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第二章

⑭あなたのために

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 聞けばホワイトリリーでは、途中から入ってくる生徒、というのは珍しくないらしい。
 というのも、貴族の令嬢は早くから婚約している場合が多く、卒業を待たずに結婚するという流れが多いそうだ。
 そうなると自然と通学できなくなる事情が出てきて退学となり、入れ替わるように別の令嬢が入ってくる。希望者は常に多くいるらしい。

 アンドレアが馬車を降りて、ホワイトリリーの地に立つと、関係者だろうか黒いロングドレスに引っ詰めた髪、銀フレームの眼鏡をかけた、いかにも厳しそうな女性が近づいて来た。

「レッドワイス男爵令嬢のリデリンね」

「はい、初めまして。ご挨拶申し上げます。レディ…」

「サリトルよ。ホワイトリリーで淑女教育を担当しているわ。それなりに身につけてはいるようね」

 ずっと使っていなかったが、咄嗟にドレスを持ち上げて礼ができたので、アンドレアは顔には出さなかったがほっとしていた。
 荷物を運んでもらい、サリトルの案内で校舎を回ることになった。今月入学して来たのは三人目だというから、そこまで注目されることもなさそうだ。

「レッドワイス男爵はかなり事業で成功されているようですね」

「ええ、爵位を授かったのは十年前ですが、その頃手掛けていた事業は今は倍の収益を上げています。父のおかげでこのような素晴らしい場所で学ぶことが感謝しております」

 アンドレアは資料を思い出しながら必死に答えた。今朝支度の手伝いに現れたアルフレッド王子の使いの者達から、さあ行きましょう、これを熟読してくださいと渡されたばかりなのだ。
 名女優でもないのだから、こんな短時間で役に入り込むなんて無理がある。

「正直なのはいい事ですが、ここではそのような答えは好かれません。令嬢が男性のようにお金の話をするのは下品とみなされます。この質問では、分かりませんと答えるのが正解ですわ」

「はい……。お教えいただきありがとうございます」

 なんだそんなことでよかったのかと、必死に設定を思い出していたアンドレアは力が抜けてしまった。
 それなら何を聞かれても、私には分かりませんで通そうと頭を切り替えた。

「ところでサリトル先生は北部の国の出身ですか?」

「なぜそう思うの?」

「語尾の発音がとても柔らかいので、私の知っている方によく似ていて……」

「そう…。幼い頃は別の国で育ったらしいけどよく覚えていないの。あとはずっとここだから」

 会話のきっかけをと思って聞いてみたが、あまり踏み込んで欲しくない雰囲気を察知して、アンドレアは言葉を飲み込んだ。
 ここは女性の世界、言動は特に注意しなければいけない。今更ながらに気がついて背を正した。

 アンドレアのここでの名前は、リデリン・レッドワイス。平民から成り上がった貴族、レッドワイス男爵家の次女、という設定になっている。レッドワイス男爵には協力を依頼済みで、次女リデリンは架空の人物だ。
 現在17歳、不仲の両親の別居で母方に付いてずっと外国暮らしだったが、不幸があって男爵家に戻ってきた令嬢。
 性格は野心家で、強い者の下に入り成り上がるチャンスを狙うタイプ。そのためには、他人を利用することも、人が犠牲になることも何とも思わない冷酷さを兼ね備えている。

 誰が作ったか分からないシナリオだったが、正直とても苦手なタイプの女性だし、それを自分が上手くやれるだろうかと不安しかなかった。


 学園の生徒達は授業と言ってもほとんど午前中で終わってしまう。
 サファイア国の貴族が中心なので、男子と違って寮住まいではなく、みな自分の屋敷やタウンハウスを借りて、そこに住んで通学している。
 今日は初日とあって、授業を軽く見学して街にあるレッドワイス家の運営しているホテルへと帰った。
 アルフレッドの配慮で最上階の部屋を用意してもらった。当分はここがアンドレアの拠点となる。

 服装はドレスが基本で、サファイア王立学園のように制服はない。特にこれと決められていないので、大人しめのドレスを選んだ。
 侍女を付けてもらったが、先に髪だけ解いて、鏡台の前で髪をとかしていたらノックの音が聞こえた。
 早い帰りだったが、早速侍女が来てくれたのかと思ってどうぞと答えると、現れた人の姿を見てアンドレアは驚きで慌てて立ち上がった。

