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PSYCHIC 7
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「はぁぁぁっ? 梶くんと、三好(みよし)さんがいないってぇぇ?」
「は? 梶のヤロウ、どこいってんだ?」
ロケバスに帰った連中を待ち受けていたのは、ロケバス待機組のうち、二人が無断でロケバスから離れた挙句、帰ってこないというトラブル。
話を聞けば、梶は、禁煙家の五代を除く待機組男性陣と共に、ロケバスのすぐ脇で一服しながら話をしていたのだが、いつの間にか姿を消していたとのこと。
皆、尿意でも催して、その辺に用を足しにいったのだと思い込んでいたので、別に気にすることもなかったらしい。
三好については、中山がメイク直し中、日高と今後のスケジュールや仕事の打ち合わせをしていたようだが、日高が萱野に呼ばれ、中山とチェンジした後の行動を知る者はいなかった。
「え? でも、五代さんも中山さんもロケバスの中にいたんですよね?」
田口が中山と五代を見ると二人は互いに顔を見合わせて肩を竦めた。
「私はコレを読んでいたし、iPodで音楽を聴いていたから。コッソリ誰かがバスを出ても気が付かないわ」
彼女が掲げたのは、小難しそうな本とiPod。
音楽で聴覚を奪われ、小説で視覚と集中力を奪われていては確かに周りのことにまで意識が及ばないかもしれない。
チラリと五代に目をやると、「わたくしは寝ていましたので」と一言。
彼らの目撃証言は期待できそうにない。
「携帯やメールは?」
待機組全員の顔を見回しながら尋ねると、まず、日高が手を上げた。
「三好ちゃんには電話もメールも入れているんですけどぉ。すぐに留守電になっちゃうしぃ~、メールには返事が来ないんですぅ」
頬を膨らませた彼女は、「こんなんじゃぁ、なんのためにアタシのマネージャーとして同伴したんだか、ワケわかんないですよねぇ~」と、田口に発信履歴とメールの送信履歴を見せた。
そこには、30分以上前から今まで、何度も電話やメールをしている形跡が残されていた。
「待機組の中ではぼくしか梶さんの連絡先を知らないものですから、ぼくが電話をかけたんですが…………留守電どころか、電波すら入っていなくて……」
自分の上司である人間が身勝手な行動をして、周りに迷惑をかけていることで肩身の狭い思いをしている瀬奈川は、自分も彼との連帯責任を取らされるんじゃないかとビクビクした様子で田口の顔色を窺うように話した。
結局、スマホや携帯を持っていても役に立たない。
「まったく……どこにいっちまったんだよ……」
髪の毛をワシャワシャと掻き毟りながら、弱々しく田口がボヤくと萱野が呆れたような声を出した。
「ホント、迷惑な二人ですよねー。でも仕方がないのかも。だって、アレでしょ? 三好さんと梶くんって、付き合っているんでしょ?」
「え? マジ?」
「ちょ、萱野ちゃんっ! 知ってたんかい!」
「あれ? 小野さんも知ってたんだ。内緒だとか言っておきながら、なぁんだ。女ってやっぱり口が軽いわよね~」
「ちゃうねん、ちゃうねん。ワイは梶の方から聞いたんやて。あの二人、この番組がキッカケで出会って付き合ったっちゅーらしいやん」
「えぇぇぇっ! そぉなのぉ? 三好ちゃんってば、アタシにはなぁんにも話してくれないんだもん。知らなかったぁ~。だからかぁ~。アタシ一人でいいっていうのに、ロケについてくって聞かなかったのは。ぜんっぜん、仕事する気なんてなかったんじゃぁ~ん。そりゃぁ、連絡も無視するわけだぁ。なっとくぅ~」
どさくさに紛れの爆弾発言。
萱野がポロリと二人の交際を暴露すると、それに乗っかる小野。
こうやって『秘密の交際』というものは、いとも簡単に周りにバラされ、広がっていくもの。
しかも、他人の秘密や恋愛話が大好物なのが女性。
