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第二章

②上手なキス

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 もう何回目のキスかは分からない。
 だけど途中で苦しくなって、アンドレアは息を吸い込んでむせてしまった。

「苦しいのですかアンドレア、なかなか息継ぎを覚えられないのですね」

「すっ…すみません。だって……、キスとはこんなに、大変なものだとは……ずっと知らなくて……」

 寮へ戻ってからしばらくして、アンドレアの部屋に遊びに来たローレンスは、ルイスを外へ追い出してすぐにアンドレアにキスをしてきた。

 ここのところ、よくその流れになっているので、アンドレアは頑張ってそれを受け入れる。

 何しろローレンスの教えてくれたキスは長い。
 一度始まったら、呼吸が出来なくて気絶してしまうくらい長い間重なっているのだ。

 経験のなかったアンドレアは、ローレンスに喜んでもらいたいと思って必死に言われた通りに頑張るのだが、なかなか上手くできない。

「どうしてアンドレアは上手くできないのでしょうね……、どう思いますか?」

「そっ……、それは。そのいつも頭が真っ白になって……、何も考えられなくて……」

「それで?他には?本当に何も考えられないのですか?」

 ローレンスが射ぬくような視線でアンドレアを捕らえている。二つの目で見られるとアンドレアは痺れてしまい、動けなくなるのだ。

「いえ……、ローレンスのことが好きで…、きっ気持ちが溢れてきて、夢中になってしまって」

 アンドレアはちゃんと頭がまわらなくて、動けない自分が情けなくて泣けてきてしまった。今までほとんど泣いたことなどないのに、ローレンスの前だと、幼子のように泣いてしまう。

「……そうですか。アンドレアは私のことが好きすぎて、上手くできなくなってしまうのですね」

「……はい」

 恐る恐る見上げると、怒っているのかと思っていたローレンスは口許を少し綻ばせていて、気のせいか息づかいも荒い気がする。

「では、とっておきの方法を教えてあげましょう」

「は…はい。お願いします」

「声に出すのです。気持ちをちゃんと声に出しながらキスをしてください。そうすれば、頭が真っ白になることもなく集中できますよ」

「声に……!そんな……!」

 まさかキスをしながら、一人でベラベラ喋っていたらおかしいと思うのだが、ローレンスのように慣れてくれば必要ないのだろうか。
 アンドレアはごくりと唾を飲み込んで、集中することにした。

「さぁ、どうぞ」

 ローレンスがベッドに座って手を広げていた。
 アンドレアは、いつだったか夢の中でローレンスにしがみついて自分からキスをしたことを思い出した。
 大丈夫、できるはずだと自分に言い聞かせた。

「……ローレンス、……好きです」

 そう言って、立ったままローレンスの頭に軽く手を回して、ゆっくりと唇を重ねる。遠慮がちに進めてみるが、ローレンスは乗ってこない。

 自分が下手くそだからだと、涙目になったアンドレアは、恥ずかしいと思う心は捨てることにした。

 夢で見たみたいに、ローレンスにしがみついた。
 好きですと言いながら、ついばんで、ローレンスの反応を見ながら、時おり目を合わせて、目が合ったらその前より深く口づけるというのを繰り返した。

 熱にうなされるように、ローレンスと繰り返し名前を呼んで求めると、ローレンスもやっと誘いに乗ってくれるようになった。

「ローレンス……あなたに触れると…私、どこもかしこも熱くなって……」

「アンドレア……」

「このままだと心臓が溶けてしまいそうです」

「アンドレア、ちょっと待ってください……」

 気がつくと、いつも余裕の顔で微笑んでいたローレンスが、何か堪えるような辛そうな顔をしていた。

「……?すみません。私…夢中で……。何かだめでしたか……?」

「いえ、違うのです。ちょっと可愛がるつもりが、予想を超えて開花してしまって……、今日はここまでにしましょう」

「………はい」

 何だか、急に冷たくなってしまったようなローレンスの態度が寂しくて、アンドレアは帰ろうとして背中を向けたローレンスの服を思わず掴んでしまった。

「どうしました?」

 振り返ったローレンスは、いつもの優しい微笑みに戻っていたが、何だかそれが取り残されたみたいで、切なく感じた。

「ローレンス、その……、キスが上手くできるようになったら、もう少し一緒にいてくれますか?」

 ローレンスは口許にいつもの微笑を浮かべたまま、目だけやけに鋭くなった。
 何となく、こういう目をしている時は本能的な恐怖を感じる。

「ええ、もちろん」

 気のせいだったかもしれない。優しく微笑み返してくれたローレンスに、アンドレアはほっと安堵した。


 □□


「参りましたね…。軽く火をつけるはずが、私の方が燃え上がってしまいました……」

 別れ際にアンドレアが服を掴んできた。
 平静を装って振り向いた後、アンドレアに言われた言葉を思い出す。

「あぁ……あの言葉だけで、しばらくもちますね……、あぁ思い出すと鼻血が出そう……」

 自分の部屋に戻る途中、ぶつぶつと独り言を呟くローレンスを、すれ違う生徒達がぎょっとした顔で見てくるがもうどうでもいい。

 ローレンスは剣の修行で鍛えた、自分の自制心には自信があった。
 学園にいる間に、アンドレアの体に負担がかかるようなことは避けなければいけないし、基本的に本能で生きるタイプだが、最後の一線は守るつもりでいる。

 一線までいかなければ、いいだろうと思っているが、あまく見ていたアンドレアに、予想を超える逆襲を受けて、つい理性をなくしそうになった。

 それでなくとも、四六時中側に置いて可愛がりたいので、会えればついつい手を出してしまう。
 だが、アンドレアはかなりの強者だった。もう少し自制しなければと、ローレンスはがらにもなく反省していた。

「おー、ローレンス」

 最上階に上がったところで、ライオネルに会った。

「なんだお前……!鼻血が出てるぞ!」

「ええ、知っています。気にしないでください」

 うるさいので、無視して通り過ぎようとしたら、しつこく後を追ってきた。

「また、アルバートのところへ行っていたのか?食堂でルイスがやけ食いしてたぞ、部屋に戻れないとか言って……」

「…………」

「お前達、その……、男同士だろ。アルバートの負担にならないようにしてやれよ……」

 気まずそうに忠告してくる友人の言葉を聞いて、ローレンスは閃いて立ち止まった。

「男同士………そうか、その手もありましたね」

「ばっ!!バカ野郎!おっ…お前そんなデカイ声で!ふざけんな!そういうことを気をつけろって俺は……!」

「ライオネル!良い閃きをありがとうございます!当面その予定はありませんが、どうしてもという時はその選択肢も加えておきましょう」

 よかれと思ったのに、よけいな閃きを与えてしまったライオネルは、頭を抱えて、アルバートすまないと呟いた。

「それで、何の用ですか?そんな忠告を言うためにわざわざ待っていたわけではないでしょう」

「あっ…ああ、そうだ。情報が入った。あいつだよ。あいつが学園に来ることになった」

「それは確かですか?本当なら……面倒なことになりそうですね」

 平和な学園生活に、黒い絵の具が垂らされるように、嫌な予感を感じてローレンスは目を伏せた。

 嫌なものほどよく当たる。
 ライオネルが気を付けろよと言った声が、静かな廊下に濃く響いたのだった。



 □□□
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