悪役令息はゾウの夢を見る

朝顔

文字の大きさ
上 下
35 / 63
第三章 入学編(十八歳)

9、悪役令息の恋

しおりを挟む
 いつからだろう。

 その人を特別な目で見ていたのは……。


 二人で桜の花が舞う校門をくぐった時。
 剣術の稽古の合間に、俺が差し入れしたパンを並んで食べた時。
 みんなで町へ遊びに行って、人混みでそっと手を繋いでくれた時。
 急に降り出した雨に、着ていた上着を脱いで頭からかけてくれた時。

 森で転んで泣いた俺を、おんぶして運んでくれた時。
 冷たい水の中に飛び込んで、救い出してくれた時。

 罵詈雑言の限りを尽くしても、話しかけてくれて嬉しいと言って笑った顔を見た時。


 いや違う。


 こんな気持ちは間違いだから、絶対考えてはいけない。
 そう思って蓋をして見ないふりを続けてきた。

 でも本当は………

「伯爵様より、エルフレイムの名を頂戴しました。今日より、アスラン・エルフレイムと名乗らさせていただきます。シリウス様、どうぞよろしくお願いいたします」

 執事の横から現れた、天使みたいな美しい少年。
 ひどくして、冷たくしないといけないと意気込んでいたのに、一瞬で体が痺れたみたいになって熱くなってしまった。

 心臓がドキドキして、溶けてしまうんじゃないかと思うくらいで………

 あの赤い瞳と目が合った瞬間、俺は………

 ああもう、認める。
 認めるしかない。

 本当は初めて会った時から、俺は……

 アスランに恋をしていた。










「シリウス? 聞いている?」

 考え込んでいてうわの空だった。
 学校へ向かうガタガタと揺れる馬車の中、どうやらアスランが話しかけてきてくれたらしいが反応できなかった。
 俺の気が抜けた様子に、対面に座るアスランは心配そうな顔をしていた。

「ごめん、ちょっと考えごと。今度のテストとかさ」

「出そうな範囲ならニールソンに聞けばいいのに、アイツなら喜んで答えまで全部教えてくれそう」

「ははっ、確かに……。アスランは? 何の話だったんだ?」

「今度の新歓イベントの話。……シリウス、オズワルド殿下とペアなんでしょう?」

 何の話だと一瞬抜けてしまったが、アスランが口にしたのは、ゲームに出てくるオズワルドとのラブイベントのことだった。

 新入生を歓迎するイベントで、上級生とペアになって学校内に設置された問題を解いて答えを探し出すという、謎解きゲーム大会みたいなものだ。

 ゲームの展開では、アスランが言った通り、シリウスはオズワルドとペアだった。
 しかし当日、アスランのペアの男が体調不良で不参加になり、オズワルドは三人で一緒に回ろうとアスランを誘ってしまう。
 怒ったシリウスは、イゼルを使って、アスランを物置小屋に閉じ込める。
 アスランは帰ったと言ってオズワルドと過ごそうとするシリウスだったが、不審に思ったオズワルドがアスランを捜索して物置小屋で発見。
 助けようとしたのに、誤って二人で閉じ込められてしまい、二人きりの時間を過ごして親密になる、という流れだった。


「……ペアか、ああ、勝手に決められたやつだから、仕方ない」

「でも、婚約が解消されたばかりなのに、ペアなんて……」

「前々から決まっていたんだろう。個人的な事情で変更するのはよくないし大丈夫だ」

 オズワルドとは会えば普通に挨拶して、少し話すくらいの関係にはなっていた。
 今回の解消の件は書類上で手続きが行われたので、ちゃんと直接話していないことに、少しだけ気まずい気持ちはあった。

「大丈夫って……、俺が心配なんだよ」

 アスランが少し潤んだ瞳で俺を見てきた。
 思わず心臓がドキッとして目を逸らしてしまった。

 自分の気持ちを理解してから、アスランと一緒にいると上手く対応できなくなってしまった。
 悪役令息の俺が、主人公を好きになる、なんてシナリオの崩壊もいいところだ。

 アスランは俺のことを少しでも好きでいてくれるのか。それとも、シナリオの影響でオズワルドに惹かれているのか、怖くて考えることができない。

 ただ一つ、冷静に考えて分かることは、オズワルドが俺を斬って死んでしまうラストは、おそらくなくなってしまった。
 もしあっても俺の剣なんてアスランは指で弾き飛ばしてしまうし、ここまで関係性ができてしまったのに、俺自身ももうそんなことはできない。

 俺の気持ちの問題や、度重なる失敗もあるが、それよりもっと前からどこで間違えたのか、概要本に載っていた設定とは明らかに変わってしまった。

 こうなれば後は、せめてハッピーエンドまで導くことが、俺に残された責任なのではないかと思う。

 主人公アスランをハッピーエンドに……

 それが俺の……



 気づいたら、スッと伸ばされたアスランの指が俺の頬に触れていた。
 アスランが俺のことを……
 そう考えたら心臓がドクンと揺れて、一気に顔が熱くなった。
 意識して過剰に反応してしまった俺は、アスランの指から逃れるように後ろに体を引いてしまった。
 明らかに避けてしまった行為に、車内には何とも言えない空気が流れた。

