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年越しの儀

元日(4)

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「遥っ、遥!」

 揺り動かされて目が開く。
「何? 今度こそ禊ぎの時間?」
 訊ねながら向けた目に、露骨にほっとした隆人の顔が映った。年越しの瞬間、遥の呼吸が止まったことは隆人に激しい動揺を与えたらしい。
 ゆっくりと遥は起きあがり、隆人の体に腕を回した。黙って遥を更に抱きよせる隆人の胸に、遥は何気なく手を当ててみた。鼓動が速い。
「何か心配かけているみたいだな」
 囁くと隆人が深く息を吐いた。

「人の下す評価の他にも凰は評価されると言われている」
 遥は首を傾げる。
「何に?」
「それは俺にもわからない。あの孫娘を攫った伝説の鳳だという説も、信仰対象としての鳳凰様だという説もあるが……」
 隆人にしては妙に歯切れが悪い。遥は率直に訊ねた。
「隆人は俺がその伝説の何ものかにいい評価をもらえていないと考えているのか?」
「年越しの儀の間に命を落とした凰は何人もいる」
 それは問いへの答えではない。だが、隆人が遥の身に何か起きるのではと恐れているのはわかった。

 隆人の体をしっかりと抱く。
「安心しろ。一生離れないと約束しただろう?」
「ああ……そうだな」
 力のこもらない肯定は信じていないという表れだ。遥は隆人の頬をつねった。
「俺を信じろよ」
 隆人の腕に力が込もった。
「信じている。信じているが、それがもし人外による判断なら、俺とお前の誓いなど何の意味もないだろう」
 遥は隆人の胸を両手で突きはなした。
「意味がないなんて言うな」
「ああ……すまない。どうかしていた」
 遥は隆人の頭を撫でまわす。
「俺はあんたの凰だよ。どこにも――」
 突然、記憶の中でひらめくものがあった。

『忌々しきあかしを負うたばかりではなく、こまで見事に人界の鳳に染めあげられしそなたでは、いかに我でもおいそれと手が出せぬ』

 そう嫌そうに語った金色の人影が隆人の言う人外――伝説の鳳か、鳳凰様なら、遥は少なくとも隆人の恐れている存在から害されることはない。嫌がらせのように繰り返された「今しばらく」という言葉は無視だ。

 遥は隆人に向き直り、宣言する。
「俺は大丈夫だ。もう認められている」
「遥?」
 怪訝そうな隆人に遥はにっこりと笑いかけた。
「年が変わるとき、金色に光る男の妙な声を聞いた。その声は俺を人界の凰として認めると言った。手が出せないとも。もしそれが隆人の言う伝説の何かの下す俺への評価なら、俺は大丈夫だ。死なない」
 隆人が何かに耐えるように顔を歪め、ひどく震えている。
 遥の胸は苦しくなった。こんなにもこの男は遥を心配してくれていたのだ。隆人にしがみついた。
「俺はあんたの側にいる。あんたの凰なんだからな。そうだろう?」
 隆人は何も言わない。ただ震えている。震えながら遥をしっかりと抱きしめてくれている。その腕はとても温かい。

 この男を愛しいと思う。これほどまでに他人を大切に思い、離れがたく思うことは今までになかった。父を失いそうになったあの暗い海でのできごとでさえ、遥が恐れたのは一人残されることだった気がする。それは今のこの苦しくなるほど隆人を欲する気持ちとは違う。
 加賀谷隆人を愛してる、おそらく。
 いつの間にか遥はこの男を好きになり、いつの間にか好きという言葉だけでは言い尽くせぬほど、この男はかけがえのないものとなった。
 いかなる災いからも隆人を守りたい。隆人の望むことはすべて叶って欲しい。遥がそう望むことでそれが実現する。遥は隆人の凰なのだ。



 膳が下げられ、二人きりになった鳳凰の間で、布団に身を横たえた隆人に遥は跨がった。隆人の顔の横に左手を付き、右手で頬を撫でる。少し伸びた髭が手のひらにざらつく。遥は微笑った。
「セックスしよう、隆人」
 隆人の手が伸ばされ、遥の頬に当てられる。
「大丈夫か?」
 心配げな眼差しに遥は肩をすくめた。
「大丈夫だってことを証明してやるよ」

 両手にローションを広げ、隆人の中心を無遠慮に掴むと強めに握って扱く。
 隆人が、乱暴だなと苦情を言うが、それは滾る血を集め体積を増し、見る見る形を変えていく。
「元気じゃん」
 からかうと隆人の手に遥の昂りが捕まった。溢れる先走りを使って先端をくりくりと親指で撫でられ、内腿が震えた。
「俺が、主導権、取るんだから、えんりょ、しろ」
 笑いに隆人の腹筋が揺れた。

 膝をついて遥は尻を浮かせる。隆人の剛直を後孔に当て、ゆっくり腰を落とした。既に開かれた蕾はたやすく花を開き雄しべを迎える。体の芯に火は点り吐く息が熱い。
「――っ」
 いいところを擦ってしまい、息を呑んで背を反らした。そこをすかさず突きあげられる。
「あっ」
 思わず体が前に崩れそうになるのを、隆人の腹に手を付いて支える。
「おれが、やるんだよ」
 にらむ目は潤み、眦が仄赤く染まっているのは、遥にはわからない。ただ、全身が熱を帯びてきている。

 遥は腰を上下に動かしながら隆人を呑みこんでいく。身を捩り、尻を振り、喘ぎ声を漏らしながら、隆人の上で我を忘れていく。
「はるか……」
 吐息まじりに隆人に呼ばれた。いつの間にか閉ざしていた目を開ける。隆人の熱をはらんだ瞳に思わず笑みがこぼれる。

 奥へ奥へと隆人を導く。腰の振り幅を変え、緩急をつける。肉壁をなぶられるのが気持ちいい。角度も変えて、自分の快楽も追う。しっとりと肌が汗をかき、やがて隆人へと落ちていくのがわかった。
 血が滾り、腰から蕩けていく。体の形が失われていくようで、身を支える腕がぶるぶると揺れだした。

 隆人に腕を掴まれた。あっと思う間もなく、下から激しく突きあげられる。
「あひっ、や、あ、あ、いっ」
 下から打ちこまれる杭は熱く、遥の体を焼き、穿たれる奥からビリビリと快感が四方へと走りぬける。

 遥は天井を仰ぎ、涙のにじむ目でろうそくの灯火に揺れる鳳凰を見た。
 いや、逆だ。鳳凰に自分を、自分たちを見ろと願った。

 隆人が起きあがって、遥を押したおした。そのまま抉るように遥を責める。快楽が脳まで響く。目の前が白く瞬く。遥の息も隆人の息も忙しなく、遥は開いたままになった口から、切れ切れで単語にもならぬ文字を漏らす。
「あ、あ、は、ぁ、あ……」
 全身が痙攣する。もう何も浮かばない。あるのは隆人と契って得た真っ白な絶頂だけだった。

 力の抜けた体を隆人に鳳凰の間に最も近い浴室へ運ばれた。ともにシャワーを浴び、隆人の指で中をきれいにされ、風呂に浸かった。
 セックスの余韻か、疲れからか、浴槽で遥はうとうとした。隆人が低く笑うのを聞きながら、世話係に体を拭かれ、寝間着の浴衣を着せつけられた。そしてまた隆人の腕で鳳凰の間へ戻り、布団に下ろされた。
「おやすみ……」
 隆人の胸に潜りこんでそうつぶやくと、遥は眠りの中へ引きこまれていった。




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