すぐさま話に食いつく日高と、普段は仕事中に噂話でもしようものなら、冷静に注意する中山も、「え? じゃあ、二人で消えたって……もしかして?」と、興味津々といった感じで口を挟む。
このままでは、彼らの恋愛話で盛り上がるだけで、何の進展も望めない。
第一。
仕事にプライベートなことを――――しかも、恋愛事情を持ち込むなんて、プロとして以前に、社会人としての常識がなっていない。
温厚な田口でも流石にこれには怒りを通り越して呆れるが、こんなくだらない話をしている間にも時間は過ぎていく。
限られた時間の中でのロケなのだ。
こんな事で騒いでいる暇はない。
「はいはいはいっ!」
穏便で柔らかな物腰がウリの田口が、珍しく強い口調で声を出し、パンパンパンッと手を叩くと、皆、一斉に口を閉ざして彼の方を振り向いた。
「二人が付き合っているとかどうでもいいから。それよりも、二人がどこに行ったか心当たりはまったくないの?」
「せやから二人が付き合っとるから、二人でどっかにシケこんどるんちゃいまっか?」
恋バナよりも、二人を探す方が先決だという意味を込めて放った田口の言葉は、小野の一言で、吹き出す者や苦笑いする者が続出し、微妙な空気が流れる。
「おいっ小野! 空気よめや、空気!」
乾いた音を立てて相方の頭を叩く(はたく)大野の、これまた絶妙なタイミングが、深刻にならなきゃいけない空気を更にライトなものへと変えた。
ロケ現場でスタッフ二人が消えたというのに、こんなにもくだけた雰囲気だというのは、ここにいる殆どの人間が小野の言った『二人でどこかにシケこんでいる』という言葉に同意しているからだろう。
だが、田口はどうしても、その言葉に頷くことは出来なかった。
もし仮に、二人が本当に付き合っていたとしても、ここには、番組スタッフと出演者の親睦を深めるためにピクニックに来ているのではなく、撮影をしに来ているのだ。
特に梶に関しては、田口との付き合いは長い。
女関係にはだらしがない部分はあったけれど、仕事に関しては信頼できるスタッフの一人だ。
たとえ、二人でこそこそ逢引きしていたとしても、何十分も何時間も二人っきりでいるような行動はしない筈。
周りに秘密にしているような関係であるのなら尚更だ。
器用で神経質な梶が、わざわざ二人の関係がバレるような軽率な行動をとるはずがない。
梶という人物をよく知る田口なだけに、どうも、二人で一緒にこの場から消えたということに違和感を覚えた。
「ったく。何考えてんだよっ! こんな大事なロケで。梶のヤツ。女好きでも仕事はデキるヤツだと思ってたのによぉ。色ボケしやがって」
「梶さんってぇ~、女遊びは激しいぃ~けどぉ、仕事にはマジメな人だと思っていたのにぃ、幻滅しましたよぉ~」
職人気質な野村が心底軽蔑したような発言をすると、山岸もそれに同調する。
その傍らでは、萱野を筆頭にして、小野、大野、日高が下卑た憶測で盛り上がっていた。
「ちょっと散歩に行くつもりが、人目につかない場所でいちゃいちゃしているうちにさぁ……」
「あ~! わっかるわぁ! ソレ! 普段と違うシチュエーションやと、えっらい盛り上がるもんなぁ~!」
「お前、こんな状況で何ゆうとんねん! 変態かっ」
「いやぁ、野外プレイって、興奮しいへん?」
「やっだぁ~。オノッチ、きっもぉ~い」
「愛ちゃん、何ゆうてんねんっ。男なら皆、同じこと思っとるって!」
どちらのグループにも入らず、ただ難しい顔をして黙って皆の話を聞いているのが賀茂と五代。
神代は何故か、猫のように何もないところをジッと見つめたまま、ピクリとも動くことはなかった。
「かみし――――」
「田口さんっ。それより、時間がありませんよ」
奇妙な様子の神代が気になり、声をかけようとしたところで、浅井が焦った声を出した。
腕時計に目をやると、思いのほか時間が過ぎていた。
「そうだな。夜までに現場レポートの収録も、テントの用意もしなきゃいけないしな」
