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第二章 魔獣戦争
第25話 風の勇者
しおりを挟む翌朝、洞窟前にはアスカが待っていた。
ちゃんと約束通りユーリに会わせてくれるようだ。
アスカの後ろを歩きながら森の中を進んで行きながら、アスカにユーリのことを尋ねる。
「アイツは元気なのか?」
「少なくとも、病に罹ってはいないね」
「準備をしていると言ってたが、ユーリは何をしてるんだ?」
「それは本人に聞くと良い。守り神である私がこうして人の前に現れている時点で特殊なことだ。多くを語るとは思わないことだね」
一先ず、ユーリは健在のようだ。
だがこのアスカと言う守り神、イマイチ性格が良く分からない。
シンクの呼び声に応えて現れ、話が分かる奴だと思ったら肝心なことは話さない。敵意は持っていないがまだ友好的には思われていない。しかしどこか気に掛けているような、そんな感じの雰囲気を持っている。
守り神自体、確かに人前に現れるのは珍しい。俺達とは生態系も違うし、価値観も違う。
俺達の尺度で測れるような存在ではないのは間違いない。
「ほら、着いたよ」
「此処は……」
アスカに案内された場所は地図にも載っていない遺跡群だった。
古代都市、そう言っても良いだろう。大きな建物から民家らしき小さな建物まで存在する。
ホルの森の中にこんな場所があったとは知らなかった。
「此処は聖域で守られている。案内人がいなければ外からも見えない場所だよ」
「……女王は知ってるのか?」
「さぁね。此処を知る氏族なら知ってるんじゃないかい。ユーリは彼処に居るよ」
アスカが見る方向には一つの民家がある。その民家の窓口からは白い煙が立ち上っている。
アスカはくるりと背を向け、来た道を戻り始める。
「一緒に来ないのか?」
「言っただろう? 人前に現れるのが特殊だと。くれぐれも、ユーリの邪魔をするんじゃないよ」
アスカはそう言い残し、森の中へと姿を消していった。
俺達はアスカを見送り、遺跡へと足を踏み入れる。
此処はどの時代の遺跡だろうか。考古学は専門外だから正確な所は判らないが、かなり古い時代の物だとは判る。
通りを渡り、目的の民家の前まで来た。ドアは無く、中の様子が窺える。
一応、ララに杖を握らせてから民家の中に入った。
「ユーリ、居るか?」
中は随分と散らかっている。何かの研究でもしているのか、メモや本が持ち運ばれたテーブルに山積みにされ、霊薬作りでもしているのか道具が散乱している。竈にはスープが入った鍋があり火に掛けられている。
先程まで此処に居た証拠だ。だが姿が見えない。
警戒を強めながら家の中を見渡していると、入り口にいるララの背後から気配を感じた。
「ララ! 伏せろ!」
「え?」
ララは驚いた顔をするが身体は素直に動き、シンクを抱き締めてその場に伏せる。
ララの背後に立っていたそいつに風の魔法をぶつけ、後ろへと退かせる。
「っと――」
そいつはすぐに体勢を整え、両手のダガーを構える。
ララとシンクを背に置き、ダガーを構えたそいつと対峙する。
「……ユーリ?」
「おっと、俺の名をご存じで? なら俺が風の勇者ってことも――」
そいつは緑色の瞳で俺を見て、表情を固める。
少しボサついているが長い緑色の髪を項で一纏めにし、トレードマークである黄色いロングマフラーが風で靡く。
「……兄さん?」
風の勇者ユーリ・ライオットがそこにはいた。
ユーリの家に入り、淹れられた薬草茶を啜る。
テーブルには朝食として用意していたであろう干し肉のスープが盛られた皿が並べられている。
「それにしても驚きましたよ。侵入者が兄さんとは」
「俺も驚いたよ。まさか久々の再会で弟に襲われるなんてな」
「襲うだなんて人聞きの悪い。ちょっと用心しただけですよ。寧ろ魔法で吹き飛ばされました」
「悪かったよ」
「お嬢さんも申し訳ないね。別に危害を加えようと思っていた訳ではないのですよ」
「は、はぁ……」
ララは少し戸惑いながらユーリを見る。
エリシアとは違うタイプの勇者に戸惑っているのだろう。
ユーリは基本的に紳士的に他人に接する。女性に対しては少し女誑し感が出るが、物腰は柔らかくほんわかとした空気を纏う。
ただ、戦いになればエリシアと変わりない。敵陣に斬り込んでいき、風の魔法で百の敵を斬り裂く。口調は丁寧だが行動はかなり過激になる。
「それで、兄さん? いったいどうして此処へ?」
「お前、ここずっとエリシア達と連絡取ってなかっただろ? エリシアが心配して俺を寄越したんだよ」
「ああ、そうでしたか。姉さんに心配掛けましたね。というか、姉さんとは会ってるのですか?」
「まぁ、仲直りはしたよ。鼻が潰れるぐらい殴られたけど」
「姉さんらしい。あ、俺も怒ってますよ」
さらり笑顔で気不味いこと言うなよ。
ユーリはニコニコとしているが、その腹の内からは黒いモノが垣間見える。
「悪かったよ。あの時は俺が出て行くのが一番だと思ってたんだよ」
「まったく……まぁ、元気そうで何よりです。ところで……そちらのお嬢さんとお坊ちゃんは? もしかして――」
「親父の娘だ」
ユーリがまた勘違いした発言をする前に答えた。
親父の娘と聞き、ユーリは「え?」と声を漏らしてララを見る。
ララはティーカップを置き、ユーリを見る。
「ララ・エルモール。魔王ヴェルスレクスは私の実の父だ」
「……驚きました。クソ親父――失礼、あの父に血の繋がった娘がいるとは……」
「俺とララには守護の魔法が掛けられてる。親父が俺とララを縁で結び付けたんだと思う」
「守護の魔法ですか? あれは同種族でないと発動できないのでは……?」
「ああ。ララも半魔だ。魔族の血と力が濃いが、俺と同じだ」
「成る程……」
ユーリはララの顔をまじまじと見つめる。
たぶん、ララを通して親父のことを思い出しているのだろう。
ララは見つめられて少しムッとする。
「失礼、お嬢さん。それで、お坊ちゃんのほうは? 其方もまさか?」
「いや、この子は――」
「とと、おかわり」
シンクのことを教えようとしたら、俺の手を引いて皿を出してきた。
ユーリは信じられない光景を見たような顔になり、俺とシンクを交互に見る。
そして最後にララを見て、ハッと息を呑む。
「そんな、兄さん……もしかしてお嬢さんと!?」
「違う」
「お坊ちゃんの年齢も我々と別れてからと考えるとありえる……しかしお嬢さんの年齢は」
「おい」
「兄さん! まさかそう言う趣味――」
「落ち着けアホ」
空になった皿をユーリの額に投げ付け、その先を言わせないようにした。
何? 俺はこれから先そう言う目で見られて誤解を与えることになるのか?
ララが年の割には大人びているから確かにそう思えなくもないが、毎度毎度このやり取りをしなくちゃならないとか、それはちょっと勘弁してくれ。
「この子は魔族の子供で、ヴァーガスにされたのを助けたんだ。それで俺が引き取った」
「ってて……ヴァーガス、ですか……それは何ともまぁ……」
「そんなことはどうでも良い。本題に入ろう。お前、魔獣と戦うんだってな?」
ユーリは皿にスープを盛り付け、シンクの前に出す。
ユーリは「聞いたんですか……」と言って苦笑する。
「ええ。ラファートの予言書には魔獣が復活すると記されています。俺は風の勇者として、これを討つつもりです」
「……その予言書って奴のことを教えろ」
「ええ、いいですよ」
ユーリは立ち上がって研究の道具が散乱している所から一冊の古びた本を持ち出した。
緑色の革の表紙で、金色の刺繍で文字が縫われている。
『ラファートの予言書』
そう書かれた本をユーリを俺に差し出し、それを受け取った俺は開いて中を見る。
ララも気になったのか覗き込んでくる。
その本に書かれている文字は古代の文字であり、専門家でなければ解読はできないだろう。
俺も少しは古代語を囓ってはいるが、正しく全てを解読できる訳じゃない。
それでも大まかだが読み取れる部分もある。
予言書の始まりは神話時代以降のようで、神々の争いが終わってからだ。
「全部読めるのか?」
「不思議なことに、俺には何て書いてあるのか解るんですよ。勇者であることが関係しているのだと思いますが」
「……それで、魔獣のことは何て?」
「失礼」
ユーリは俺から本を取り上げ、ペラペラとページを捲っていく。
そしてとあるページで手を止めて、俺とララに見せてくる。
そこには『黒いモノ』が森を燃やす絵が描かれていた。
「ここに。『真なる王討たれた時、古より魔の災禍来る。これを魔獣の復活と知れ。魔獣は聖獣が住まう森を燃やし女王が治める国を転覆す。そこを始まりとし世界を穢れで染め上げるだろう』、そう書かれています」
真なる王討たれた時……。
俺はユーリを見た。ユーリは頷き、俺の考えが間違っていないことを示す。
真なる王、それは即ち『ヴェルスレクス』、魔王ヴェルスレクスのことだ。
ヴェルスは真なる、レクスは王と言う意味がある。
この書には魔王が討たれた後で、魔獣が復活すると書いてあるのだ。
「本当に魔獣が復活すると?」
「予言が外れるに越したことはありませんよ。しかし、魔王がいなくなってから怪物や魔法生物の様子がおかしくなっているのは事実」
「どんな風におかしいんだ?」
「何かに怯えてる。怪物ですらも、何かか逃げようと普段は出ていかない場所に現れ、人に害を為しています」
「お前が言っていた『怪物が騒がしい』ってのは、それか?」
「ええ。怪物が逃げてくる方を辿っていくと此処に辿り着きました。そして守り神に出会い、この予言書のことを教えてもらいました」
怪物が逃げ出すか……。
怪物が逃げ出すような兆候は危険度的にかなりマズい状況だ。
怪物は基本的に逃走本能なんてものは極僅かしかない。己より格上の怪物と遭遇しても、所構わず縄張り争いをしてどちらか一方が命を落とす。最後に逃げたとしても必ずと言って良いほど戦いは行われる。
それが怪物の摂理だ。その摂理が覆されている。
怪物が尻尾を巻いて逃げ出すほどということは、魔獣かどうかは兎も角、それに匹敵する脅威が迫っていることになる。
それ程までの脅威なら尚更、ユーリを一人で戦わせることはできない。
「ユーリ、事情は解った。俺も力を貸す」
「え、本当ですか? それはありがたいのですが……」
ユーリはララとシンクを見た。
何を考えているのかは分かる。ララは兎も角シンクの身の安全を懸念しているのだろう。
「ララは大丈夫。魔法の才能が桁違いだ。シンクは……どうしようか」
「私の側にいさせる。私は後方で魔法支援だろう?」
「良いのか?」
「仕方ないだろう」
「助かるよ」
ララが側にいてくれるなら問題は無い。シンクはララにも懐いている。ララの言うことなら素直に聞くだろう。
ララには後方で魔法による支援攻撃をさせるつもりではいるが、できるだけ戦いには参加させたくはない、と言うのは勝手が過ぎるだろうか。
ララがこうしてここまで足を運んでくれているのは、俺の為であり俺の所為なのだ。契約を破るような真似をさせない為に、ララは危険を承知の上で一緒に来てくれた。
シンクも幼い子供だ。本当は安全な所に置いておきたいが、ヴァーガスとして罪を犯してしまったこの子を保護責任者として手の届く範囲に置いておかなければならない。
少なくとも、エフィロディアに居る間は誰にも任せることはできない。
魔獣と戦いながらララとシンクを守り通す。
勇者であるユーリがいるとは言え、かなり大変な絶対条件だ。
だがそれを完璧に行うのが勇者の務め。
俺はララの勇者だ。勇者ならこれしきの偉業、成し遂げてみせなければ。
「ユーリ、他に増援は頼めないのか?」
「俺もそう思ったのですが、色々と複雑な事情がありましてね。主に、国際問題とか」
「どうしてだ? 世界の危機だろ?」
「あまり言いたくはないのですが、これはあくまでもエフィロディアの問題。他国に支援を要請するとなると借りを作ることになります。そうなれば今後エフィロディアは他国に対して大きく出られなくなります」
人族は決して一つの国ではない。同じ種族ではあるが、それぞれの国に王が存在し、己の国の地位を高めようとしている。
他の種族にも氏族や部族などが存在して派閥を競い合う所は存在するが、それでも彼らは一つの国として動いている。
魔族との戦争が停戦した今、人族は己が国の繁栄と存亡を懸けて水面下で競い合っている。
俺が人族の大陸を出ようと思った切欠もその一つだ。魔族との戦いに明け暮れ、今度は人族同士の権力争いを目にし嫌気が差したのだ。
グンフィルド女王が権力に固執するような人物だとは思っていないが、女王となった今ではそう言った厭らしい側面も見ていかなければならないのかもしれない。
「はぁ……人族も人族で魔族と同じく競い、争うことで発展してきたしな」
「でも兄さんなら何処にも属してないですし、問題ありませんね。そう言えば、今は何処に?」
「エルフ族の国だ。そこで学校の教師をしてる。ララはそこの生徒だ」
「……兄さんが教師を? それに半魔であるララお嬢さんが生徒?」
「あー……」
どうしよう、ユーリに説明しておいたほうが良いだろうか。
ユーリは風の勇者だし、俺の弟分でもあるし、それにもしかすると雷の神殿の時のように風神の試練を受けることになるかもしれない。
どうせその時に知られるだろうし、ユーリに言っても大丈夫だろう。
「ユーリ、七神の神殿に力が戻ってるのは知ってるか?」
「ええ、怪物騒動の原因かと思い、一度調査しました。けれど何も起こらず、一先ず保留にしています」
「あれな……実は俺とララに関係があるようなんだ?」
「……どういうことです?」
俺はユーリに雷の神殿であったことを話した。
その過程でララが聖女であることも伝え、いずれ俺とララが大いなる旅と大いなる選択を迫られるという予言も話した。
ユーリは終始驚きの表情をしていたが、最後には納得したように頷いた。
「成る程……通りで兄さんから雷神の気配を感じた訳ですか」
「あ、やっぱ感じるのか?」
「ええ。姉さんとは少し違うようですが、確かに兄さんから雷神の力を感じますよ」
俺は右手を上げて雷神の力を少しだけ発動させた。
バチバチと黒い稲妻が右手で迸り、ユーリは興味深げにそれを見つめる。
あれから半年だが、コツコツとこの力の訓練は続けてきた。まだエリシアのように雷そのものになるようなことはしていないが、少なくとも通常の雷属性の魔力よりも大きな力を操れるようにはなった。
ウルガ将軍と戦った時のような変身も、まだ完璧じゃないが三回に一回は変身できるようになったばかりだ。
「凄い……ただの雷属性じゃありませんね」
「ああ。これだけじゃない。雷神の力を更に高めると、俺の魔の部分が剥き出しになって変身できる」
「変身!? それは是非見てみたいものです!」
「見世物じゃないんだが。まぁ、もしかしたら魔獣との戦いで変身するかもな」
魔獣が相手となれば、雷神の力を引き出す必要に迫られるだろう。
魔獣は怪物のカテゴリーに入るが、その強さは一線を画すほどだ。下手をすれば魔王に迫るまである。
俺の力は勇者よりも格下だ。魔法を使わない剣術だけなら他よりも優れていると自負はしているが、魔法を組み合わされると負ける。
どれだけ剣術で抑え込もうとも、どれだけ魔法を多用して撹乱しようとしても、勇者の地力によって最終的に覆されてしまう。
だが俺にも雷神の力が備わったことで、勇者と同じ強さになれたのだろうか。
まだその実感は無い。
仮に同じ力になっているとすれば、俺は勇者ということになるのだろうか。
もしそうだとしたら、親父はそれを知っていたのだろうか。
親父はエリシア達をそれぞれの属性の魔力の奔流へと投げ込み、生き残った子供を勇者として育てた。
勇者はそうして生まれた。決して最初から神に選ばれ力を授けられた訳じゃない。
親父は俺にそれをさせなかった。どうしてと訊いても、何も答えてくれなかった。
何の地獄を見ないで勇者の力を得たのだとしたら、他の勇者達は何と思うだろうか。
何て……アイツらがそんなこと気にするようなことはないか。
「それで? どうやって戦うんだ? 流石に俺も魔獣と戦うのは初めてだ」
「ある霊装が必要なんです。その霊装を見つけ出さなければ魔獣には勝てません」
「見つけ出さなければ……まだ見つかってないのか?」
「兄さんも聞いたことがあるでしょう……聖槍フレスヴェルグです」
「これはまた……どうしてそれが?」
ユーリはまたラファートの予言書を開き、俺にとあるページを見せた。
そこには魔獣に立ち向かう、槍を携えた戦士が描かれていた。
「『聖なる風の槍を携えし者、魔の災禍を滅するだろう』……聖槍フレスヴェルグは風の槍です。魔獣を倒すのに必要なのですが……」
「……槍は魔王を倒した後、消えちまったよな」
そうなのである。
聖槍フレスヴェルグは嘗て風神の試練を乗り越えたユーリが手にした霊装だ。魔王を討った後、役目を終えたのか聖槍はそのまま風となって何処かへと消え去ってしまったのだ。
それが今になって再び必要になるとは思いもしなかった。
だがあの聖槍は風の勇者であるユーリにしか使えない霊装だ。ユーリが望めばまた現れるのではないのか?
「聖槍はお前の物だろ? 喚び出せないのか?」
「兄さん、厳密にはアレは俺の物ではありませんよ。風の勇者に使える霊装って言うだけで、所有権は風神にあります」
「……所有権は神、か」
ならば、聖槍は今、風神の手元にあると言うことか。
しかしそれならばまたユーリに渡しても良いもんだと思うのだが、渡していないということは渡せない理由があるのか、それとも必要無いのか。
いや、必要無いなんてことはないだろう。ラファートの予言書にはそう書かれているのだから。となれば、ユーリに渡せない理由があるのだろう。
「風の神殿は調べに行ったんだったな?」
「はい、何も起きませんでしたけれど」
「……」
俺は隣に座るララへと視線を動かした。
いや、まさかな。それはありえない。ララと俺は既に雷神の試練を受けた。風神の試練を受けられる訳がない。
しかし、他の神殿で力が失われたという報告は耳にしていない。と言うことは今でも何かしらの役目を待っているのだ。役目を果たさない限り神殿に宿った力は失われない。
ではその役目とは何だ。決まっている、力を勇者に渡す為の試練だ。
だが風の勇者であるユーリが赴いても何も無かった。
エリシアの時と同じだ。アイツも一人で調べに行った時には何も起こらず、俺とララを伴って調べに行った時には試練が発動した。
今回も、もしかしたらそうなのかもしれない。
そこに聖槍があるかどうかは別として、神殿はララ、もしくは俺を待っているのかもしれない。
「……調べて見るしかねぇよな」
もし風神が聖槍を渡すとすれば、試練を乗り越えた時だ。
迷っている時間は無い。グズグズしていると何の用意もしないまま、魔獣の復活を迎えることになる。
少々、かなり危険だが、風の神殿に行ってみるしかないだろう。
「よし、ユーリ。風の神殿に行くぞ」
「え? ですが、何もありませんでしたよ?」
「雷の神殿の時もそうだった。エリシアが行っても何も無かったが、ララと俺が行った時には変化があり試練を受けることになった。今回もそうかもしれない」
「……」
ララはあの時を思い出したのか、少し表情を暗くする。
ララの目の前で俺は串刺しになり、それを見たララは魔族の力を暴発させてしまった。
あの時、雷神に刻み込まれた死を克服することは難しいだろう。
それに今度はシンクもいる。雷神の力を得たとは言え、戦えない子供を連れて神殿に赴くのは危険過ぎるか。
いや、試練を受けるとなればそれは前回と同じなら俺とララだけだ。その間だけはユーリに任せることになるだろう。こればかりは、他人に頼むしかない。
「ララ、怖いか?」
「正直……でも、必要なことなんだろう?」
「……まだその確証は無い。だけど、それもこれで分かる」
「……うん」
本当なら俺一人で神殿に赴きたい。だが二人揃わなければ試練を受けられないのかどうかも分からない。
あの時、ララは引っ張られる感覚があると言った。俺にはそれが無かった。
だから俺の中では試練はララがいなければ発動しないのではないかと考えている。
だが奇妙な点もある。
試練を突破した結果、力を手に入れたのは俺だけだ。ララには何も発現していない。
試練を受けるにはララが必要だが、力を行使できるのは俺、という説がある。
正直、ララに力が発現しなくて良かったとは思う。
この力は人類には過ぎた力だ。一個人が保有して良い力ではない。
そんな大きな力を子供が手にすれば、それこそ世界は放っておかないだろう。悪用しようと企む輩が必ず存在する。
ララなら尚更だ。魔王の娘であり聖女である彼女が勇者の力まで手にしてみろ。その力を手に入れようと躍起になる馬鹿共が絶対に現れる。
ただでさえ魔族に魔王として狙われているし、人族に魔王の娘であり聖女だと知られてしまえば命を狙われかねない立場だ。
これ以上ララに危険な重荷を背負わせる訳にはいかない。
だから、力の業は俺が背負う。
「……兄さん、すみませんが俺は神殿にいけません」
「は? 何でだ?」
ユーリが困った顔でそんなことを言った。
「魔獣の復活が近い。俺がこの地を離れた時に魔獣が復活してしまえば、守り神だけでは魔獣を抑え込めません。だから俺が此処を離れる訳にはいかないんです」
「っ、いやだが、仮にお前が残って魔獣が復活したとしても、聖槍が無ければ倒せないんだろ?」
「はい。ですから、聖槍は兄さんに任せます」
「任せますって……」
俺はシンクをチラリと見る。
神殿で試練を受けることになればシンクだけが試練の間の外に取り残される。その間に怪物がシンクを襲ってしまえば、魔族の子供だろうと死んでしまう。シンクを守ってくれる存在が必要だというのに。
「シンクお坊ちゃんは俺に任せて下さい。魔獣が復活しても、俺と聖獣が守ります」
「いや、だがシンクは……」
「どうせ兄さんのことです。俺が責任を持って、とか考えているのでしょう?」
「……」
そうだ。シンクは罪が許されている訳ではない。今こうして生きていられるのは、俺がシンクを『監視』して『教育』しているからだ。
その監視役がシンクの側を離れる訳にはいかない。俺が離れてしまえば、シンクが怪物になってしまった時に責任を持って殺せない。その役割を他人に譲る訳にはいかないんだ。
「兄さん。兄さんがこの子の責任を取ると言うのなら、俺も弟として兄の尻拭いをしますよ」
「……何でもお前がそこまでするんだ? これは俺が勝手にしたことなんだぞ?」
「だって、俺も勇者ですから」
「――」
ユーリは笑顔で言ってのけた。
そうか……お前も勇者だったよな。
俺だって勇者ならと、シンクを助けた。勇者なら絶対に助けると信じているから。
ユーリの言葉に俺は笑みが溢れる。
「……そうか。なら、頼むよ」
俺は相変わらず無表情のまま此方を見つめるシンクに顔を向け、頭を撫でる。
「シンク、ととは少しねーねと一緒に出かけてくる。それまで、あのにーにと一緒に居てくれるか?」
「……? とと、いっちゃう?」
「……絶対に帰ってくる。良い子にしてられるな?」
「……うん」
シンクはユーリを一瞥してから頷いた。
俺は微笑み、立ち上がってナハトを背中に背負う。ララも立ち上がり、シンクを撫でる。
「ユーリ、アレは居るか?」
「ええ、居ますよ。久々に走らせてやって下さい」
ユーリはニヤリと笑った。
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