運命の愛を紡いで

朝顔

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本編

5 赤い糸

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「お母様、さっきの天使様、本当に綺麗だったね。また会えるかな……」

「……ユーリ、私は少し用事があるからここにいて」

「いいけど……、どこに行くの?僕を一人にしないで……」

 町の教会での礼拝が終わり、母と帰ろうとしたが入り口で待つように言われた。俺の呼びかけにも応えず、母は歩いていってしまったので、いつもと違う母に不安になって俺は母の後を追った。
 このところ母はずっと不安定だった。
 だめ押しのように昨日叔父一家が屋敷に来てから、ぷっつりと糸が切れてしまったみたいにどこか遠くばかり見ていた。

 人波をかき分けて母の後を追って、やっと追い付いたと思ったとき、母の周りには人だかりができていた。
 母は歌っていた。
 かつて歌劇のスターで、伝説と言われた母は驚くほど美しかった。
 橋の欄干に座りながら歌う母を、周囲の人間は聞き惚れるように見つめていた。

 母は一点を見つめていた。そこには俺には見えなかったが、母の一番のファンで最愛の人だった父の姿が見えていたのかもしれない。

 そのちょうど二週間前、父と母は出掛けた先で馬車を降りたところを強盗に襲われた。相手は凶器を持っていて、父は母を庇って命を落とした。
 父の葬儀でも母は泣いていなかった。ずっと何もない空っぽみたいな顔をしていた。

 その、母が笑いながら歌っていた。
 完璧に歌い上げてたくさんの拍手に包まれた後、母は俺を見つけた。

「ユーリ、来てしまったのね」

「お母様、そんなところに座って……。危ないよ。お家に帰ろう」

 俺の呼び掛けに母は本当に嬉しそうな顔で笑った。いつも見ていた母の笑顔とは違う、心からの笑顔に見えた。

「ユーリ、私達は二人で一つなのよ。だからあの人の元へいくわ。ジュリアをよろしく、幸せになってね」

 その言葉を聞いて全てを理解した。
 飛び付いても止めるべきだった。それでも母の心からの笑顔が俺の足を掴んで止めた。
 手を伸ばした時はもう遅かった。母はそのまま後ろに倒れて落ちていき、川の底へ沈んでいった。

 いつもその場面ばかり夢に見る。泣き叫ぶ人々と、地面に膝をついていつまでも動けない自分。
 そして皮肉にも今俺はその時と同じ格好をしていた。


「すまんが人違いでは?俺の婚約者も怯えているから大人しく帰ってくれ……」

「……違います、ジュリアは本当に俺の……」

「また来たのか!」

 俺の震える声を遮るように、どなり声が聞こえた。顔を見なくてもそれが叔父のものだと分かった。

「ジュリア、ミケイド様、どうか早く中へ、こいつは物乞いですよ。偶然見かけたジュリアを気に入ったらしく、何度も家まで来ているのです」

「……おっ……叔父さん!そんな!」

 勝手に叔父などと呼ぶなと言って近づいてきた叔父はいきなり俺の頬を殴ってきた。

「きゃあ!」

「子爵、やりすぎでは……。見ればひどく弱っているようだが……」

 叔父は二人を言いくるめて家の中へ押し込んだ後、怒りの形相で俺の元へ戻ってきた。

「ここまで来るとはな。ついに二人に飽きられてクビになったのか?」

 地面に突っ伏した俺は、叔父の足先だけをぼんやりと見ていた。喋ろうとした言葉は、口に砂が入ってゲホゲホとむせて上手く言葉にならなかった。

「………ジュリアは両親を亡くしたショックで、それまでの記憶を無くしてしまったんだ。だから、お前のことなど覚えていない。お前はいつか使えると思っていたからな。妻に頼んで手紙はずっと代筆させていた。」

「そんな……じゃ……俺はずっと……」

「まぁ……あの双子は金払いがいいから、お前からは十分搾り取ったし、次はあのミケイドからいただく予定なんだ。二人は愛し合っているし、結婚はさせてやるつもりだ。つまり、お前は用済みだ、妹のためを思うならさっさと消えてくれると助かるんだがな」

 ずっと、心の支えにしていたものは、偽りのものだった。俺は始めから孤独で、ずっと孤独のままだったのだ。
 目蓋の裏に浮かんできたのは優しい微笑みを浮かべるミランとシオンの姿だった。
 あの温かい場所に帰れたら、どんなに幸せだろうと思いながら俺は立ち上がった。

「……俺はもう二度とここには来ません……。その代わりジュリアの幸せだけは約束してください」

「ああ、分かった」

 叔父に殴られた頬はじんじんと痛みがあって血の味がした。俺が少し指を切っただけで、ミランは大騒ぎしていた。こんな顔を見たらきっと叫びながら大丈夫かと大慌てで頬を撫でてくれたかもしれない。
 でもそんなものはもう夢だったのだ。
 自分に都合のいい夢を見るしか俺にはなにも残されていなかった。

