36 / 114
第二章 魔獣戦争
第34話 供物
しおりを挟む星が輝く夜空を俺とユーリは全力でかっ飛ばしていく。最初はユーリにおくれを取っていたが、風で飛ぶコツを掴めば並んで飛行することができた。
これならエリシアみたいに雷にならないで済む。まぁ、上位の魔法を使えなかった時点でそれはできなかっただろうが。
ともあれ、今出せる最速で報告のあった場所へと向かっている。
ララは大丈夫だろうか……。渡した御守りじゃ、大きなダメージは防ぎきれない。守護の魔法だって不完全だから何処まで通用するのか不明だ。戦えると言っても、まだまだ素人の域だ。怪物に襲われでもしたらどうなるか……。
ユーリが聖獣達に声を掛けてくれたが、聖獣は聖獣でやれることに限界がある。
やはり一人で行かせるべきではなかったかも……。
「っ、兄さん見えました!」
「……やはり、あの鳥か」
俺達の正面で空を飛んでいるのは、あの村に現れた超巨大鳥だった。
島が一つ飛んでいると錯覚しそうなほど巨大なそれは、悠々と翼を羽ばたかせて此方へと向かってきている。
「ユーリ、アレが何だか分かるか?」
「……あれからは風神の力を感じます。陛下達が言うように、ケツァルコアトルかと」
「風神の眷属……本当にいたとはな」
校長先生に羽根を持ち帰ってほしいとか言われたが、あんな巨大な羽根をどうやって持ち帰れと。
しかし、あれがケツァルコアトルなら討伐するのは流石にマズいか。できるできないは兎も角、あれでも一応平和の象徴。神獣と言っても過言ではない存在を殺す訳にはいかないだろう。何とかして巣に戻ってもらうしかないか。
「……様子が変です」
「なに?」
「ケツァルコアトルなら魔力に神性さが感じられるはずです。ですが、あれからは邪悪な気配を感じます」
「ケツァルコアトルじゃ、ないってことか?」
「いえ、アレは間違いなくケツァルコアトルです。でも何だ、この感じ……」
確かに、アレからは邪気が感じられる。風神の眷属ならそれに相応しい神性さを纏っていなければならない。平和の象徴である存在から邪なモノが発せられているのは明らかにおかしい。
だが何れにせよ、アレを止めなければいけない。正体がケツァルコアトルでなくとも、俺達の目的はアレを撃退することにある。
「ユーリ、兎も角アレに乗り込もう」
「……ええ、そうですね」
謎を抱えながらも、俺達はケツァルコアトルに近付く。
ケツァルコアトルの巨大さは異常だ。この巨体で飛ぶには一対の翼では不可能だ。何か魔法を使っているのだろう。
ケツァルコアトルからの迎撃は無く、俺達は難無くケツァルコアトルの背中へと回り込めた。
そこで目にした光景は予想外なものだった。
町だ、町がある。正確には町の残骸、と言ったところだろう。ケツァルコアトルの背中に町の残骸があった。背中だけじゃなく、翼や尾の部分にも背中よりは小さいが町らしき残骸がある。
本当に島が鳥となって飛んでいると言って良い光景に、俺とユーリは言葉を失う。
これがケツァルコアトル……流石に神獣ともなると人知を超えてきやがる。
俺達は背中の町に降り立ち、辺りを警戒する。
するとケツァルコアトルが大きな咆哮を上げた。
――オォォォォォォォン!
「――っ!? 何だって!?」
「どうしたユーリ?」
ユーリが驚きの声を上げた。
「今、ケツァルコアトルの声が……!」
「声? 咆哮のことか? おいおい、聖獣だけじゃなくて神獣とも心を通わせるのか?」
「もしそうだとすれば、何てことだ……!?」
「おい、俺にも分かるように話してくれ」
「――ケツァルコアトルが魔獣です!」
「は?」
直後、頭上から黒い怪物が降ってきた。
俺とユーリは左右に分かれて跳び退き、武器を構える。
怪物はメーヴィルを襲撃したのと同種で、穢れた魔力で構成されている奴だった。
「何でコイツが!?」
「兄さん! 後ろ!」
「っ!?」
背後から殺気を感じ、ナハトを振り払う。背後に迫っていた怪物を両断し、怪物は魔力の塵になる。
周囲を見渡すと、ケツァルコアトルの背中から怪物達が次々と生まれてくるのが見えた。
「おいおい、どういうことだよ……!?」
「ケツァルコアトルが魔獣化しているんです! 先程の咆哮は、俺達に助けを求める声でした!」
「はぁ!?」
神の眷属が魔獣化!? それ何て冗談だ!?
