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尾行する川崎
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刑事である川崎耕作はこの日、たまの休みを満喫するつもりだった。街中でその男を見かけるまでは。
柄の悪そうな連中と連れ立って歩く、一人の無頼漢。間違いない、ヤツは……。
十五年前に逮捕された武器商人、榊京介だ。
榊は海外から重火器を密輸し、暴力団などに売りさばいて巨万の富を得ていた。
その榊が逮捕された時、川崎も現場にいた。当時はまだ新米で、榊ほどの凶悪犯を見たのは初めてだった。
だからか、取り押さえられる様を今でも鮮明に覚えている。
自宅に押し入られた榊だったが、拍子抜けするほどあっさりとお縄についたのだ。抵抗する素振りさえ見せなかった。
だが、榊は蚊の鳴くような声で、こうつぶやいたのだ。
「次はもっと、うまくやってやる……」
あれから幾年。川崎も場数を踏んでいっぱしの刑事となった。しかし、未だに榊の残した言葉は頭にこびり付いている。
逮捕後、榊は実刑判決を受けた。だがこれだけ時が経っていれば、すでに釈放されていても不思議ではない。
もしも、榊が再犯を企んでいたのなら……。
川崎は迷うことなく榊の後を追った。
榊たちが立ち寄ったのは「メアリー亭」という名の喫茶店だった。見たところ特徴らしい特徴も無い。こじんまりとした、昔ながらの喫茶店という印象しか覚えなかった。
榊が店から出て来るまで待つか? いや、危険かもしれないが、このまま潜入しよう。
川崎は帽子を目深にかぶり、サングラスをかけてメアリー亭へと入っていった。
店内へ足を踏み入れると「いらっしゃいませ!」という快活な声が響いた。
ウェイトレスと思しき少女が川崎に尋ねる。
「お客さまですね! 何名でお越しでしょうかっ!」
川崎は無言で人差し指を立てた。
「一名様ですね! でしたら、お好きな席におかけになって下さい!」
店内を見渡すと、榊とその取り巻きしか客はいないようだった。
しまった。てっきり、他の客も何人か居るものだと思っていた。連中に気取られなければいいが……。
榊たちとは離れた場所に座り、目立たぬよう気を配りながら様子をうかがうことにした。
榊は取り巻きと雑談を交わしていた。どこそこの風俗店の女が良かっただの、三人を相手に喧嘩で勝っただの、そんな下卑た会話ばかりが耳に入ってくる。
しかし、それだけだ。犯罪の尾を見せたわけではない。
榊は本当に、武器商人の世界から足を洗ったのか……?
「お客さま! ご注文はお決まりでしょうかっ!」
急に声をかけられた川崎は、驚きのあまり椅子から転げ落ちてしまった。
「大丈夫ですかっ! もっ、申し訳ありません!」
川崎はハンドジェスチャーで「大丈夫だ」と伝えた。
「私ったら、またこんな粗相を……」
ウェイトレスの少女はひどく落ち込んでいる様子だった。
川崎は「悪いのは俺の方だ、気にしなくていい」と声をかけた。
「お心遣い、痛み入ります……」
「いいさ。あとアイスコーヒーを頼む」
「かしこまりましたっ!」
ぱあっと明るい笑顔に変わった少女は、厨房へと向かっていった。
表情がころころと変わる、可愛らしい娘だと川崎は思った。それに、不思議と腹も立たない。多少のヘマなら笑って許してもらえる、そんな人徳を持っているのだろう。
柄の悪そうな連中と連れ立って歩く、一人の無頼漢。間違いない、ヤツは……。
十五年前に逮捕された武器商人、榊京介だ。
榊は海外から重火器を密輸し、暴力団などに売りさばいて巨万の富を得ていた。
その榊が逮捕された時、川崎も現場にいた。当時はまだ新米で、榊ほどの凶悪犯を見たのは初めてだった。
だからか、取り押さえられる様を今でも鮮明に覚えている。
自宅に押し入られた榊だったが、拍子抜けするほどあっさりとお縄についたのだ。抵抗する素振りさえ見せなかった。
だが、榊は蚊の鳴くような声で、こうつぶやいたのだ。
「次はもっと、うまくやってやる……」
あれから幾年。川崎も場数を踏んでいっぱしの刑事となった。しかし、未だに榊の残した言葉は頭にこびり付いている。
逮捕後、榊は実刑判決を受けた。だがこれだけ時が経っていれば、すでに釈放されていても不思議ではない。
もしも、榊が再犯を企んでいたのなら……。
川崎は迷うことなく榊の後を追った。
榊たちが立ち寄ったのは「メアリー亭」という名の喫茶店だった。見たところ特徴らしい特徴も無い。こじんまりとした、昔ながらの喫茶店という印象しか覚えなかった。
榊が店から出て来るまで待つか? いや、危険かもしれないが、このまま潜入しよう。
川崎は帽子を目深にかぶり、サングラスをかけてメアリー亭へと入っていった。
店内へ足を踏み入れると「いらっしゃいませ!」という快活な声が響いた。
ウェイトレスと思しき少女が川崎に尋ねる。
「お客さまですね! 何名でお越しでしょうかっ!」
川崎は無言で人差し指を立てた。
「一名様ですね! でしたら、お好きな席におかけになって下さい!」
店内を見渡すと、榊とその取り巻きしか客はいないようだった。
しまった。てっきり、他の客も何人か居るものだと思っていた。連中に気取られなければいいが……。
榊たちとは離れた場所に座り、目立たぬよう気を配りながら様子をうかがうことにした。
榊は取り巻きと雑談を交わしていた。どこそこの風俗店の女が良かっただの、三人を相手に喧嘩で勝っただの、そんな下卑た会話ばかりが耳に入ってくる。
しかし、それだけだ。犯罪の尾を見せたわけではない。
榊は本当に、武器商人の世界から足を洗ったのか……?
「お客さま! ご注文はお決まりでしょうかっ!」
急に声をかけられた川崎は、驚きのあまり椅子から転げ落ちてしまった。
「大丈夫ですかっ! もっ、申し訳ありません!」
川崎はハンドジェスチャーで「大丈夫だ」と伝えた。
「私ったら、またこんな粗相を……」
ウェイトレスの少女はひどく落ち込んでいる様子だった。
川崎は「悪いのは俺の方だ、気にしなくていい」と声をかけた。
「お心遣い、痛み入ります……」
「いいさ。あとアイスコーヒーを頼む」
「かしこまりましたっ!」
ぱあっと明るい笑顔に変わった少女は、厨房へと向かっていった。
表情がころころと変わる、可愛らしい娘だと川崎は思った。それに、不思議と腹も立たない。多少のヘマなら笑って許してもらえる、そんな人徳を持っているのだろう。
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