小さな溜息をつく。
「一人でどこかに行ったわけじゃなさそうだし、二人共大人だ。きっと、ロケバスに戻ってくるだろう。とりあえず、二人のスマホに今後の予定をメールして、残った者達でロケを進めよう」
「でも田口さん。それでもし二人の身に何かがあったとしたら……」
神妙な面持ちで賀茂が尋ねる。
それはそうであろう。
幽霊云々よりも、山の中で遭難や野生動物に襲われたといったことの方が怖い。
今、皆で手分けして探すか、それでも見つからなければ、警察に連絡するといった手段を取ることが、この場では一番正しい選択だ。
「なんの為に俺がいると思っているんだい?」
ふくよかで小柄な体型と、誰にでも気を遣い、腰の低い田口は、普段はいじられキャラではあるが、実際にはかなりの強引さを持ち合わせている。
そうでなければディレクターにまでのし上がれるわけはない。
周りから人柄が良く、誠実だと評判の人間であっても、ずる賢く、策略家でなければ上手く渡ってはいけない業界。
誰もが安心感を覚えるような田口の朗らかな笑みは、この時ばかりは影を顰め、その代わりに目に力強さが宿っていた。
「現場での責任は俺がとる」
彼の一言でその場の空気が変わった。
「田口さんが……ですか?」
心配そうに賀茂が聞き返す。
「ええ。ディレクターというのは、現場責任者ですからね。兎に角。このロケを無事に終わらせないことには、特番の枠に穴をあけてしまうことになるんで。梶くんや三好さんのことは勿論、大切ではありますが、それと同じくらい、ロケも大事です。彼らの無事を信じて進めましょう」
今までずっと黙っていた五代の方に賀茂が顔を向けると、互いにアイコンタクトらしきものをして、二人は頷いた。
「わかりました。山の中とはいえ、ここは電波だって届く。何かあれば、連絡してくるはずですし、田口さんの言う通り、メールや留守電を二人のスマホに残しておけば、ロケ現場である廃村へと後から来るでしょう」
「相当気まずい思いはするだろうけどな」
相当苛立っているのか、野々村がフンッと鼻を鳴らして厭味を言うが、他のメンバー達の場合は、二人揃って遅れて来たら、速攻でからかう気満々のニヤけ面。
それよりかはまだマシなのかもしれない。
「あの……ぼくが照明をするんですか?」
情けなく、眉毛を八の字にした瀬奈川が弱々しく確認する。
「ああ。そうだよ。君しかいないじゃないか」
「でも……夜間は別として、今からの撮影に関してはレフ板は……」
レフ板は、出演者達の表情を活き活きと映したり、女性陣をより色白に見せたり、若々しい印象をもたらすためには重要なアイテムだ。
今までは瀬奈川がレフ板を持っていたが、その彼が照明に回るとなると、レフ板を持つ者がいなくなる。
顎に手をやり、どうしたものかと考える田口の目の端に、未だにボーッと一点を見つめる神代の姿が入った。
「そうだね。レフ板は神代くんにやってもらおう」
「え? 彼にですか?」
くるりと振り返って神代を見る瀬奈川は不安気というよりも、怯えているといった感じだ。
「どうしたの? 彼じゃマズい?」
「え? いいえ。あ……えっと。その。昼間の撮影でレフ板持ち頼んだら、物凄く冷たくあしらわれちゃって。ちょっと苦手なんですよ。はっきりと物を言われる方ですし」
おどおどした彼の視線は、チラチラと何度も神代を見ては、田口に縋るような視線を送る。
そういえば、神代自身、レフ板持ち頼まれたことに憤慨し、文句を言っていたことを思い出した。
あまり拗ねさせたくはないが、これも全ては番組を成功させるため。
多少、財布は痛い思いをするが背に腹はかえられない。
「大丈夫だよ。神代くんは、与えられた仕事はきちんとこなしてくれるから。俺から頼んでおくよ」
気弱な瀬奈川は、田口の顔を拝むようにして、「ありがとうございます。梶さんが来るまで精一杯、照明頑張ります」と、ようやく笑顔を見せた。
