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⑩ 焦げるようなキス。

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「乾杯ーー!」

 金曜日の夜、駅前の商業施設に入った居酒屋に、学園の職員や一部の職員の家族が集合して貸切で納涼会が開催された。

 理事長の挨拶と乾杯の言葉で始まったら、後はそれぞれ好きに飲んで自由解散というのが毎年の流れだった。

 席は事前に名札を載せて置いたので、そこに座ってもらうことになっていて、だいたい学年別にテーブルを分けていた。
 香坂は幹事として各テーブルを回って飲み物の注文の状況を確認して、コース料理の説明などに回って歩いた。
 それが一段落する頃に、やっと自分の席に戻ることができた。
 一番端の4人掛けのテーブルで隣は酒井、目の前に納見、納見の隣は酒井と仲の良い新任の先生に座ってもらった。
 酒井の許可を得て、納見にも事情を話しておいたので、もし丸川が突入して来ても全員でフォローできるようにしていた。
 丸川は離れたテーブルにして、周りをベテランの先生や教頭で固めたので、今のところそっちの対応で忙しくしている。

 一安心しながらテーブルに向かうと、女性陣の華やかな笑い声が聞こえて来て、すっかり盛り上がっている様子だった。

「あ、香坂先生、お帰りなさい。聞きましたよー、納見先生の服は香坂先生が選んだんですね。すごい印象が変わったって話をしていたんですぅ」

 女性二人のテーブルに納見を残してしまったと心配していたが、すっかり打ち解けた空気になっていて香坂はホッとした。
 同時に納見のことを悪く言っていたのに、コロっと態度が変わって親しげに話しかけている酒井に少し複雑な気持ちになった。

「納見先生にはお世話になっているので、そのお礼です。生徒にも好評みたいで良かったです」

 香坂が微笑みながら瓶ビールを納見のグラスに注ぐと、納見は少し頬を染めながらありがとうございますと言って微笑んだ。

「嘘……納見先生が笑った……」
「えー、びっくり、お二人って本当に仲が良いんですね!」

 女性二人が同時に驚いた声を上げたので、そういえば納見の笑顔はごく自然に見ているが、ちゃんと知り合う前は見たことがなかったなと思い出した。

「ええ、とっても仲良しなんです。ね、納見先生」

「あっ……は、はい。すごくお世話になっています」

 つい悪戯心が湧いて、馴れ馴れしい態度をとってみたら、納見はもっと照れたような顔で赤くなった。
 二人の間に親密な空気が流れて、女性二人は不思議そうな顔になった。
 ごまかすように笑った後、しばらく仕事の話ををしながらお酒と食事を堪能した。

 自由解散なのでぱらぱらと人が帰り始めた頃、ハッと息を呑んだ酒井が、ぐっとビールを飲み干した後、急に距離を詰めて香坂の腕に体を付けてきた。

「香坂先生って、生徒からも人気がありますよね。Normalから見るとDomの人ってすごく魅力的に見えるんですよ」

 急にどうしたのかと酒井に視線を送ると、酒井は目線を別の場所に送ってアピールしてきた。
 目線の先は丸川のいるテーブルで、丸川がじっとこちらを見ているのが分かって、どういうことなのか何となく状況を理解した。

 おそらくしつこい丸川に、自分が好きな人は香坂だと印象付けたいのだろう。それで諦めて欲しいということかと、香坂は完全に巻き込まれているのが分かった。しかし丸川から睨まれている状況で、今さら嫌ですとも言えなくて、仕方なくここは演技をして合わせることにした。

「そうですか? そんな風に思ってくれると嬉しいですね」

「えー、香坂先生から見て、私ってどうですか?」

「元気で明るくて可愛いし、魅力的に見えます」

「本当ですかぁ、嬉しーー!」

 酔ったフリなのか、テンションが上がった様子で酒井が腕に絡みついて来た。
 丸川がどんな目で見ているのか怖くなったが、ふと目線を前に向けると、納見が満面の笑みでこちらを見ていたのでなぜだか背中がゾクっとしてしまった。

(え……、陽太が笑ってる。しかも……めちゃくちゃ笑顔……なぜ……?)

