炎よ永遠に

朝顔

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 轟々と燃える火を見ながら、俺は笑っていた。身体の中から湧き上がってくるものは喜びだった。狂おしいほどの興奮を感じながら、自分が焼かれていくところを想像した。

「行こう。君…、悪くない」

 たどたどしい日本語が聞こえて顔を上げると、一度だけ会ったことがある顔が浮かんでいた。
 ぬっと顔の前に伸びてきた手をぼんやりと眺めた後、その手に煤けて骨と皮になった自分の手を重ねた。

 連れて行かれる時に、一度だけ振り返った。
 真っ赤になって天高く燃え上がる炎が見えてた。
 容赦なく全て焼き尽くしてしまう赤色は美しかった。
 あぁ、あそこに触れたいと伸ばした手が届くことはなかった。






 夕方になってルザラザが部屋に戻ってきた時、俺はまだベッドに横になっていた。入学してからの疲れが出たのかもしれない。ひどく身体が重かった。
 24時間体制で医師が常駐しているので、ルザラザの手配で部屋に来てもらったが、過労というなんとも言えない診断で薬も出なかった。

 落ちる時はがっと落ちるが回復は早い方で、一晩寝たらスッキリした。
 念のため一日ベッドの上で過ごした。食事は持ってきてもらえるし、ダラダラと教科書を読みながら怠惰に過ごしていたら、ルザラザが帰ってきた。いつもの明るさが消えて少し疲れているような顔をしていた。

「天使の方が来ていたんだ。学校中大騒ぎだよ」

 何があったのか聞こうとしたが、先に鞄を下ろしたルザラザが、俺のベッドの側に座り込んで話しかけてきた。

「天使って言っても、向こうの区画の生徒だろ。別にこっちに来ることもあるだろう」

「確かに昨日の儀式でも来ていたけど、今日は単独で来ていたんだ。こんなことは滅多にないんだ。アルガルトの火の神の使いだよ。もう揉みくちゃになって大変だった…」

 褐色の肌のルザラザは部屋の暗さと重なって、顔色がよく見えなかったが、髪の乱れからして相当な混乱だったようだ。俺は今日は行かなくて良かったとホッとしていた。

「アルガルトっていうと、世界有数の大金持ちだな。世界一の投資持株会社に、世界中の不動産を持ってるとか言われている。王制は廃止されたがもともと王族だった高貴な血の一族、まさに神の座に相応しいな」

 ルザラザはさすが調べてきたねと驚いていた。全部ではないが、学校で大きいと言われている家名については調査済みだ。叔父に資料をもらって読み込んできた。

「アルガルト家は火の神で、少し変わった方なんだ…。何人も天使を持つことが一族の繁栄の象徴みたいに言われているのに、あの方はお一人しか側に置かない」

「へぇ…、もう十分繁栄しているからいいんじゃないのか」

「どういうお気持ちかは分からないけど、とにかくその火の神がどうも人探しをしているらしいんだ。それで今日はクラスを回ったり資料を見て行かれたみたいで、こっちはその話でもちきりなんだ。もしかしたら、火の神が天使を迎えるか、もしくは天国入りを許可する者がいるんじゃないかって……」

「で、見つかったのか?そのラッキーマンは」

「分からない。すでに呼び出されて連れて行かれたのかもしれないし、見つからなかったのかもしれないし」

 なんだそりゃと曖昧な情報に力が抜けてしまった。とりあえず、俺はその不確かな火の神のお遊びではなく、確実な線を掴む必要があるのだ。

「ルザラザの兄の件はどうだ?急がせるのは申し訳ないが、早めに向こうへ行って地盤を固めたい」

「面会を希望する手紙は出しておいたよ。お願いすれば天国区画へ入れるように手配できると思う。ただ、兄はすでに天使が10人いるんだ。先に言っておくけど天使同士の争いもあるから覚悟しておいた方がいいよ」

「ルザラザの兄が…?俺を天使にするのか?」

「え!?…てっきりそのつもりかと……」

 どうやら二人の間に相違があったらしい。それ以外にも、世の中と一線引かれたこの空間が、常識と離れすぎていてルザラザの言っていることが理解できないことが多い。一度噛み砕いて教えてもらう必要がありそうだ。

「最終的な目標はそこだが、天使は区画の住人なら簡単に誰でもなれるものなのか?難しいと聞いていたが……」

「レイ、兄に紹介して欲しいと言われることは今までたくさんあったんだよ。それを全て断ってきた。下手なやつを紹介をして兄の機嫌を損ねたらウチの家では一大事なんだ。弟王子の俺であっても兄の一言で首が飛ぶんだよ」

 いつもからっと明るいキャラだったのに、ルザラザは急に闇を纏ったように暗い目になった。それは王子でありながら、つねに暗殺の危険と隣り合わせて生きる宿命。それを背負ってきた暗さなのかもしれない。

「ごめんね、俺だって命が惜しいんだ。だから確実に生き残るためには恩を売っておかなければいけない。レイを初めて見た時、衝撃を受けたよ。これは絶対に兄の目に止まるって。確信が持てなければ俺は危ない橋は渡らない」

「なるほど…。駒か貢ぎ物ってわけか。それならご期待に添えるか分からないが、やれるだけやってみる」

 わざと薄暗い雰囲気を作ったのだろう。もとが優しい男であるから、似合わなすぎてくすぐったくなった。
 怖い顔をしても全く動じない俺に、緊張していた様子のルザラザは肩の力が抜けたみたいにぽかんとした顔になった。

「やってみるって……。本当にいいの?」

「いいのもなにも、それが目的だから頼んだんだ。天使になれると推してくれるなら、あれこれ考える手間が省けた」

 すでに10人も小間使いがいるなら、11人になっても大して変わらないだろう。大人しくて真面目で逆らわないとアピールすれば、ルザラザが言った通り採用してくれるかもしれない。

「本当にいいの?レイは…恋人はいないの?愛する人も……」

 やけにしつこいし、変なことまで確認してくるなんてルザラザの気持ちが読めなかった。

「……恋人なんていたこともない。愛?そんなもの俺には一生必要ない」

 俺の言葉の後に、夜を知らせる聖堂の鐘が鳴り出した。
 いつもは荘厳な音に聞き惚れて耳を傾けるのだが、今日は傷をえぐるように胸に響いた。
 まるで警告音のようだった。
 愛なんて、愛なんて言葉は自分には必要ない。
 それを忘れないようにと、何度も胸に刻み込むように響き続けた。





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