「じゃあ、僕からも二人にメールと留守電を入れておくから、愛ちゃんは三好さんに。瀬奈川くんは梶くんに、俺と同じように、今後のスケジュールをメールしてくれるかな?」
「はい」
「はぁ~い」
二人の返事を聞くと、すぐにテキパキと指示を出す田口に従って、皆、慌ただしく動き出す。
ただ一人を除いて。
「神代くん」
背後からポンッと肩を叩くが、ピクリとも動かない。
「神代くん?」
もう一度声をかけると、彼は振り向くことはなく、ただ、廃村を取り囲む森へ向かってゆっくりと腕を伸ばし指をさした。
「田口さんには見えない? この森の奥に真っ黒な渦が見えるんだ。ここには長居をしない方がいいよ」
「黒い……渦? それって、もしかして霊?」
このロケにはサブは連れてきていないことに表向きはなっているので、声を潜めて確認するが、神代からは何の反応も返ってくることはない。
「廃村よりも森が危ないってこと?」
質問を変えて、神代の返事を待つがやはり無言。
さっきからずっと同じポーズで固まっている神代。
彼が指差す方向に目をやると、奥の方に何かがあるような気がした。
「車?」
じっと目を凝らす。
木々に覆われ、はっきりとは見えないが車らしきものがあるように見えた。
こんな山奥に。
自分達以外に誰が、何をしに?
そもそも、あの車の持ち主はどこにいる?
いや。
もしかしたら、廃車の処分に困って違法投棄したものなのか?
遠くにあるため、車とは断定できないものの、もし車だとしたら、こんな辺鄙な場所にわざわざ来るのは、肝試しか自殺志願者くらい。
もっと近くで確認する必要がありそうだ。
田口は吸い寄せられるように、神代が指差す方向にある、『何か』に向かって歩こうとした時であった。
「田口さぁ~ん。行きますよ~!」
ロケバスから荷物を担ぎ、廃村へと向かう準備が整った浅井が大きな声で呼んだ。
肩をビクリとさせて、自分がここに何をしに来たのかを思い出し、すぐに声のする方へと振り返った。
「今行くっ」
同じく大きな声で返事をした後、慌てて神代に向き直った。
「神代くん。すまないが、梶くんが三好さんとどっかふらついちゃって……。人手が足りないんだよ。申し訳ないが、レフ板――――」
「イヤだ」
今しなければならないことに意識がシフトチェンジした田口は、梶のいないロケ隊の中で、神代に重要な役割を頼もうとしたのだが、言葉を全部言い終わる前に断られた。
「えーーーーっ!」
情けない声を出す彼は、自分が置かれた今の立場と、神代のつれない態度のお陰で、つい先ほど目にしたばかりの『この場にあってはおかしいもの』についてはスコンと頭から抜け落ちた。
悲壮感溢れる田口の顔を見た神代は、ふと、ロケバスの方に顔をやった。
「と、言いたいところだけど。そうだね。オレも撮影部隊と一緒に行動した方がよさそうだ」
彼なりに何か考えがあるのだろう。
冗談めかしたことも、面倒くさがることもなく、素直にレフ板持ちの依頼を受け入れた彼に、田口は妙な違和感を覚え、ジッとその横顔を見つめた。
「ん? たぐっちゃん。どうしたの? そんなに見つめて……あ。安心してよ。オレがレフ板持ちをOKしたのはさ。別に深い意味なんてないよ。ただ単に、金額上乗せってだけだから」
ニシシシッと笑う彼を見て、田口は「ですよねーーー」と苦笑した。
「当然、当然。世の中、コレよ、コレ!」
そう言って、親指と人差し指の先っぽをくっつけて円を作り、残り三本の指を立てて『マネー』のジェスチャーを示す彼を見て、田口はホッと一息ついた。
《神代くんの様子が少しおかしいと思ったけど、ま、気のせいか》
小さく頭を振り、神代と共にロケバスの方へと戻った。
「さ、ここからが本格的なロケの始まりだ。皆、気合い入れていこう」
現場責任者の掛け声に皆が頷き、廃村へと足を進めた。
「は? 梶のヤロウ、どこいってんだ?」
ロケバスに帰った連中を待ち受けていたのは、ロケバス待機組のうち、二人が無断でロケバスから離れた挙句、帰ってこないというトラブル。
