・クロカワを新しい聖女として認めることを決定した。
 今後セイラは手厚く保護され、ハルシオン皇子と婚約し、時期を見て結婚することになる。
 戦争が起きたり疫病が流行ったりする時は聖女の出番となり、帝国の救済の乙女となり生涯を捧げる、ということになるそうだ。

 私は召喚された時に着ていた衣服だけ鞄につめて、簡素なワンピースで皇宮から出ることになった。
 行き先は平民として町の一軒家、ではなく、まずは北東にある神殿に移されることになったのだ。

 魔力測定が終わり私はセイラと一緒に謁見の間に呼び出された。
 すでに大臣が揃っていたが、ハミルトン皇子が現れ、直々にセイラの頭に聖女が付けるというティアラを乗せた。
 私は観客のひとりとなって、その様子を拍手しながら見ていたが、その場で同じ転移者である私の処遇も発表された。

 まずは北東の神殿に行き、そこで神巫女として保護されることが決まった。何の魔力も発見されなかったが、女神が素質があるとして選定したわけだから何らかの有益な力が今後発動する可能性がある、それを神聖な場所で見極める、ということだそうだ。
 一年暮らして何の変化もなければ、町に家を用意してくれるので市井で暮らすようにということだった。
 聖女と同じ国から来た転移者を冷遇する事は、対外的によろしくないそうだ。

 聖女だと認められたのに、セイラはなぜか不満そうな目線を向けてきたが、私にはどうすることもできないので、分かりましたと言って頭を下げた。


「神殿までは王国の騎士団の人が送ってくれるって聞いたけど、そんなに険しい道なの?」

「イシス神殿までは確かに魔物が出る森を抜けますので、多少腕の立つ者が同行すると思います。転移者は利益をもたらす者として伝えられていますから、丁重に扱わないといけないとされています。このところの役人の不正が相次いだので、国民の感情がよくないのです。これ以上印象を悪くしないために、少し大げさなくらいに送り出すと聞かされています」

「そうなんだ……、大げさか……」

 まさか身一つで放り出されるとは思っていなかったが、これまで放置されるように部屋に置かれていただけなので、最後は大げさに送り出されるというのが想像がつかなかった。
 国民にある程度見せる必要があるなら、馬車と騎士の小隊列が付くのだろうと予想していた。

 だが予想は裏切られることになる。
 準備ができて時間となったので私はリルと外へ向かった。
 今まで出ることができなかったので初めて外の世界を見ることができる。
 わくわくしながら皇宮から外に出た私は、目の前に広がる光景に驚いて、大きく口を開けたまま動けなくなってしまった。





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