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恋と呼びたいだけだった

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 克巳は案の定、目をキョロキョロとさせて困り果てている。

「そ、その、彼女はいないです、ね?」

 彼女はいないです、ね?

 思わず俺は克巳の言葉を心の中で復唱していた。その間、約5秒ほど、僅かな時間だった。

 けれども、その5秒が俺に冷静になる時間を与えてくれたのだから、普段はたったの1秒とないがしろにしていてごめんと素直に謝りたくなった。

 つまり、克巳は今日より前に既に東雲先生に自分には彼女はいないと言っていた、それを今日再度確認されたのでそう言ったということだろう。

 唯一、以前と状況が異なるのは東雲先生の友人と克巳の同僚兼恋人である俺がいること。

 なあ、克巳。お前、恋人に目の前で「彼女はいない」と他の女性に告げられる側の気持ち、考えたことあるか?

 しかも、「ね?」と同意まで求められるとは、俺はお前にとって一体なんなんだ、誰なんだよ。

 同僚?同期?それか、セフレか?

 そう思った途端に、俺の中で何かが弾けた音がした。

「…ごめん、東雲先生。俺、用事あったの忘れてました。お先に失礼しますね」

 もしかして彼女さんですかぁ?と冷やかす東雲先生の声に愛想笑いもせず、隣に申し訳なさげに座る女性に会釈だけして俺は足早に店を出た。

 馬鹿、馬鹿だ、克巳の馬鹿野郎!

「まあまあ、奏さん。とりあえず、これも食べなさい」

 そう言うのはこの家の主であり、俺の親友でもありゲイ友でもある良樹だ。

 これと視線で促されたのは良樹特製のカルパッチョ。

 こんな時でなければあっという間に平らげられるほどの絶品に、良樹はいいパートナーになるだろうなと思っている。

 けれども生憎、良樹は長いことフリーの身でしかも叶う見込みの少ない片思い真っ只中である。

 一方でそれなりの家事しかできない俺は一応彼氏と呼べる奴はいるが、幸せとは程遠いのだから全く人生という奴は理不尽なものだ。

 良樹が俺につまみを勧めるのは、俺が煽るように酒を飲むせいで良樹がゆっくりと腰を降ろしている暇がないせいもあるのかもしれない。

 だが、それも全て克巳のせいだ。あれから数時間、いまだに鳴る気配のない携帯を見て俺は苛立ちを募らせていた。

「だってさ、克巳の野郎。なんて言ったと思う?」

「彼女はいないです、ね?って言ったんだよね。さっきも聞いたけど」

「俺はたしかに彼女じゃない!けど、彼氏だろ?恋人だろ?彼氏って言いにくいならせめて恋人って言うとかさ、あるよな?」
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