多分、愛じゃない

恋じゃないなら、何だったのか

(４)

　彼女の数々の言葉に腑が煮え繰り返りそうなほど、怒りを感じる。

　完全に脅しだった。俺と克巳を別れさせるための。けれども、同時に不安や焦りが過るのも事実だ。

　彼女の言う通り、俺たちの関係はリスクが伴う。

　男女の交際に比べ、やはり否定的な人は一定数いることもわかってはいた。

　もし、バレたらと常に危険とは隣り合わせなのは事実でたった今、それが暴かれたのだ。

　手が震えそうになる。彼女から不自然に目を逸らしていた。

「何が、望みですか？」

「だから、さっきも言ったじゃないですか。油井先生とさっさと別れてくださいって。本当は視界からもさっさと消え失せて欲しいところを譲歩してるんですからね？」

　言葉が出ない。何故自分は今、こんな目に遭っているのか、何故ここまで言われなければならないのかわからなかった。

　ただ、男と、好きな人と付き合っているだけだというのに。

　怒りと悔しさと憎しみがゴチャ混ぜになって、俺の胸に残った僅かな希望を食い尽くしていくようだった。

　最後の、砦だった望みを綺麗さっぱり跡形もなく。

　それからのことを俺はよく覚えていなかった。

　店のマスターらしき男性に気の毒そうに閉店だと告げられ、慌てて飲んだコーヒーはすっかり冷め切っており、スーパーの袋をしっかりと手に持ちながら、最近の自宅であるホテルに辿り着いたのは夜も更けた23時だった。

　無機質な部屋に入り、生鮮食品が、と思いつつも疲れ切った身体をドサっとベッドに横たわらせる。

「つっかれたなぁ…」

　誰もいない6畳ほどの部屋に響く声は、確かに覇気のないものだ。

　思えば家出に始まり、ここ最近の自分には非現実的なことが起こりすぎている。

　家出、元カレとの再会、浮気現場の目撃、そして浮気相手からの脅し、フルスロットルすぎる展開。

　疲れた、骨の髄から疲れ果てていた。何も考えたくもなかった。

　ふと、携帯がバイブを伝えた。見れば、そこにはユウリからの着信。

　もう誰でも良かった、誰でもいいから眠れない身体に胸を貸して欲しかったんだと思う。

「もしもし、奏？夜遅くにごめんね？…奏？」

「…ユウリ、ごめん。俺、もう限界だわ」

　気付けば俺は、克巳との約束を自らの口で破ろうとしていた。