 納見には酒井がしつこく丸川に迫られているので、飲み会では近いところに座ってもらうからと伝えていた。何かあったら、周りでフォローしましょうとも。
 目の前でくっ付かれるのはいい気分はしないはずだが、演技はフォローの内に入っていることは分かってくれていると思っていた。

(でも……なんで笑って……いや、あれは……怒っているんだ)

 怖いくらいの笑顔の納見だったが、目が合うとビリビリと痺れるほどの強さを感じた。
 思わず床にペタンと座り込みたくなる衝動に駆られて、これはヤバいと思って香坂はガタンと椅子を鳴らして立ち上がった。

「ちょ……ちょっと、トイレに……」

 香坂は納見の側を通り過ぎる瞬間にチラリと視線を送ってからトイレに向かった。
 歩いている間も汗が出て来て、息が上がって心臓が震えている気がした。

 トイレは居酒屋内にはなくて、一度外へ出て施設内の大きなトイレを使うことになっている。
 トイレ内に人はいなかったので、そのまま奥にある個室に入ろうとした瞬間に後ろに気配を感じて背中を押された。

 カチャリと個室のドアの鍵を掛ける音が聞こえて、香坂はやっと息を吐いた。
 背中から聞こえる息の音と匂いで、誰だかはすでに分かっていた。

「陽太、さっきヤバかったよ。Glareグレアに入りそうだっただろう」

「……ごめん、合わせているんだと思っても、仁がベタベタ触られていたら我慢できなくて」

 ガバッと後ろから抱きしめられて、耳元から消え入りそうな声がした。
 グレアは、Domが怒りを感じた時に放つ威圧感、オーラみたいなもので、 Subがまともにくらうと恐怖で動けなくなってしまう。
 強いDomだと、Normalにも影響を与えると言われている。
 Domとしてほとんど欲を感じることなく生きてきたという納見は、感情のコントロールが難しいのかもしれない。

 くるりと体の向きを変えて納見を覗き込むと、シュンとした悲しそうな顔をしていた。
 あんなところで感情的になってしまったことにショックを受けているのかもしれない。

 香坂は納見の頬に両手で触れて、顔を近づけて唇にチュッと軽くキスをした。
 納見は驚いたのか肩がピクッと揺れた。

「謝らないで。ちょっとビックリしただけだけ。こっちこそゴメン。席を変えるだけだと思っていたのに、こんなに巻き込まれるなんて思わなかった。目の前でヤダよね、あんなの……」

「仁……、俺の……俺の仁なのに……」

「うん……大丈夫、俺が好きなのは陽太だよ」

 Domというのは人一倍独占欲が強い。
 そもそもDomとSubの関係は精神的な繋がりが強いので、それが脅かされると不安定になってしまう。
 独占欲はDom性の強弱でも変わるらしいが、納見はあっさりしていそうで、時々とんでもない欲を見せる時がある。
 この前もデートの時に、香坂が一人でいると通りがかりの人に道を聞かれた。
 普通に答えていたが、割って入ってきた納見が本能的なのか自分のSubを守ろうとグレアを放ったので周囲の人が震え上がるという状態になった。

 その時も慌ててその場を離れて抱きしめてことなきを得たが、これで本当にDom性が弱いのかと不思議に思ってしまう。
 今も不安な状態になっている納見を落ち着かせよと、ぎゅっと抱きしめてキスをした。

「……んっ、……ふっ……ぁ………んんっ」

 軽く触れるだけのキスからだんだん激しいものになって、やはりどこか感情的になっている納見は、香坂を壁に押し付けて唇を噛みつくように奪ってきた。
 強引なDomは嫌いだったくせに納見の激しさは嘘のように香坂を興奮させてしまう。
 壁に押し付けられた痛みにすら感じてしまい、ハァハァと息を漏らしてしまった。