話を聞けば、梶は、禁煙家の五代を除く待機組男性陣と共に、ロケバスのすぐ脇で一服しながら話をしていたのだが、いつの間にか姿を消していたとのこと。
皆、尿意でも催して、その辺に用を足しにいったのだと思い込んでいたので、別に気にすることもなかったらしい。
三好については、中山がメイク直し中、日高と今後のスケジュールや仕事の打ち合わせをしていたようだが、日高が萱野に呼ばれ、中山とチェンジした後の行動を知る者はいなかった。
「え? でも、五代さんも中山さんもロケバスの中にいたんですよね?」
田口が中山と五代を見ると二人は互いに顔を見合わせて肩を竦めた。
「私はコレを読んでいたし、iPodで音楽を聴いていたから。コッソリ誰かがバスを出ても気が付かないわ」
彼女が掲げたのは、小難しそうな本とiPod。
音楽で聴覚を奪われ、小説で視覚と集中力を奪われていては確かに周りのことにまで意識が及ばないかもしれない。
チラリと五代に目をやると、「わたくしは寝ていましたので」と一言。
彼らの目撃証言は期待できそうにない。
「携帯やメールは?」
待機組全員の顔を見回しながら尋ねると、まず、日高が手を上げた。
「三好ちゃんには電話もメールも入れているんですけどぉ。すぐに留守電になっちゃうしぃ~、メールには返事が来ないんですぅ」
頬を膨らませた彼女は、「こんなんじゃぁ、なんのためにアタシのマネージャーとして同伴したんだか、ワケわかんないですよねぇ~」と、田口に発信履歴とメールの送信履歴を見せた。
そこには、30分以上前から今まで、何度も電話やメールをしている形跡が残されていた。
「待機組の中ではぼくしか梶さんの連絡先を知らないものですから、ぼくが電話をかけたんですが…………留守電どころか、電波すら入っていなくて……」
自分の上司である人間が身勝手な行動をして、周りに迷惑をかけていることで肩身の狭い思いをしている瀬奈川は、自分も彼との連帯責任を取らされるんじゃないかとビクビクした様子で田口の顔色を窺うように話した。
結局、スマホや携帯を持っていても役に立たない。
「まったく……どこにいっちまったんだよ……」
髪の毛をワシャワシャと掻き毟りながら、弱々しく田口がボヤくと萱野が呆れたような声を出した。
「ホント、迷惑な二人ですよねー。でも仕方がないのかも。だって、アレでしょ? 三好さんと梶くんって、付き合っているんでしょ?」
「え? マジ?」
「ちょ、萱野ちゃんっ! 知ってたんかい!」
「あれ? 小野さんも知ってたんだ。内緒だとか言っておきながら、なぁんだ。女ってやっぱり口が軽いわよね~」
「ちゃうねん、ちゃうねん。ワイは梶の方から聞いたんやて。あの二人、この番組がキッカケで出会って付き合ったっちゅーらしいやん」
「えぇぇぇっ! そぉなのぉ? 三好ちゃんってば、アタシにはなぁんにも話してくれないんだもん。知らなかったぁ~。だからかぁ~。アタシ一人でいいっていうのに、ロケについてくって聞かなかったのは。ぜんっぜん、仕事する気なんてなかったんじゃぁ~ん。そりゃぁ、連絡も無視するわけだぁ。なっとくぅ~」
どさくさに紛れの爆弾発言。
萱野がポロリと二人の交際を暴露すると、それに乗っかる小野。
こうやって『秘密の交際』というものは、いとも簡単に周りにバラされ、広がっていくもの。
しかも、他人の秘密や恋愛話が大好物なのが女性。
すぐさま話に食いつく日高と、普段は仕事中に噂話でもしようものなら、冷静に注意する中山も、「え? じゃあ、二人で消えたって……もしかして?」と、興味津々といった感じで口を挟む。
このままでは、彼らの恋愛話で盛り上がるだけで、何の進展も望めない。
第一。
仕事にプライベートなことを――――しかも、恋愛事情を持ち込むなんて、プロとして以前に、社会人としての常識がなっていない。
