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第三章 どきどきイベント編

②森の中でラブハント。

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「絶対違う……こんなの……絶対おかしい!」

 馬車に乗ってからも、俺が何度も同じことを言うので、両親はうんざりした顔で俺を見てきた。

「いい加減にしなさい。いつまでもグチグチと……、これが正式な見合いの格好だと何度も言っているだろう」

 目一杯眉間に皺を寄せて父親が怖い顔をしているが、そんなものに震え上がっているような場合ではない。
 窓から逃げ出そうとしたところを使用人達に止められて、ほぼ強制で着せられたのだ。

「エイプリル家は、ウサギで決まっているんだ。俺も母さんと見合いの時は同じ格好をした」

「う…嘘だ! 騙しているだろう! 信じられないーー!」

「本当よ。お父さんは似合わなかったけど、テラはバッチリ着こなしているわ。とっても可愛いわよ」

 二人して俺を騙しているのかと睨みつけたが、当たり前だという顔で返された。
 それによく考えたら、これも後を託されたモフモフ制作メンバーが考えそうなことだ。
 確実にその影響が入り込んでいる気がしてきた。

「う…ウサギ……」

「そうよ。ウサギ」

 両親揃ってにっこりと微笑んできて、ゾッとしてしまった。

 両親の説明によると、この世界のお見合いというやつは、なぜか動物の担当を決めるらしい。
 別にそれになりきれってワケではなく、格好だけの話らしいのだが、オオカミ、クマ、キツネ、ウサギ、リス、この五種類から好きな動物を選ぶらしい。

 それぞれの家が伝統的にそのどれかを選んでいるというから、最初に聞いた時は、両親はどうかしてしまったとショックを受けた。

 本気でこのお遊びをやらせるつもりらしく、俺に用意された服は白をベースとしたスーツに薄ピンク色のベスト、ピンクの水玉蝶ネクタイ。そして絶句したのが、ふわふわの垂れたウサ耳飾りに、ズボンの後ろにはしっかりと丸いふわふわの尻尾が縫い付けられてあった。

「も……消えたい……」

「恥ずかしがらないで、相手の方もちゃんも伝統に則った格好をされているから」

 母に明るくそんなことを言われたが、そういう問題ではない。
 たぶん、ノーベン辺りがこの格好をしたら、よく似合っていると周りは絶賛するだろう。
 しかし俺みたいな微妙な小男がこんなコスプレみたいなのをしたら失笑ものだ。
 ラインナップがふわふわしてそうな動物ばかりでうんざりする。せめて、亀とかがあればなりきる自信があった。ずっと甲羅の中に収まっているつもりだが。

「ほら、着いたわよ。テラは初めて来たんじゃない?」

「え? こ…ここは……」

 窓の外を見ている場合ではなかったので、全く気付かなかったが、外には驚きの光景が広がっていた。

 ラギアゾフ家も規格外にでかい屋敷だが、そんなレベルではなかった。
 白亜の大宮殿、それがピッタリと当てはまるようなボーナスステージみたいな場所が出現した。
 建物に入る前に細長い道がずっと続いていて、その一番奥に見える場所がまるでお城のようだった。

「すっ…すげー、王様とか住んでそう」

「ゴホンっ、テラ、住んでそうではなく、住んでいらっしゃるんだ。ここは皇宮、皇帝陛下が住んでおられる」

「ゔえ!! ま…マジで!?」

「テラ、言葉遣いが酷いぞ!」

「もっ…もしかして、俺の見合い相手って王族!?」

「アホ! そんな訳があるか! 貴族のお見合いは、皇宮内に専用の場所があって、そこを借りて行われるんだ」

「ああ…レンタルできるのね」

 わざわざ貴族のお見合いに場所が提供されるなんて、どうせ結構なお値段を取られるんだろうなと思いながら、そういえば相手について一切聞かされていないことに気がついた。

 正直言ってこのお見合いに少しも気持ちが向かない。俺はイグニスが好きだし、気持ちが通じ合えないからと言って他の男と付き合うつもりなんてない。
 普通の男なら俺が出てきたらごめんなさいと言うと思うが、万が一誰でもいいなんて人生諦め系の人が来たら、きちんとお断りしなければとその方向で胸が痛くて緊張してきてしまった。