襲い来る怪物達を斬り倒しながら、ユーリは叫ぶ。
「何とかしてケツァルコアトルの魔獣化を止めなければ! まだ完全に魔獣になった訳じゃありません!」
「何とかって何だよ!?」
「何か外的要因があるはずです! それを見付けなければ!」
「ええいくそぉ!」
黒い雷を放ち、周りに群れる怪物を一掃する。
外的要因つったって、何処をどう探せば良いんだよ。魔獣なんて相手するのは初めてだし、神獣が魔獣化するなんて前代未聞だろうが。
愚痴ったって仕方がない。怪物を倒しながらその要因ってのを探すしかねぇ。
「ユーリ! 二手に別れる! お前は右側! 俺は左側! 何か見付けたら対処しろ!」
「分かりました!」
怪物を薙ぎ払い、俺はケツァルコアトルの左側を走る。町の残骸の中を駆け、道を塞ぐ怪物を斬り、魔獣化の要因を探し回る。
だがどんな要因が魔獣化を引き起こしているのかが分からない。闇雲に走っても見つかりそうもない。
落ち着け、こういう時に役立つのは今まで頭の中に詰め込んできた知識だろうが。
魔獣、穢れた魔力を宿す災厄の獣。穢れた魔力は自然に発生するものじゃない。負のエネルギーが清浄な魔力を侵食して生まれる代物。
もしケツァルコアトルが魔獣化させられているのであれば、負のエネルギーによって侵食されていることになる。
その負のエネルギーとはいったい何だ? 神の眷属を侵食できるような負のエネルギーの正体……ダメだ、分からない。
だがその負のエネルギーさえ見付けられれば、後はそれを取り除くなり破壊するなりすれば良い。
なら俺が今すべきことは――。
「魔力の流れを見定めて場所を特定すること!」
この怪物達が生まれる場所に穢れた魔力がある。その魔力が何処から流れてきているのか調べれば、後はそれを追い掛けていけば――!
「大当たり!」
怪物らを倒しながら進んだ先に、ケツァルコアトルの身体に埋め込まれた巨大な瘤のような物があった。それは紫色に光っており、そこから負のエネルギーがケツァルコアトルに流し込まれているのが分かる。
いったい何だこれは……? 何かの魔力タンクのようだが、中に何が入っているんだ?
斬れば分かるだろうと思い、黒い雷を纏わせたナハトで瘤を斬り裂く。
斬り裂かれた瘤の中からドロドロとした液体が流れ出し、それと一緒に流れ出てきたのは人型のナニかだった。
「これは……!?」
それは何人もの魔族の遺体だった。それもこれは、呪いによって生み出された子供達――ヴァーガスの遺体だ。細く痩せ細り、骨と皮だけしかないような姿は見間違いようがない。
なるほど、呪いによって生まれた存在ならば負のエネルギーにはもってこいだ。
「――ふざけるなよっ」
俺は唇を噛み締めた。瘤から零れ落ちてきたヴァーガスの数は十人近い。
つまり、十人近い子供達の命が奪われた。更に言うなら、母胎である母親も死んでいる。
それにもっと最悪なことに、この瘤はこれだけじゃない。魔力を探ればケツァルコアトルの至る所にいくつも存在している。
胸糞悪い――! 魔獣なんて存在を生み出す為にいったいどれだけの子供達を犠牲にした? どれだけの命を弄びやがった!?
何処のどいつだ、こんなクソッタレな真似をしやがった奴はァ!?