温厚な田口でも流石にこれには怒りを通り越して呆れるが、こんなくだらない話をしている間にも時間は過ぎていく。
限られた時間の中でのロケなのだ。
こんな事で騒いでいる暇はない。
「はいはいはいっ!」
穏便で柔らかな物腰がウリの田口が、珍しく強い口調で声を出し、パンパンパンッと手を叩くと、皆、一斉に口を閉ざして彼の方を振り向いた。
「二人が付き合っているとかどうでもいいから。それよりも、二人がどこに行ったか心当たりはまったくないの?」
「せやから二人が付き合っとるから、二人でどっかにシケこんどるんちゃいまっか?」
恋バナよりも、二人を探す方が先決だという意味を込めて放った田口の言葉は、小野の一言で、吹き出す者や苦笑いする者が続出し、微妙な空気が流れる。
「おいっ小野! 空気よめや、空気!」
乾いた音を立てて相方の頭を叩く(はたく)大野の、これまた絶妙なタイミングが、深刻にならなきゃいけない空気を更にライトなものへと変えた。
ロケ現場でスタッフ二人が消えたというのに、こんなにもくだけた雰囲気だというのは、ここにいる殆どの人間が小野の言った『二人でどこかにシケこんでいる』という言葉に同意しているからだろう。
だが、田口はどうしても、その言葉に頷くことは出来なかった。
もし仮に、二人が本当に付き合っていたとしても、ここには、番組スタッフと出演者の親睦を深めるためにピクニックに来ているのではなく、撮影をしに来ているのだ。
特に梶に関しては、田口との付き合いは長い。
女関係にはだらしがない部分はあったけれど、仕事に関しては信頼できるスタッフの一人だ。
たとえ、二人でこそこそ逢引きしていたとしても、何十分も何時間も二人っきりでいるような行動はしない筈。
周りに秘密にしているような関係であるのなら尚更だ。
器用で神経質な梶が、わざわざ二人の関係がバレるような軽率な行動をとるはずがない。
梶という人物をよく知る田口なだけに、どうも、二人で一緒にこの場から消えたということに違和感を覚えた。
「ったく。何考えてんだよっ! こんな大事なロケで。梶のヤツ。女好きでも仕事はデキるヤツだと思ってたのによぉ。色ボケしやがって」
「梶さんってぇ~、女遊びは激しいぃ~けどぉ、仕事にはマジメな人だと思っていたのにぃ、幻滅しましたよぉ~」
職人気質な野村が心底軽蔑したような発言をすると、山岸もそれに同調する。
その傍らでは、萱野を筆頭にして、小野、大野、日高が下卑た憶測で盛り上がっていた。
「ちょっと散歩に行くつもりが、人目につかない場所でいちゃいちゃしているうちにさぁ……」
「あ~! わっかるわぁ! ソレ! 普段と違うシチュエーションやと、えっらい盛り上がるもんなぁ~!」
「お前、こんな状況で何ゆうとんねん! 変態かっ」
「いやぁ、野外プレイって、興奮しいへん?」
「やっだぁ~。オノッチ、きっもぉ~い」
「愛ちゃん、何ゆうてんねんっ。男なら皆、同じこと思っとるって!」
どちらのグループにも入らず、ただ難しい顔をして黙って皆の話を聞いているのが賀茂と五代。
神代は何故か、猫のように何もないところをジッと見つめたまま、ピクリとも動くことはなかった。
「かみし――――」
「田口さんっ。それより、時間がありませんよ」
奇妙な様子の神代が気になり、声をかけようとしたところで、浅井が焦った声を出した。
腕時計に目をやると、思いのほか時間が過ぎていた。
「そうだな。夜までに現場レポートの収録も、テントの用意もしなきゃいけないしな」
小さな溜息をつく。
「一人でどこかに行ったわけじゃなさそうだし、二人共大人だ。きっと、ロケバスに戻ってくるだろう。とりあえず、二人のスマホに今後の予定をメールして、残った者達でロケを進めよう」
「でも田口さん。それでもし二人の身に何かがあったとしたら……」
神妙な面持ちで賀茂が尋ねる。
それはそうであろう。
幽霊云々よりも、山の中で遭難や野生動物に襲われたといったことの方が怖い。