「そ…その、相手の人はどういう方なの? 始まる前に知っておきたくて……、話とかするじゃん?」

「お相手の方々は高位の貴族から、男爵家まで揃っていたはずよ。お金があれば、裕福な平民も参加できる開かれたものなの」

 今聞き捨てならない言葉を聞いて、一瞬耳を疑ってしまった。
 きっと耳がおかしかったに違いない、もう一度違う方向から聞いてみよう。

「ええと…、方々って……」

「ああ、集団お見合いなのよ」

「は!? しゅ…集団?」

「色々迷ったんだけど、決めきれなくて、それならかつて私達も出会った、我が国伝統のハントで決めようって」

「ハント……?」

「そうだ、未婚の男女が集まり、皇宮内ブルターの森を貸し切って行われる一大イベントだ! それに申し込んじゃった」

 父親に俺の喋り方が伝染した。いよいよおかしくなったらしい。
 手をグーにして父親が力強く宣言すると、母親がそれに合わせてキャーっと言いながら、パチパチと手を叩いて盛り上げてきた。

「森……ま…まさか、それで…この格好……」

「そ、ちなみに私はキツネだったのよ。ふふふっラブハントは、私がお父さんをゲットしたの」

 思考が追いついていかない。
 男女集まってのハントというのは、つまりそういうことなのか……。

「よく聞けテラ、俺たちの頃と変わっているかもしれない。最近の状況は確認していないがだいたい同じだろう。最初に顔合わせがあり、そこで自分の気に入った相手を見つける。当然人気が集中する人も出てくるが、ここからがハントの特徴だ。森の中で意中の相手を探し出して、自分の宝石を渡すんだ。貰った相手はその子が気に入ればカップルが成立する。たくさん貰って後から選んでもいい。宝石は賞金として交換することができるから渡すのを断られることはない。運と体力と勇気が必要になるラブハントだ」

「……っだよそれ! モテるやつが恋人と賞金までがっぽり貰える総取りゲームじゃねーか!」

 想像したらイラっときてしまった。という事は、俺みたいなのは開始から最後まで適当に森の中をフラついていれば終了というただのモブ参加ゲームだ。
 自分の宝石分だけが、参加賞みたいに貰えるだけだろう。

「まあ、そう言うな。外だと開放的な気分になるだろう。みんなちゃんと相手を見つけるために、満遍なく色々な相手を見つけて会話を楽しんだりするから、テラも気軽に参加してみろ」

「気に入ったお相手がいたら宝石だけでも渡してみたら? 私もそれでお父さんと知り合ったのよ」

 目の前で、見つめ合って微笑む両親を見て、俺は苦笑いするしかなかった。

 これじゃまるで主人公が参加するような、ゲームに出てくるラブイベントだ。
 集団お見合いなんてなかったはずだし、そもそもゲームの舞台はまた先なのに、前段階としての世界観がここまで作られているのは、もう、俺の手を離れてからの話なのだろう。

 何がどうなっているのか、さっぱり分からなかった。

「はぁ…またお金かけて申し込んだろう。出るだけ出るよ。でも言っておくけど…俺は無理だからさ」

「いーのよ! 何事も経験よ」

「そうだそうだ! 雰囲気を楽しんでこい!」

 のんきな両親を見て力が抜けてしまった。
 物好きな貴族のお遊びみたいなものだろうと想像しているが、何だか嫌な予感がした。

 カタカタと石畳の上を走る馬車の音までやけに不吉に聞こえて、ぶるりと震えてしまった。





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