「ミラン……痛いよ。シオン……寒いよ」

 空っぽになった俺はただひたすら歩き続けるしかなかった。無意識に足を進めてその場所が見えてきた時、俺はまた愛しい二人の夢に話しかけたのだった。




 □□




 子供の頃の俺は、大人しくていつも弟の後ろに隠れているような怖がりだった。

 俺達を産んでくれた母は顔も知らないし、後から来た義母は冷たい人だった。父は俺達のことには無関心で愛情のかけらすらくれたことがなかった。
 だから、いつも大人の顔色ばかり見ながら、怒られないようにと一生懸命だった。
 弟のシオンは俺とは違った。父にも義母にも、間違ったことは間違っていると言って立ち向かって行った。正義感があって勇敢な性格だった。
 毎日怖くてたまらなかったけど、シオンがいたから俺は生きてこれた。シオンは弟であり、俺に唯一愛情をくれる大切な存在だった。

 でもそんな、大人しくて従順だった俺に義母は目をつけた。

 こっちへ来なさい。
 そう言われて付いていった。また怒鳴られたり叩かれたりするのかと怯えている俺に、義母は服を脱ぐように言った。

 裸になった俺をニヤニヤとした顔で見下ろしながら、義母は言った。
 これからは痛いことはしないのよ。
 これはミランと私の特別な遊びよ。
 誰にも言ってはいけないわ。言ったら怒ってシオンに何をするかわからないから、と。

 義母の手が伸びてきて体を這いまわった。
 そこから先の記憶はあまりない。

 毎晩のようにシオンが眠ると俺だけ起こされて義母に連れていかれた。
 何度も嫌だと言ったけれど義母はやめてくれなかった。
 もう何度目が分からない。上手くできなくて怒られた俺は裸で部屋から放り出された。
 廊下で泣いていたら、起きてきたシオンについに見つかってしまった。

 シオンの瞳は怒りに燃えて体は震えていた。許せない、絶対に許せない。そう言ってシオンは決意をした目をして俺に言った。

 ミラン、俺と同じ格好をしようと。

 見た目がそっくりの俺達を義母は洋服の違いで見分けていた。
 いつも、別々の色の服を着せられていたので、それを同じものにするようにした。
 そしていつも二人で一緒に行動することにした。

 義母は見分けがつかなくて、しばらく手が出せなくなった。しかし、ついに焦れたのか同じ格好をさせないように使用人に命令した。
 着替えるとき俺はシオンに言われた通り、自分がシオンだと言った。シオンは俺がいつも着ていた服を代わりに着せられた。

 よほど我慢が出来なかったのだろう。義母は真っ昼間から外で遊んでいた俺達のところへ来て、シオンを俺だと思いこんで、こっちへ来なさいと命令した。

 シオンはそうなるだろうから、ミランは動いてはいけないと言われていた。
 シオンは義母に手を引かれて、人気のない庭園の奥へ連れていかれた。
 しばらく待ったけれど、どうしても心配になって俺は二人が消えた方向へ足を向けた。
 もしシオンがあれをやらされていたらと、怖くてたまらなかった。

 しかし、シオンを見つけることはできたが、義母の姿はどこにもいなかった。
 シオンは一人で立ち尽くしていた。
 その目線の方向にはあまり使われていない井戸があった。
 いつもピッチリと閉じられている井戸の蓋が、今日はほんの少しだけ乱れたように開いていた。

 俺は驚いて声が出せなかったけれど、すぐに何が起きたのか悟った。
 俺が来たことに気がついたシオンは、俺を見て笑った。

 ミラン、もう大丈夫だよ。悪いやつはやっつけたから。

 思わず駆け寄ってシオンを抱きしめた。シオンの体は小さく震えていた。俺のためにシオンに重いものを背負わせてしまった。
 これは罪ではないと何度も言いながら、俺達は二人で一つだよと、そう言ってシオンの痛みを二人で分け合うようにいつまでも抱きしめ合ったのだった。



「ユーリがいない?」

 今日は遅く起こしてあげようとしていたが、様子を見に行ったジェイドがベッドが空になっていることに気がついて慌てて声をかけてきた。

「シオンは?まだ食堂にいる?すぐに声をかけて、俺は外を探してくるから」

 小雨が降るこんな日に、ユーリが外に出るはずがない。しかし、屋敷を見渡してもユーリの気配がしないのだ。
 父が亡くなってから家具や調度品の類いは全て地味なものに変えた。
 だからこの屋敷には極端なほど色がない。
 しかしユーリが来てから、何も変えていないはずなのに、屋敷の中は花が咲いたように色づいていた。
 それはユーリが放つ華やかな魅力で、彼の周りにはいつも様々な花が咲いているように甘く香り、微笑むだけで色が溢れてきて輝いて見えた。
 その輝きがぱたりと消えてしまって、ずっと幻を見ていたように色も静けさも元に戻ってしまった。

