悪役令息はゾウの夢を見る

朝顔

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最終章 儚き薔薇は……

2、その後の物語へ向かって

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「ロティーナ、これはいったい、いつこの中へ、俺の正体に気がついていたのか?」
「ロティ! なんでこんなところに……!? ここがどこだかどこへ行くのか分かっていたのか?」

「二人とも、ちょっと落ち着いて。ふぅ、ずっと同じ姿勢だったから疲れちゃった。出るから手伝って」

 パニックになった男二人に詰め寄られても、ロティーナはいつもの調子を崩すことなく、髪の毛を整えながら体を起こした。

「セインの身元については分からなかったけど、家に行ったら荷馬車に荷物たくさん積まれているのを発見したから、その中の一つに忍び込んだの。だって仕方がないでしょう。もう会えないかもしれないなんて手紙を送ってくるんだから!」

「手紙? セインスはロティの身元が分かっていたのか?」

「……いちおう諜報活動も仕事だからな。帝国の貴族については調べている。殿下とともに帝国に流れてから、一般市民として生活をしながら様々なことを探って報告を続けてきた」

 シュネイルからの追手を恐れていたセインスが、酒場で出会った女性を警戒しないわけがないだろう。
 いかにもハニートラップ的な匂いを感じて、ロティーナの身元を調べておいたのかもしれない。
 そして、潜伏生活に変化の兆しが見られて、本格的に戻ることになり、最後にとロティーナに手紙を出した。
 しかし、ロティーナはそれで諦めるはずがなく、付いて行ってやろうと荷に忍び込んだということだろう。

「マズイな。シュネイルは敵だらけと言っていい。シリウスを守り、殿下の元へ連れて行かなくてはいけない。ロティーナ、君は途中の港で船を降りるんだ」

「嫌よ。少し話を聞いただけだけど、事情はなんとなく分かったわ。このまま私の前から消える気でしょう。嫌よそんなの! どこまでも付いていくわ。貴方を愛している。貴方だってそうでしょう?」

「それは………、分かってくれ、俺には使命が……」

 どうやら込み入った話になりそうだった。
 ここにいるのが気まずくなった俺は、トイレに行きたいと訴えて倉庫から出た。
 すんなり一人にしてもらえたのは、ここが海の上で他に逃げ場がないからだろう。

 船は商船だと聞いていたが、大型の船で他にも部屋があり、船乗り達が忙しそうに動き回っている姿が見えた。
 甲板に出た俺は全方向に広がる大きな海を眺めてため息をついた。

 こんなことになってしまうなんて……。

 頭に思い浮かぶのは、アスランのことだけだ。
 きっと心配してくれて探し回っていると思うが、まさか海の上にいるなんて思いもよらないだろう。

 シモンの怪しさなんて話にも出さなかったし、ゲームの展開なんて知るわけがない。
 失踪したのは、俺とロティーナ、そして神官のシモン。
 当日荷を港に運んだということ分かれば辿り着くかもしれない。
 いや、シモンのことだ。
 怪しまれないように、巡礼とか修行だとかでしばらく留守にするなんて話を作って時間を稼いでいそうだ。
 となると、俺とロティーナが二人で逃避行なんてシナリオを勝手に作る連中もいそうで、その可能性も怖かった。

「ああ……どうしたらいいんだ……」

 儀式とやらに参加すればすぐに元に戻してもらえるのか。それとも、セインスの目を盗んで逃げるか。
 しかし危険な状況にロティーナを残していくことになるので、それもまた頭を悩ませた。

 どこまでも続く海。
 陸はどこにも見えなくて、自分が逃げ場のない状況にいるのだということが痛いほど見えてくる。

 甲板に手をついて崩れ落ちた。海風を頬に受けて涙がポロリとこぼれ落ちた。
 アスランに会いたくてたまらなかった。





 それから数日、航海は順調、というかなにも変わりなく、ただひたすら波に揺られながら海を進んでいた。
 やることといえば海を見るくらいで、それ以外は船室の狭いベッドに転がっていた。
 ロティーナとセインスの話し合いはどうも平行線で、お互い想い合っているが、セインスはやはり任務が優先でロティーナを何とか帰らせようとするばかりらしい。
 ロティーナも頑として譲らず、あちらも気まずい空気が流れていた。


 昼過ぎに食事を持ってきてくれたセインスに、儀式の詳細や、いつ戻れるのか具体的な話を聞くことにした。

「ここまで連れてこられたんだから、これまでの経緯や儀式がどういうものなのかちゃんと説明して欲しい。それに、すぐに帰してもらえるのかも」

 セインスは予想していた質問だったのだろう。ベッドに座る俺の前に椅子を出してきて、ドカリと腰掛けた。
 そして遠い目をしながら窓から海を眺めて話し始めた。


「シュネイル王国の王位は、王太子を決めずに実力で勝ち取ることが伝統だった。国王フィリップ三世は色狂いと呼ばれた王で、とにかくあちこちに手を出して子を作った。そのため、子供達は生まれた時から暗殺の危機にあり、まだ腹の中にいるうちに母親とともに殺された子もいる。エルシオン殿下は身分の低い母親から生まれたので、特に風当たりが強かった。次々と王の子が殺されるという事態に、王はとっくに狂っていて興味を示さず、生き抜くためには逃げるしかなかった」

