上 下
11 / 27
4.幸せな気持ち

(5)※

しおりを挟む

 スマホからプリンターに直接画像データを転送し、印刷する。プリントしたものを書棚に立てかけてあった大きなコルクボードの隅にピンで留めた。そのコルクボードを持って寝室へ戻った。
「何だ、それは?」
 怪訝そうな泰徳の前で、澄人はコルクボードをピクチャーレールのフックに掛けた。
「これは……」
 泰徳が言葉をなくし、コルクボードの上に貼られたものに見入っている。
 そこに貼ったのは小学校から澄人が撮りためてきた泰徳の笑顔だった。緊急連絡用に携帯電話の所持を認められていた澄人は、折々に泰徳の写真を撮ってきた。時には泰徳が澄人の写真を撮ることもあった。二人で肩を組んだ写真、造形教室での模型作品を得意げに示している泰徳、珠算の一級満点合格の賞状を広げている泰徳、中等部や高等部での学園祭で撮った二人の写真、大学での実習記録や、作業経過記録の写真、卒業制作展での泰徳、たったいま撮ったばかりの模型を見て喜んでいる泰徳。泰徳の笑顔で埋めてある。そして中央に、泰徳語った理想の家を澄人が設計した図面。

 見入っていた泰徳が肩越しに澄人を見た。
「この設計図にはあの模型に入っていない部屋があるな。この一階の部屋は何だ」
 やはり見つかった。泰徳が気づかないわけがない。澄人はゆっくりと呼吸をしてから、口を開いた。
「わたくしの部屋です。泰徳様がどこにお住まいになっても、わたくしはついて参ります。そのための部屋を加えました」
「澄人……」
 驚いたような泰徳に名をつぶやかれて、澄人は自分を抑えられなくなった。泰徳の前に跪いて両手をつき、主を見あげる。

「泰徳様は壁を幸せになるもので埋めろとおっしゃいました。わたくしは自分が幸せになるもの、好きなものを考えました。料理は好きです。でも、それは泰徳様に食べていただくためでした。家事も人並みにこなします。泰徳様にご不便がないようお世話するのがお役目ですから。泰徳様はそんなわたくしに笑いかけてくださいます。ありがとうと言ってくださいます。その喜びが何ものにも代えがたい、私の幸せなのです」
 澄人は喘ぐように息をして、言葉を続けた。
「身分違いはわかっております。ですが、わたくしが好きなのは泰徳様です」
 逆光で泰徳の表情はよくわからない。
「ご無礼をお許しください」
 立ちあがった澄人は泰徳の胸に縋り、その目を見つめた。
「どうかこれからもお側に置いてください。どうかお仕えさせてください。お願いいたします」

 泰徳の体が震えていた。ゆっくりと温かな腕が、澄人の体に回される。泰徳の苦しげな顔が近づき、唇が触れあった。ついばむような口づけを繰り返しながら澄人はベッドに腰を掛け、それを泰徳が追ってくる。背を倒し、唇を開けば泰徳の肉厚な舌が入りこんできた。それに自らの舌を絡め、流れ込んでくる唾液を飲み込む。泰徳に口蓋をくすぐられ、歯列を撫でられ、ベッドの上で腰を揺らめかした。熱が下腹に集まってくる。擦れあう泰徳もまた欲情しはじめている。澄人は泰徳の下で自ら着ているシャツのボタンをはずし、前を開いていった。耳に首筋に泰徳の舌が這い、熱い指先が胸をたどるたび、ぞくぞくと背筋を刺激が走りぬける。
「あ、ああっ、や、すのり、さ、ま……」
 震える手でシャツの裾を引きだし、上半身を灯りの下にさらした。

 びくんと泰徳の体が揺れ、愛撫が止まった。熱い手が体から離れる。
 澄人は潤む目で泰徳を見あげた。泰徳が澄人の左脇腹を凝視したまま動かない。澄人の中に不安が込みあげてくる。
「泰徳様?」
 声を掛けた瞬間、泰徳が苦しげに顔をしかめた。
「俺にはお前を愛する資格がない」
 呻くような声に澄人は身をこわばらせた。なぜそんなことを言うのかわからない。泰徳が大きく喘いだ。
「俺はあのとき、お前を誘拐犯に渡した。その罪は消えない」
 澄人ははっとして、泰徳が見つめていた脇腹を手で押さえる。触れるのは大きな手術痕だ。
「お前はもう、俺から自由になれ」
 そう苦しげに言った泰徳が逃げるように寝室を出ていく。そして、玄関のドアが閉まる音が響いた。