「ミラン!これが机の上に……!」

 小雨に当たりながら放心状態だった俺の方へシオンが走ってきた。

「俺達に宛てた手紙だ。急いで書いたんだろう。礼が一言書かれているだけだ。もしかしたら今朝の会話を聞かれていたのかもしれない」

「…………今朝のって……、あれは別に……」

「いや、俺が不注意だった。もし一部分だけ聞いたら誤解されても仕方がない。きっとユーリはただ解雇されると思いこんで…………っておい!ミラン!」

 走り出した俺の腕を、追いかけてきたシオンが力強掴んで止めた。

「離せ!離すんだシオン!ユーリが……ユーリが……」

「ミラン!冷静になれ!俺だっておかしくなりそうだよ!やみくもに探しても無駄だ。ユーリが行きそうなところを見つけないと!」

「……それは、妹のジュリアのところだろう!」

 後からジェイドも走ってきて、暴れる俺を二人で押さえながら屋敷の中へ戻った。

「ジェイド、ユーリの資料をもう一度見せてくれ!子爵の家に行くのはその後だ。何か……何か見落としている気がするんだ」

 頭の中は不安と心配で混乱して、処理できずに沸騰していた。
 初めはただの世話係としてユーリはこの家に来た。
 世話係は単純に俺の遊び相手で、シオンとの繋がりを確かにするための道具に過ぎなかった。

 かつて俺達に悪意を向けて、俺を汚した悪魔をシオンは井戸に落として消してくれた。
 あれは罪ではなく正しいことだと繰り返して納得するようにしてきたが、もともと、正義感が強かったシオンは罪の意識で苦しんでいた。
 寄り添ってきた兄弟の愛は、あの事があってからもっと深いものに変わった。
 しかし、心の繋がりはあっても、二人で交わることは出来ず、本当の意味で満たされなかった。
 シオンの中にある罪悪感という怪物がシオンを苦しめていることは知っていた。
 だから第三者を交えることで、体の繋がりをもって、シオンの中で暴れる怪物を押さえつけてきたのだ。
 それは一時しのぎに過ぎなかったが、これまでなんとかやってきた。

 しかしユーリが来たことで、シオンは明らかに変わった。
 いつもどこか遠くを見て、自分の胸を押さえるようにしていたのに、その仕草が見られなくなった。
 愛しそうに微笑みながらユーリ髪の毛を撫でるシオンを見て、彼は恋をしているのだと気がついた。

 嫉妬の気持ちは少しはあった。けれどそれを上回るくらい嬉しかった。なぜなら、俺もまた、彼に恋をしていたからだ。

 俺達は二人で一つ。やはり考えるものも感じるものも同じだと思った。
 三人で体を重ねるとき、シオンが怪物から解放されるように満たされた顔をしているのを見た。俺もまた、自分が汚れた存在だと思ってきたが、ユーリといる時は彼の鮮やかな色に照らされて、やっとまともな人間に戻れたのだ。
 だから、もうユーリを手放すことなどできなかった。

 今朝、早く起きた俺とシオンは今後の話をしていた。
 世間的にもユーリの立場はこのままでは、ユーリ自身を傷つけるものになってしまう。現に彼の妹からの手紙だと、仕事についてひどいことを言われていた。
 シオンからの提案で、ユーリとの雇用関係は解消して、俺かシオンの養子として家族になってもらうように手配しようとしていたのだ。
 今夜、ユーリにその話をして、本人の気持ちを聞こうとしていた。しかし、上手く伝わらずにユーリは、手紙一つ残して俺達の前から消えてしまった。

「これだ!子爵の持ってきた資料だと、ユーリの両親は彼が八歳の時に事故で死亡となっている。以前調べたときは、それについては終ったことだと深く調べなかった。役場から取り寄せた資料の方は?」

 人を使って調べさせた資料を床一面にバラ撒いて、シオンは目を通して確認していた。全力で集中するときの彼の癖である。

「父親のマイケルは強盗に刺殺されている。その時一緒にいた妻アリア、ユーリの母親は二週間後に自殺…………場所は……場所はどこだ!」

 シオンが掴んだ資料の中からバサリと当時の新聞記事が出てきた。大衆向けの新聞で見出しが、かつての伝説の女優の自殺とでかでかと書かれていた。

「アリア・オースティーンですか!」

 新聞を横から眺めていたジェイドが驚きの声を上げた。

「知っています。私が子供の頃の大スターでしたから、父……がファンでよく歌劇に連れていかれました。当時は彼女の死で持ちきりでしたよ。ブロンクスブリッジで急に歌い出して大勢の人を魅了した後、そのまま橋から身を投げて自殺した……。確か目の前で自分の息子がそれを見ていて悲劇だと話題に……」