 セインスの口から語られた話は、今まで俺が生きてきた帝国の平和な日常とは違い過ぎる過酷な話だった。まさに儚き薔薇は黒く染まるという、ミステリアスというかどこか仄暗いタイトルにぴったりの世界観に真剣に耳を傾けた。

「十八年前、当時八才だったエルシオン殿下は、第二王子が放った兵士達に追われていた。何度も暗殺や毒殺の危機にあったが、ついに直接的に兵を向かわされた。直属の騎士団は足止めされて、残った護衛は新人だった俺だけ。母君のエリカ様と、生まれたばかりの弟王子である第六王子とその乳母を連れて国内を逃げていた」

「第六王子も一緒だったんですか?」

「ああ、第六王子の母である方は、何とか隠れて王子を産んだが見つかってすぐに殺された。俺が王子だけ助け出したんだ。エリカ様は子に罪はないと仰って面倒を見ていた。だが、ついに魔の手はエリカ様と殿下の元にもやってきた。緊急用の脱出ルートとして国外に逃げられるように船を用意していた。どうにか近くまでたどり着いたが、あと少しのところで兵士の一団が追いついてきてしまった」

 ごくりと唾を飲み込んだ。
 母と逃げ続けた幼いエルシオン、希望が絶たれる状況に何を見たのかと考えてしまった。

「エリカ様は俺にエルシオン殿下を託した。殿下には必ず、王になるようにと伝えて、自分が囮となって時間を稼ぐことにした。近くの小屋に一人で入って早く行くようにとドアを閉めた。……殿下は泣いていた。何とか、船までたどり着いて沖へ出たところで、あの小屋が燃えているのがわずかに見えた。空へ登る煙を殿下は無言で見つめていた。次の日、殿下は聖力が開花して生死を彷徨ったが、何とか生き延びて帝国まで逃れることができた」

 胸が痛くなる話に思わず手を当ててしまった。
 何という殺伐とした世界で生きてきたのだろう。
 エルシオンは、アスランが開花で倒れた時、自らも子供の時に聖力が開花して、高熱に苦しんだという話をしてくれた。
 覚えていないと言って悲しげに笑っていたが、こんなこと忘れるはずがない。きっとずっと苦しんできたのだろうと想像できた。

「そもそもシュネイル人は人類の始祖とされていて、王の血を引くものは全員聖力を持って生まれてくる。エルシオン様は開花してすぐに使いこなせるほど、強い力を持っていた。洗脳の力を使い、上手いこと田舎貴族として入り込んで、あえて神官の道を行くことで自らの力を高め、反撃の機会を待つことになった」

 シュネイルの王族が特別な血を持つという話は初耳だが、エルシオンが帝国内で神官となった道については俺が想像した通りだった。
 そこでふと気になったものがあって、またその存在について触れることにした。

「その、第六王子はどうなったんですか? 一緒に行動はしないのですか……?」

 赤ちゃんの頃に帝国に来たのなら、セインスが面倒を見てきたはずだ。事情を話して、協力してもらう道もありそうだと思った。王位を奪還するなら、敵対するより協力関係であることは大事だからだ。

「……儀式には命運者と呼ばれる者を一人だけ連れていくことができる。エルシオン様は第六王子を命運者にするため、良い教育が受けられるように帝国内の貴族に育てさせることにした。俺に子育ては無理だからな。孤児院に託したが、帝国内では聖力持ちを意味する容姿だったから、必ず貴族の目に留まるだろうと考えた。その通り、貴族の目に留まり、ずいぶんと健康的に育って、今は立派に聖力も使えるようになったようだ」

「え……ちょっ、ちょっと待って、それって……」

 どうも覚えのある話すぎて、頭に顔が浮かんできてしまった。まず聖力がある人間などそう多くはない。そして、孤児であるということ、どう考えても、偶然かと思えないくらいの一致だ。
 もう、これは間違いなく………

「そうだ、お前が一番近くで見てきたからよく知っているだろう。アスランだよ。本来の名は、オースティン。彼がシュネイル国の六番目の王子だ」

 耳から聞こえてきた音が、実際に頭の中で線として繋がって火花が散ったように体が震えた。

 突然邸に連れてこられた少年アスラン。
 それはエルシオンによって作られた計画だった。
 ゲームのシナリオでは、エルシオンとともに消えてしまうアスラン。
 これがバッドエンドルートに直結する物語なのだと、ようやく白黒だったイメージに鮮やかな色が付いたような気がした。

 その後、繰り広げられるはずだった物語の入り口に今俺が立っている。
 なぜ、アスランではなく、俺を連れて来たのか。
 答えを教えてくれる者を求めて、視線を前に向けるしかなかった。




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