男だって愛されたい!

朝顔

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第二章 街

⑥黒の帝王

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「おら!ここに入ってろ!」

 乱暴に背中を蹴られて牢屋に入れられた。先ほどアデルが入れられていた牢屋ではなく、別のところだった。
 ジメっとした冷たい床となにか腐ったような臭いは、こちらも立派な牢屋だとレオンは思った。
 先ほどよりは広そうだなと、こんな状況でもバカみたいな感想しかでてこない自分がおかしかった。

 ディオの提案で倉庫街一帯を建築した会社に向かった。そこの社長と顔見知りだったディオに特別に話を付けてもらった。
 アーサーの組織が使っている倉庫について情報を仕入れて、内部に繋がる配管の位置やおそらく地下牢として使われている場所などを簡単な地図を書いてもらった。
 普段ならとても自分にこんなことができるはずがない。しかし、アデルのためを思ったら、レオンには力が溢れてくるのを感じていた。

 倉庫街につき、すぐに組織の倉庫を見つけた。情報通り配管はあったが、レオンはなんとか入れそうだったが、体が大きいディオにはとても無理だった。
 そこでまたディオと揉めたが、危険そうだったらすぐ戻ると約束してレオンだけ中に入ったのだ。
 暗くて狭い配管の中を這いながら、レオンは覚悟を決めていた。
 這って通り抜けるには時間がかかる。もしアデルを見つけて連れてくることができても、二人でもたもたしていたら、両方とも捕まってしまうだろう。それならばその時、自分が囮になろうと、レオンの中でそう固まっていた。

 そして、上手くアデルを逃がしたあと、やつらの目を配管からそらすために、レオンは一人で部屋から出たのだ。

 最初は逃げたアデルだと思われたが、明らかに男の格好で胸もないのですぐ別人だと分かったらしい。もう面倒なので自分は兄でアデルを助けに来て先に逃がしたと伝えた。
 監視役だった男達は取り逃がした責任を取られるので頭を抱えてイラつき出した。
 とにかくこいつは閉じ込めておこうと言われて、別の牢屋に連れてこられて閉じ込められたところだった。


「おい、新入りか」

 牢の奥から声がして、レオンは顔を上げた。光が入らず暗くてよく見えなかったが、広い牢屋はどうやら他の人間と共同らしい。

「って……おい!お前!」

 レオンは若干日の光が入るところにいたためか、向こうはこちらの顔を見て驚きの声を上げた。

「え……?だっ……誰ですか?」

 牢屋の奥から二つの影が伸びてきて、自分の前に現れたのを見てレオンもまた驚きの声を上げた。

「……え!?アイゼン様とマーシャル様?ですか?」

 先日豪奢な広間で顔を合わせたばかりのシドヴィスの双子の兄とこんな場所で再会するとは思っても見なかったので、お互い信じられなくてしばらく上から下まで確かめるように眺めていた。

「なんでお前こんなところにいるんだ?無害そうな顔して意外と裏の組織と繋がりが……」

「……やめてください。そんな方達と知り合いでもなんでもないです。……俺、妹がいるんですけど、組織のやつらに捕まって売られそうに……それで助けに来たんです」

「ああ、そういえば、お前の調査資料を見たぞ。妹はずいぶん遊んでいるやつだったみたいだな」

「…………」

 旧三国のジェラルダン家のシドヴィスとの婚約となれば、もちろんレオンについての調査も行われているはずだ。
 この二人に否定しても仕方がないのでレオンは黙って目をそらした。

「それで、お前が代わりに牢屋に入ったわけか、手のかかる妹を持って災難だなぁ。可哀想に、せっかくシドと婚約して贅沢な暮らしが待っているのに、ここで傷物になるか殺されて終わりだぜ」

 アイゼンとマーシャルは愉快そうにケラケラと笑った。

「……お二人はなぜここに?」

「俺達は組織の女に手を出したからさ。適当に遊んで捨てたら、女が騒いだらしく報復だって」

「やつら俺達がジェラルダン家の人間だってよく分かってないんだよねー。知ってたらこんなところに入れないし、まっ調べてもらって分かれば、さすがにビビってすぐ解放されるよ。ウチに手を出すほどそこまでバカじゃないだろうしー」

 どつやら同じ檻の中にいても、二人とレオンではここでも立場が違うようだった。二人はその後もバカにしたようにからかってきたが、レオンは無視して下を向いていた。

 コツコツと硬質な物が床に当たるような音がした。
 誰かが牢屋にある部屋に入ってきたらしい。もしかしたら、商品を逃がしたことで殴られるか、最悪命を取られるかもしれない。
 今更ながらその気配を感じて、レオンは恐怖と緊張で額から汗が流れ落ちてくるのを感じた。

 ずっと下を向いていたが、それでも分かるくらいの圧倒的な存在感を感じて何事かと体が震えてきた。確かこの倉庫にいるのは組織の末端の連中だと聞いていた。
 レオンが生きてきた町でも、裏通りに入ればそういった連中がたむろしているし、店が建っていた土地の関係で多少関わったこともあった。

 しかし、ここまで肌がぴりぴりと痺れるような威圧感を感じたことはない。恐ろしすぎて、レオンは顔を上げることもできずに小さくなっていた。

「うちの商品を逃がしたというのはお前か?」

 硬質な靴音と同じ、硬くて心臓に響くような声が牢屋の中に響いた。
 当然ながら押し黙って見逃してくれるような相手ではなさそうだ。

「俺は……自分の妹を助けに来ただけです。商品かどうかは知りません」

「………………」

 レオンの答えに、その声の持ち主は何も言わずビリビリと痺れるような視線を送ってきた。値踏みしているのか、挑発しているのか、恐すぎて下を向いているのでレオンには全く分からない。