「息子……ユーリか……」

「行こう!ブロンクスブリッジだ!ユーリはきっとそこだ!」

 俺が立ち上がって走り出すと、シオンも急いで追いかけてきた。

「待てミラン!二手に分かれるか?」

「いや、あの子爵がまともにジュリアに会わせるとは思えない。きっと難癖つけられて追い出されたはずだ。傷ついたユーリが行くとしたら…………、母親の所だ」

 シオンと目が合った。
 もう、それ以上言葉をかわす時間がないとお互い目線で確認して走り出した。

 おでこにキスをして慰めてくれたとき、ユーリは昔、母にしてもらったと言っていた。
 その時のユーリの顔を思い出した。
 俺は自分のことで頭がいっぱいでユーリの表情がちゃんと見えていなかった。
 ユーリは笑っていた。でも目の奥は、とても、とても孤独で寂しい色をしていた。

 このままだとユーリはきっと行ってしまう。
 手の届かないところへ。

 それだけは、絶対に嫌だった。




 □□



 欄干から川を見下ろすと、ひどく淀んだ色をしていた。ここは底が深くて落ちたら戻れないと言われている川だった。

 雨は止んだが、すっかり日が落ちて辺りは暗くなってきた。週末の夜、こんな寒い場所で過ごす人間などいない。
 人気もまばらで、橋の中程でずっと下を見下ろしているのは自分くらいだった。

 手にしていたものは幻で、自分には最初から何もなかった。
 本当は母が逝くときに自分も逝くべきたったのかもしれない。母から託された言葉は何一つ叶えることはできなかった。

「……ごめん、お母様」

 ここにたどり着いたとき、身を投げて全てを終わらそうと思った。
 しかし、シオンとの約束を思い出した。
 自分を傷つけてはいけない。
 その言葉を思い出して、体が動かなくなった。

「……シオンとの約束だから……、まだお母様の所へはいけないよ」

 橋に立ちながら色々と考えた。俺はミランとシオンにたくさんのものを与えてもらった。
 だから、解雇されてしまうとしても、ちゃんと二人の口からそれを聞かなくてはいけない、それは俺の責任だと思った。
 それからのことは、後から考えよう。また仕事を探す必要があるが、今度は自分のために生きようと思っていた。
 二人がそう教えてくれたから。
 きっと二人以上に俺が求める人はこれからも現れないだろう。
 圧倒的な存在感と快楽と優しさで俺の全てを飲み込んでしまった二人。

「……これが、きっと好きって気持ちなんだ……。バカだな、今頃気がつくなんて……」

 完全に空が暗闇に覆われて、もう行こうと体を横に向けたとき、すぐ近くに叔父が立っていることに気がついた。

「……なんだ。死なないのか?お前の母親のように」

「叔父さ………」

「よく考えたんだがお前が生きていて、よけいな事をペラペラ喋られると困るんだ。自分で死んでくれればちょうどいいと思ったんだが……。怖じ気づいたか」

「……自分のために生きていくことを母に伝えたのです。もう、叔父さんには関わりません」

「それじゃ困るんだよなぁ、金を無心に来られたり、爵位でも狙われたら……。俺は欲しいものは自分の手で掴み取ってきたから、そういう危険は先に壊しておく主義なんだ」

 叔父の言葉になにか聞き捨てならないものを感じて、俺は叔父の暗い瞳を覗いた。

「もしかして…叔父さんは…、父を……」

 叔父は俺の疑う視線を感じたのか、口の端をつり上げてニヤリと笑った。
 ずっと不思議に思っていた。父を襲った強盗は金を出せとも言わずにいきなり刃物で襲いかかってきたそうだ。取り調べでは金を盗もうとしたと言っていたのでそれで片づけられたが、叔父の策略であれば全てに説明がつくのだ。

「話は終わりだ。川の底でお前の母親が待っているぞ」

「やっ…はな…離してください!」

 ショックで固まっていた俺に、叔父はいきなり掴みかかってきた。橋の欄干に背中を打ち付けられて、痛みで力抜けたところを、強い力で首を持たれて半身が橋から出て両足が宙に浮いてしまった。
 足をバタつかせながら、やめてくれと声にならない声を上げた時、獣のような叫び声が聞こえて叔父が真横に弾けるように飛んだ。

 一瞬何が起きたのか分からなかった。
 叔父は地面に転がっていて、俺は何とか下に落ちずにすんで、足はしっかりと地面についていた。

 俺の目の前にはどこから走ってきたのか、寒空の下汗だくで、苦しそうに荒い息をしながら立っている男の姿があった。
 一目見て誰だか分かった。
 俺の願いが見せてくれた幻かもしれない。それでも俺はその人の名前を呼んだ。

「ミラン」

 幻ではない。息苦しそうで掠れた声しか出なかったが、俺の目を見てミランは確かに、ユーリと呼んでくれた。そして両手を広げてくれたので、俺はその胸の中に飛び込んだ。

「ゆ…はぁはぁっ……ユーリ……守るって……おれ……が……」

「ミラン、すごい心臓の音!息が辛いんでしょう、喋らないで…大丈夫、俺は大丈夫だから…」

 遠くから走ってきたのか、ミランの心臓は壊れそうなくらいに鳴っていて、きっと力を振り絞って叔父に飛び蹴りをして助けてくれたのだろう。

「くそっ!双子の片割れか!面倒だがふたりまとめて落ちれば心中という線もいけるな」

 転がっていた叔父がいつの間にか立ち上がっていてすぐ近くまで来ていた。それに気がついたミランが庇うように前に出た。ただ足元はフラついていて、もとの力を取り戻してはいなかった。このままではミランがと思った時、俺の体に燃えるような力が灯った。