今、皆で手分けして探すか、それでも見つからなければ、警察に連絡するといった手段を取ることが、この場では一番正しい選択だ。
「なんの為に俺がいると思っているんだい?」
ふくよかで小柄な体型と、誰にでも気を遣い、腰の低い田口は、普段はいじられキャラではあるが、実際にはかなりの強引さを持ち合わせている。
そうでなければディレクターにまでのし上がれるわけはない。
周りから人柄が良く、誠実だと評判の人間であっても、ずる賢く、策略家でなければ上手く渡ってはいけない業界。
誰もが安心感を覚えるような田口の朗らかな笑みは、この時ばかりは影を顰め、その代わりに目に力強さが宿っていた。
「現場での責任は俺がとる」
彼の一言でその場の空気が変わった。
「田口さんが……ですか?」
心配そうに賀茂が聞き返す。
「ええ。ディレクターというのは、現場責任者ですからね。兎に角。このロケを無事に終わらせないことには、特番の枠に穴をあけてしまうことになるんで。梶くんや三好さんのことは勿論、大切ではありますが、それと同じくらい、ロケも大事です。彼らの無事を信じて進めましょう」
今までずっと黙っていた五代の方に賀茂が顔を向けると、互いにアイコンタクトらしきものをして、二人は頷いた。
「わかりました。山の中とはいえ、ここは電波だって届く。何かあれば、連絡してくるはずですし、田口さんの言う通り、メールや留守電を二人のスマホに残しておけば、ロケ現場である廃村へと後から来るでしょう」
「相当気まずい思いはするだろうけどな」
相当苛立っているのか、野々村がフンッと鼻を鳴らして厭味を言うが、他のメンバー達の場合は、二人揃って遅れて来たら、速攻でからかう気満々のニヤけ面。
それよりかはまだマシなのかもしれない。
「あの……ぼくが照明をするんですか?」
情けなく、眉毛を八の字にした瀬奈川が弱々しく確認する。
「ああ。そうだよ。君しかいないじゃないか」
「でも……夜間は別として、今からの撮影に関してはレフ板は……」
レフ板は、出演者達の表情を活き活きと映したり、女性陣をより色白に見せたり、若々しい印象をもたらすためには重要なアイテムだ。
今までは瀬奈川がレフ板を持っていたが、その彼が照明に回るとなると、レフ板を持つ者がいなくなる。
顎に手をやり、どうしたものかと考える田口の目の端に、未だにボーッと一点を見つめる神代の姿が入った。
「そうだね。レフ板は神代くんにやってもらおう」
「え? 彼にですか?」
くるりと振り返って神代を見る瀬奈川は不安気というよりも、怯えているといった感じだ。
「どうしたの? 彼じゃマズい?」
「え? いいえ。あ……えっと。その。昼間の撮影でレフ板持ち頼んだら、物凄く冷たくあしらわれちゃって。ちょっと苦手なんですよ。はっきりと物を言われる方ですし」
おどおどした彼の視線は、チラチラと何度も神代を見ては、田口に縋るような視線を送る。
そういえば、神代自身、レフ板持ち頼まれたことに憤慨し、文句を言っていたことを思い出した。
あまり拗ねさせたくはないが、これも全ては番組を成功させるため。
多少、財布は痛い思いをするが背に腹はかえられない。
「大丈夫だよ。神代くんは、与えられた仕事はきちんとこなしてくれるから。俺から頼んでおくよ」
気弱な瀬奈川は、田口の顔を拝むようにして、「ありがとうございます。梶さんが来るまで精一杯、照明頑張ります」と、ようやく笑顔を見せた。
「じゃあ、僕からも二人にメールと留守電を入れておくから、愛ちゃんは三好さんに。瀬奈川くんは梶くんに、俺と同じように、今後のスケジュールをメールしてくれるかな?」
「はい」
「はぁ~い」
二人の返事を聞くと、すぐにテキパキと指示を出す田口に従って、皆、慌ただしく動き出す。
ただ一人を除いて。
「神代くん」
背後からポンッと肩を叩くが、ピクリとも動かない。
「神代くん?」
もう一度声をかけると、彼は振り向くことはなく、ただ、廃村を取り囲む森へ向かってゆっくりと腕を伸ばし指をさした。