「ぁ……あっ、……あっ、陽太ぁ……好き……好きだよ」

「仁……俺の……仁、俺だけの……愛してる、仁」

 キスをしながらお互いのものを押し付けあっていたら、すぐに形が分かるくらい興奮に硬くなってしまった。
 服を着たままガシガシと擦り合っているのも気持ちいいが、直に触れ合いたくて香坂は納見のズボンのチャックを下ろした。
 納見もまた、香坂のモノを取り出して、勃ち上がった欲望同士を直に擦り合わせた。

「はぁぁ……気持ちい……、こんなところでダメなのに……」

「仁……、感じている顔、可愛い……。食べてしまいたい」

「んっ……もっと、カリのとこ……擦って……そこっ、すき………あああっ」

「ここ? あっ、ちょっと出たね。気持ちいいとすぐに漏らしちゃう仁のここも可愛い」

 だらだらと涎をこぼしながら快感に震えて、もっと奥まで欲しくて納見の首に手を回したところでガチャリと音がして誰かが入ってきた気配がした。
 さすがにマズイと思って離れようとしたが、納見は攻める手を緩めない。
 お互いの竿を重ねて掴んで、ゴシゴシと激しく擦り出してしまった。

「ん゛ーーーーんんっ」

 香坂は強烈な快感に口に手を当てて何とか声を抑えた。何をしているのか、不審に思われてドアをノックされたらどうしようかと、そんな緊張もまた快感に変わってしまい、頭が熱くて沸騰しそうだった。

 納見はここぞとばかりに、腰をガンガン揺らしながら、擦り付けてくるので、奥まで突き上げられているような快感に、香坂は息を漏らしながら必死に堪えたがイキそうになってしまった。

「だめ、ようた……まって、まって、イッちゃ……声でちゃ……」

 納見の耳に口を寄せて、小声で必死に伝えたが、クスリと笑った納見は、CumイってとCommandで射精を促してきた。
 それを言われたらもうたまらない。意識はトロンと溶けて、手を離して納見に抱きついた。

「あ、あっ、あっッッ、イクっ、イク、あああっっ!!」

 どぴゅっと放った精は納見の手で受け止められた。同じく詰めた声を上げて納見も達したようで、それもまた手の中で受け止めたようだ。

 ぼんやりと納見にしがみついていたが、捉えきれなかった白濁がポタポタと床に落ちる音が聞こえて、ハッとした香坂は今ごろになって慌てて口に手を当てた。

「大丈夫、さっきの人はもう出て行った音がしたよ」

「ううっ……陽太ぁ、だめって言ったのに……」

「ごめんごめん、あんまり可愛いから、我慢できなかった」

 二人の残滓が混ざり合って、個室には雄の匂いが漂っていた。
 尻の奥を突いてくる濃厚な香りに、ここにいたらまたムラついてしまいそうになった。
 香坂は早く戻ろうと言って慌てて服を直した。
 時間差で行こうと話し合って、香坂が先に戻ることになった。





「香坂先生、遅いですよ。何してたんですか?」

 先に戻ると案の定、酒井がぷりぷりと怒っていたので、しれっと電話していたと嘘をついて席に着いた。

「向こうも落ち着いたみたいで、さっきからすごいこっちを見られていて、絶対移動して来ようとしてます!」

「そうですか。もしこちらに来たら一度、私から話をしてみましょうか。その方が早いかもしれません」

「香坂先生……」

 香坂は気は進まないが、この際当人同士ではなく、第三者が入って話し合う方がいいかもしれないと思い始めた。

(まったく災難だ。幹事でなかったら、こんなゴタゴタに巻き込まれることはなかったのに)