「……許せない!父を…母を殺して…、俺の愛する人まで傷つけるなんて……許せない!!」

 今まで生きてきてこんなに大きな声を上げて、怒りに支配されるようなことなどなかった。いつも大人しかった俺が怒り狂った姿に叔父は一瞬ひるんだ様子を見せた。俺は勢いよく走って叔父のことを全力で突き飛ばした。飛ばされた叔父は欄干に背中をぶつけて一瞬橋から半身が出て落ちそうになったが、手摺に掴まってなんとか耐えたようだった。

「きっ…貴様!……んっ…なんだ!?うっ…うわっぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 目の前で起こったことが信じられなかった。
 叔父はなんとか橋から落ちずに耐えたと思われたが、体を支えていた足が滑り、不自然な体勢で橋から落ちていった。見間違いかもしれないが、俺にはまるで、なにかに引っ張られていったように見えた。
 すぐにボシャンと大きな音がして叔父が川の中に沈んだことが分かった。

「これは事故だ。子爵は勢いよく転んで雨で濡れた地面に足を滑らせて川に落ちた。ユーリのせいじゃない」

 橋の反対側から声がして、ちょうど一部始終を見ていたのかシオンがこちらに向かって走ってきた。
 シオンは近くへ来ると欄干から顔を出して下を覗いたが、ここは深いしもう何も見えないからだめだろうなと言った。

「バカ!!遅いぞシオン!はぁはぁ…さ…最初から走ったほうが早かったじゃないか!」

「すまない、車の方が早いはずだが、途中で故障して動かなくなったんだ。それで結局俺も走ってきたんだ」

「走ってきたにしては…涼しい顔して…ふざけんな!大変だったんだから!」

 信じられない光景だった。解雇される予定で、俺のことなどもうどうでもいいのかと思っていた二人が助けに来てくれて、目の前で何だか言い争っていた。

「とにかく、ここに長居するのはまずい。なにか聞かれたら俺が話をするから、とにかく帰ろう。ジェイドが馬車で近くまできているはずだから」

「ああ、あれは事故だよ。子爵は自分で足を滑らせていたから。俺達を川に落とそうとして自分が落ちたんだ。自業自得ってやつだ」

「ユーリ、行くぞ」

 放心状態だった俺は二人に揃って名前を呼ばれて、ハッとして顔を上げた。

「……俺、一緒に帰っていいんですか?」

 恐る恐るそう言った俺を見て、二人はまた揃って同じ顔で微笑んだ。

「当たり前だよ、ユーリは家族なんだから」

「俺達はそう思っている。ユーリは嫌なのか?」

 これはまた、俺の都合のいい夢のつづきなのだろうか。目に熱いものが溢れてきて二人の姿が霞んで見えた。

「うぅぅ………嫌じゃないで……す。嬉しい」

 二人はぼろぼろ泣いている俺を見て優しい目をして微笑みながら手を伸ばしてきた。

 月明かりに照らされた二人の姿は、まるで空から舞い降りてきた天使で、奇跡みたいな美しさに見入られて心が震えるのを感じながら、俺は二人に向かって手を伸ばしたのだった。




 □□



 ブロンクスブリッジから叔父が落下したのを目撃した人物はいなかった。
 翌日船が出されて捜索されたが、結局叔父の遺体は見つからなかった。

 シオンが警察に訴えたことにより、父の事件が再調査されることになった。
 実行犯の男は叔父に弱味を握られていて脅されて犯行に及んだことを認めた。叔父の屋敷は捜索されて、実行犯との繋がりが分かるものが押収された。
 叔父の妻と息子は関係があるか分からなかったが、屋敷に残った財産を持ってすでに逃走していた。財産と言ってもわずかなものらしく、逃走が成功しても今まで通り暮らすのは不可能だろう。

 ジュリアは一人残されたが、ミケイドとは本当に愛し合っていたらしく、事情を知ったミケイドが手配して二人はすぐに結婚することになった。

 そして俺はあの日勝手に勘違いして屋敷を飛び出してしまったので、二人の考えを改めて聞かされた。
 もちろん拒否することなどあるはずがなく、雇用関係は終ったが、俺はミランの養子になり、本当に家族になることができた。
 ミランとシオンの過去についても、この屋敷で起きたことなど、少しずつ断片的に話を聞いている。あまり急がせるつもりはないし、話したくないことはそのままでいいと思っている。

「またジュリアからの手紙を見ているの?」

 食堂の椅子に座りながら、昨日届いた手紙を読み返していたら、後ろから声をかけられた。
 振り返ると鮮やかな赤いジャケットを羽織ったミランが立っていた。

「うん、二人が幸せそうで嬉しくてさ。今度遊びに来てって」

 ミケイドが間に立ってくれて、ジュリアと改めて話し合うことができた。ジュリアの記憶は戻らないままだが、俺を見たとき気になるものがあって心に残っていたそうだ。
 今はちゃんと手紙でやり取りして、たまに会って一緒に出掛けることもある。

