三日月の竜騎士

八魔刀

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第2章 竜剣編

第19話

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 雷鳴の轟音が徐々に小さくなっていき、静寂が訪れる。
 静寂が鎮まるにつれて、紅く染まった世界は元の色に戻っていく。

「はぁ……はぁ……」

 クレイセリアは若干息を荒げ、額に脂汗を浮かせている。彼女の目の前にはうつ伏せに倒れているレギアスがいた。ジャケットは燃えたのかボロボロになり、上半身が露わになっている。その肌は雷で焼き焦げたのか酷い火傷を負っていた。
 尤も、既に再生が始まっており治るまでそう時間は掛からなさそうではある。
 だがレギアスにとってかなりのダメージであるらしく、意識はあるが立ち上がれないようだ。

 クレイセリアは左手の槍を消し、戦いで乱れたジャケットと髪を整える。
 動かないレギアスを見下ろし、宙から鎖を出してレギアスの両腕を絡め取って吊り上げる。

「動けないフリ……じゃないみたいだいね?」
「くっ……うっ……」

 槍でレギアスの顎を上げる。全身に激痛が走るのか、レギアスは顔を歪めてクレイセリアを見上げる。

「貴方を今此処で殺せるけど、器になってもらわなきゃいけないから殺さない」
「俺を器にして……何をさせるつもりだ……!?」
「お母さんの下僕になってもらう。それでお母さんを幸せにするの」
「そのお母さんは……ペッ……何処で何をしてんだ?」

 口の中に溜まった血を吐き捨て、レギアスはクレイセリアの母親について訊く。

「お母さんはずっと私の側で見守ってくれてる。今も耳元で褒めてくれてる。『クレイ、良くやった。流石は私の娘』って。でも貴方の所為で怒られそう。もう少しで【竜剣】を覚醒させる事ができたのにっ!」
「ぐおぁっ!?」

 クレイセリアはレギアスの左肩に槍を突き刺す。槍は深く突き刺さり、槍の切っ先が心臓付近まで達する。槍を刺したままにして傷の再生を阻害させる。それに加えてクレイセリアは毒の魔力を流し込んでレギアスに更なる苦痛を与える。
 体内に直接火を流し込まれるような感覚に、レギアスは血管を浮き出させながら耐える。

「でも先延ばしになっただけ。すぐにまた此処に連れて来るから」
「【竜剣】を覚醒させ、ニーズヘッグを復活させたら、先輩の母親の面倒を見るだけじゃ済まないだろ……! 人類が滅びる……!」
「お母さんがそう望めば、人類を滅ぼすだけだよ」
「母親が! 自分の子にそんな事望むわけないだろ!」
「……私のお母さんは【魔女】だよ? その娘である私も【魔女】、人類の敵」

 そう言うクレイセリアの目は濁っていた。紅い瞳に光りは無く、表情も消えている。
 とても冷酷、そこに人類への容赦は感じられなかった。
 正に人類の敵、そうにしか見えないだろう。
 だがレギアスの目は違和感を逃さなかった。

 ――先輩が……見えない?

 そこに立っているのはクレイセリアだ。姿も声も、レギアスの知る彼女だ。
 けれどもそこにクレイセリアがいないように見えた。
 突き刺さっている槍と毒の痛みでおかしくなったのかと考えたが、それは無いとすぐに考え直す。

 レギアスは苦痛に耐えながらも、とある事を試す。
 左肩に深々と刺さっている槍は、クレイセリアと魔力が繋がっている。
 つまり間接的にだがレギアスとクレイセリアは繋がっているのだ。
 レギアスは自分の魔力を槍に流し込み、その槍からクレイセリアへと魔力を侵入させた。

「っ!? なに――」

 クレイセリアは突如侵入してくる異物に声を上げる。
 しかしすぐにレギアスから送られてきた魔力に意識を呑み込まれた。
 呑み込まれた先でクレイセリアを待っていたのは、ドラゴンの意志であるレギアスだった。
 彼は鎖と剣で拘束されている状態であったが、クレイセリアを恐怖で震え上がらせるぐらいの力と存在感を持っていた。
 レギアスはクレイセリアが動き出す前に魔力で彼女の身体を感知する。
 そして見付けたとあるモノはレギアスの予想を裏付けた。

「や、止めよ!」
「ぐあっ!?」

 正気を取り戻したクレイセリアは槍をレギアスから抜き取り、慌てて距離を取った。
 まるで見られたくない何かを見られて怖がっている様子を見せる。
 それからすぐに頭痛がするのか頭を抱えて蹌踉めき始める。
 槍を抜かれた事で苦痛から解放されたレギアスはすぐに傷を再生させ、少々動かし難い身体に鞭打って立ち上がり鎖を引き千切る。