「だっ……だいたい、アデルは元の交際相手の部屋にいただけです。それで、その男の借金の代わりにと勝手に連れてこられたんです。こっこの……組織の方々のことは知りませんが……いくらなんでも………横暴じゃ………」

「ほう……俺の聞いていた話と違うな……」

 男の声色が地を這うような低い声になり、言い過ぎてしまったかとレオンは恐ろしさで逃げ出したくなった。

「あっええと、マイルスのやつが……なかなか言うことを聞きませんで……あの……」

 入口の方から声がした。どうやら、仲間内でもめ事になっているようで、その声はレオンより怯えていそうなくらい裏返って弱々しかった。

「言い訳はいい。俺は女が金を持ち逃げしたと聞いていた。こんなことで俺が呼ばれなかったら、ごまかすつもりだったのか」

「ひぃぃぃ!もっ申し訳ございません!どうしても競りでアーサー様が納得するようなものをお渡ししたくて…………」

「ロハン、こいつらを連れていけ、教育が必要らしい」

 男の呼び掛けにはいと答えた声がして、辺りはやけに静かになった気がした。
 しかし、ビリビリとする鋭い威圧感は健在しているので、レオンはまだ身を小さくしていた。

「お前、名前は?」

「……レ……レオンです」

「顔をあげろ」

 ついに来たかとレオンはビクリと体を揺らした。小さくなって時が過ぎるのを待っていたが、どうやらそれは許してくれないらしい。
 レオンは恐る恐る顔を上げた。目の前には巨大な黒い塊があって、それが黒いロングコートで人であるというのが上の方まで視線を上げてようやく理解できた。
 長身の男は長めに伸ばした黒髪に、金色の瞳をしていた。まるで肉食獣のような王者の雰囲気を背中から漂わせて、瞳は真夏の太陽のように熱くギラギラと光っていた。
 何より目の下に入った刀傷のような古傷がやけに目立っていて、獣同士の戦いで爪でつけられた痕だと言われても納得しそうな雰囲気だった。
 なるほどこんな鋭い目で睨まれていたら、恐ろしくて寒気がするはずだと思いながら、レオンはびくびくとしながらも、男の瞳を見続けた。

「レオン、変わった男だな。弱々しくて明らかに怯えているくせに、ここに一人で乗り込んでくる度胸がある。今だって俺にビビってガタガタ震えながら、俺から目をそらさない……」

「え……そんな……」

 本当はそらしたら怒られるのかと思って、レオンは恐いのを我慢して見続けていたのだ。

「俺がアーサーだ。あいつらが、適当なことをやった責任は俺にある。お前の妹にも迷惑をかけたな。すまなかった」

 まさか先ほどまで殺されるかと思っていたのに、なぜか組織のトップらしき人に謝罪されているという状態は安堵するというより逆にもっと恐くなった。

「あっ……いえ……そんな、……やっ……やめてくだは……い。家に帰してくれれば……俺はそれで……」

「お前がアーサーか、ようやく話の分かるやつが来たな!」

 ずっと傍観者だった、アイゼンとマーシャルがピュウと口笛をならして手を叩いた。どうやら、お得意の家をアピールして出してもらおうとするようだ。自分勝手に話に入ってくるのもいかにも貴族らしい傲慢さがあった。

「なんだお前達は……、何か用か?」

「あんたのさー、部下のやつらさ、全然話が分からなくてもう使えなさすぎ!」

「ちょっと調べれば分かるよ。俺らあのジェラルダン家のご令息だ。裏社会のトップならこの状況がヤバイことくらい分かるんじゃない?」

 アイゼンとマーシャルは声を揃えてゲラゲラと笑った。
 アーサーは下を向いてしまったので、二人はもっといい気になって、どうしてあげようかと言いながら笑った。

「くっ……くっ……くふっ……ふぁははははははっ!」

 そこで、項垂れているのかと思っていたアーサーが急に笑いだしたので、その異様な光景に、俺もアイゼンもマーシャルも背筋が凍りそうな気配を感じて固まった。

「ふざけるなよ、アイゼン、マーシャル。ヤバイのはお前たちの方だ。ずいぶんと好き勝手やってくれたな」

「なっ……なんだと!」

「お前らの父親、ジェラルダン家の当主が、放蕩息子に呆れて、二人分の除外届けを出した」

「は?」

「除外届はつまり、家から追い出して、平民に下らせるというやつだ。つまり、お前達はもうジェラルダン家とは関係ない、平民だ」

 信じられないと顔面蒼白で固まっている二人の前に、ジェラルダン家当主とサインが入った紙がペラリと落ちてきた。
 レオンにはよく分からなかったが、それを見たアイゼンとマーシャルはガタガタと震えだした。

「ようこそ、平民の世界へ。ちなみにお前達は賭場を壊して組織の女に手を出してくれたから、たっぷりお礼をしよう。今夜のオークションの目玉は元貴族の双子の兄弟、ショーをやるから高値で買って貰えるようにせいぜい可愛く泣くんだな」

 アーサーの言葉を聞いたアイゼンとマーシャルは、恐怖に泡を吹いて気絶するように倒れてしまった。

 レオンはどうやら自分の方は、解放してくれるかもしれないが、裏組織のボスを前にして何が起こるか分からない恐怖を感じていた。

 今どこでなにをしているのか、シドの姿を思い浮かべながら、ただ会いたいと願ったのだった。




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