「…………それにしても、それまた新しいのだ。ちょっと派手すぎない?似合ってるけどさ」

 ミランはお気に入りなのか、ジャケット見せびらかすようにクルリと回って見せた。
 俺が家族になってから、色々と変わったことがある。
 家族なのだからと、俺の敬語は禁止されて親しい言葉で喋るようになった。
 ミランとシオンは二人でいつも同じ服を着ていたが、別々の服を着るようになった。
 ミランは派手好きだったらしく、赤や黄色といったとにかく派手な格好をしている。シオンはあまり服には興味がないようで、いつもダークトーンの服を着ているがそれが落ち着くようだ。
 お互いの存在を認めながら、それぞれの生き方をやっと見つけたみたいで、服ばかり増えていくけど俺は少し嬉しかった。

「ユーリは俺がプレゼントした服を全然着てくれないよね」

「いやぁ……ピンクのスーツはちょっと……。いくら世間に疎い俺でもあれを着るのは恥ずかしくて……」

「えー……絶対似合うのにー!」

 ぷくっとムクれた顔になってミランは俺に抱きついてきた。家族になってもミランの愛情は変わりない。時間があればいつもくっついていたいらしく、ベタベタする時間は長くなった。

「……そうだ。今日はシオンの帰りは早いって……、ねっ……」

「あっ……うん」

 ミランが耳元で囁いてきて、俺の心臓はトクンと音を鳴らした。その囁きだけで後ろはうずいてきて熱くなってしまう。

「今日は特別なものを用意したから……、楽しみにしていて」

 ミランがペロリと俺の耳を舐めた。変な声が出そうになったところを、箒をもったアリンがぱたぱたと走ってきたので慌てて口に手を当てた。
 真っ赤になっている俺を見つけたアリンは、昼間から仲が良いですねと言って笑った。




「いつからこんなにしてんだ……。糸を引いて……、下着がグショグショじゃないか……」

「あっ……んっん……」

「ほら、シオンが聞いているんだから、ちゃんと答えて、ユーリ」

「…………ひる……過ぎ……、ミランから……夜……するって……聞いて……」

「…………そんな時間からここを大きくしていたのか。とんだ淫乱に育ったな」

 三人でしようと言われたら、俺の体は熱が上がり、従順に二人を求めるように作り変えられた。実はその時に、ミランにコルク栓のような玩具を後ろに入れられて、一日過ごすことになったのだ。
 おかげでシオンが帰ってくる頃には、尻尾を振って待ちかねている状態だった。

「シオン……シオン……欲し……」

 シオンをベッドに押し倒してキスをねだると、ぶつぶつ言いながらもまんざらでもないようで、シオンは喉を鳴らして俺の唇にかぶりついた。
 ぴちゃぴちゃと水音を鳴らしながら唇を吸いあっていると、ミランも裸になってベッドの上に乗ってきた。

「お二人さん、今日はコレ使おうよ」

「なんだそれは」

「ロキ産の潤滑油だよ。少し催淫効果があって、滑りがめちゃくちゃいいやつ。やっと手に入ったんだから。もちろん、あれをしようと思って…………」

「ユーリに負担が…………」

「大丈夫、いっぱい広げてトロかせてからにするから」



 ミランは玩具好きで色々調達してきては試してくる。しかし、今日はやけにしつこく後ろを弄ってきた。

「んっ……あ…………んっっ!もっ……むり……早く……いれて……いれてぇぇ!」

 座った状態でシオンと抱き合いながら、後ろからミランに乳首と後孔を弄られていた。シオンはキスをしながら俺のぺニスを掴んでイかせないようにするし、二人同時の責めに快感で気が狂いそうになっていた。しかも、例の潤滑油のおかげか体が熱くてどこもかしこもうずき出して、めちゃくちゃにして欲しかった。