「ロ…ローレンス!?どうして…ここに…」

 作戦では怪しまれないように徹底して、学園の人間との接触を断つように言われていた。だから、すぐ手紙を書いて出すつもりだったが、まさか初日からローレンス本人が来てしまうとは思わなかった。
 部屋に入ってきたのに無言で立ち尽くしている姿を見て、これは怒っているなとアンドレアは思った。

「ローレンス、こんなこと勝手に決めてしまってごめんなさい…。心配をかけたくはなかったのですが…」

 無言でつかつかと部屋に入ってきたローレンスは、そのままガバッと力強くアンドレアを抱きしめた。

「アンドレア…貴女は……もう……」

 ローレンスに抱きしめられたら、作戦なんてもう頭から消えてしまった。すでに覚えてしまった温もりに包まれたら、もう離れることはできない。

「今日、アンドレアがホワイトリリーに潜入している話を突然聞かされて、私がどんなに驚いてショックだったか分かりますか?こんな危険な作戦に貴女を巻き込みたくなかった……」

「………ごめんなさい」

「いいえ…アンドレアのせいじゃないです。私はちゃんと話さずに一人で乗り切ろうとしてしまった。アンドレアが……こんなにも私のことを思ってからいるのに……」

「でも…それは私を危険から遠ざけるために……」

「私が何も説明せずに遠ざけたから、アンドレアはアルフレッド王子に私の助けがしたいと申し出てくれたのでしょう?」

「…………ん?」

 ローレンスの力になりたいと言ったのは間違いないが、気のせいかどうもニュアンスが違う気がするのだ。

「ローレンスの力になりたい、そのためならどんな危険なことでもやりたいとアルフレッド王子を掴まえて粘り強く訴えてきたから、王子も苦渋の思いでこの仕事を頼んだと……そう聞きましたが……」

 気のせいではなく若干塗り替えられていると思ったのだが、なぜそうなったのか想像したアンドレアは、両国の平和のために大人しく塗り替えられることにした。

「そ……そうです。ローレンスの顔が疲れて見えて……力になりたかったのです。私に出来ることなら何でもしたいと…」

「ああ!アンドレア!貴女という人は……!」

 ローレンスが抱きしめてくる力はさらに強くなって折れそうなくらいだ。アンドレアも広い背中に手を回してなんとかそれを受け止めた。

「本当は心配するべきところなのですが、罪深い私はアンドレアがそんなに私のことを思ってくれていることが嬉しくて…ああ、私はこんなに愛されて…なんて幸せ者なのでしょう!!」

「あ…の、私も…幸せです」

 どうやら怒りというより、喜びの感情が勝ってしまったらしいローレンスは、たまらないという表情でアンドレアの頭にキスの雨を降らせてきた。

「ホワイトリリーはどうですか?いじめられたりしていませんか?」

「まだ初日の見学だけですから……」

「ああー心配です。やっぱり私も生徒として一緒に……」

 目尻を下げた顔で何を言い出すのかとアンドレアはおかしくなってクスクスと笑ってしまった。

「ローレンスも、私と同じ格好をするのですか?」

 そう言えばアンドレアの令嬢姿を見せるのは初めてだと、スカートを摘んでくるりと回って見せると、ローレンスは顔を両手で覆って大きな体を小さくしてしゃがんでしまった。

「ああ…アンドレア…、可愛すぎます。本当は部屋に入った時から可愛くてたまらなくて……」

「そ…それは、ありがとうございます。ローレンスに見てもらえるとは思ってなかったので嬉しいです」

 そこで何か気がついたのか、ローレンスがピクリと揺れて顔を覆っていた手を離した。

「……ところで、学校内に男性はいらっしゃるのですか?」

「さぁ…それは…。教師は何人かいると聞きましたけど……」

 うずくまっていたのに、すくっと立ち上がったローレンスはアンドレアの手を引いて歩き出した。
 ガタガタと椅子を並べられて座らされたら、
 ローレンスも隣に座って来た。

「いいですか?これから作戦会議をします。アルフレッド王子が渡した資料を見ましたが穴だらけでした。これから私が安全かつ虫がつかない行動についてじっくりと説明しますので、今日はしっかりお付き合いください!」

「は…はい、よろしくお願いします」

 急に目の色が変わったローレンスは、張り切って説明を始めてしまった。
 確かに素人過ぎてバレてしまっては皆が動いてきたことが台無しなってしまう。

 とにかく、ローレンスの言う通りにして頑張ろうと、その熱い声に耳を傾けたのだった。


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