俺の彼氏

ゆきの(リンドウ)

文字の大きさ
上 下
68 / 105
俺の彼氏へ、バレンタイン

(3)-1

しおりを挟む
 一日、一日が長く、待ち遠しいと思っている内に、土曜日になっていた。
 待ち合わせは十時。家からモールまではそう遠くなく、バスで数分、いくつかの停留所を過ぎた先にある。

 南沢家では土日の朝食と昼食は、子どもが各々用意することになっている。雪が幼い頃は姉や料理好きな妹が率先して用意してくれていたが、雪が小学校高学年になったあたりから当番制となり、朝食、昼食と姉が作った当番表が回されることになった。

 今日の当番は雪。昼食は妹。料理をすることが嫌いではないが、味にうるさい姉と妹に出す料理をするのは少しだけ億劫に感じる。
 前日の残りの味噌汁を温め、肉食な女性陣のために鶏肉と余った野菜を出汁で煮込み、軽く麺つゆで味付けした。姉と妹が起きるのは遅く、両親は早くに仕事に出ていくため、一人でもそもそと食べる。

 おしゃれに気を遣っているつもりはないが、モールに行くならと少しだけ、普段は着ないような服を出した。姉が誕生日に贈ってくれたプレゼントだ。
 シャツにベスト、流行りだと言う緩めのパンツ、それからベルトを付けた。
 家を出ることには二人とも、起きて朝食を食べていた。一言、声を掛けて出る。
 家を出る間際、目ざとい妹が「お兄ちゃんデートなんだ」と言っていたが、構うとしつこいので無視した。

 バスに揺られ、着いた時刻は九時四十五分。時刻表の通りで、バスの運転手に感心した。
 モールはもう開いているようで、既に駐車場には車が数台、止まっていた。土日のモールはいつでも混んでいると、母が愚痴をこぼしていた通りで思わず目を瞠った。
 東側入り口に行くと、まだ、斉藤の姿は見えない。中で待とうかと思ったが、中に入れば見つけるのは難しいだろうと思い、結局入口付近にあるベンチに座ることにした。

 こうして待っていると、デートみたいだな。ふと、今朝、妹に言われた一言が引っかかり、思い出す。
 男女が二人、モールを歩いているだけでそう見えるものだ。モールにいくからという理由だけで普段より洒落た格好をしたわけだが、それすらもデートだからと思われるかもしれない。

 きっと、あの二人もそうなんだろうな。入口に向かい、歩いてくる背の高い男性と背の低い女性を見ながらお似合いだなとか、榊と自分ではこうはならないだろうなとか、そんなことを思って少しだけ、心がしょげる。
 たとえ、この先、仮に何百万分の一の確率で雪の想いが実ったとしても自分たちはきっと、周りからそういうふうに見られることはない、友人、親友、どこまでいってもその枠からは域を出ないだろう。
 そう思って欲しいのだろうか。問いかけてみるが、その答えはまだわからなかった。そう見られたいと思うならきっとそれは、雪自身のエゴなのかもしれない。

 認めて欲しい、わかって欲しい。それは雪が心の奥に閉じ込めていた、榊を想う気持ちにも似ている。

 くだらないことを考えた。榊を好きだという気持ちは誰にもばれないように封印すると、決めたはずなのに、こうして欲望が顔を出す自分に嫌気がする。
 と、振り切るように前を見ると、例のカップルが近くまで来ていた。女性の背に合わせ、男性が屈み、女性の話を聞いているようだった。
 ドクン、と心臓が大きく鳴る。一歩一歩、近づくその姿、鮮明になるその姿に冷や汗が流れそうだ。

「もしかして、雪くん?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どこかがふつうと違うベータだった僕の話

mie
BL
ふつうのベータと思ってのは自分だけで、そうではなかったらしい。ベータだけど、溺愛される話 作品自体は完結しています。 番外編を思い付いたら書くスタイルなので、不定期更新になります。 ここから先に妊娠表現が出てくるので、タグ付けを追加しました。苦手な方はご注意下さい。 初のBLでオメガバースを書きます。温かい目で読んで下さい

遊園地の帰り、車の中でおしっこが限界になってしまった成人男性は

こじらせた処女
BL
遊園地の帰り、車の中でおしっこが限界になってしまった成人男性の話

あなたと交わす、未来の約束

由佐さつき
BL
日向秋久は近道をしようと旧校舎の脇を通り、喫煙所へと差し掛かる。人気のないそこはいつも錆びた灰皿だけがぼんやりと佇んでいるだけであったが、今日は様子が違っていた。誰もいないと思っていた其処には、細い体に黒を纏った彼がいた。 日向の通う文学部には、芸能人なんかよりもずっと有名な男がいた。誰であるのかは明らかにされていないが、どの授業にも出ているのだと噂されている。 煙草を挟んだ指は女性的なまでに細く、白く、銀杏色を透かした陽射しが真っ直ぐに染み込んでいた。伏せた睫毛の長さと、白い肌を飾り付ける銀色のアクセサリーが不可思議な彼には酷く似合っていて、日向は視線を外せなかった。 須賀千秋と名乗った彼と言葉を交わし、ひっそりと隣り合っている時間が幸せだった。彼に笑っていてほしい、彼の隣にいたい。その気持ちだけを胸に告げた言葉は、彼に受け入れられることはなかった。 ***** 怖いものは怖い。だけど君となら歩いていけるかもしれない。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

倫理的恋愛未満

雨水林檎
BL
少し変わった留年生と病弱摂食障害(拒食)の男子高校生の創作一次日常ブロマンス(BL寄り)小説。 体調不良描写を含みます、ご注意ください。 基本各話完結なので単体でお楽しみいただけます。全年齢向け。

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

記憶の欠けたオメガがヤンデレ溺愛王子に堕ちるまで

橘 木葉
BL
ある日事故で一部記憶がかけてしまったミシェル。 婚約者はとても優しいのに体は怖がっているのは何故だろう、、 不思議に思いながらも婚約者の溺愛に溺れていく。 --- 記憶喪失を機に愛が重すぎて失敗した関係を作り直そうとする婚約者フェルナンドが奮闘! 次は行き過ぎないぞ!と意気込み、ヤンデレバレを対策。 --- 記憶は戻りますが、パッピーエンドです! ⚠︎固定カプです

鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?

桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。 前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。 ほんの少しの間お付き合い下さい。

処理中です...