「まだだよ、シオン待ってね。もうちょっと広げてから……ね」

「はぁはぁ……おね……おねがい……しお……シオン、俺に……いれて……めちゃくちゃにして……」

「ユーリ……、おい、ミラン。俺も久々なんだ……。このままだと、ユーリに挿れる前にここで擦れて…………」

 俺のお願いに耐えきれなくなったシオンが、ミランを促すと、ミランはクスクスと笑った。

「女泣かせの性魔神と言われたシオン様が、挿入前に発射とはね……」

「ミラン……お前……言ってくれるな」

「勝負しようか、どっちがユーリの中で我慢できるか」

 二人が火花を散らしていることなんてもう俺にはどうでもいいことだった。イきたくてたまらなくて、自分で指を入れてしまった。中はとろとろに柔らかかった。

「ユーリ、こら!悪戯しちゃだめでしょ。もう、ちょっと目を離すと!」

「ミラ……ン、じら……さないで。おれ、がまんできな……、すき……ミラン……きて……」

 ミランのぺニスは俺を弄りながらすでにガチガチになっていて、俺は誘うようにミランのぺニスにお尻を擦りつけた。

「ユーリ!可愛すぎる!俺も好きだよ!大好き!もー挿れちゃう!」

「おまっ……!人には待てって言ったくせに!」

 例の潤滑油をドバドバと自分のぺニスに塗って、ミランは俺のナカに下から挿入してきた。

「あぁーーー!!んんっ!!」

 散々焦らされた俺はミランに挿れられただけで達してしまった。びゅうびゅうと飛んだ白濁を手で受け止めたシオンは、それを俺の前で見せつけるようにペロリと舐めた。

「ミランのでイクなんて……、ユーリ、俺が挿れるまで我慢しないとだめだろう」

 シオンがじりじりと焦げるような瞳で俺を見てきた。その視線にさえ感じてしまいビクビクと揺れる俺を見ながら、シオンはミランから潤滑油を奪い取り、自分のぺニスにドバドバとかけた。

「ほら、俺も挿れるぞ」

「へっ……うっ……嘘!むっ……無理だよ、今ミランが………」

「大丈夫、いっぱい広げてとろとろにしたし、この潤滑油、優秀だから」

「えっ……ちょっ……やっぱ……え!あっ!あああ!!うっうそ!!んんんんっくっっあああーーー!!」

 ミランはシオンが入りやすいように腰を浮かせてしまった。二人の間に入り込んできたシオンは、ミランでいっぱいの俺の穴を押し広げるようにして一緒に入ってきた。
 かなりの圧迫感で苦しくはあるが、ミランが丁寧に広げてくれたのと、潤滑油のおかげて痛みはほとんどなかった。

「うわっ……きつ……!ってかミラン、ガチガチじゃないか、デカイこと言って、お前の方が先にイきそうだな」

「うるさい。まだ余裕だし!ユーリ?大丈夫?」

「……んっっ……くっ……くるし……、あっ……」

 二本分の熱がそれぞれ別の動きで俺のナカを擦ってくるので、徐々に苦しさよりも内側で暴れるような快感が増してきた。

「んっああ!!そっ……そこぉ……!もっとぉ……もっと……擦って……」

「ここか?ユーリは俺のが好きだよな」

 シオンは嬉しそうな顔で俺の良いところを、ゴリゴリと擦ってくるので、頷きながら声が枯れるほど喘いだ。

「ユーリは俺のがいいよね。それに、俺、ユーリに愛する人って言われたし!」

「なっ……!!なんだと!?」

 そう言えば確かに叔父の前で口にしていたが、行為の最中も二人に散々好きだと言っていたので、なぜ驚いているのかと快感で支配されている頭の片隅で思った。

「だっ……すきは……いつも……いって…………」

「俺は愛してるとは言われてない!」

「愛は、大事だよねー。好きの最上級だし。のこのこ遅れて来た男にはまだ相応しくないってこと、ねっ、ユーリ」

「あっ……はや……はやく……動いて………おね………」

「俺があの後どれだけ動いたか!根回しの根回しに、酒飲みの署長に付き合わされて連れ回されるわ、山のような書類を作らされて…………はぁ…………ユーリ、俺のことは愛してくれないのか?」

「おね…が……うご……い………」

「こんな時に言わせるなんて紳士じゃないよねー。やっぱり愛してるって言うならちゃんと…………」

 俺を挟んで行われている舌戦だったが、俺の爆発しそうな熱は限界だった。

「うんんんっー!も……だめぇ!……愛して……るから!シオンも……ミランも!動いて!!」

「ユーリ、俺も愛してる」

 両側から二人の言葉が重なって、不思議な響きが生まれた。その言葉を待っていたと二人とも満足そうに笑った。
 競うように下から突き上げてきて、その不規則な動きに翻弄されながら二人まとめてぎゅうぎゅうと締め付けた。

「あっ……あっ……、もっ……だっだめ…………」

「はぁ……はぁ……ユーリ、ヤバい……くそっ………もたな………っっ!」

 先に限界を迎えたのはシオンで、ぶるりと震えながら俺のナカに熱い飛沫を撒き散らした。

「ああ!んんんっっーー!」

 シオンの熱を感じた俺もまた、何度目が分からない絶頂に震えて白濁を放つと、俺の背中に歯を立てていたミランもまた中で爆ぜたようだった。
 二人分の幸せな熱に満たされて、とてつもない快感と満足感で頭の中もいっぱいになった。
 二人から与えられる快感も幸せも終わりがない。
 解放後の気だるい余韻に浸りながら、長い時間三人で抱き合ったのだった。




 □□


 教会の鐘が空に向かって高らかと鳴り響いた。
 人々の拍手と歓声に包まれて、階段の上から純白のドレスを纏ったジュリアとミケイドが現れた。
 二人は幸せそうに微笑みながら階段を降りてきた。参列者達がおめでとうと言いながら花びらを投げて二人を祝福した。

