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第四章 勇者戦争〈ブレイブ・ウォー〉

第98話 いざ出陣

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 翌朝――俺達は再び一堂に会していた。
 決戦に向けての話し合いをするためだ。

 アーサーが待ち構えているであろう場所はローマンダルフ王国とイルマキア共和国の国境付近にある要塞拠点だ。きっとそこで最後の戦いが行われる。

 俺とアーサーの、魔王復活を懸けた戦いだ。俺は魔王復活を阻止し、カイの救出方法を聞き出す。アーサーは魂が弱りきった俺を依り代にして魔王を、親父を復活させる。
 ライアとガイウスがどうしてアーサーに協力しているのかは不明瞭だが、彼らもいる。

 二人の力はよく知っている。絶大な炎と大地そのものを有する彼らはコンビネーションも抜群だ。一番仲が良い兄弟で、いつも行動を共にしていた。

 ライアは次男で、ガイウスが三男だ。ついでに言えばユーリが四男でカイが五男、アーサーが末弟だ。エリシアは俺の下で長女、ライアの姉。シオンが一番下の妹だ。

 ライアとガイウスの力はアーサーには及ばないものの、本気を出されるとかなり厄介だ。

 ライアの炎は万物を焼き尽くす程の火力を持ち、カイの水を以てしてでも消すことはできない。海に叩き落としても海水が蒸発してしまい、消火なんてできやしない。

 ガイウスの厄介なところは防御力だ。まるで山を殴っているのかと錯覚させられる程の頑丈さを持ち、それを攻撃に転用してくるから更に厄介だ。

 そこに勇者最強の称号を持つアーサーが加わり、嘗ての魔王戦を彷彿させる激闘になることだろう。

 それに対して此方側の陣営はエリシアとユーリであり、本当はそこに俺も肩を並べたかったが、力を奪われたことで戦力の差が大きく広がってしまった。

 カイをこれ以上戦わせる訳にはいかず、シオンにはララとシンクを守ってほしい。アイリーンとリインがいるが、七神がララを狙っているのならはやり勇者の力が必要だ。

 今回の戦いにはララを連れて行かない。アーサー達と戦いながらララを守れる自信が無い。まだ完全に守護の魔法も張れていない状態では不安要素がでかい。

「むっす……」

 今まさにそのことをララに伝えると、ララは腕を組んで不貞腐れてしまった。
 だがこればかりは仕方が無い。妥協もできない。俺がこんな様じゃなければ話は変わっていたかもしれないが、ララを守るためだ。俺が新しく力を身に付けるまでは、我慢してもらうしかない。

「ですがルドガー様……その状態で戦いに出向くのは、私は反対です」

 アイリーンがシンクを膝の上に乗せながら、心配そうな表情でそう言う。シンクもウンウンと頷き、リインに至っては呆れた表情で俺を見つめている。

 確かに端から見れば自殺行為ではある。三つの力は奪われ、魂殺の鏡による影響でいつ死んでもおかしくない状態。相手は勇者三人であり、手負いの半人半魔が立ち向かえる相手ではない。

 それは理解している。だがこの戦いの中心にいるのは俺だ。俺とアーサーが決着を付けなければならない戦いだ。

 その俺が、後方で匿われる訳にはいかない。

「これは俺とアーサーが終わらさなければならない問題だ。皆にはすまないと思っているが……俺がアーサーを止める」
「でもどうすんの? アンタ、以前の状態になっちゃってるし……私の雷身体に流し込んでみる?」
「流し込んでどうすんだよ……。考えはいくつかある。これでも俺はアーサーの兄だ。力では負けても剣術じゃ負けやしない」
「兄は関係ないでしょ……」

 剣術だけなら此方に分がある。力の差はどうしようもないが、持てる技術を全て動員すれば勝てる可能性はある。それに少々危険ではあるが、試してみる価値のある策もある。

 問題は俺の身体がどこまで言うことを聞いてくれるか、だが……こればかりはその時にならなければ分からない。いつ右腕の発作が始まるのか予想付かないし、呪符の効力を突き破って呪いが進行するのも分からない。

 アーサーの狙いは俺が呪いに蝕まれて魂を弱らせることだ。そこに前回と同じように俺を親父の依り代にして親父を復活させること。

 ミズガルの時は俺の魂が魔王の魂に勝って事無きを得たが、今度ばかりは同じようにはいかないかもしれない。

 もし親父が復活したとして、それが魔王の人格だった場合、世界は再び厄災に見舞われるだろう。そうなってしまえば大戦時代に逆戻りだ。

 そうは絶対にさせない。アーサーを止めてカイを救う手立てを見付ける。全部をやってのけてこそ、戦いは俺達の勝利になる。

「……大兄上、やはり僕も――」
「駄目だ。それは何度も言っただろう? お前にこれ以上力を使わせる訳にはいかない」

 椅子に座っているカイが諦め悪く一緒に戦うと言い出すが、それは認められない。俺もそれなりに身体がボロボロだが、カイ程じゃない。動くことも戦うこともできるが、カイは違う。親父に埋め込まれたクリスタルとの拒絶反応が身体を限界まで蝕んでいる。勇者としての力を使えばそれは際限無く大きくなっていく。右腕の呪いのように抑え込む手段も無い。