 やってしまった。
 いくらなんでも、あからさま過ぎる。
 これじゃ俺の気持ちなんてすぐにバレて……

「……シリウス、どうして俺避けるの? 最近ずっとだよね……」

「えっ、そんなことは……」

「あのキスをした時、からだよね……。そんなに嫌だった?」

「い……嫌なわけ……ない」

 嫌なはずがない。
 こんなのは練習だからと頭の中で抑え込んでいたが、嬉しくて嬉しくて、たまらなかった。
 唇から好きな気持ちが溢れてきて、簡単に俺の体は熱くなってしまった。

 だからこそ、自分の気持ちに気づいて、もう後戻りできないのだと思い知った。

「じゃあ、今したい」

「いっ……今!?」

「そうだよ。この中なら誰にも見られないから」

 アスランの真剣な瞳に押されるように、ごくりと唾を飲み込んだ。

 分からない。
 分からないんだ。

 前世だって、恋愛らしい恋愛をほとんどしてきた記憶がない。
 仲のいい友人すらいなかった。

 初めてちゃんと好きだという気持ちが芽生えたら、相手のことがますます、分からなくなってしまった。

 期待という大きな眼鏡をかけているみたいだ。
 俺のことを好きだったらいい。
 そういう目でしか見れないから、アスランが何を見て何を考えているのか、自分の願うものと違ったらどうしようという気持ちで、ますます曇っていく……。

 目を開けていても何も見えない。
 だったら目をつぶっても一緒だ。

 それでアスランとキスができるなら……
 不安も期待も、何も考えられなくなるくらいのキスを……



 いつも通り、端の方で小さくなっていた俺は、アスランの膝に移動してお尻を下ろした。
 心臓が馬車の揺れより激しく揺れていた。

「……これから学校だけど」

「大丈夫、着くまでだから」

「んっ………」

 俺を背中ごと引き寄せたアスランは、ベッドでした時みたいに、優しく唇を重ねてきた。

 ゆっくりと重なって離れて、そんな繰り返しがあった。
 まるでお互い探るようなキス。
 何度かあって唇が離れた時、アスランと目が合った。

 初めて会った時みたいに、綺麗で、吸い込まれそうな色に、身体中の血が激っていくのを感じた。

 欲しい

 アスランが欲しい

 誰にも渡したくない


「アスラン……」

 俺はアスランの首に手を回して深く口付けた。
 俺の……俺のアスラン。

 ゾウの神様。
 許して。

 ゲームのお話を壊してしまってごめんなさい。
 今だけ、少しの間だけでいい。

 悪役の俺がこんなこと、許されないと思うけど。
 アスランの幸せのために、俺はどうなってもいいから……

「んっ……ふっ……はぁぁ……っっ、んっ……ぁぁ」

 舌を絡ませてお互い唇を吸い合うと、じゅるじゅるという水音と、空気が漏れる音がしていっそう興奮してしまう。
 どんどん気持ち良くなって、声が抑えられないし、アスランのシャツをカリカリと爪でかくようにして、大き過ぎる快感に身を捩らせていた。

「ははっ、シリウス、猫みたい」

「だっ……て、んんっ……もち……い……」

 ペロペロと舌を出してアスランの口を舐めた。
 俺が気持ちいいと思うくらい、アスランにも気持ちよくなって欲しい。
 そんな俺の舌をアスランはぱかっと大きな口を開けて、丸ごと口の中に入れてしまう。
 まるで食べられているみたいで、下半身がカッと熱が集中した。

「アスラン………す……き」

「えっ…………」

 しまった。
 気持ちが昂り過ぎて、思わず本音が漏れてしまった。
 こんなところで、俺に突然告白されたら、アスランは戸惑ってしまうだろう。

「あっ……キス、キスが……好きなんだっ、気持ちいいの……好き」

 慌てて絞り出したのは、自分でもそれはどうかという言い訳だった。
 そんな俺のことを見て、アスランはクスッと笑ってまたペロリと唇を舐めてきた。

「気持ちいいのが好きなシリウス、えっちで可愛い。もっと気持ちいいことしたい?」

 妖しく細められたアスランの瞳にうっとりとして魅入られてしまった。口元についた唾液を指で拭われた俺は、こくこくと頭を上下に振って頷いた。







 □□□
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

買われた悪役令息は攻略対象に異常なくらい愛でられてます

瑳来
BL
元は純日本人の俺は不慮な事故にあい死んでしまった。そんな俺の第2の人生は死ぬ前に姉がやっていた乙女ゲームの悪役令息だった。悪役令息の役割を全うしていた俺はついに天罰がくらい捕らえられて人身売買のオークションに出品されていた。 そこで俺を落札したのは俺を破滅へと追い込んだ王家の第1王子でありゲームの攻略対象だった。 そんな落ちぶれた俺と俺を買った何考えてるかわかんない王子との生活がはじまった。

大好きな乙女ゲームの世界に転生したぞ!……ってあれ?俺、モブキャラなのに随分シナリオに絡んでませんか!?