 今日はジュリアの結婚式に呼ばれて、俺はミランとシオンとともに参列していた。
 俺はミランの養子にはなったが、ジュリアは変わらず兄として接してくれている。


「おめでとう、ジュリア。幸せになってね」

「……ユーリお兄様、ありがとうございます」

 式が落ち着いた頃ジュリアの元へ行くと、俺を見つけたジュリアは嬉しそうに微笑んだ。

「実は最近、子供の頃の事を少しずつ夢に見るようになって……、お母様の顔も思い出しました。お兄様は本当にお母様に似ていますね」

「ジュリア……、あまり無理はしないで。今が幸せなのだから」

「…………お兄様は、幸せですか?」

 過去は楽しい思い出ばかりではない。ジュリアが痛みを思い出して苦しんで欲しくなかった。そんな俺をジュリアもまた心配するような顔で覗きこんできた。俺がどんな生活をしてきたか、事情を話してあるミケイドから聞かされたのだろう。

「うん。とても」

 俺はジュリアを安心させるようにジュリアの手を握って微笑んだ。

「ミラン様もシオン様も独身ですし、とても美しいですから大人気ですね」

 ミランとシオンの方を見ると二人はたくさんの女性達に囲まれていた。パーティーに出れば、美貌の双子として昔から注目されてきて、大人になった今はその美貌にも磨きがかかり、女性達はこぞって二人の話をしていた。
 そんな二人をつい切ない目で見つめていたら、それを見たジュリアがクスリと笑った。

「…………大丈夫ですよ。お二人がユーリお兄様を見る目はとっても甘くて特別に見えますから……」

「へっ……!?あっ……あの!別に……それは……それで……ええと」

 その辺の事情はジュリアには話していないのだが、どうやら何か感づいているらしく、俺は慌てて否定しようとしたが、真っ赤になって訳の分からない言葉しか出てこなかった。

「ユーリ、そろそろ行くぞ」

 熱くなった顔が恥ずかしくて、手で顔を覆っていたら、後ろからシオンの声がした。ミランが横でジュリアにお祝いの言葉を言って、俺がぼけっとしている間に、二人に連れられて帰りの馬車に入れられてしまった。

「あんなところで、なんて顔しているんだよユーリ!」

 なぜかプリプリとミランが怒りだして、もっと訳が分からない状態になった。

「すごい、破壊力!舐めてたね。見た?周りの男共がグラスを落としそうな勢いで見てたよ」

「ああ、すぐに連れてきて正解だったな。ただでさえ注目を集めていたのに、あれで動き出そうとしていた気配があった。公の場に連れて行くときは、どちらかが横に付いておく必要があるな」

 シオンまで変なことを言い出して、いったいなんの話をしているのか理解できなかった。

「なっ……なに?二人ともなんでそんな怖い目をしているの?」

「…………はぁ……、自覚もないし、気苦労が絶えないねぇ」

「ユーリ、外に出たら近寄ってくる男はみんな狼だと思え!話しかけられても無視するんだ。老人はもちろん、子供であっても油断はならない!」

「ええ!?む……無茶言わないでよ。おじいさんに道を聞かれても……」

「無視だな」

「迷子の男の子がいても」

「無視だよ」

「……………………」

 なんとなく二人の言いたいことが分かって、びっくりするくらいの過保護ぶりに頭がクラリとした。

「…………心配しなくても、俺の心はもう二人に夢中だから大丈夫だよ」

 俺の言葉にも二人は心配が足りないみたいで、ムッとした顔で押し黙っていた。

「そうだ!二人は子供の頃、よくあの教会に来ていたんでしょう?」

「え……?ああ、週末の礼拝にはたまにね。父が寄付をしていたからね、よく呼ばれることはあったかな」

「そうかー……。じゃあ、きっとそうだな」

 一人で納得して頷く俺を見て、二人揃って同じ不思議そうな顔をしていたのでおかしくなった。

「俺の初恋の話、聞きたい?」

 話が飛びまくり、しかも初恋と聞いて、また二人して揃って眉間にシワが寄って不機嫌な顔になった。
 二人を転がして遊んでいるみたいでもっとおかしくなったが、俺は座席に座り直して二人の目を見つめた。

「実はね、俺は昔あの教会でね。天使に会ったんだ」

 もっと話が飛ぶのかという困った顔になった二人を見ながら、俺は嬉しくなって微笑んだ。

 そして、その続きを伝えるためにゆっくりと口を開いた。


 教会の鐘の音が遠くから聞こえてきた。
 俺の天使達は本当はずっと昔にすでに俺の前に舞い降りていて、再び巡り会うのを待っていたのだ。

 それぞれの過去は暗闇の中にあっても、運命の糸で結ばれた俺達なら、それを消してしまうくらいの明るさでこれから先の未来を紡いでいけるだろう。
 困難な道も力を合わせて乗り越えていけると信じている。


 俺達は三人で一つなのだから。





 □完□
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