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恋じゃないなら、何だったのか

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 しばらくすると白い艶のあるカップに、湯気が見えるほどに熱いコーヒーが運ばれてきた。

 彼女はそれを一口飲むと、ようやくといったように口を開き始めた。

「どうして私が、知っているのかって顔ですよね?」

「え、えぇ、まあ」

 当たり前だろう。あまりにも舐めてかかる態度につい、上がりそうになるボルテージをなんとか落ち着かせ、続きを促すように視線を彼女に合わせる。

「話せば長いんですけど、とりあえず言いたいことは一つだけです。戸崎先生、油井先生と別れてくれません?」

「…は?」

 まるで言いたいことの全体像が何一つ掴めない。

 思わず、「は?」と大人気ない一言になってしまうのも仕方ないのではないか。

 けれど彼女はそんな俺の反応は想定内だと言うように、唇の端をいやらしく上げている。

「昨今、同性愛が世間的にも認められるようになってきましたよね。それは戸崎先生もご存知ですよね?」

「それは、知っていますけど」

「じゃあこれはご存知ですか?それに反対する人達が一定数存在する、ということも」

 もちろん、知っている。言われなくても自分は根っからのゲイだ。

 それこそ昔は、男を好きになることを誰にも打ち明けられずに、打ち明けることも誰かを好きになることですら罪であるかのように一人、悶々と悩んでいた時期があった。

 それに一昔前は今よりも差別的な視線は鋭かった。

 今でこそ世間的に浸透し始めてきたとは言え、その視線が完全に消えたわけではない。

「もちろん。ですが、何の関係が?」

 少々、我慢が足りない口調で問う。

「関係大アリですよ。だってその一定数の中に、保護者や生徒が含まれているって考えられるじゃないですか」

 その言葉を皮切りに、彼女は内容とは裏腹に笑みを浮かべながら語り始める。

「もし、二人の関係が保護者にバレたら、大問題ですよね?職場内恋愛なんて良い顔されないのに、ましてやそれが男同士でって、もちろん賛成ばかりの人じゃないのは承知の上ですよね?」

「それは…」

「反対派の人たちにバレたら、どうなるんでしょうか?このことを知っているのは私だけなので今はまだ良いですけど?もし、私が口を滑らせちゃったら、どうなっちゃうんでしょうかね?」
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