「田口さんには見えない? この森の奥に真っ黒な渦が見えるんだ。ここには長居をしない方がいいよ」
「黒い……渦? それって、もしかして霊?」
このロケにはサブは連れてきていないことに表向きはなっているので、声を潜めて確認するが、神代からは何の反応も返ってくることはない。
「廃村よりも森が危ないってこと?」
質問を変えて、神代の返事を待つがやはり無言。
さっきからずっと同じポーズで固まっている神代。
彼が指差す方向に目をやると、奥の方に何かがあるような気がした。
「車?」
じっと目を凝らす。
木々に覆われ、はっきりとは見えないが車らしきものがあるように見えた。
こんな山奥に。
自分達以外に誰が、何をしに?
そもそも、あの車の持ち主はどこにいる?
いや。
もしかしたら、廃車の処分に困って違法投棄したものなのか?
遠くにあるため、車とは断定できないものの、もし車だとしたら、こんな辺鄙な場所にわざわざ来るのは、肝試しか自殺志願者くらい。
もっと近くで確認する必要がありそうだ。
田口は吸い寄せられるように、神代が指差す方向にある、『何か』に向かって歩こうとした時であった。
「田口さぁ~ん。行きますよ~!」
ロケバスから荷物を担ぎ、廃村へと向かう準備が整った浅井が大きな声で呼んだ。
肩をビクリとさせて、自分がここに何をしに来たのかを思い出し、すぐに声のする方へと振り返った。
「今行くっ」
同じく大きな声で返事をした後、慌てて神代に向き直った。
「神代くん。すまないが、梶くんが三好さんとどっかふらついちゃって……。人手が足りないんだよ。申し訳ないが、レフ板――――」
「イヤだ」
今しなければならないことに意識がシフトチェンジした田口は、梶のいないロケ隊の中で、神代に重要な役割を頼もうとしたのだが、言葉を全部言い終わる前に断られた。
「えーーーーっ!」
情けない声を出す彼は、自分が置かれた今の立場と、神代のつれない態度のお陰で、つい先ほど目にしたばかりの『この場にあってはおかしいもの』についてはスコンと頭から抜け落ちた。
悲壮感溢れる田口の顔を見た神代は、ふと、ロケバスの方に顔をやった。
「と、言いたいところだけど。そうだね。オレも撮影部隊と一緒に行動した方がよさそうだ」
彼なりに何か考えがあるのだろう。
冗談めかしたことも、面倒くさがることもなく、素直にレフ板持ちの依頼を受け入れた彼に、田口は妙な違和感を覚え、ジッとその横顔を見つめた。
「ん? たぐっちゃん。どうしたの? そんなに見つめて……あ。安心してよ。オレがレフ板持ちをOKしたのはさ。別に深い意味なんてないよ。ただ単に、金額上乗せってだけだから」
ニシシシッと笑う彼を見て、田口は「ですよねーーー」と苦笑した。
「当然、当然。世の中、コレよ、コレ!」
そう言って、親指と人差し指の先っぽをくっつけて円を作り、残り三本の指を立てて『マネー』のジェスチャーを示す彼を見て、田口はホッと一息ついた。
《神代くんの様子が少しおかしいと思ったけど、ま、気のせいか》
小さく頭を振り、神代と共にロケバスの方へと戻った。
「さ、ここからが本格的なロケの始まりだ。皆、気合い入れていこう」
現場責任者の掛け声に皆が頷き、廃村へと足を進めた。
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座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
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※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
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