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衣類
第一話【ポケットの中のメモ】
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この冬。
母が突然亡くなった。
大好きで、いつも一番近くにいた大切な人。
それなのに、私は、冷淡な人間だからなのか?
バタバタとした日々のせいからなのか?
それとも……“亡くなった”という現実が受け入れられていないせいなのか?
周りがどんなに泣いていようが、涙を流す事は無かった。
それから数か月。
遺品整理を粗方終え、あとは、衣類関係をどうしようかと、悩んでいたものの。
生前、御洒落が大好きだった母の服は、品質が良く、二十歳以上年が離れている私でも、充分着れるような物ばかり。
背丈も体型も似ていたお陰で、サイズもほぼ大丈夫。
下着は流石に処分したけれど、衣類の殆どは、勿体ないから私が使う事にした。
ある日、買い物に行こうと思い外に出ると、意外と肌寒く、丁度、日陰干ししていた母の遺品のスプリングコートを羽織った。
鍵をポケットに突っ込むと、“カサリッ”と音がした。
あぁ。
お母さんってば、レシートか何かを、ポケットに突っ込んだままにしていたのね。
そんな事を思いながら、ポケットから小さな紙切れを取り出す。
クチャクチャになったソレを、丁寧に広げる。
そこには母の文字で、『風呂場注意』と一言だけが書いてあった。
なんじゃこりゃ?
別に、お風呂が壊れた事も、誰かが転んで怪我した事もなかったのに……
そう思いながら、そのまま買い物に出かけ、帰宅すると
ザァァァァザァァァァザァァァァ
ゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボ
ザァァァァザァァァァザァァァァ
激しく水が流れる音が聞こえる。
あ!
そうだった!
お風呂のお湯、入れっぱなしにしたまま、出掛けてしまったんだった!!
慌てて、風呂場に行くと、そこには大量のお湯が、いつから溢れていたのだろう……
どんどん排水溝へと吸い込まれている様があった。
あぁ……勿体ない事したぁ。
少し落ち込みながら、“やっぱり、水量タイマー付の蛇口買わなきゃダメね”なんて事を思いながら、お湯を止めた。
そんな出来事があった事をすっかり忘れていた、ある日。
家事をある程度終え、近所の友人の所にお茶に誘われた。
母の気に入っていた、パステルカラーのカーディガンを着て、出て行こうとすると、“カサリ”と音がした。
あれ? と思いながら、ポケットをまさぐると、いつぞやと同じように、小さな紙切れが。
広げてみると、やはり、そこには母の文字。
『台所注意』
やはり、一言だけ。
しかし、その時、前回の事が頭の中で鮮明に蘇り、家を出る前に台所に行くと、消したと思い込んでいたのに、シチュー鍋を火にかけたままにしていた。
もし、あのまま家を出ていたら、鍋はまる焦げ。
それどころか、下手したら大惨事になっていたかもしれない。
私は、思わず紙切れをギュッと握った。
いつもそそっかしく、慌てん坊で、手の掛かったと言われる私。
母は、きっと、そんな私が心配で、今も尚、こうやって、見守ってくれている……
いいえ。
きっと、母の服を着るという事は、そのまま、母の想いに包まれているという事なんでしょう。
私は、着ているカーディガンを、抱き締めるかのようにして、母の死以降、初めて大声を上げて、泣き崩れた。
中々来ない、私の事を心配して、友人が家に呼びに来るまで、みっともないくらい大声で泣き続けた。
それからも、相変わらず心配性の母は、私に『一言』手紙を時々くれるのだが、あまりの、おっちょこちょいさに呆れたのか、この間は、とうとう……
『世話の掛かる子ね』
注意でも何でもない、母親らしい言葉だけが綴ってあった。
私はそれを見て、フフフと、笑顔になり、母の服をこれからも大事に着ようと思った。
母が突然亡くなった。
大好きで、いつも一番近くにいた大切な人。
それなのに、私は、冷淡な人間だからなのか?
バタバタとした日々のせいからなのか?
それとも……“亡くなった”という現実が受け入れられていないせいなのか?
周りがどんなに泣いていようが、涙を流す事は無かった。
それから数か月。
遺品整理を粗方終え、あとは、衣類関係をどうしようかと、悩んでいたものの。
生前、御洒落が大好きだった母の服は、品質が良く、二十歳以上年が離れている私でも、充分着れるような物ばかり。
背丈も体型も似ていたお陰で、サイズもほぼ大丈夫。
下着は流石に処分したけれど、衣類の殆どは、勿体ないから私が使う事にした。
ある日、買い物に行こうと思い外に出ると、意外と肌寒く、丁度、日陰干ししていた母の遺品のスプリングコートを羽織った。
鍵をポケットに突っ込むと、“カサリッ”と音がした。
あぁ。
お母さんってば、レシートか何かを、ポケットに突っ込んだままにしていたのね。
そんな事を思いながら、ポケットから小さな紙切れを取り出す。
クチャクチャになったソレを、丁寧に広げる。
そこには母の文字で、『風呂場注意』と一言だけが書いてあった。
なんじゃこりゃ?
別に、お風呂が壊れた事も、誰かが転んで怪我した事もなかったのに……
そう思いながら、そのまま買い物に出かけ、帰宅すると
ザァァァァザァァァァザァァァァ
ゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボ
ザァァァァザァァァァザァァァァ
激しく水が流れる音が聞こえる。
あ!
そうだった!
お風呂のお湯、入れっぱなしにしたまま、出掛けてしまったんだった!!
慌てて、風呂場に行くと、そこには大量のお湯が、いつから溢れていたのだろう……
どんどん排水溝へと吸い込まれている様があった。
あぁ……勿体ない事したぁ。
少し落ち込みながら、“やっぱり、水量タイマー付の蛇口買わなきゃダメね”なんて事を思いながら、お湯を止めた。
そんな出来事があった事をすっかり忘れていた、ある日。
家事をある程度終え、近所の友人の所にお茶に誘われた。
母の気に入っていた、パステルカラーのカーディガンを着て、出て行こうとすると、“カサリ”と音がした。
あれ? と思いながら、ポケットをまさぐると、いつぞやと同じように、小さな紙切れが。
広げてみると、やはり、そこには母の文字。
『台所注意』
やはり、一言だけ。
しかし、その時、前回の事が頭の中で鮮明に蘇り、家を出る前に台所に行くと、消したと思い込んでいたのに、シチュー鍋を火にかけたままにしていた。
もし、あのまま家を出ていたら、鍋はまる焦げ。
それどころか、下手したら大惨事になっていたかもしれない。
私は、思わず紙切れをギュッと握った。
いつもそそっかしく、慌てん坊で、手の掛かったと言われる私。
母は、きっと、そんな私が心配で、今も尚、こうやって、見守ってくれている……
いいえ。
きっと、母の服を着るという事は、そのまま、母の想いに包まれているという事なんでしょう。
私は、着ているカーディガンを、抱き締めるかのようにして、母の死以降、初めて大声を上げて、泣き崩れた。
中々来ない、私の事を心配して、友人が家に呼びに来るまで、みっともないくらい大声で泣き続けた。
それからも、相変わらず心配性の母は、私に『一言』手紙を時々くれるのだが、あまりの、おっちょこちょいさに呆れたのか、この間は、とうとう……
『世話の掛かる子ね』
注意でも何でもない、母親らしい言葉だけが綴ってあった。
私はそれを見て、フフフと、笑顔になり、母の服をこれからも大事に着ようと思った。
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