あるのーる
BL
普通のサラリーマンである俺、宮内嘉音はある日事件に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 しかし次に目を開けた時、広がっていたのは中世ファンタジー風の風景だった。前世とは似ても似つかない風貌の10歳の侯爵令息、カノン・アルベントとして生活していく中、俺はあることに気が付いてしまう。どうやら俺は「きっと未来は素晴らしく煌めく」、通称「きみすき」という好きだった乙女ゲームの世界に転生しているようだった。 ……となれば、俺のやりたいことはただ一つ。シナリオの途中で死んでしまう運命である俺の推しキャラ(モブ)をなんとしてでも生存させたい。 学園に入学するため勉強をしたり、熱心に魔法の訓練をしたり。我が家に降りかかる災いを避けたり辺境伯令息と婚約したり、と慌ただしく日々を過ごした俺は、15になりようやくゲームの舞台である王立学園に入学することができた。 ……って、俺の推しモブがいないんだが? それに、なんでか主人公と一緒にイベントに巻き込まれてるんだが!? 由緒正しきモブである俺の運命、どうなっちゃうんだ!? ・・・・・ 乙女ゲームに転生した男が攻略対象及びその周辺とわちゃわちゃしながら学園生活を送る話です。主人公が攻めで、学園卒業まではキスまでです。 始めに死ネタ、ちょくちょく虐待などの描写は入るものの相手が出てきた後は基本ゆるい愛され系みたいな感じになるはずです。

転生したら、ラスボス様が俺の婚約者だった!!

ミクリ21
BL
前世で、プレイしたことのあるRPGによく似た世界に転生したジオルド。 ゲームだったとしたら、ジオルドは所謂モブである。 ジオルドの婚約者は、このゲームのラスボスのシルビアだ。 笑顔で迫るヤンデレラスボスに、いろんな意味でドキドキしているよ。 「ジオルド、浮気したら………相手を拷問してから殺しちゃうぞ☆」

BLゲーの悪役に転生したら予想外の展開でした。

たら
BL
はぁぁん??意味わからない。 【主人公】 前世→腐男子くん 前世は普通に平凡なオタクの腐男子。 周りには萌え系が好きと言っているが腐男子の事は墓場まで秘密にしている。 何故かめちゃくちゃハマってたBLゲームの大嫌いな悪役キャラに転生しててショック。 死んだ訳では無いのに意味わからん状態。 西園寺光輝 (さいおんじ こうき)悪役 超大金持ち西園寺財閥、西園寺家の御曹司。 我儘で俺様でありながら何でも完璧にこなす天才。 そのカリスマ性に憧れて取り巻きが沢山居る。 容姿は美しく髪は濡羽色で瞳は宝石のアメトリン。 ヒロインが攻略キャラ達と仲が良いのが気に食わなくて上手こと裏で虐めていた。 最終的には攻略キャラと攻略キャラ達に卒業パーティーで断罪されて学園を追放される。 ついでに西園寺財閥も悪事を暴かれて倒産した。 【君と僕とのLove学園】(君ラブ) ストーリーとキャラデザ&設定が神すぎる上にボイスキャストも豪華でかなり話題になった大人気BLゲーム。 〜あらすじ〜 可愛い容姿をした超貧乏学生のヒロイン( ♂)がひょんな事から、道端で周りの人間に見て見ぬふりをされて心臓発作で蹲ってたLove学園の学園長を助けてお礼はいらないと言って立ち去った。 優しいヒロインの事が気になり勝手に調査したが、貧乏すぎて高校に行ってない事が分かり編入させるという形で恩返しをした。 そこから攻略キャラ達とラブストーリーが始まる!!

僕はただの妖精だから執着しないで

ふわりんしず。
BL
BLゲームの世界に迷い込んだ桜 役割は…ストーリーにもあまり出てこないただの妖精。主人公、攻略対象者の恋をこっそり応援するはずが…気付いたら皆に執着されてました。 お願いそっとしてて下さい。 ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎ 多分短編予定

腐男子ですが、お気に入りのBL小説に転移してしまいました

くるむ
BL
芹沢真紀(せりざわまさき)は、大の読書好き(ただし読むのはBLのみ)。 特にお気に入りなのは、『男なのに彼氏が出来ました』だ。 毎日毎日それを舐めるように読み、そして必ず寝る前には自分もその小説の中に入り込み妄想を繰り広げるのが日課だった。 そんなある日、朝目覚めたら世界は一変していて……。 無自覚な腐男子が、小説内一番のイケてる男子に溺愛されるお話し♡

【完結】前世は魔王の妻でしたが転生したら人間の王子になったので元旦那と戦います

ほしふり
BL
ーーーーー魔王の妻、常闇の魔女リアーネは死んだ。 それから五百年の時を経てリアーネの魂は転生したものの、生まれた場所は人間の王国であり、第三王子リグレットは忌み子として恐れられていた。 王族とは思えない隠遁生活を送る中、前世の夫である魔王ベルグラに関して不穏な噂を耳にする。 いったいこの五百年の間、元夫に何があったのだろうか…?

処理中です...