 思い始めていたところで本当に丸川が席を立ってこちらに歩いて来てしまい、ちょうどまだ戻ってきていなかった納見の席に腰を下ろしてしまった。

「酒井先生、飲んでますか? おかしいですよね、同じ体育教師なのに、テーブルが分かれているなんて、お陰でろくに会話ができなくて残念ですよ」

 いきなり香坂を睨みつけながら牽制してきたので、これは完全に敵視されているなと気がついてしまった。
 酒井はそうですねと言いながら、ますます香坂に体を寄せて来た。

「ゴホンっ、丸川先生。少し、私からいいですか? 実は酒井先生から相談を受けていまして、丸川先生から特別親しくしたいと言われて戸惑っていると。関係のない人間が口を挟むのはどうかと思うのですが、彼女はまだ新人なのですから、もう少し慎重にされた方がよろしいかと思うのですが……」

「香坂先生、さすが人気者の先生は高潔でいらっしゃる。女性が困っていたら、助けないと気が済まないということですか? それとも、酒井先生にアタックされて満更でもないということですか?」

「ええと……それはですね、なりゆきと言いますか、乗りかかった船のような……」

「丸川先生! 丸川先生と違って、香坂先生は優しいので、私を助けてくれているんです! もういい加減、諦めてくれませんか?」

 香坂の頼りない返答に被せるように、酒井が声を上げた。刺激しないように言葉を選んでいたが、酒井の強い口調に丸川が完全に苛立った顔になったのが分かった。
 そんなに飲んでいないように見えたが、見た目以上に酔っていたのかもしれない。
 目が尋常じゃないくらい血走っていた。

 飲み会はそろそろ終盤になっていて、チラホラ先に帰る人も出ていたが、それで静かになったところで騒いだので余計に目立ってしまった。気がついたら残っている人達の注目を浴びていた。
 困ったことに、校長含め、ベテランの先生方といった上の人達が全員帰っていたので、上手く止めてくれそうな人が残っていない。
 自分で話を振ったが、香坂はマズいなという空気を感じ始めた。

「あの、とりあえずここはお酒も入ってますし、後日、腰を据えてお話をしませんか?」

「ああ? いい加減にしろよ! 女からモテていい気になって! Domだかなんだか知らねーが、前から気に入らなかったんだよ!」

「私の行動が気分を害されていたら申し訳ございません。ただ今はお酒のせいで感情的になっていますから、いったん落ち着いて、ちゃんと話を……」

「うるさい! 馬鹿にしやがって! 俺は今までお前みたいなヤツに散々ナメられてきたんだよ。一度殴らないと気が済まない!」

「うわっ、ちょっ……」

 話しながら感情的になるタイプの丸川は完全にブチギレていて、立ち上がって身を乗り出して、香坂の胸ぐらを掴んできた。
 さすがの体育教師の腕力は凄くて、香坂がやめてくださいと抵抗してもビクともしなかった。

 自分が一発殴られて丸川が冷静になるならそれでもいいかと力を緩めたところで、ゾクゾクと背中に寒気を感じた。
 それは丸川も同じだったようで、振り上げた拳がぶるぶると震えるほど痙攣しているのが分かった。

(急に、どうしたんだ? えっ……まさか……)

 香坂は丸川を宥めることに精一杯で完全に納見のことが頭になかった。

 胸ぐらを掴まれている状態で丸川の肩越しに、こちらに向かってくる納見の姿が見えて体が硬直してしまった。
 納見の目は森にいる野生動物のように鋭く光っていた。剥き出しの歯が鋭く尖って見えて、怒りが頂点に達しているのだと分かった。

 それは確か、Defense(ディフェンス)と呼ばれる、Domが自分のSubに危険が及んだ時に、本能的に攻撃性が増してグレアを周囲に撒き散らす行為。
 Dom性が強いものしかできないと言われていて、どんな状態になるのかなんて想像もできなかった。

 ドォォンという空気が震える音がして、胸ぐらを掴んでいた丸川の力が抜けて、バタンと後ろに倒れてしまった。

 丸川だけではなく、次々と周囲の者達がバタバタと意識を失って倒れていき、走って来た納見に抱き止められた香坂もそこで意識を失った。





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