 俺を湖から助け出してくれた時だって、カイにとっては死に直結するような大博打だったのだから。

「お前はシオンと一緒に此処に居ろ。俺達が必ずお前を助ける」
「……わかり、ました」

 カイは渋々と頷くと、それ以降は口を開かなかった。
 シオンもカイが納得したことに安堵し、ホッと胸を撫で下ろす。

 戦いの準備はそんなに無い。小細工は一切無し、正々堂々正面から敵地に乗り込む。
 移動はスカイサイファーを使う。俺達が乗り込んだらアーロン達にはできるだけ遠くに離れてもらう。
 勇者同士の戦いは前代未聞だ。どれだけの被害が出るのか分かったもんじゃない。下手すれば、一帯が更地になることだってあり得る。

 懸念なのは、国同士の争いに発展しやしないだろうかってところだ。
 勇者は言ってしまえばその国が保有する戦力のようなものだ。
 各国の勇者が一箇所に集まり、戦いを起こして大きな被害を齎してしまったとしよう。

 その責任はいったいどの勇者、どの国が取るのか? それを機に争いに発展してしまう可能性だって否めない。

 だがそれを考えていてはアーサーは止められない。その問題はその時に、戦いを終えた俺達に任せるとしよう。

 話し合いは終わり、俺達は装備を整えてスカイサイファーに向かう。

 アイリーンに呪符の状態を見てもらい、問題無く効力が発揮されているのを確認する。
 ナハトを背負い、スカイサイファーに向かっていると、ララとシンクが待っていた。

「ララ……」
「……センセ」

 ララがポーチから霊薬が入ったアンプルを三つ取り出し、俺に差し出してきた。

「センセの為に特別に作った。呑めば限界以上に魔力を高められる」
「そうか……ありがとう」

 霊薬を受け取ろうとしたら、ララがサッと手を引っ込めてしまう。
 ララの顔には不安の二文字が浮き出ている。

「これは劇薬だ……呑めばセンセ……私達半魔でも寿命を縮める可能性だってある。本当は渡したくない……でも今のセンセはこうでもしなきゃ、生きて帰ってこられないかもしれない」
「ララ……」

 霊薬を持つララの手が震えている。そっと両手で包んでやると、ララは額を俺の胸に当ててきた。

「絶対に死ぬな……生きて帰って来い。私との誓いを破るような真似は許さない」
「ああ……必ず帰ってくる。一緒に国へ帰ろう」

 ララから霊薬を受け取り、腰のポーチへと入れる。
 入れ替わりでシンクを前にし、膝を着いて目線を合わせる。

「シンク、良い子で待ってろよ」
「うん……姉さんは僕が守るから、安心して頑張ってきて」
「任せるぞ、息子」

 シンクを抱き締め、幼い息子の温もりをしっかりと感じる。

 必ず全てを片付けてこの子達も下に戻る――そう決心して。

 エリシア達と合流し、スカイサイファーに乗り込む。

「ルドガー、ちゃんと生きて帰ってきなさいよ」
「ああ。ララを頼むぞ、リイン」
「言われなくても」

 リインがベーッと舌を出しておちゃらける。それをアイリーンが止めさせるが、リインのどんな時でも俺に対して対等に接するその態度は正直好感が持てる。

 スカイサイファーがゆっくりと飛び上がり、地上から離れていく。
 小さくなっていくララ達を背に、俺達はガーランを出発した。

 待っていろアーサー、今度こそ決着を付けてやる。



    ★



「……もうすぐだ」

 大きな椅子に座り頬杖を突いているアーサーがそう口にした。
 少し離れた場所では手に炎を灯して遊んでいるライアと、瞑想しているガイウスもいる。

「もうすぐ父と兄を取り戻せる」
「なぁ、アーサーよぉ。兄貴の相手は俺にさせてくれよ?」
「……ルドガーは既に七神に力を奪われている。それでも良いのか?」
「げっ、何だよそれ? 聞いてねぇぞ……あーあー、力を付けた兄貴を喰いたかったのによぉ」

 ライアは残念そうに声を上げ、テーブルの上に足をドカリと乗せて椅子にもたれかかる。

「ってか何でお前さんがそれを知ってんだ?」
「こっちには使える駒が多いってことだ」
「……あーやだやだ。あんなに可愛かった弟がこんなに可愛くなくなっちまって」

 瞑想していたガイウスが瞼を開き、二人の会話に口を挟む。

「兄者、例え大兄者が弱くなろうとも我らが兄。油断はできぬ。それに姉者とユーリがいる。馳走には違いなかろう」

「ま、確かに! 勇者同士の本気の戦いなんて、五年ぶりに心が躍るぜ!」

 ライアはギラついた笑みを浮かべ、今か今かと身体が疼いて仕方が無い様子だ。
 そんなライアを見てアーサーは気付かれず、小さく溜息を吐く。
 背後の窓に近寄り、どんよりとした空を見上げる。

 ――兄さん、今度こそ父さんを取り戻させてもらうよ。兄さんも一緒に、ずっとずっと暮らしていくんだ。

 アーサーの瞳は、狂気で濁っていた。



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