「まさかとは思ったが、自分の娘に【取り憑く】なんてな」
「おのれぇぇ……! 穢れた血がよくも……!」

 先程までのクレイセリアとは口調が違った。雰囲気も完全に変わり、顔付きもまるで別人のようだ。
 クレイセリアはジャケットの前をガバッと開き、更に中に着ているインナーも破り捨てて胸元を開けさせた。

 そこには女性の顔が浮き出ていた。
 一見すればグロテクスでホラーな光景であるが、レギアスはそれがファタであると確信する。

「マーレイから話を聞いた時、お前は何処に隠れているのかと考えた。塔の何処かに隠れていると思ったが、自分の娘を隠れ蓑に使うとは……仲良くなれそうにないな」
「黙れ! 妾こそ穢れた血と言の葉も交わしたくないわ!」
「穢れた血? 一応健康診断じゃ異常は無かったんだけどな」
「崇高なるドラゴンの血に人間の血が混じった者の事じゃ!」
「へぇ? 魔女だって元は人間だろ」

 ファタは怒り狂った様子で魔力を全身から吐き出す。今までよりも桁違いな魔力にレギアスは後ろへ吹き飛ばされかけるも、寸前のところで踏み止まる。

 ファタは広間の中心へと移動し、水鏡の中に手を入れた。
 レギアスが触っても掌が水に濡れるだけだった水鏡の中に、ファタの腕が肘まで入っている。
 そして腕を抜き取ると、その手には剣が握られていた。
 大剣に部類される大きさであり、切っ先が反り返っている。両刃の剣身はまるでドラゴンの尻尾のように荒々しく、色を失ったかのような灰色の剣だ。
 その剣を見た瞬間、レギアスの魔力が強く呼応する。ドラゴンのレギアスがあの剣を欲していると分かる。
 そして今までレギアスを呼んでいたナニかだった。

 ――アレは、【竜剣】だ。

 遂に【竜剣】を目にするが、ファタがそれを取り出したと言う事は、つまり――。

「貴様如きに【竜剣】を使うつもりは無かったが、気が変わった! 肉体は半分残っておれば良い! 覚醒しとらずとも充分じゃ!」

 ファタは【竜剣】を握らず、宙に浮かせて振り下ろした。
 たった一振りだ。たった一振りから放たれた衝撃波は、レギアスの身体を一瞬でズタズタに引き裂いた。

「かはっ――!?」

 大きく弾き飛ばされ、グシャリと床に叩き付けられる。
 今の一撃で死ななかったのは幸運だった。先程の一撃、レギアスはまともに反応できなかった。気が付けば激しい衝撃波に巻き込まれており、防御できなかった。
 全身の傷を再生させながら、レギアスは【竜剣】の恐ろしさを実感する。アレを喰らい続ければ流石に頑丈でしぶとい生命力を持つ身体も保たないだろう。

「今のはただ振るっただけじゃぞ!」
「反則だろ!」
「今度は妾の魔力を乗せてやろう!」

 【竜剣】に紅い魔力が込められる。ファタは【竜剣】を操りレギアスに向けて振り払う。
 紅い巨大な衝撃波が巻き起こり、レギアスに牙を向ける。
 先程の一撃よりも遙かに大きな攻撃だ。
 レギアスはほぼ勘だけで動いて衝撃波を避ける。
 衝撃波はこの空間の果てまで伸びていく勢いで走り抜けていき、溶岩の海を分断する。
 【覚醒の間】の床は特別製なのか、若干の焼け跡だけ残して無事だった。

「くそ! 俺にも武器があれば!」

 【竜剣】から放たれる攻撃を魔力だけで受けるのはあまりにも危険だ。受ける為に練り上げる魔力の量は完全に限界を超えても足りないだろう。そんな事をしてしまえば、レギアスはドラゴンに呑み込まれてしまう。それだけは何としてでも避けなければならない。
 ファタからの攻撃から逃げ回るが、とうとう避けられない一撃が放たれる。

「しまっ――」

 紅い衝撃波がレギアスに噛み付こうとする、その直前。
 レギアスの前に白銀の閃光が切り抜けた。
 それは衝撃波を分断し、衝撃波は岩を避ける水のようにレギアスの両脇を走って行った。

「随分と手子摺ってるようじゃないか、え? レギアス?」
「お前……!?」

 レギアスは目を大きく開いた。
 白銀の長い髪を靡かせ、ガンブレイドを肩に担いだ女騎士がそこにいた。

「アナト!?」

 アナトはガンブレイドのトリガーを引き、剣身に魔力を炸裂させた。

「さ、ラウンドツーだ」

 切っ先をファタに向け、アナトはニヤリと笑った。


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