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第二章 魔獣戦争

第18話 プロローグ

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 魔王が討たれて五年の月日が流れた。
 その間、七人の勇者達は何をしているのか、誰しもが気になった。

 雷の勇者はゲルディアス王国に属し、第二都市リィンウェルを治めているのは有名だ。

 火の勇者と地の勇者はファルナディア帝国とイルマキア共和国に属してはいるが、頻繁に二人はそれぞれの領土内を行き交いして遊んでいる。

 氷の勇者は水の勇者と仲が大変宜しいようで、自国よりも水の勇者が治めるローマンダルフ王国に度々姿を現しているという噂も聞く。

 水の勇者は国に属するのではなく、小国の王に就いているのは周知の事実だ。

 だが、光の勇者と風の勇者の情報はかなり少ない。

 二人ともそれぞれの神を祀る国に属してはいるものの、その姿を見せることはあまりない。
 会いに行こうとしても、留守にしていることが殆どだ。

 そのお陰で妙な噂が立っている。

 曰く、二人とも実は国に属しておらず、世界中を流離っているだとか。
 曰く、国の王が勇者を監禁しているのではないのか。
 曰く、実は死んでしまっているのではないだろうか。

 噂はあくまで噂でしかない。その中に真実が混じっているのかもしれないし、全くのデタラメかもしれない。

 しかし、火の無い所に煙は立たないと言う。
 二人の勇者の姿を目にした民達は、この数年誰もいないのだ。

 勇者達が年に数回開くと言う勇者会議にも、風の勇者と光の勇者は最初の一度しか顔を出していないと言う。

 風の勇者と光の勇者は七人の勇者の中では一番と二番目に若い。光の勇者に至っては、まだ二十歳にもギリギリ届いていない。

 七人の中で一番年上である雷の勇者エリシアは、便りの無い二人を気に懸けていた。
 勇者としての実力は確かではあるが、こうも連絡が取れないとなると、何かあったのではないかと思ってしまう。

 現に、エリシアは何度も二人に便りを飛ばしてはいた。
 しかし返事が返ってくることは無く、未だに二人の消息は掴めていない。

 エリシアにとって二人は弟的存在である。幼少の頃から義理の父である魔王の下で育ってきた。できることなら今すぐにでも自分の足で二人の無事を確かめに行きたいと思っている。

 だが勇者の立場がそれを邪魔する。

 現在、勇者というのはその国の最高戦力として扱われている。
 勿論、兵器としてではなく勇者という神聖な存在として大事にされている。
 だが法の上ではあくまでも戦力として見なされており、その戦力が他国へ無断で立ち入ることは許されない。

 火の勇者と地の勇者、そして氷の勇者はそれぞれの国がそれを許しているからであり、エリシアの属するゲルディアス王国はそれを固く禁じている。

 元々、魔族との戦争が始まる前は人族間で戦争をしていた歴史がある。
 その中でもゲルディアス王国は一大勢力を築いており、エリシアを離したがらないのは人族間での戦争を目論んでいるからという噂まである。

 当然、エリシアは戦争なぞに力を貸すつもりは無い。
 しかし法で縛られている以上、勇者としてそれを犯すことはできない。

 つい半年ほど前のエルフ族の件は、自国に知られる前に方を付けることができ、モリソンという裏方の功労者のお陰でエリシアが国を開けることができた。

 だが今回ばかりはどうにもできない。

 この時ほど、エリシアは自分が勇者であることを苦に感じたことは無い。

 しかし、ふとある事に気が付く。

 自分のように勇者としての力があり、二人の勇者とも顔なじみであり、完璧とまではいかないが自由に動ける者がいることを。

 早速、エリシアはモリソンにほんの半日だけ留守にするとだけ伝え、窓から雷となって空へと飛び出し、西の大陸へと飛んだのだった。



    ★



「――ってな訳で、お願いルドガー。可愛い弟達を探しに行ってくれない?」
「行くわけねぇだろ」

 目の前で手を合わせて願い出てくるエリシアにそう言ってやった。

 今日は学校が休みで休日を満喫していた時、寄宿舎の庭に雷が落ちてきたと思ったらエリシアが現れた。危うく花壇が駄目になるところで、エリシアに文句を言ってやろうとしたら、いきなり勇者二人を探してくれとぬかしやがった。

「何よ!? アーサーとユーリが心配じゃないの!?」

 怒りの形相を押し付ける勢いのエリシアを手で押し返し、ララが作ってくれた昼食のサンドイッチを頬張る。シャキシャキのレタスと甘味と酸味が抜群のトマトにプリプリのチキンと黄金エッグ、特性のマスタードが口の中で踊って脳髄を旨味の一撃が走る。

 そのサンドイッチをあろう事かエリシアは俺から奪い取り、自分の口の中に放り込む。

「あ、うま」
「チッ……取り敢えず何があったかぐらい話せ。いきなり探せって言われて、はい分かりましたなんて言えないだろうが」

 皿の上に残っている最後の一切れを取ろうとしたが、それさえを許されずにエリシアが奪い取る。

「はぐっ……実は三年ぐらい……もぐっ……二人の……うまっ……顔を見てないのよ」
「へぇーそうかい。まぁ、ユーリは正に風のようにフラフラとどっか行くような奴だからな」
「んぐっ……ユーリはそうだけど、問題はアーサーよ。あの真面目なアーサーが連絡一つ寄越さないなんて、ちょっとありえないわよ」

 エリシアは俺のサンドイッチを完食し、俺が飲む為に用意していた紅茶も飲み干す。

 こいつ、まさか二人のことを口実に集りに来た訳じゃないだろうな。
 折角ララが作ってくれたサンドイッチを、俺はまだ一口しか食べてなかったんだぞ。

 因みに、ララは自室で薬草学の勉強をしている。
 最近、授業で霊薬作りを覚えてからは魔法学以上に興味を示し、ここ数週間はずっと薬草を煎じて様々な効果がある霊薬を作り上げている。

 その副作用なのか、料理の腕もメキメキと上がっていき、料理のスパイスとして薬草を使い始めた程だ。
 そのお陰でここ最近の身体の調子が頗る良い。

 しかし、ユーリは兎も角アーサーもねぇ……確かにそれは少し気になるな。

 アーサーは勇者の中でも一番若い。確か今年で二十歳になるぐらいじゃなかったか。
 性格も生真面目で、曲がったことが大嫌いな正直者だった。
 よく俺と喧嘩していたのも、当時の俺は今とは違って大雑把な性格だった。
 その性格は教師になってからと言うもの、子供達に良くないと治したが。

 それにアーサーはエリシアによく懐いていた。お姉ちゃんお姉ちゃんとよくくっ付いていたものだ。
 そのアーサーがエリシアに何の便りも無く、顔すら見せないのは変な話だ。
 まさか、今更恥ずかしくなったとか言うまい。

「それで? 何で俺の所に?」
「勇者が何の許しも無く他国に踏み入るのは法で禁じられてるのよ。国王は私が国を出ることを許してくれないし、アンタしか居ないのよ。二人の知り合いで自由に動ける奴が」
「あのな、俺だって人族の国じゃそこまで自由じゃないし、お偉いさん方には良くない目で見られる。それに俺はエリシアを守らなきゃならない。まだ守護の魔法は完全なものになってないし、離れられない」
「何よー!? 人には力を貸せだなんて頼んできたくせに、私の頼みは聞けないっての!?」
「いや、そう言う訳じゃ……」

 確かに、それは筋が通らないって話だ。

 エリシアの立場を無視したとまでは言わないが、法を犯させるような真似をさせたのは此方だ。例え後でそのことを聞かされたとしても、それを承知の上で力を貸してくれたのはエリシアだ。此処は力を貸すのが道理ってものだ。

 だがこれは俺だけの問題じゃない。仮に俺が二人を探しに行くとして、そうなればララも連れて行かなければならない。まだ守護の魔法は完全なものになっておらず、そうする為には校長先生が言うには一年間は側にいなければならない。

 ララを連れて行くとなれば本人の同意もそうだし、何よりヴァルドール王の許しを得なければならない。

 だがしかし、俺も二人のことは気になる。俺にとっても二人は弟的な存在だ。向こうがどう思っているかは別として、エリシアの気持ちも充分に理解できる。

 ここは道理に則って俺が二人を説得するべきだろうな。

「……分かった。ララと王への説得は俺が何とかする。借りを返さないのは意に反するしな」
「最初からそう言えば良いのよ。はい、私が発行したアンタの身分証明書。私の印章があるから、滅多なことでは疑われないわ。それじゃ、頼んだわよ」
「おい、何も情報は無しか? それはあんまりだろ?」

 証明書をテーブルに置き、窓を開けて飛び立とうとするエリシアを引き止め、二人に関する情報が無いかと聞く。

 流石に何も無しで何処に居るかも分からない二人を探すのは骨が折れる。

 エリシアはうーんと首を傾げ、ある事を口にする。

「ユーリはエフィロディア連合王国で、アーサーはアズガル王国に席を置いてるけど、そう言えばその二つの国の情勢はあまり聞かないわね。あ、でもユーリと最後に話した時に、何だか怪物が騒がしいとか何とか言ってた気がするわ」

 それはあまり情報になっていない内容だった。
 二人が住んでいる国は俺も知っている。せめて最後に見た場所とか知りたかったが、無いのなら仕方が無い。

 だがそうなると王の説得は難しいものになるかもしれない。説得させるだけの材料が手元に無い状態で行くとなると、これは校長先生やフレイの手助けが必要になるかもしれない。

「それじゃ任せたわよ、お兄ちゃん」

 エリシアはピッとピースをしてから窓から雷となって消えていった。

 こういう時ばかり兄扱いするのは如何なものか。

 しかし、これからどうしたものか。先ずはララに話してから校長先生に助言でも貰いに行くべきか。それから王子を引き込んで王への説得に踏み込むか。
 それに勇者の問題とくれば、掟に従順な王ならば丸め込めるかもしれないな。

「センセ? ゴリラ女は帰ったのか?」

 丁度タイミング良く、ララが食堂にやって来た。
 手には薬草学の本を持っている。

「ああ。ちょっと頼み事をされてな……。ララ、お前……また人族の大陸に行くって言ったら一緒に来るか?」
「行く」

 二つ返事だった。
 まぁ、ララがそう言うと予想は付いていた。

 ララは学校だけじゃなく、外の世界に出て学びを得たいと常々考えているタイプであり、多少の危険があっても都から出たいと度々口にしている。

 それに王子の遊び癖に影響されたのか、俺が王子の遊びに付き合えない時はララが代わりに付いて行くようになり、王が俺に毎日小言を言うようになってしまった。

 ともあれ、ララの同意は得られた。次は校長先生か。あの人なら休日の今でも学校にいるだろう。学校が家みたいなものだしな。

 ララに校長先生に会いに行くと言うと、一緒に行くと言われて二人で学校に向かった。

 学校は休日でも無人ではない。生徒の中には休日を利用して学校内で活動している子達もいる。クラブ、なんてものも存在しており、そのクラブには顧問として教師が一人就いている。

 ララはクラブには参加していないが、時折クラブの生徒達と交流している姿を見かける。

 その時のララは実に楽しそうにしていた。魔族の大陸での暮らしでは得られなかった友達を持てて、本当に良かったと思う。

 校長室に到着すると、ドアをノックする。

「アルフォニア校長。ルドガーとララです」
『おお、ドアは開いておる。お入り』
「失礼します」

 ドアを開けてはいると、ティータイム中だったのか、お菓子のカスを髭に付けた校長が出迎えた。
 髭を指してやると、校長はお茶目な様子でカスを取って口に運んだ。

「お取り込み中すみません。少し、ご助言を頂きたいと思いまして」
「儂で良ければいくらでも助言するとも。クッキーとレモネードは如何かね?」
「いただきます。ちょうど妹分に昼のサンドイッチを盗られたところでして」
「……あのゴリラ女」

 ララがムキッとしてそう呟く。

 校長先生は手をパンパンと叩くと、何も無かった場所に椅子二つと小さなテーブル一つを出現させてその上にクッキーとレモネードを置いた。

 茶菓子で空きっ腹を満たし、早速本題に入ることにした。

「実は、エリシアから頼み事をされまして。また学校を休んで人族の大陸に向かいたいのですが……」
「ほう? 勇者からの頼み事とな? して、どのような内容じゃ?」
「数年前から光の勇者と風の勇者と連絡が取れていないようでして。最後に顔を見たのもかなり前で、それで心配したエリシアが自由に動けない自分の代わりとして探しに行ってくれないかと」
「ふむ……勇者二人を探しにか……。宛てはあるのかね?」
「いえ。最後に風の勇者からは『怪物が騒がしい』と報告を受けただけでさっぱりと。一先ず、その怪物が騒がしいという線から当たってみようかと」

 もし今でもユーリが口にした怪物が騒がしいという状態が続いているのなら、もしかしたらユーリはそれを調べ続けているかもしれない。その怪物を探して辿れば、ユーリの尻尾を掴める可能性がある。

 校長先生は髭を撫でながら思案に耽ると、おもむろに手を伸ばして本棚から本を呼び寄せた。
 その本を開きながら校長先生は口を開く。

「実は、儂も妙な噂を聞いての。何でも、人族の大陸の一部で伝説の神獣を見たと言うのじゃ」
「神獣?」
「風の神ラファートの眷属である『ケツァルコアトル』じゃよ」

 校長先生が俺達に本を見せる。
 その本には巨大な鳥の絵が描かれていた。

 ケツァルコアトル――空の島とも呼ばれるほど巨大な鳥であり、事実その背中には都市が築かれていたと言う。

 流石にそれは誇張しているとは思うが、そう言われるほど大きな鳥と言うことだ。
 鳥とも蛇とも巨人とも言われるが、その姿を正しく見た者はいないとされる。
 伝説では風神ラファートの眷属であり、人々に平和を齎すとされている。

 だが平和を齎す時は決まって世が乱れている時だ。
 つまり、ケツァルコアトルが現れたのが本当だとすれば、それは異変が起きていると言うことに繋がる。

「本当に現れたのですか?」
「確かなものは無いのぉ。じゃが……何と言うたかの? 風の勇者がおる国の名は……」
「エフィロディア」
「そうじゃ、そのエフィロディア連合王国で多くの人が巨大な鳥を目撃しておる。彼処は人族の大陸でも一番多くの生物が棲息しておる、緑豊かな国じゃ。新種の生物が誕生していたとしても何ら不思議ではないがの」

 その巨大な鳥が、ユーリの言った怪物が騒いでることに関係しているのだろうか。
 それを調べる為にも現地へ行くしか手段は無いだろう。

 俺は校長先生に本題である王の説得について頼んでみることにした。

「校長先生、勇者絡みの案件として、先生からも王の説得にご助力してくださいませんか?」
「ええじゃろ。じゃがその代わり一つ頼まれてくれんかの?」
「何をです?」
「もし本当にケツァルコアトルを見付けたらじゃ……羽根を数枚手に入れてくれんかの? 儂のコレクションに是非とも加えたい」

 俺とララは顔を見合わせた。

 エグノール・ダルゴニス・アルフォニアス、852歳、趣味『歴史的物品の収集』である。

 いや、神の眷属の羽根を毟り取ってこいとか、かなり罰当たりな真似をさせないで欲しいのだが。



「ならぬ」

 王の返事は即答だった。

 校長先生を伴って王城へとやって来た俺達は、謁見の間にてヴァルドール王へ旅立ちの許しを請うた。
 しかし王は無愛想な顔をしたまま俺達の願いを突き返した。

「貴様はまた聖女殿を危険な目に遭わせるつもりか?」
「いえ、そんなつもりは……」
「ならば貴様だけで行くが良い。そのほうが却って安全だ」
「しかしですじゃ、王よ。ルドガーとララには守護の魔法が掛けられておる。じゃがそれはまだ完全とは言い難いもの。ララからルドガーを離すのは避けねばなりませぬ」
「だったら出て行かなければ良かろう」
「王とも在ろう御方が、掟に背いて勇者を助けぬと?」
「まだ二人の勇者が危険に晒されていると決まった訳ではなかろう」

 王は疲れた様子で肘掛けに身体を凭れさせる。頭痛がするのかこめかみを抑え、眉間に皺を寄せている。

 さてはまた王子が何か仕出かしたな?

 俺は王の隣に座っている王子を睨む。

 大方、また城を抜け出して遊びに興じたんだろう。頼むから少しは温和しく城に籠もってはくれないだろうか。その所為で俺への小言がどんどん酷くなっていく一方だ。

 まぁ、俺も王子を強く止めたり、ララの同行を大目に見ている時点で片棒を担いでるようなものになるのか。

 しかし、このままでは王の許しを得られない。どうにかして王の機嫌を取らなければならないか。

「父上、勇者達が危険に晒されているのか調べる為にも、ルドガーを向かわせるべきです」

 王子が膝を組んだ状態で王にそう進言する。
 王子が話始めたことで、王はより一層ウンザリとした顔になってしまう。

「行くならルドガー一人で行くが良い。私はそう言っておるのだ」
「それはなりません。ララ姫を守る為にもルドガーの側にいさせるべきです。ララ姫もルドガーと一緒に外の世界へと赴くことを望んでおります」

 そう言って王子は俺の隣にいるララに目をやる。
 ララは頷いて、王の前に膝を突く。

「王様、私を守ってくださっていることには感謝しています。ですが、その所為で恩師であるルドガーの枷にはなりたくありません。どうか、聖女である私に免じて同行をお許しください」

 芝居掛かったような仕草でララは王に懇願する。

 この子は実に強かな性格をしている。聖女になりたくなかったと思いながらも、その立場を利用する時は躊躇無く利用する。普通ならプライドが邪魔をするような場面だが、ララはそんなものは投げ捨ててしまう。

 まったく、将来が楽しみだ。いったいどんな女性に育つことやら。

 王は聖女に懇願され、ウッと息が詰まる顔をする。

 エルフ族にとって聖女とは勇者と同等以上の神聖なる存在。そんな存在に跪かれて頼まれたら無碍にする訳にもいかず、王は頭の中で着地点を探しているのだろう。

 ここでもう一押しすれば、王は首を縦に振るだろう。
 すかさず、校長先生が王に進言する。

「王よ、ルドガーとララの旅路は予言にも読まれていることかもしれませぬぞ?」
「……どういうことだ、エグノールよ?」
「彼の予言には二人は大いなる旅をすると読まれておる。その時期は定かではないが、都を出るのは定められたことじゃ。これはその最初の旅かもしれませぬぞ?」

 それは俺達も初耳な情報だ。

 校長先生が言う予言については、未だ何も聞かされていない。
 おそらくだが、その予言の時が来るまで事前に聞かされることは無いだろう。

 校長先生はその予言を成就させる為に敢えて知らせず、俺達が予言から逸れた行動を取らせないようにしようとしているのだろう。

 つまり俺達に読まれている予言は、少なくとも最悪な予言では無いのかもしれない。
 校長先生の思想からして、そんなものを成就させようと考えているとは考えられない。

 しかし、その予言を校長先生と王はどのようにして知ったのだろうか。

 ララも知らないことから、魔族側から得た情報でも無さそうだ。であるのならば、エルフ族側が持っていた予言だと推測される。

 その予言はいったい誰が読んだ物なのだろうか。

 大いなる旅に大いなる選択、その物言いからきっと大層な物なのだろうが、何だかその予言に俺達の行動を左右されているようで少し気に食わない。

 そんな俺を余所に、校長先生と王は予言について語る。

「二人には旅が必要じゃ。掟に従い、必要以上にララを都から出さないのも必要じゃが、時には大舞台へと羽ばたかせる必要もあると、儂は思いますぞ」
「……ルドガー」
「はっ」

 王に呼ばれた俺は姿勢を正して返事をする。
 王は少し黙っていたが、すぐに口を開いた。

「ルドガー、私が聖女殿を守るのは聖女だからというだけではない。彼の予言を実現させたいという理由もある。その予言は必ず実現させなければならん。これは世界に関わることだ。その事を肝に銘じ、必ず無事に戻るとお前の信じるモノに誓え」
「……誓います。我が魂に誓って、ララを守り通します」
「聖女殿だけではない。貴様も必ず生きて戻るのだ。以上だ、私は少し休む。早々に立ち去れ」

 王はすくっと立ち上がり、お供のエルフ達を引き連れて謁見の間から出て行った。

 俺は最後に王が言った言葉に耳を疑い、王子と顔を見合わせた。
 王子も珍しいものを見たと、少し驚いた表情を見せる。

「……あれ、俺を案じたのか?」
「父は素直じゃないと思っていたが……」
「可愛いところもあるじゃないか」

 俺と王子はララの感想にゲーッと舌を出して心情を表した。

 ともあれ、王からの許しは得られた。これで今度は何の後ろめたさも無く都から出立できる。
 それに俺とララはどうやらこの先、大いなる旅というものを経験するらしい。
 これを機に万が一、都からララを連れ出す用件ができた時には交渉材料として活用させてもらおう。

 さて、城を後にした俺達は寄宿舎に戻り、出立の準備を始めた。
 前回と同様に校長先生から空間拡大魔法を掛けられたポーチを借り受け、そこに荷物を二人で押し込んでいく。

 ララは霊薬作りの道具一式といくつかの予備を持って行くことにし、旅の道中で材料が手に入れば実際に作ってみたいと言った。

 贔屓目ではないが、ララは霊薬作りに関しても抜群の才能を有している。

 一応、アーヴル学校では一年生として通っているのだが、一年生で学ぶ霊薬作りは基本的にはとても初歩的で簡単な物だ。
 しかしそれでも霊薬作りはほんの少しの配合ミスは許されない程に繊細な物で、初歩的であってもよく失敗するぐらいには難しい。

 その霊薬作りを、ララは一度も失敗することも無く課題を満点で熟している。

 更に二年生、三年生で学ぶ内容にも手を伸ばしており、薬草学の教師の座を奪ってしまいそうな勢いで知識を習得している。

 実際、俺が実験体になっていくつかの霊薬を飲んだことがある。魔力が一時的に上がる物や各属性の力を高めたり耐性を得られたりと、結果は大成功だった。

 霊薬の材料には人族の大陸でしか採れない物もあり、ララは霊薬作りのチャンスだと息巻いている。

 俺はと言うと、そんなララの力にでもなれるようにといくつかの教材を持って行くことにした。

 これでも教師だ。生徒が現地で学ぼうとしているのだから、それをサポートするのも仕事の内だ。
 とりあえず、俺が親父から学んだ霊薬の知識を書き込んだ本を数冊と、材料を採取する為の専門的な道具を持って行こう。

 それから俺は学校を留守にする間、生徒達に課題を出しておく。流石に何もさせないってのも、雇われ教師としてどうかと思うし、そこまで責任を放棄するつもりもない。

 アイリーン先生に、もしも生徒達から質問があった時に使ってくれと参考資料を用意して渡しておくことも忘れない。

 資料を渡す時、アイリーン先生はとても心配してくれた。半年前に御守りをくれた時もそうだが、アイリーン先生は本当に優しい女性だ。

 翌日、前回の旅でも世話になったルートを王子から託され、ララと一緒に乗って都を出た。
 此処から、ララとの第二の旅が始まる。
 目指すは、風の国エフィロディア連合王国だ。


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