 澄人の全身から力が抜けた。ベッドから起きあがることができない。
 一生仕えたいと願い、縋った澄人に泰徳は、自由になれ――自分から離れろと言った。その言葉が頭の中で繰りかえされる。裂かれたように胸が痛い。澄人にとってあまりに残酷な泰徳の言葉だった。
 目が熱くなり視界がにじんだ。涙はすぐにまなじりから伝いおちていく。両手で顔を覆い、歯を食いしばった。それでも嗚咽が喉を突きあげ、あふれようとする。
 あの事件では澄人も泰徳も正しく対応したのだ。それを泰徳が自らの罪と言うなど、あってはならない。
 これは分不相応の望みを口にしてしまった澄人への罰か。澄人の存在は泰徳にとって負担だったのか。
 ついに堰を切ったように、澄人は声をあげて泣きだした。泰徳に拒絶された絶望に耐えきれずに。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

首輪 〜性奴隷 律の調教〜

M
BL
※エロ、グロ、スカトロ、ショタ、モロ語、暴力的なセックス、たまに嘔吐など、かなりフェティッシュな内容です。 R18です。 ほとんどの話に男性同士の過激な性表現・暴力表現が含まれますのでご注意下さい。 孤児だった律は飯塚という資産家に拾われた。 幼い子供にしか興味を示さない飯塚は、律が美しい青年に成長するにつれて愛情を失い、性奴隷として調教し客に奉仕させて金儲けの道具として使い続ける。 それでも飯塚への一途な想いを捨てられずにいた律だったが、とうとう新しい飼い主に売り渡す日を告げられてしまう。 新しい飼い主として律の前に現れたのは、桐山という男だった。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

壊れた番の直し方

おはぎのあんこ
BL
Ωである栗栖灯(くりす あかり)は訳もわからず、山の中の邸宅の檻に入れられ、複数のαと性行為をする。 顔に火傷をしたΩの男の指示のままに…… やがて、灯は真実を知る。 火傷のΩの男の正体は、2年前に死んだはずの元番だったのだ。 番が解消されたのは響一郎が死んだからではなく、Ωの体に変わっていたからだった。 ある理由でαからΩになった元番の男、上天神響一郎(かみてんじん きょういちろう)と灯は暮らし始める。 しかし、2年前とは色々なことが違っている。 そのため、灯と険悪な雰囲気になることも… それでも、2人はαとΩとは違う、2人の関係を深めていく。 発情期のときには、お互いに慰め合う。 灯は響一郎を抱くことで、見たことのない一面を知る。 日本にいれば、2人は敵対者に追われる運命… 2人は安住の地を探す。 ☆前半はホラー風味、中盤〜後半は壊れた番である2人の関係修復メインの地味な話になります。 注意点 ①序盤、主人公が元番ではないαたちとセックスします。元番の男も、別の女とセックスします ②レイプ、近親相姦の描写があります ③リバ描写があります ④独自解釈ありのオメガバースです。薬でα→Ωの性転換ができる世界観です。 表紙のイラストは、なと様(@tatatatawawawaw)に描いていただきました。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

うちの鬼上司が僕だけに甘い理由(わけ)

みづき
BL
匠が勤める建築デザイン事務所には、洗練された見た目と完璧な仕事で社員誰もが憧れる一流デザイナーの克彦がいる。しかしとにかく仕事に厳しい姿に、陰で『鬼上司』と呼ばれていた。 そんな克彦が家に帰ると甘く変わることを知っているのは、同棲している恋人の匠だけだった。 けれどこの関係の始まりはお互いに惹かれ合って始めたものではない。 始めは甘やかされることが嬉しかったが、次第に自分の気持ちも克彦の気持ちも分からなくなり、この関係に不安を感じるようになる匠だが――

処理中です...