「クソッタレがァ!」
近付いてくる怪物を斬り殺し、次の瘤へと向かう。
もうエネルギーにされた子供達は死んでいる。シンクのように救うことはできない。俺にしてやれることはその亡骸を解放してやることだ。
瘤を守るようにして何体もの怪物が生まれて立ち塞がる。その全てを薙ぎ払い、また一つ破壊する。
『グガァァ!』
「退けぇぇぇえ!」
怒りしか湧いてこない。此処まで怒りを覚えたのは生まれて初めてだ。大戦中ですら、仲間が殺されても憎しみに囚われることはなかった。
だがこれだけは別だ。今の俺は怒りだけで剣を振るっている。こんな惨いことを仕出かす奴を見つけ出して必ず殺してやる。必ずだ。コイツだけは怒りと憎しみだけで殺してやる。
『ゴアアアアッ!』
目の前に巨人型の怪物が現れる。殴り掛かってきた拳を俺の左拳で殴り返し、木っ端微塵にする。そして首を斬り落とし、その先にある瘤をまた一つ斬り裂く。
これで三つ目。まだまだ瘤は存在する。此方側だけでもこんなにあるのなら、ユーリ側にも複数存在するだろう。
ユーリなら瘤の存在に気が付いてくれるはずだ。そしてユーリも真実を目の当たりにして怒りで震えるだろう。
何個目かの瘤を破壊した時、ダガーを両手に怒りの形相をしたユーリと対面した。
「兄さん、これは……何でこんな……!?」
「分かってる……早く残りも楽にしてやろう」
「はい……っ!?」
突如、ケツァルコアトルが大きく身体を動かした。俺とユーリは身体から振り払われないように気を付け、何が起こっているのか確認する。
ケツァルコアトルは移動速度を速め、高度を上昇させた。雲の上に飛び出したと思えば、今度は魚が水面を跳躍するようにして雲の中に沈み、急降下を始めた。
雲を抜けた先には、森が広がっていた。
まさか、ホルの森!? ならあの遺跡は……!
ケツァルコアトルはそのまま遺跡の隣の森へと墜落した。森を薙ぎ倒し、大地を揺らしながらケツァルコアトルは動きを止めた。
「くそっ……! ユーリ、無事か?」
「はい……!」
俺達は立ち上がり、急いでケツァルコアトルから飛び立つ。まだ瘤は破壊しきれていないが、何が起きているのか把握するのが最優先だ。
上空から森を眺めると、ケツァルコアトルの墜落で森の一角が破壊されてしまっているものの、遺跡には被害が出ていなかった。
瘤を破壊したことでケツァルコアトルの力が弱まって墜落したのだろうか? しかしまだケツァルコアトルから放たれる邪悪な気配は消えていない。
「……兄さん、おかしいです。遺跡に聖獣の気配がありません」
「なに?」
「――ま、待ってください! 遺跡からルキアーノの魔力と、ララお嬢さんの魔力が!」
それを聞いた俺はケツァルコアトルを放置し、遺跡へと飛んだ。
0
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
弟子に”賢者の石”発明の手柄を奪われ追放された錬金術師、田舎で工房を開きスローライフする~今更石の使い方が分からないと言われても知らない~
今川幸乃
ファンタジー
オルメイア魔法王国の宮廷錬金術師アルスは国内への魔物の侵入を阻む”賢者の石”という世紀の発明を完成させるが、弟子のクルトにその手柄を奪われてしまう。
さらにクルトは第一王女のエレナと結託し、アルスに濡れ衣を着せて国外へ追放する。
アルスは田舎の山中で工房を開きひっそりとスローライフを始めようとするが、攻めてきた魔物の軍勢を撃退したことで彼の噂を聞きつけた第三王女や魔王の娘などが次々とやってくるのだった。
一方、クルトは”賢者の石”を奪ったものの正しく扱うことが出来ず次第に石は暴走し、王国には次々と異変が起こる。エレナやクルトはアルスを追放したことを後悔するが、その時にはすでに事態は取り返しのつかないことになりつつあった。
※他サイト転載
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません
青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。
だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。
女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。
途方に暮れる主人公たち。
だが、たった一つの救いがあった。
三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。
右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。
圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。
双方の利害が一致した。
※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております
鑑定能力で恩を返す
KBT
ファンタジー
どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。
彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。
そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。
この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。
帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。
そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。
そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。
おっさんの神器はハズレではない
兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。
神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜
月風レイ
ファンタジー
グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。
それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。
と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。
洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。
カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる