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終章 モブのエンディング

②主人公の目的。

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 ¨ペア¨

 ゲームの世界で主人公だけが持つ、特殊な能力。主人公自身はそれを幸運の能力と呼んでいる。
 なぜならこの力があったおかげで、平民の暮らしから離れることができたからだ。

 主人公アピスの生い立ちはこうだ。
 生まれてからずっと、母と二人路地裏で寝泊まりしながら暮らしてきた。
 アピスはメイドだった母と、フローラ伯爵の子ではあったが、当時は家督争いが盛んで、子を宿して命の危機を感じた母親が伯爵家を逃げ出したのだ。

 母は体を売り、アピスを育てた。
 しかし、無理がたたって母は亡くなってしまう。一人残されたアピスは物乞いをやりながら生きていたが、飢えて倒れているところをパン屋の主人に助けられる。
 汚れていてもその明らかに他とは違う容姿を見込まれて、パン屋の従業員として住み込みで働くことになる。
 お金が欲しい、飢えない暮らしがしたい。
 辛い境遇を経て、アピスは生きること、贅沢な暮らしをすることに貪欲になっていた。

 その上昇志向の強さは傲慢な態度に表れて、時に周囲との軋轢を生んだ。
 パン屋にはアピス目当ての客が殺到して、他の従業員は必要ないと解雇になった。
 パン屋の主人もアピスにのめり込んで、主人の妻だった人は呆れて出て行ってしまった。

 アピスはもちろん自分がパン屋の従業員で終わるわけがないと思っていたが、主人からの執拗なセクハラに耐えかねていたところに、噂を聞いた伯爵家からの使いがやってきた。

 フローラ伯爵家はかつて力を持つ者がいた家系で、そういった家系は後にペアが生まれるとされている。
 ペアとは圧倒的な美を誇る、神にも愛されると言われる容姿が特徴で、ペアが持つ能力とは、オーディンの力を持った者に触れると、力を吸い取る事ができるというものだ。
 そして力を吸い取ると容姿は輝きを増して、吸い続けると一生容姿は衰えることなく、美しい見た目のまま生きられるという設定だ。

 なぜ力を持つ者と対にされるかというと、力を持つ者が恐れるのは暴走状態なのだが、実はその暴走状態こそが一番真の力を発揮することができる。

 つまり、ペアがいれば、ブラッドソードを出した時の時間的制約がなくなる。暴走状態を作り出すことができて、なおかつ自我が失われない程度に力をコントロールできる。
 二人が揃うことで、一族も国も大きく繁栄すると言われているまさに運命の相手なのだ。

 そう、ゲームでは三人の兄弟と出会い、それぞれと親交を深める。
 全員の好感度が上がったところで、誰ルートに進むか選択が行われる。
 そりゃ揉めるよなって設定になっている。

 ペアであることは実はすでにフローラ家に引き取られた後に、教会で判定済みである。
 ただ、まだ貴族になって日も浅く、騒がれたくないという理由で非公表にしている。
 と言ってもバレバレなのだが、そこはまあ、そんなフワッとした感じでいいのだ。

 ゲーム開始時点、主人公には学院に来た目的が二つある。
 一つはフローラ家の野望である、ラギアゾフ家の滅亡。もう一つは自身の成り上がり願望として、国の頂点である皇族の一員なること。

 ゲーム冒頭では、うきうき頑張ろう! なんて可愛い見た目で可愛らしいことを言っているが、主人公はラギアゾフ兄弟を利用して消し去る目的のために攻略を開始するのだ。
 殺伐とした世界にぴったりの可愛い見た目で破壊的思想を持ったはちゃめちゃ主人公を目指した結果、そこに行き着いてしまった。

 結局は兄弟達と過ごし、偽装なのだが一緒に戦ううちに、本当の愛が芽生えて、心を入れ替えて愛を貫く、というストーリーとなっていた。

 しかしゲームの展開はバッドエンドの連続で主人公にとっては過酷な環境。
 彼がどういう選択をするのか、まずは見守ろうと心に決めた。









「問題ないな。印がしっかりと付いている。大きさも変わってきた。これは、いい傾向だな」

「え!? おっ…大きさがですか?」

 診てもらうために下げていたズボンを直しながら、それはちょっと聞き捨てならないと俺はすぐに聞き返した。

 俺の問いかけにファビアン先生は紙に何やら記入しながら、そうだと答えた。

 恒例のお尻に力をもらう治療は継続していたが、保健室のベッドを利用しての治療はなくなり、お尻の経過だけ診てもらっていた。
 必要ならば、ラギアゾフ邸で行った方が二人には都合がいいだろうという、ファビアン先生からの提案だった。

 と、いうわけで俺だけ通っているが、印が大きくなるのはあまり嬉しくなかった。

「でかでかと尻いっぱいに印が付いていたら、さすがに恥ずかしいというか……」

「そこまで大きくなるか知らんが、色は濃くなっているし、親指くらいにはなったな。仕方がないだろう、特別な繋がりができたら、印の状態も変わる」

「特別なって……いや、その……」

「お前達、ヤってんだろう」

「ちょっ…直球」

 ファビアン先生によると、そういう行為の最中は無意識に力が漏れてしまうらしく、アレがアレをして中にアレになると、濃い力が一緒に送り込まれるらしい……。
 聞いていて顔から火が出そうになる話だった。

「俺としては過程が変わったから願ったり叶ったりの状況だ。これで、より深く研究できる。喧嘩せずにそのままほどほどに仲良ししてくれ」

「は…はあ」

「そうだ、あの新入生のことだが……」

 何気なくファビアン先生の口からその言葉が出てきたら、すぐに誰のことだか察した。
 当たり前だ。
 彼が入学してひと月。
 みんなの話題から彼のことが消えることなど一日もない。
 今日は何をしていたとか、知りたくなくても耳に入ってきてしまうほどだ。

「イグニスや、兄弟達にやけに付きまとっているらしいな」

「…………そうですね」

「詳しくは分からないが、あの容姿だ。おそらくペアだな。力を持つ者を求めるのは本能的なものだろう」

 陸の孤島みたいな場所にいるファビアン先生の耳にも入るくらい近頃のアピスの動きは活発だった。

 三年の教室と二年の教室を行ったり来たりして、用もないのに顔を出して兄弟達に話しかけている。
 ゲームの中ではどこに行こう選択で、廊下や中庭、噴水広場、講堂、図書館などで、兄弟達と会う日常イベントがあるが、その通りにどこへ行ってもアピスが現れる。
 彼の本来の居場所である一年の教室にいついるのかと不思議になるくらいだ。

 イグニスが俺といてもお構いなしに話しかけて来るので、イグニスが一人の時などもっと積極的なのだろう。
 彼は俺のことを完全なモブだと認識していて、存在すら見えていないようだった。

「なんだ、お前のことだから、あんな美少年がうろついていたら、うじうじ悩んでいるかと思ったのに、意外と平気そうだな」

「そ…そりゃ…最初は悩みましたけど、イグニスを信じていますから」

「おーおー、仲良いことで。それなら良かった。だが、お前達が恋人だということは知れ渡っているから、一波乱ありそうだぞ。火の粉をかぶらないように気をつけろよ」

 三人とそれぞれ話して回るのはまだゲームの序盤で、この辺りは特に大きな事件などもなかったと思う。
 ファビアン先生から言われるとゾクっとしてしまうが、忠告はありがたく頂戴して、分かりましたと言っておいた。


 ゲーム内では三人とも、学院内でアピスと会うと長く会話をしてお互いを知り合うような時間があった。
 いわゆる会話選択で好感度を上げていくシステムだ。
 今のところディセルは争いの火種になる予感を察知したのか、上手いことアピスから逃げて過ごしている。
 イグニスも同じく、極力関わらないようにしていた。
 ノーベンだけはウェルカムで、アピスが近づいて来るとペラペラとよく話をしている。
 ノーベンのマシンガントークにアピスの方が引いている時もあるので、仲がいいかと言われると微妙だ。
 ノーベンはまるで観察しているかのように見えるので、何を考えているのか分からなかった。


 全員の好感度を一定量上げられずにいると、お友達エンドになる。家からの命令と自分の目的が果たせないという彼にとってはバッドエンドなのだが、何も事件の起こらない無難なエンドがある。
 そこに落ち着いてくれたら俺にとっては一番助かるエンドだ。
 ペアであることを公表すれば、国からの支援も受けられるので、彼にとっても後の人生は悪いものにはならないはずだ。


 そう考えていたが、やはりそれは俺だけの願望にすぎなかった。


 嵐はついに俺(モブ)の存在に気づいたらしい。

 保健室から出て荷物が置いてある教室に戻ろうとして歩いていたら、ピタピタとついて来るような足音が聞こえて俺は足を止めた。

 振り返ると俺の後ろには、今日も寸分の狂いもなく完璧な可愛さと美しさで輝いてるゲームの主人公、アピスが立っていた。
 口元には誰もが目を奪われて息を呑むような、可愛らしい微笑が浮かんでいた。

 ついに、アピスが俺に接触してきた。





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